洋館

妄想小説

訪問者



第五章 自ら罠に嵌る


 ピン・ポーン。
 京子はおそる、おそるチャイムを鳴らしてみた。チャイムを押しながらも、辺りを振り返ってみて、誰も自分を知る者が傍に居ないのを確かめずには居られない。京子が観る限り、自分の事を観ている者はなさそうだった。
 チャイムが鳴ったようだったが、応答はなかった。もう一度、チャイムのボタンを押すかどうかを京子は躊躇っていた。しかし、もう一度ボタンを押す前に、ボタンの下に何か書かれているのに気づいたのだった。そこには紙に書かれたメッセージがセロテープで貼り付けられていたのだ。
 「御用の方は、こちらに電話ください。」
 それは、間違いなく携帯の電話番号だった。京子は再度チャイムのボタンを押すことを止め、バッグから自分の携帯を取出し、躊躇うことなくドアホンの傍に記されている電話番号を押してみる。
 暫く待って、京子の携帯に応答があった。
 「どちら様ですか。」
 「あ、あの・・・、私、先日こちらを訪問させて貰った者です・・・。あの、貴方様からお渡し頂ける物があるというので、お伺いさせて頂いたのですが。」
 「・・・・。何を仰っているのか判りません。何かの間違いではないでしょうか。」
 「あ、いえ。そんな事はないと思います。私の知り合いの田嶋陽子というものが、貴方様から私にお渡し頂けるものがあると伺っております。」
 「はあ? それって何ですか?」
 「えっ? そ、そんな・・・。わ、わたしにとって、とても・・・、その・・・、大事なものの筈・・・なんですが。」
 「何を仰っているのか、私には理解出来ません。どうしても私に逢って、話がしたいと仰るのなら、そのコートの下に着ているものを全部脱いで、もう一度こちらへ出直してくれませんか。」
 ガチャリという音と共に、ドアホンのスイッチは切られたようだった。しかし、京子にはもう、他の選択肢は残されては居なかったのだ。すぐさま、思い出したくもない、この家のすぐ傍にある公園に向かった。その隅にある公衆便所に入ると、今度は壊れていない個室の扉を開け、中に入るとコートを袖から外した。もう躊躇はなかった。コートをドアの裏側にあるフックに掛けると、上着とスカートを脱いだ。一瞬、下着姿で許しては貰えないだろうかと考えたが、反感を買うことを怖れて、ブラとパンティを外した。着ていた服は持ってきたバッグには全ては収まりそうになかった。バッグにいつもスーパーのレジ袋をひとつだけ何かの用があった時の為に畳んで忍ばせてあった。それを取りだして脱いだばかりの自分の服を畳んで詰め込む。少し思案したが、戻ってきてすぐに着れるようにその場に置いてゆけないかと考えた。個室を出ると三つ並んだ個室の脇に掃除用具をしまうらしい個室より少し小さ目の小部屋があるのが判った。鍵は掛かってなくて開けてみると、想像した通り、スロップシンクと掃除用具などを置く棚がある。棚の上にバケツがあって、京子はその後ろに自分の服を容れたレジ袋の包みを隠すことにした。誰かに持ってゆかれる惧れがあったが、ぐずぐずしてはいられないと、思い切ってそこに服を置いてゆくことにした。

パンツ脱ぎ

 ピン・ポーン。
 再びチャイムを鳴らした京子だったが、応答はなかった。仕方なく、チャイムの下に記されている番号に再度電話を掛ける。呼出音が暫く鳴り続けた後、ガチャリという音がして相手が出た事が確認出来た。
 「コートの前を肌蹴て、身体を見せて欲しい。」
 そう言われた京子は、再度辺りを見回して、この状況を観ている者が居ないか確認してからコートのベルトを解いて、ボタンを外し始めた。
 前ボタンを全て外し終えると、かろうじてドアホンのカメラらしきところだけに見えるようにコートの内側の自分の身体を晒す。京子にとっては身を切られるような屈辱的な場面だった。しかし、今は従って相手の気を損じることがないように努めるしかないのだった。 
 「携帯を切らないで、そのまま中に入れ。鍵は開いている。」
 強い命令口調で男が携帯を通じて京子に言う。京子はひとつ大きく深呼吸してからドアノブを握った。ガチャリという音がしてドアは開いた。

 「中に入ったら玄関のドアに内側から錠をかけろ。」
 京子が振り返ると、玄関ドアには内側から錠を掛ける為のツマミが付いていた。
 (ここをロックしたって、何時でも自分から錠を外して逃げることだって出来る・・・)そう自分に言い聞かせて玄関をロックする。
 「コートとバッグはそこの衣紋掛けに掛けておけ。」
 京子が辺りを見回すと、造り付けの靴箱の脇に来客用の傘立と衣紋掛けが並んで置いてある。ハンガーがひとつだけ掛かっている。
 コートを掛けておけと言うのは、全裸になれという命令に等しかった。しかしここまで来てもう躊躇している訳にはゆかなかった。コートの前ボタンを外すと、ハンガーを取って自分の着ていたコートを脱ぎ、肩に掛けていたバッグと共にそこに掛ける。携帯を握ったままなので、右手は塞がっている。左手で股間を隠すが乳房は露わになったままだ。それで携帯を持った手の肘を股間に当てた左手の肘を合わせるようにして、かろうじて乳首だけを隠す。その格好であらためて正面に向き直ってみる。それほど狭くはない玄関ロビーは正面に電話台のような小さなテーブルがあるきりで後は何もないあっさりした造りで、奥へ繋がっているらしい扉がひとつ見えるきりだ。天井を観ると、隅のほうに半球形の黒いものが据えられている。防犯カメラで、それを通じてこちらを覗いているに違いないと京子は見当をつける。
 「携帯を持ったままじゃ、手が塞がって不便だろ。テーブルの上にストラップとヘッドセットがあるから携帯に繋いで使うんだ。」
 よく見ると、正面にあるテーブルの上に確かに首から下げる用のストラップとヘッドセットらしきものが置いてあるのが見えた。
 京子は履いてきたハイヒールの留め具を外して框から上がり込み、テーブルからストラップとヘッドセットを取って自分の携帯に繋ぐ。
 ヘッドセットを頭に付けるとすぐに男の声がした。
 「携帯は背中のほうへ垂らしておけ。邪魔だからな。」
 男に言われた通りにストラップを回して携帯を背中側に垂らす。両手が自由になって、京子は片方の手で股間を隠し、もう片方の手で胸を覆っていた。
 「さて、こっちを向いて貰おうか。あ、こっちっていうのは、天井のカメラのほうだ。」
 (やはり防犯カメラを通じてみていたのだ・・・)
 京子はそちらに向き直る。カメラのレンズを通した視線が矢のように自分の身体に当てられているように感じる。
 「両手を後ろで組んで貰おうか。」
 男の命令は非情だった。言うとおりにするしかなかった。男の言いつけどおりに股間と乳房から手を外して後ろに回す。
 「・・・・。」
 暫く沈黙が続く。
 あたかも男が京子の全裸姿を嘗め回してみているかのようだった。しかし、京子にはただそれをじっと耐えているしかないのだった。
 (あれを早く私に返してください)その言葉が何度も喉から出そうになる。しかし、何もせずにすんなり渡してくれるとは考えられない。
 (焦ってはならない。今は言うとおりにしていなくては・・・。)そう決意した京子は、もう開き直ることにした。
 「まだ、邪魔なものがあるな。」
 男の声がぼそっとそう言うのが聴こえた。京子は一瞬、何かを聴き間違えたのかと思った。
 「左側に扉があるのが見えるだろう。バスルームはそこを抜けて一番奥の左側だ。」
 咄嗟に京子は今いわれた言葉を頭の中で繰り返してみる。
 (扉・・・?バスルーム・・・? 一番奥の左側・・・?)
 ゆっくりとカメラから後ずさるように玄関ロビーにひとつだけ繋がっている扉のほうへ近づく。ドアノブにゆっくりと手を掛けると、ガチャリと音がしてドアが開く。
 ドアの向こう側は長い廊下が一直線に続いていた。幾つかドアが両側にあるが、いずれもドアは閉じられていた。上を向くと、廊下にも防犯カメラのようなものが幾つか取り付けてあるのが見えた。
 おそるおそる京子は廊下を進んでいった。一番奥まで行って左側のドアノブを引く。ドアの脇に脱衣用の棚があって、その先に個人の邸宅にしてはかなり大き目な白いタイル張りのバスルームが広がっているのが見える。バスタブの手前の洗い場らしきところに、プラスチック製の座椅子とその上に同じくプラスチック製の洗面器が置いてあって、中に何か入っているのが分かる。
 京子がおそるおそる近づいていくと、 洗面器の中にあったのは、男性用の髭剃りとシェービングジェルのチューブだった。
 (まだ、邪魔なものがある)そう男が言ったのが思い出された。
 「何をしろって・・・言うの・・・。」
 京子はヘッドセットのマイクに向かって小さく言葉を発した。男の返事はなかった。しかし、京子には男の意図がすぐに思い浮かんだ。否定しようとするが、それ以外の事は思いつかなかった。
 「剃り落せって言うのね・・・。」
 京子には男に反抗的なことを言っても無駄だということは理解していた。全裸で自分から乗込んできたのだ。来ないという選択は出来た筈なのだ。来てしまった以上、男の意図どおりにするしかなかった。
 京子は壁に据えられていたシャワーヘッドを取ると、温水の蛇口をひねってお湯が出てくるまで待ち、十分温かくなったところで、シャワーを股間にあてた。
 充分に温めてから一旦シャワーを止めるとシェービングジェルのチューブから中身を手のひらに出して、ゆっくりと股間に塗りたくり、丹念に泡を立ててゆく。
 T字型になった髭剃りを手にして、一旦動きを止める。先生に怒られて立たされている児童のような気持ちがした。
 (もう後戻りは出来ないのだわ・・・)
 そう観念すると、最初の一剃りを股間にあてた。黒い毛がタイルの床に散る。それを流していいものかと思案しながら辺りを見回すと、排水溝のところにビニル袋が口を開けてひろげられているのが見えた。
 またしても京子は男の暗黙の意図を感じとった。
 (それに入れろっていう事なのね・・・)
 京子はビニル袋を拾い上げ、床に散らばった自分の恥毛をシャボンの泡ごと丁寧に拾って中に入れる。後は股間の下にビニル袋を当てるようにしながら、自分の恥毛を剃りあげていく。最初は脚を閉じていたが、それでは剃り難いので、プラスチックの椅子に腰を掛けて股を大きく広げる。バスルームにも防犯カメラが取り付けられているかもしれないと思ったが、わざと見ないようにする。今更恥ずかしがっているよりも、早く終わらせてしまいたいと思ったのだ。
 剃り終えてから、立上ってすべすべになった自分の股間を手で感じてみる。最後に残った泡をシャワーで洗い流す。濡れた下半身を拭う為のタオルなどは置いてないようだった。

自毛剃り

 京子は下半身からまだ雫が垂れるのを気にせず脱衣所に戻る。脱衣所の後ろ側は全身が映る姿見が嵌めこまれているのに、その時気づいたのだ。最早、股間を隠すのも虚しく感じられて乳房も股間の剃りあげられて真一文字の幼児のような恥部を晒したままその姿見の前に立った。恥毛のない股間は、それだけ余計に淫らに感じられた。
 「貴方の言いつけどおりにあそこを剃りあげました。これで気が済んだのなら、もうあれを渡してください。」
 ヘッドセットのマイクに向かって京子は鏡の向こうに相手が居るかのように喋り始めた。
 「私の言いつけどおり・・・? 私が貴方にそんな事をしろと何時命じましたか?」
 久々に聴く男の声に京子は慌てた。
 「えっ、だって・・・。」
 冷静に考えてみて、男が恥毛を剃り落せと言葉を発した訳ではなかったことにやっと気づいた京子だった。バスルームの場所を教えられただけだった。そこに置かれていたもので、京子がそう解釈しただけなのだった。
 「でも、こうすることが望みだったのでしょ?」
 「・・・・。」
 相手からの返事はなかった。
 「これ以上、どうすれば返して貰えるのでしょうか。」
 京子の声は憐れみを請うようなものになっていた。
 「返す・・・? 私が貴方から何か奪ったようなものでもあると言うのですか?」
 「えっ、でも・・・。」
 男に言われて京子は言葉に詰まった。京子が頭に思い浮かべていたものは、初めて訪問した日に、撮られてしまった自分の恥ずかしい姿のビデオテープや写真だった。しかし、冷静に考えてみれば、それらは奪われたものでも、返して貰うという性質のものでもなかった。
 「わ、わたしの言い間違い・・・でした。あの時・・・、あの時の写真やビデオを、私に返して、いえ、私に下さいませ。困るんです、ああいうものがあると・・・。」
 「何かを私に只で呉れと言っているのですか。」
 「只って・・・。お、お金・・・ですか。」
 京子はゆすられているのだと思った。しかし、男の返事は違っていた。
 「私はお金に困っているわけではないので、見ず知らずの貴方からお金を貰う言われはありません。今日は黙ってこのままお帰りください。私から貴方に用があれば、後日連絡します。」
 そう言い切ると、ヘッドセットのイアホンからはツーという微かなノイズだけが聴こえるようになった。明らかに相手の方で電話を切ったようだった。

 (おかしい・・・。)
 服と一緒に入れておいた筈の京子のブラとパンティの下着だけがレジ袋から消えていた。掃除用具室のバケツの奥からレジ袋を取りだそうとした時に、置いておいた場所から少しずれていたような気がして、嫌な予感がしていたのだった。
 何時、誰かが入ってくるかもしれないので、それ以上探すのは諦めてレジ袋を抱えて個室のひとつに入ると念入りに鍵をロックしてから、コートを脱いで下着以外の衣服を身に着ける。下着を付けていないのが不安で外に羽織ったコートの腰のベルトをきつく締めてから女子トイレの外に出る。その京子を待ち構えるかのように立っていたのは、個別訪問の相方、田嶋陽子だった。

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