騙された新人女優とマネージャー
第一部
九
帰りの車の中では由里は終始無言だった。剛の方も由里が何も喋らないのに気を使ってなのか話し掛けてはこなかった。
「あ。この2ブロック先の右に曲がったところだよね、君のマンション。」
「え、ええっ。そうです。」
剛は急に車を停める。
「じゃ、ここまでにしとこう。週刊誌記者が張り込んでいるといけないから。後は独りで歩いていけるよね?」
「え・・・。ええ、大丈夫です。」
週刊誌記者が張り込んでいるかもしれないなどとは考えたこともなかった。いつもはマネージャーの新垣と一緒だったからだ。しかし新垣からはいつも注意されていた。
「ねえ、いいこと。私と一緒じゃないとき、何時週刊誌記者やカメラマンから狙われているか分からないから注意するのよ。」
まさしく今はその注意をしなければならない時なのだと由里は悟ったのだった。
「あ、あの・・・。」
「ん? 何っ・・・?」
「き、今日はありがとうございました。」
「あ? ああ。じゃ、明日も撮影あるから、宜しくね。」
「は、はいっ。」
そう答えて助手席のドアハンドルに手を掛けかけてから急に由里は振り向きざまに剛の首に両手を掛けて引き寄せると自分の唇を剛のそれに押し当てる。
「それじゃ、また明日。」
すぐに身を離して助手席から滑り出た由里だったが、唇の感触だけがしっかりと脳裏に焼き付けられていた。しかし、その絶好のシャッターチャンスを茂みの奥に張っていたスキャンダル誌のカメラマンが逃すことなくカメラに収めていたことに由里も剛もきづいていなかったのだった。
「あ、編集長。今、いいショットが撮れましたよ。このところずっと張ってたんですが、マンションからちょっと離れたところ辺りが狙い目だろうって場所をマンション真ん前から移して、少し離れた所に移したんですけど案の定、車を少し離れたところで停めてあの娘を降ろしたところを抑えました。結構いいショットになったと思うんですが、今すぐ記事にしないでもう少し泳がせておいて言い訳出来ないような証拠を押さえたところで記事にしたいと思います。ええ・・・、そうです。はい・・・。わかりました。引き続き張り込みを続けます。」
スキャンダル誌のカメラマンは一応その日の成果を雑誌社に控えている編集長に報告した上でその夜は撤収したのだった。
窓の外でスキャンダル誌カメラマンが立ち去っていったこともしらず、由里はまだその夜の余韻に浸っていた。それだけ剛との初めての夜は由里には衝撃的だったのだ。
台所で水をいっぱい呑んだ由里だったが、そのままキッチンのフロアに崩れ落ちる。
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