妄想小説
訪問者
第六章 白状する女
「それで、何か貰えたの。その人から。」
切り出したのは、陽子のほうだった。公園のトイレから出た時に偶然に出遭ったという陽子に強引にお茶に誘われて、喫茶店の外のテラスに席を取るや否や、陽子はそう切り出したのだ。
「その人って・・・?」
京子は内心、冷や冷やだった。何も気づかれてはならないと思ったのだ。
「あら、やだ。今まであそこに行っていたのじゃなかったの?ええっと、何って家だったっけ。あの家・・・。」
陽子も恍けて京子の反応を窺う。明らかに動揺しているのが手に取るように分かる。
「貴方。どうしたの、その顔。お化粧がすっかり禿げちゃってるわよ。」
「えっ、ちょっと失礼するわ。」
京子はバッグから化粧ポーチだけ取りだすと、すぐにトイレに立つ。
(シャワーを浴びた時、お化粧が落ちてしまったのだわ。)
てっきりそう思い込んだ京子は、まんまと陽子の罠にはまったのだった。京子が席を立ってトイレに消えたのを確認した陽子は、京子のバッグから自分のICレコーダーを回収するのだった。
何度聞き直してみても、決定的な言葉は録音されていなかった。樫山家と書かれていた表札の家に、確かに京子は訪問していた。それも二度に亘っていた。少し離れた別の家の生垣の角から見張っていた陽子はずっと京子の様子を確認していたのだ。ドアチャイムを何度か押した後、京子は携帯を取りだして話をしていた。その話をICレコーダーで確認したのだが、肝心の相手の声はマイクは拾ってくれていなかった。何やら命令されて一旦退去し、再度その家を訪れていた。その間も追跡を続け、公園の女子トイレに入って行くところまで目撃している。自分が失禁したまま眠り込んでいたベンチのあるあの公園だった。
二度目に樫山家の玄関口に立った京子は、この時も携帯で何やら話をし、そのまま家の中に一人で入り込んでいったのだった。その後は、殆ど何も録音されていない。どうやらバッグを何処かに置いたままで、別の部屋へ行ってしまったようだった。
しかし、全く何も収穫が無かった訳ではなかった。京子があの家の中に入っていってから、それ以上何も出来ないので、さっきの公園に戻って女子トイレを探ってみて、掃除用具室の奥に京子の物に違いない見覚えのある服の入ったレジ袋を見つけ出したのだった。そして少し思案してから、何かに使えると思って下着だけ抜き出して自分のバッグに滑り込ませておいたのだった。
あらためて、その時の京子の下着を取りだしてみる。男に命令されて、全裸になってあの家へ再度戻ったのは疑いようもなかった。あの家の中で何が起こったかは、知る由もないが、この下着をこちらで押さえたことで、少なくとも京子の痛いところを掴んだのには間違いないと確信したのだった。
陽子の呼び出しを何とか断ろうとする京子だったが、陽子の(あの男から預かった物があるの)という言葉にうろたえ、ついに出てきてしまったのだった。陽子は人に訊かれるといけないからと他の客が居ない店の奥のテラスへと京子を伴っていく。
「貴方、あの樫山って奴から脅されてるでしょ。」
いきなり切り出した陽子だった。
「お、脅されてるって・・・。そ、そんな事、あいつ、いえ、あの人が言ったの?」
京子のうろたえぶりを観て、陽子は確信する。
「何て脅されてるの?」
陽子は畳みかける。
「な、何も・・・。脅されてなんか・・・。」
「正直に言っちゃいなさい。私は貴方の味方よ。」
「・・・。」
「私が何も知らないとでも思っているの?」
この言葉に京子は凍り付く。
(あの男から、何か聞いたのだわ・・・)
どこまで陽子が知っているのか判らないだけに、不安がどんどん広がっていく。
「貴方、この前あの男の家に全裸で行ったでしょ。」
「そ、そんな・・・。そんな訳、ないじゃない・・・。」
京子はあの日の事を反芻してみる。男に言われて確かに全裸にはなったが、コートを上から羽織っていた筈だ。陽子が見掛けたとしても気づかれる筈はないと思った京子だった。
「まだシラを切るつもり。これっ、観なさいよ。」
陽子はここで最後の切り札を出すことにした。小さな茶色の紙袋を二人の間のテーブルの上にぽんと置く。京子がおそるおそる手を伸ばして中を覗きこむ。そしてその中にあったものが、明らかに自分が身に着けていたブラジャーであるのを知って心臓が止まりそうになる。
「こ、これは・・・。」
京子が中身を確認したのを見届けて陽子はさっと袋ごと奪い取る。
「これはまだ返せないの。男から見せるだけにしろってきつく言われてるから。でも、認めるわね。」
「ああ、わたし・・・。」
泣きだしそうになる京子を前に、陽子は慎重に言葉を選ぶ。
「これ、ブラジャーだけど貴方のよね。しかも獲られたのはブラだけじゃないでしょ。」
確かにあの時、なくなったのはブラだけではなく、パンティもあった筈だ。しかも、それを陽子は知っているというのだった。京子は観念した。
「大丈夫。私は貴方の味方よ。最初は知らぬ振りしてあの男に近づいたの。それで少しずつ訊きだしたのよ。あの男の手助けをする振りをしてね。大丈夫。今はあいつの言いなりになっている振りをしてるだけで、そのうち隙をみていろいろ取り返すから。ね、話して。あいつの手にあるのは、写真だけ?」
ここが一番の勝負だった。京子の口から何を脅されているのか訊きださねばならない。鎌を掛けてみたのだ。
「あ、そうそう。パンティもあったわね。このブラと一緒に付けていた・・・。」
「・・・。」
「よおく思い出して。取り返し損なうと弱味を握られたままになっちゃうのよ。」
「ええっと・・・。ビデオがあると思うの。何度か撮られている。」
「えっ、何度なの。どんなシーンの?」
京子は陽子の巧みな言葉にもうすっかりばれてしまっていると思い込んでしまっていた。
「最初は紙おむつに洩らすところ・・・。そして・・・、尿瓶にするところも撮られている。・・・・。」
そこまで言ってしまうと、もう辻褄を合わせて隠しておくことが出来なくなり、陽子が居なくなった後、玩具の手錠を掛けられてから紙おむつを嵌めさせられた顛末まで全てを白状させられてしまっていた。
「それじゃあ、洩らした紙おむつとか、あの日着ていた服もあいつに獲られているのじゃない?」
「ええ、多分今も持っていると思う。」
「ええっと、それだけ? 二回目に行った時も何か獲られたでしょ。」
「あっ・・・。」
「何? 何か思い出した?」
「・・・。多分だけど、剃り落した陰毛も回収されたと思う。」
「あそこの毛っ? あいつに剃られちゃたの?」
「い、いえっ・・・。わたしが・・・自分で剃ったの。多分、わたしにそうしろって・・・。」
「その時の写真も撮られたのね。」
「判らないけど、防犯カメラがあったから、それに写ったと思うわ。」
「いい。取り返す為に必要だから、全部メモするわね。順番に言っていって。まずは放尿シーンのビデオ。それから・・・・」
あの日、京子は巧みな陽子の誘導で、あの家で自分に仕掛けられた罠の一部始終を喋ってしまった。それが、あの男だけでなく、陽子にまで弱味を握られたのだということに京子はまだ気づいていなかった。
次へ 先頭へ