妄想小説
牝豚狩り
第一章 女捜査官の危機
その15
冴子は遥か遠くの山の頂きの稜線を見上げた。漸く日は翳り始めていた。追う者と追われる者とでは夜を迎えることが立場を逆転させる。追うものは明かりを使わざるを得ないし、追われる者はその明かりを避けさえすればいいからだ。
冴子は日が暮れるのを待つことにした。
冴子は色んなケースを考えていた。最初の説明では、夜が明けて24時間が経過しても獲物が捕まらなければ、それでゲームセットで、獲物は解放されると言っていた。しかし、おそらくそんなことがある筈がないことは冴子もよく承知していた。「今回のお客」からは解放されるだけで、「今回のお客」にはゲームセットになるだけだ。彼等の歯牙から逃れることが出来なければ、次のお客の為のゲームスタートに饗される獲物になるだけのことなのだろう。今回捕獲を逃したお客はリベンジに燃えて、更に高い料金を提示されても再び挑戦したいなどと言い出しそうな輩だろう。
そうだとすれば、追っ手のもう一人のハンターを倒し、こんなイベントを企画し運営した悪辣な連中の何等かの尻尾を掴んだ上で、逃げきるしか道はないだろう。冴子は自分を捕えて拉致した男の腕を見くびってはいなかった。只者ではない筈だ。冴子がいとも簡単に捕まってしまったのは、女の子を人質に取るという悪辣、卑怯なやり方のせいだったが、ハイジャック犯や立て篭もり強盗などの人質を取る犯人に立ち向かう訓練も受けている。しかし、そんな訓練の中で身に付けさせられる、犯人のちょっとした隙を突くチャンスは全くなかった。実に手際よく武力に長けた自分の自由を奪い、適確な方法で拉致・監禁し、素人にも充分勝機のある方法で拘束して無抵抗にし、しかし易々と捕まってしまうようなことがない方法で、牝豚狩りゲームの獲物として山に放ったのだ。
(あの男を甘くみてはいけない。)
訓練を受け、実際の戦闘的行為も経験を積んだ特殊捜査官の危険予知本能が、そう冴子に告げているように感じられた。
次に冴子が思ったのは、これまでこの場所や、ここに似た区域で、どれだけの非道なゲームが興じられてきたのだろうかということだった。
生身の女性を獲物にして、山野に放ち、それを追いかけて遊ぶなどという行為は、ある種の性癖のある異常性格者には垂涎の憧れなのかもしれない。そして、その欲望は成功する度により強く、より深く進行するものなのだろう。
男が自分を拉致したときには、自分の能力を男は見抜いていたに違いない。そうして、自分こそが、今回の狩猟ゲームのターゲットに相応しいと見抜いたに違いない。何時の時だろうか。
そう考えて、すぐに4日ほど前の地下鉄での痴漢事件を思い出した。
(あの時、あの車両に乗り合わせていたのに違いない。そしてずっと後を付けていたのだろう。)
そうしていて、たまたまであろうが、あの若い青年男女が遭遇した恐喝事件に自分が関わるのを見ていたのだろうと冴子は想像した。
(ターゲットは最初から自分だったのだ・・・。)
初めて、自分が晒された状況を理解したのだ。
そして次に浮かんできたことは、想像を絶する内容だった。自分のような訓練を受けた武道の堪能な相手と知っていて、それを獲物として選ぶからには、並大抵の相手では物足りなくなっていたということを示す。
(おそらく、最初はいたいけな、かよわい少女を餌食にしたに違いない。しかし、それはあまりに簡単に捕まえられるので物足りなさに厭きて、もっと難しい相手を探したに違いない。
おそらくは、運動神経の発達した女性スポーツウーマンだろうか・・・。それだけでもすぐに物足りなくなったに違いない。自分のようなプロの特殊捜査官にまで辿り付くまでに至るということは、一般の婦警などは厭きるほど試してみたということを表しているのだろうか。そして、そのようなゲームが興じられているという報告を今まで耳にしたことがないというのは、そのゲームの餌食として拉致され、山へ放たれた女性警察官たちは、ゲームセットの後に・・・・。)
考えていけばいくほど、このゲームの首謀者に対する恐怖と怒りが浮かんでくる。
(もしあの時、網を掛けられた時に、外した手錠に気づかれていたら、もしあの時、最後の手錠が外れなかったら・・・、そしてこの後・・・。)
怒りだけでは済まされない恐怖があった。が、しかし、それに立ち向かわなければ、生きる道はないのは間違いなかった。
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