見下ろす林道

妄想小説

牝豚狩り



第一章 女捜査官の危機

  その14


 その時、遠くから小走りで近づいてくる足音が聞こえてきた。相手の姿が見て取れるぎりぎりまで首を伸ばし、敵の姿を探す。やがて、男が視界に入ってきた。相変わらずエアガンを手にしている。弾が不足してきたのか、最早滅多撃ちはしていない。
 冴子は今度もタイミングを計っていた。遅すぎても、早すぎてもいけない。男が大きく曲がった急なカーブを駆け抜けたところで、冴子も音を立てないように素早く尾根から林道へ駆け下りる。カーブを曲がると走っていく男の背中が見えた。そこへ地面にしゃんで石を拾うと男の後方に向けて、投げつける。石は大きく放物線を描いて、男からかなり離れたところだが、確実に物音として聞こえる辺りにポトリと落ち、ガサガサという音を立てた。  
 男が気づいて振り向くのを確認してから、一瞬だけ姿を態と見られるようにして、カーブの向こうに姿を隠す。ちらっとだけだが、男がはっとして振り返り、こちらに走って引き返してくるのを確認した。音を立てないようにして林道の脇に立っている大きな樹の陰に身を隠す。
 男が焦って走ってくる足音が近づいてきた。はあはあと荒い息遣いが聞こえる。充分に近づいたところで、冴子は足元のブッシュを蹴って少しだけ音を立てる。男は敏感に反応した。
 「そこだな。」
 男はエアガンを構えながら、樹の裏に回りこんできた。冴子は銃を向けられて、しゃがんでいた姿勢からゆっくり立ち上がる。両手は勿論後ろ手に組んでいる。
 「待って、撃たないで・・・。もう、逃げきれないのは判ったの。もうこれ以上走れないし・・・。」
 「医者」と呼ばれていた三人の中でも一番若そうな男の顔が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべるのを冴子は確認した。
 (初めての経験だし、他の二人に先を越されると思いながら走り回っていたのだろう。それが思いもしないところで掴んだ幸運に有頂天になっている。)
 冴子は冷静に男の心理を読んでいた。
 「ようし、おとなしく捕獲されれば、無用な発射はしない。お前を捕獲するのが目的だからな。ただし、今朝のジャックっていう奴みたいな目には遭いたくないからな。じっとしてちょっと待ってろ。」
 男はそういうと、片手でエアガンを抱えて銃口を冴子に向けたまま、手探りで腰にぶら下げているロープの束を手繰り寄せた。自由な方の片手で器用にロープの先に輪を作る。「引き解け結び」と呼ばれるカウボーイが牛を捕えるのに使う結び方だ。頸にかけて引けば締まるという結び方だ。(縄の扱い方だけはちゃんと知っているようだ。もしかしたら事前に、人間ハンティングに必要な知識の講習も受けているのかもしれない。)冴子は男から目を離さないようにしながら考えていた。
 医者は「引き解け結び」の輪の側の端を冴子の足元に投げてよこした。
 「その輪の中に片足だけ突っ込むんだ。」
 怯えた様子を見せながら、冴子は言われた通りに片足を突っ込む。それをしっかり確認してから、男は手にした残りのロープの束を目の上3mほどのところに横に張り出している枝めがけて投げ上げる。ロープがうまく枝の上を通って降りてくると、その端を掴んで手繰り寄せる。
 冴子は引かれる足首に巻きついたロープによって、片足を上げざるを得ない。身体のバランスを崩さないように後ろ手に樹の幹を掴み、背中で樹にもたれかかる。
 最初は足首を持ち上げられることで、脚を開いて下着を覗かせてしまわないように身体の前で膝を折ってくの字になって堪えている。が、どんどんロープが手繰られていくと、どうにも脚の付け根を隠しようがなくなってくる。男がニヤリと笑うのが見えた。
 「い、嫌っ。許して・・・。」
 辱めに堪え切れないというように、身を揺する。それが、男に更に欲情をそそる。
 男は片手に持っていたライフルのエアガンを叢に下ろし、今度は両手で力をこめて冴子の片足を吊っているロープの端を手繰り寄せる。とうとう、膝では隠しきれなくなって、冴子の片脚が大きく開き、ずり上がってしまったミニスカートから白い下穿きを丸見えにさせてしまう。男が思わず生唾を呑みこむのが感じられた。
 大きく股を開いて足を吊りあげられて、最早足蹴りの技は全く使えない状態になったのを確認してから、男は傍の別の樹の枝にロープの端を結わえ付ける。目の前に股間を顕わにした女が無防備な格好で晒されている。
 (やったのだ。俺がやったのだ。最初に獲物を捕獲した。これで俺に権利が出来た。最早、他の連中は手出しが出来ないのだ・・・。)
 「医者」には勝利の喜びがこみ上げてくるのを抑えきれない。
 (これで、後は牝豚を痛めつけて弱らせ、両足の自由を奪って首に鎖を繋いで引っ張っていけばいいだけだ。なんだ、簡単なことじゃないか。女の蹴りさえ気をつけていれば、俺にだって充分出来たんじゃないか。さあ、これでもう急ぐことはない。まだたっぷり時間はあるし、少し愉しんでから凱旋するか。)
 狩りの勝負という緊張感から解きほぐされると、今度は嗜虐的な性欲が沸き起こってくるのを抑えきれなくなってきた。「医者」の目がぎらぎらしてきた。
 (可愛がってやると言って、たっぷり虐めてやろう。女がどんな声を挙げるか楽しみだ。まずは、この右手で剥きだしの乳房を、左の手で、剥きだしの股間をがっちり掴みあげて・・・)
 「医者」は征服欲に有頂天になって、片脚を吊られた女の手が背中で自由になっているとは思いもしなかった。ましてや、その手には既にスタンガンが握られていることさえ。
 「うぎゃああああ。」
 冴子の股間に掴みかかった瞬間に、差し出された頸筋にスタンガンを当てるのは訳もなかった。「医者」は一発目の一撃で悶絶して、目の前に転がった。素早く足首の縄を解くと、冴子は念の為の二発目の電撃を加えた。男の身体が無意識の中でびくんと動いた。が、三発目にはもう既に反応もしなくなっていた。
 冴子は素早く行動した。男の両手首を背中で手錠に繋ぎ、すぐには発見されないように、林道から少し離れた藪の中に男を引き摺っていって、手頃な高さの樹の枝を使って「政治家」と同じように身動きできないように縄で手錠と足首を固定して枝に掛けた。声も挙げられないように、「政治家」にしたのと同じようにハンカチと縄で猿轡をかませる。
 一連の作業をしながらも、冴子は辺りに気を配るのを怠らなかった。勝利の直後の油断が一番危険なことは、「政治家」と「医者」の行為が証明している。藪の木陰に身を潜めながら、冴子は「医者」が背負っていたリュックの中身を検める。
 冴子が予測した通り、初体験の「医者」は地図を持参してきていた。国土地理院が発行している何処の書店にもあるような5万分の1の地図だった。さすがに細かい林道までは記載されていないようで、鉛筆書きで描き足してあった。
 丹沢山麓の、かなり奥深い場所のようだった。冴子もここへは踏み入れたことはない。
 林道はやはり、大きく分けて二つのループになっていた。その二つのループの合流点の近くが、昨晩冴子が吊るされた場所であろうと検討をつけた。その地点に向っては里のほうから別の細い道が繋がっていた。途中で峠を越え、林道としてはかなり長めのトンネルが途中にあった。おそらく途中に一般車両が乗り入れるのを防ぐゲートが設けられている筈だ。こんな大掛かりなイベントを仕組む連中のやることだから、ゲートの合鍵を作るぐらい雑作のないことだったろう。車を乗り入れ、ゲートを施錠してしまえば、滅多に来ることのない林野庁の職員の他には入ってくる者のない隔絶された空間となる。あたりの地形は、一般人向けの登山道にも繋がっていない山奥であることを示していた。これならば登山者が迷い込む心配もない。しかし、そのことは逆に言えば、この場所から逃れ出るには、里へ出る唯一のトンネルのある道を通る以外はかなり難しいことを意味していた。そしてそこに、冴子を拉致してきた男達が待機しているのは、ほぼ間違いないだろうと思われた。
 が、まずは最後の一人である追っ手を倒すことが先決問題だった。そして、その最後の一人が最も手強そうだった。「政治家」という男ほど歳食っておらず、「医者」ほどは若くなくて世間知らずでもない。走り方からして、このような狩猟ゲームをする為のトレーニングまで積んでいるように思われた。世の中に極僅か、だが確実に存在する、所謂アーミーフリークという連中の一人なのだろう。

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