妄想小説
訪問者
第七章 仕組まれた嘘
翌日、早速京子は陽子に呼び出された。今日こそは、もう個別訪問には付き合えないときっぱり言うつもりで出て来ていた。服装も少し長めのゆったりしたワンピースで身体の線が出にくいものを選んできていた。陽子は待合せの喫茶店の一番奥の席で待っていた。
「あの、陽子さん。今日はあなたにはっきり申し上げなくてはならないと思ってきたのです。」
陽子の真正面に着くなり、すぐに京子は切り出した。しかし、そんな言葉は聞こえなかったかのように陽子は京子を睨んでいうのだった。
「ねえ、京子さん。貴方、自分の立場が判っていて? 私が貴方の為にどれだけ苦労していると思っているの。今日だって、貴方の為にあの男のところへ行っていたのよ。」
「あの・・・、男って。ま、まさか・・・。」
「そうよ。アンタがやばいビデオを撮られちゃったあの家よ。それを何とか取り返そうと、あいつのところに近づいていってるのよ。あいつを信用させて、いろんな物の在り処を探り出そうとしているの。」
「そ、そう・・・だったの・・・?」
「そうよ。あいつを信用させるのに、もう少しだけあいつの言いなりになる振りをしなくちゃならないの。」
「な、何をすれば・・・?」
「さ、今すぐこれに着替えてきて頂戴。あいつからの指令なの。」
そう言って京子のほうへ大きな紙袋をひとつ突き出した陽子だった。
「あいつに、私なら何でも京子に言うことを聴かせることが出来るからって言ったの。そしたら、それを着せて前のように個別訪問させてみろって、そう言うの。」
京子はおそるおそる陽子が差しだした紙袋の口を少しだけ開いて中を改める。何やら黄色い服が入っているようだった。
「さ、トイレに行って着替えてきなさい。あんまりゆっくりはしてられないの。あいつ、私達が出てくるところを見張っている筈だから。」
陽子に背中を押されるようにして、一人で喫茶店のトイレに紙袋を持って向かう。
(何処かで身張っている・・・?)
男から観られているのかもしれないと思うと、急に京子は心細くなる。
袋に入っていたのは、明るい黄色のブレザーとそれに合わせたタイトなスカートだった。しかし、丈は怖ろしいほど短いものだった。スーツに合わせて胸元がレースで飾られたタイの付いた白いシルクのブラウスが入っている。若い女子大生が着るような服にも見えた。
着替えるべきか迷っている京子だったが、陽子が言っていた男が見張っている筈だという言葉が思い出されると、選択肢はないのだと悟るのだった。
「あら、とてもお似合いね。あなた、年よりずっと若く見えるから全然変じゃないわ。本物の女子大生みたい。」
着替えてきた姿を陽子が嘗め回すように観るので、京子は恥ずかしくてならない。特に短いミニスカートから晒されている太腿が落ち着かなくさせるのだった。京子はミニスカートなど穿くのは随分久しぶりだった。
「着てきた服はその中に入れたのね。じゃ、それを私に渡して。このハンドバックだけ持って私に付いてきて。ただし、あまり辺りを見回しちゃ駄目よ。男を探したりしないで。」
そういうと、どんどん先に立って外へ向かう陽子だった。
「ね、陽子さん。あの男の家へまた行くの・・・?」
心細くなりながら、京子は尋ねる。振り向きざまに陽子は京子にウィンクして小声でさっと説明する。
「今日は違うの。いきなりあの男の家に連れて行こうとしたら逃げてっちゃうわよって言ったの。そしたら、じゃあ別の家でいいから、指示した家を訪問させてみろって・・・。言うことに従うかをまず遠くから観察するつもりらしいわ。」
「そ、そうなのね・・・」
すっかり信じ切っている様子の京子に、陽子はこっそりとほくそ笑むのだった。
「いいこと。ドアホンを押したら、少し後ろに下がって立つの。ハンドバッグは背中に持ったほうがいいわ。相手が出たら、そのままの場所で身体を前に屈めてカメラのほうに顔だけ近づけて話すのよ。いいわね。さ、行って。」
陽子の指示は適確だった。ドアから少し離れて立つように指示したのは、向こうが京子の身体全体が観察出来るようにさせる為だ。ハンドバッグを背中に持たせるのもミニスカートから伸びる太腿をしっかり見せる為だ。
ピン・ポーン。
ドアホンの向こうで鳴っているらしい音が微かに聞こえる。暫くしてドアホンに応答があった。
「どなたかな。」
「あ、あの・・・。あの、私。現代平和研究所というところから派遣されて来たものです。少しお話を伺わせて頂ければと思いまして・・・。」
いつもの最初の台詞をどきどきしながら喋る京子だった。この一言で門前払いを食らわせられることは決して少なく無い。
「ちょっと待ってくださいな。今、行きますから。」
相手は初老の男のようだった。直観で独り住まいという気がする。
少し間が合って玄関ドアの鍵が外される音がする。少しだけ扉が開いて、京子が想像してたとおりの初老の男が京子の出で立ちを訝しげに観ている。
「あの、少々お時間を頂けないでしょうか。」
京子が一歩、男に近づこうとすると、玄関ドアが大きく開かれた。
「説明はほんの少しの時間で済みますので、お手間はお取らせ致しません。もしよろしかったら中へお伺いさせていただければ・・・。」
何時の間にか陽子がすぐ後ろに立っていて、早口でまくしたてるように喋った。
京子にも男が一瞬がっかりしたような表情を洩らしたのを感じ取っていた。
「なんだ、お独りじゃなかったのか・・・。ま、どうぞ中へ。」
そう言うと、男は京子と陽子を中へ招じ入れる。
「貴方はこっちへ座って。じゃ、私は説明しやすいように近いほうに座るから。」
陽子は招じ入れられたこの字型にソファの並べられた部屋でてきぱきと指示して、京子を男の真正面に座らせると、自分は男のすぐ左隣に席を取る。京子はスカートがあまりに短いので迂闊に下着を覗かせてしまわないように細心の注意を払って、裾の前をハンドバッグでカバーする。それでも男の目線は射るように腰掛ける京子のスカートの裾を追っていた。
陽子は持ってきた紙バッグからいつもの説明用パンフレットを出すと男の前に広げて説明をし始めた。これまでも陽子と一緒に訪問にやってくると、説明するのは専ら陽子のほうで、京子はただ黙ってじっと待っているだけだ。それでも京子が居るのと居ないのとでは相手の反応が全然違うと陽子は言うのだった。ましてや、今日のように短いスカートで男の真正面に座っているのでは、男の注目度はまるで違うようだ。しかし、それは京子の露出している身体に対してであって、陽子の説明にではない。
実は京子のほうも、タイトなために必要以上にずり上がってしまうスカートの裾から下着を覗かせてしまっていないか、そればかりが気になって殆ど陽子の話も聞いていなかった。ハンドバッグを腿の上に載せて防いではいるものの、真正面の男の視線はさっきからちらっ、ちらっと京子がぴっちりと閉じている膝の中心に動いているのを痛いように感じていた。
「でですね。ここからはもう少し判りやすいように絵も見せながら説明させていただこうと思います。」
今まで紙のパンフレットで説明していた陽子が突然そういうと、持ってきていた紙袋の中から何やら取り出していた。それはノートパソコンを小さくしたような携帯タブレット端末だった。
「京子ちゃんも、ちょっと手伝って頂戴。」
その声にふと我に返った京子が陽子のほうに目を上げた時には、膝の上に置いてあったハンドバッグがさっと陽子に奪い取られていた。代りに取り出したばかりのタブレット端末を押し付けられる。咄嗟に何が起こったのか理解出来ないでいた京子だったが、男の視線が自分の股間に釘づけになっているのに気づいて慌てて渡された端末を膝の上に置いて隠す。
(見られてしまったかしら・・・)
一瞬のことで気が動転していた。
「ね、早く。それ立ち上げてっ。」
陽子が京子を急かす。しかし京子は初めて見せられたその機械をどうしていいのかもわからない。ふたりで個別訪問をしていて、そんな機械を陽子が持参しているのを見るのも初めてだった。
「えっ。立ち上げ方、わかんないの? 貸してっ。」
膝の上から機械を取り上げられて、無防備になってしまったスカートの裾を慌てて両手で被って隠す。再度、覗かれてしまったのは確実だと、男の目の動きから京子は悟った。そんな事は意にも介していないとばかりに、自分でタブレットの横にある起動ボタンを押してから画面を何度か叩いてから再度京子のほうにタブレットを突き出す陽子だった。片手で受け取るにはちょっと重たいタブレット端末だった。無意識に両手を伸ばして、股間をまた露わにしてしまったようだった。
すぐにそれを自分の腿の上に置いて、両端をしっかり抑え込む。
「プログラム、立上ったらすぐに教えてね。ええっと、何処まで話したんでしたっけ。そうそう、ご主人の場合はですね・・・。」
陽子は説明を再開し始めていたが、京子のほうはその後の展開が気になってそれどころではなかった。プログラムが立上ったら、どんな画面になるのか京子は知らないのだ。しかし、立上ったと言ったら、再びこの機械を陽子に取り上げられる。また股間を露わにしてしまいかねない。かと言って、陽子に傍らに置かれてしまった自分のハンドバッグをあらかじめ引き寄せておくのはいかにも不自然に思われた。片手で扱うにはちょっと重たいタブレット端末が、京子には疎ましかった。
脚を組んでしまえば、下着が覗いてしまうのを防げるかもしれないと思ったが、ミニスカートを穿き慣れていない京子にはうまくポーズを取れる自信がない。訪問客の前で平然と脚を組むのはいかにも不遜が感じもした。両膝を閉じたまま、少しずつ外側へずらしていったら、真正面から覗かれるのは避けられるかもしれないと思った時、陽子がこちらを向いたのだった。
「あ、その画面でいいの。ちょっと見易いようにこちらへ向けて立てて。」
そう陽子が言うのを聞いて、京子は腿の上から機械を離さないようにゆっくりと画面が二人の方を向くようにタブレットを立ち上げる。男からは今度はタブレットが盾の役目をしてパンティが覗いてしまうのを防ぐことになる。
その盾を陽子が伸ばしてきた指先で、とんとん叩く度に画面が切り替わるようなのだが、京子は端末機を奪い取られないように両側でしっかりと掴んでいる事ばかりに集中していた。
こめかみから汗が一筋流れ落ちようとしていたが、片手を離す事も出来なかった。京子にとっては針の筵に座らされたような気分だった。
「じゃ、そういう事で、取り敢えずはエントリー賛助会員ということでお承りますので。後日、入門パンフレット等をお届けにあがります。」
その声のふと我に返った京子は、ようやく勧誘説明が終わったことに気づいた。そして自分のハンドバッグを取ろうとして置いた筈の場所に無いことに気づいた。
(あれっ、ここに置いた筈なのに・・・)
「それじゃあ、どうも長い時間ありがとうございました。」
陽子がそう言って立ち上がろうとしているのに気づいて、京子もタブレットを腿に押し付けるようにして短いスカートの裾をカバーしながら立上る。
「そうだ。記念に写真を撮りましょう。そうだわ。京子さん。ご一緒に写ってあげて。そう、この方の隣に座って。」
バッグから何時取り出したのか陽子が手にデジカメを持っていた。ソファの後ろに下がると、さっと京子の後ろに回り込み、肩を押さえて有無を言わせずに京子を男の隣に座らせる。
「そうね。我々の教会のロゴマークも入れたほうがいいわね。」
そう言うと、陽子は京子が腿の上に抱くように置いていたタブレットの画面を二、三回叩くとおなじみのロゴマークが画面全体に現れる。
「それ、胸の上に掲げて。はい、チーズっ。」
端末を掲げるように言われて、カメラに対してちょうどいい角度になったかどうかに気を取られてスカートの裾の奥を覗かせてしまっているかもしれない事に気づいた時にはシャッターが押された後だった。
「写真は後でお送りしますので。今日はどうもありがとうございました。」
「あ、ありがとう・・・ございました。」
陽子に合わせて、そう挨拶するのがやっとの京子だった。
「いや、こっちこそ。いい時間を楽しませて貰ったよ。ふふふ・・・。」
男の声はとても小声だったので、京子には男の唇が動いただけのようにしか思えなかったのだ。
家に戻ってきた京子は、まだ服を着替えていなかった。玄関の鍵を念入りに調べて確実に掛かっていることを確認してから居間に戻ってきた。いつも着替えをした後に確認するのに使っている全身が写る姿見の前にスツールを持ってきていた。
おそるおそるそのスツールに座ってみて鏡に映る自分の姿を眺めてみる。それでなくても短いのにタイトな為に座ると更にずり上がってしまうスカートの裾から両手を外してみる。
(やっぱり、丸見えだわ・・・)
スカートの裾から露わになった太腿の奥には白いショーツが逆三角形の形にはっきり浮き出て見える。ハンドバッグを腿の上に載せてみる。かろうじて覗いていたショーツは隠れるものの、露わになっている太腿から、その下にはパンツが見える筈と男を挑発させてしまうような格好だ。
ハンドバッグとタブレット端末で、覗かせっ放しではなかったにせよ、何度か見られてしまったのは疑いようもなかった。
あの日はとても動転していて、家を出て陽子から「貴方、ハンドバッグ忘れているわよ。」と手渡されるまで、ハンドバッグを忘れて出てきてしまったことにも気づかなかった。陽子が床に落としてたわよと拾って持ってきてくれていたのだった。
そして京子はとても気になっていたことを陽子に打ち明けたのだ。
「陽子さん。さっきの写真、私にも見せてくださらない。」
パンティが写ってしまっていないかずっとそればかりが気に掛かっていたのだ。
「いいわよ。ほらっ。」
デジカメのファインダーを表示モードにして、陽子はちらっとだけ見せてくれた。にんまりとした笑顔の初老の男に対し、京子は引き攣った笑みを浮かべている。画面の中央に教団のシンボルマークが現れている端末タブレットが写っていて、写真は腰の部分までで切れていた。
(ああ、良かった。画面には下半身まで入っていなかった。)
「ね、京子さん。その写真、私にも記念にくださる?」
「あ、それは駄目よ。個人情報保護の為に写真は訪問先の人にしか渡せないことになっているのよ。知らなかった?」
「えっ、そうなの・・・。」
それで引き下がってしまった京子は、まさか陽子が京子に見せる際にこっそり画像をクローズアップさせて下半身は切れてしまうようにして見せていたなどとは全く気付いていなかったのだ。
京子はもう一度、姿見の前に立ってみる。上半身のブレザーと上品そうなブラウスは明るく華やいだ感じだし、若くも見える。反面、下半身のスカートは短すぎてともすれば下品に見えるかもしれないと京子は思った。
もう一度、椅子に腰掛けてみる。やはり腰掛ける瞬間にどうしてもパンティが覗いてしまう。座った後は、腿をぴったり閉じて少し斜めに脛を傾ければぎりぎり見えなくすることが出来そうな事がだんだん判ってきた。
陽子にはこのスカートを穿くことだけは免じて欲しいと言ってみたのだが、ぴしゃりと断られた。それは陽子自身の要望なのではなくて、京子が恥ずかしいビデオを撮られてしまった、あの男からの要望、否、命令なのだというのだ。あの男を怒らすと、画像をインターネットに投稿しかねないと陽子は言っていた。もしそんな事になったら外を歩くことも出来なくなってしまうかもしれないと京子は思うのだった。
陽子はもう暫くだけあいつのいいなりになる振りをしてればいいと言っていた。本当はあの家にもう一度京子の事を呼び出したいのだと言っていたけど、陽子からはそんな事をしたら首を括って自殺しかねないと脅してあると言うのだ。陽子にはあの男に油断させて京子のビデオを取り返す方法を考えているところだと言う。
(今は、陽子さんの言うことを信じて任せるしかないのだ・・・)そう思い返す京子だった。
その初老の男の家は影野というのだとは、後で陽子から知らされたことだった。前回の訪問の際に、男は京子たちの教団の賛助会員になってくれる事を応諾してくれたのだった。賛助会員からは若干の会費を取る代わりに教団の機関紙と月々届け、教団が発行する様々な書籍を特別割引で購入することが出来るという特典も付いている。教団に興味を持ってくれるような人はそう多くは居なかったが、教えを広める為に駄目でも個別訪問をするのは教団の為になる奉仕活動なのだと陽子からは教えられた。
その日は新たに賛助会員になってくれた影野という家に教団が発行した最新の機関紙を届けることになっていた。いつもは陽子とペアになって二人で活動しているのだが、その日はどうしても抜けられない用があるとかで、陽子から独りで行って来てほしいと頼まれたのだ。既に会員だから、今回は機関紙を渡すだけでいいというのが、少し気楽ではあったので京子は快諾した。
身に着ける服は、樫山という男から渡されたミニのツーピースでなければならなかったが、あれから何度か色んな家を陽子と個別訪問しながら大分慣れてきていた。座る時にへまさえしなければ下着をみられてしまうことは避けられるようになってきてもいたのだ。
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