D埠頭

凋落美人ゴルファーへの落とし穴



 第三部



 五十七

 (え、こんな所なの・・・。)
 着いてみると、そこはひと気のない淋しそうな海岸ベリの倉庫街だった。明かりも所々に街灯がぽつん、ぽつんとあるだけで薄暗い。
 「お客さん。こんなところに一人で来て、大丈夫ですか?」
 「え、ええ。いいの。人と待ち合わせしてるの。ちょっと事情があって、他の人には見られたくないので。もういいわ、ここで。」
 心配そうな表情の運転手にそう言うとタクシーを発車させる。そのタクシーが見えなくなったと思った途端にヨンのスマホの着信が鳴る。
 「は、はいっ。着きました。」
 「こっちからはお前の姿は見えている。指示した服じゃないな。」
 「あ、あの・・・。このコートの下に着てきています。」
 「だったら、そのコートをそこで脱ぎ捨ててK12と書かれている倉庫を捜してその中に入れ。」
 ガチャ。ツー・・・。
 またも短い遣り取りで通話は切れてしまう。ヨンは辺りを見回すが、自分の姿は見えているという電話の相手らしい姿は夜の闇の中に発見することは出来ない。ヨンはコートを脱ぎ捨てると股下ぎりぎりまでしかないミニスカートのゴルフウェアになって夜の倉庫街を歩き出す。ウェアの他には前回何も持たずに出掛けて懲りたので財布とマンションのキーとスマホだけは入れたポーチだけ持っていくことにする。
 (あっ、K15だわ。)
 ヨンは海の方に歩き出してすぐに古い倉庫らしい建物の壁にK15と書かれているのを確認する。
 (K14だ。するとK12はこの先なんだわ。)
 どんどん岸壁の方に近づいていく。K12は最も岸壁に近い倉庫だったが廃屋のようで今は使われている雰囲気ではなかった。
 ヨンが扉に近づいた時にまたスマホが着信を響かせる。やはり前回と同じく発信元は非通知で通話ボタンを押すと同じ低いくぐもったボイスチェンジャーの声が聴こえてきた。
 「目の前の扉から倉庫の中に入れ。鍵は掛かっていない。倉庫の中央にバッグが置いてある。指示はその中にあるから指示通りにして待て。」
 「ま、待って・・・。貴方は。」
 ガチャリ。ツー。
 またしても電話は一方的に切られてしまった。ヨンは倉庫の中に入るか躊躇する。しかしここで逃げてしまえば犯人についての何の手掛かりも得られない。それはその先永遠に脅し続けられることも意味しているのだった。
 (行くしかないのだわ。何としても手掛かりを掴まなければ・・・。)
 ギーッ。
 鈍い音がして古そうな扉が開く。中は常夜灯が隅に点いているだけで薄暗い。ガランとした使われていないらしい倉庫の中央に何やら黒い影が見える。先ほどの電話で指示されたバッグに違いなかった。
 『バッグの中にアイマスクと手錠が入っている。先にアイマスクを着けてから手錠を自分で後ろ手に掛けて待て。』
 おそるおそる倉庫の中央でバッグの中身を検めたヨンはその指示と冷たく光る手錠を見つけたのだった。
 (どうしよう・・・。でも、犯人の姿や声を知るチャンスにはなるかもしれない。)
 ヨンは意を決するとアイマスクを掛けてから手探りで手錠を取り出して片方の手首に嵌めると両腕を背中に回して反対側も手首に嵌める。



yon

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