ワゴン車

妄想小説

牝豚狩り



第一章 女捜査官の危機

  その17


 殺傷することなく、一撃で意識を混濁させるようなダメージを与えることは、冴子のような特殊捜査官が一番念入りに仕込まれる技だった。どんな難しい任務とは言え、犯人を殺傷することはさすがに許させる余地は少ない。その為の念入りな訓練を積むのだ。
 冴子が手にした棒切れの一振りは、確実に男の意識を喪わせるものだった。間髪要れずに男に後ろ手錠を掛け、足首とロープで繋いで動く自由を奪った。それ以上のことはこの際、どうでも良かった。男が夜明け近くまで自由に動き回ることが出来なければそれでいいのだ。
 この瞬間に、冴子に取ってのターゲットはトンネルの先に待機しているであろう、サングラスの男と三人の手下に移っていた。
 三人目のハンター、「実業家」を倒すと、すぐさまこの林道から里へ出る道を目指した。早ければ早いほどいいと冴子は思っていた。早いうちならば、なかなか捕獲出来ないでいるものの、まだ追っかけごっこをやっている筈と高を括っている筈だからだ。
 彼等はおそらく、お客たちのハンティングの邪魔をしないように、林道のほうへは入って居ない筈だと思った。再び入ってくるのはゲームセットの時間が近くなった夜明け付近だろうと冴子は考えた。それまでが一番油断している時間帯だろうと見当をつけたのだ。
 時計は拉致された時から持っていない。が、月が傾きかたむきかけていることから、夜明けまでもうそんなに時間がないことは判る。冴子は闇の中を急いだ。
 ゆうべ、首吊り刑場に使われた窪地を走り抜ける。冴子が捕獲されて、繋がれていたかもしれない太い樹の幹をちらっと見る。が、今はそんな感慨に耽っている時ではなかった。
 そこからは緩い昇りの、冴子が屈辱を受けながら、歩かされた道だった。まだ記憶にはしっかり残っている。昇りきったところの角を曲がると冴子が下ろされた筈の場所で、その辺りに待機している筈と冴子は踏んでいた。
 角まで来ると慎重に、その先を窺うようにした。
 月は半分ほど見え隠れしている。闇の中にぼおっと一台の車のシルエットが見える。形から、冴子やお客が運ばれたワゴン車ではなく、武器を運んできた三人のジープ型四輪駆動車であることが判る。
 冴子もあのサングラスの男は居ないのではないかと思っていた。あの計算高い男の設定だから、首尾よく三人のハンターのうちの誰かが冴子を捕えるか、はたまた冴子が逃げおおせるか、フィフティ、フィフティと睨んでいた筈だ。それでなければ、ゲームとしての興奮は成立しない。
 その五分五分が裏目に出た時のことを想定していた筈だ。その場に赴くのは危険と考えても不思議はない。つくづく用意周到な男だと思った。
 (それならばしかし、こちらにも充分勝機はある。)そう冴子は思いながら車にそっと近づいていった。
 手には先ほど「実業家」を倒した棒を手にしている。
 車を窺うと、中には昨日と同じ三人がそれぞれに仮眠をしている。まだ、出番は来ないと踏んでいるようだ。
 まず、車を走らせられないようにする必要があった。バッテリーケーブルを抜くのがいいのだが、外からではボンネットの中までは届かない。冴子は「実業家」が携帯していた登山ナイフを抜き取ってきていた。それで、左の前輪と左の後輪を空気がゆっくり抜けるようにぎりぎりのところまで刺した。シューッという微かな音がしいんとした闇夜に響き渡る。
 車が傾きはじめると気づかれるかもしれない。そこからは、一気に行動に移る。車の前部に回って、前哨灯のライトを全部叩き割った。その激しい音にさすがに内部の人間は何事かと慌てて起きたようだった。ドアが開いて、大男と小男だけが出てきた。手にサーチライトを持っている。冴子は車の陰に身を隠して待った。
 冴子は大男のほうは、最初から相手にしてはいけないと思っていた。狙うのは小男のほうだ。大男のあの体格では、ちょっとやそっとの打撃では少しも堪えないだろうと思っていたのだ。ああいう手合いはまともにぶつかってはいけない。それが、冴子がこれまでの格闘で学んできたことだった。
 運良く、大男が後ろに、小男が前に向ってきた。サーチライトの光軸が冴子のすぐ傍を掠める。小男の足が見えたとき、すかさずその脛に最初の一撃を与えた。
 「あぎゃあ。・・・・や、やられたっ・・・。」
 倒れこんだところの後頭部を狙った。が、暗闇での手探りの一発は少しそれた。軽い打撃にしかなっていない。めくら滅法に組み付いてこようとするのを横に飛びのいて逃げる。
 「畜生、やりやがったな。おーい、クィーン。早く来て加勢しろっ。」
 呼びかけられた、車に残った気弱なやさ男は、エンジンをスタートさせた。しかしライトはつかない。それでも闇雲に車をスタートさせる。車が冴子と小男のほうにまともに向ってくるのが判って、ふたりとも飛びのけて避ける。
 ジープはやたらにエンジンを吹かしまくっている。片輪の空気が抜けてきていて、車のコントロールが効かなくなっているのに気づいていない。しかもライトなしの真っ暗闇である。
 タイヤの音が軋んで、その直後、近くにあった大木にどーんという大音響ともにまともに突っ込んだのが判った。薄暗闇の中でエンジンルームから白い煙が上がっているのがわかる。
 冴子は小男の姿を追った。一旦取り落としていたらしいサーチライトを拾おうとしているところだった。その光で小男の位置を確認した。その小男に向って走ろうとしたその瞬間に後ろから抱きつかれた。いつの間にか大男が迫ってきていたのだ。肘鉄を食らわせるが、まったくびくともしない。冴子は焦った。そこへ小男のサーチライトが照らしてきた。
 「捕まえたのか。ようし、キング。放すんじゃないぞ。」
 小男が羽交い絞めにされている冴子の身体にライトを当てたまま、近づいてきた。冴子は渾身の力を籠めたがびくともしなかった。
 小男は、冴子の蹴りを警戒していた。昨日の朝、恥をかかされたばかりだ。脚の攻撃を受けないように、冴子の横へ周りこむ。羽交い絞めにあって、身動き取れない冴子には、横に向けては有効な脚蹴りも繰り出せない。
 小男は冴子の脇から手を伸ばしてきた。ズボンのベルトに手をかけてきた。「医者」から剥ぎ取って着用してきたズボンを脱がす積もりらしい。蹴りを受けないように慎重にズボンを膝までずり下げる。そうしておいて、今度は下穿きに手をかけ、一気に引き下ろす。闇の中に冴子の白い下腹が顕わになった。
 「たっぷり礼をさせてもらうからな・・・。まずはちょっとその下腹にダメージを当ててやらないとな。」
 小男は、冴子が持ってきた棒切れを取上げた。両手に掴むと冴子の脇にたって、思い切り振り上げた。冴子はタイミングを計っていた。ビュンという音とともに、小男が冴子の下腹めがけて棒が振り下ろされるのと、冴子が地面を蹴るのがほぼ同時だった。
 「あううっ・・・。」
 鍛え上げられた腹筋で宙に舞った冴子の身体の下を通って、小男の一撃は大男の股間をしたたかに打った。
 冴子の両腕を掴んでいた手が弛んだ。その瞬間を逃さず、大男の手を振り解いて、身体を回転させながら横に飛びのいた。途中まで脱がされたズボンとパンティが脚に絡まるので、素早く抜き取った。男たちに向って体勢を直そうとしている時に、小男の声が響いてきた。
 「ま、待てよぉ・・・。わざとじゃないんだ。や、やめろ・・・。」
 大男は仲間から攻撃されたと思って逆上していた。身体に受けた打撃は大したダメージにはなっていない。それより気が動転して、何が何だか判らなくなっているようだった。大男は小男を抱え上げていた。そして、そのまま頭上から地面に向けて小男を叩きつけた。ぐしゃっという何の音か判らない音が響いた。
 その時、転がっていたサーチライトの僅かな光に照らされて、大男が崖っぷちに立っていることに冴子は気づいた。冴子は大男の脛に向けて跳び蹴りを当てた。
 「あわわああ・・・」
 大男はバランスを崩してよろけた。何かを掴もうとしたが、虚しく空を切っただけだった。大男はもんどり打って、崖を滑り落ちた。真っ暗闇で何を掴むことも出来ない。大男がごろごろ回転しながら、崖をどんどん落ちていった。

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