騙された新人女優とマネージャー
第一部
十七
「いやだわ。ごめんなさい。コースターが貼り付いていて・・・。」
そう言うや電光石火の如く自分のハンドバッグからハンカチを取り出して深沢の股間を拭う。
「あ、いいよ。いいよ。そんなに濡れていないみたいだから。」
茉莉のグラスに貼り付いていたコースターはほんの少し深沢のズボンを濡らしただけだったが、茉莉はわざと念入りにズボンの上を拭う。
「すいません。私・・・、こういうの慣れていないものですから。」
丁重に謝る茉莉だったが、内心では確信を持つ。
(やっぱり勃起はしていなかった・・・。)
コースターが濡らしたズボンを拭う振りをして、茉莉は深沢がズボンの下で股間を勃起させていないかどうか手探りで確認をしたのだった。
「ごめんなさい。そんなには濡れなかったみたいですね。それじゃ、改めて乾杯しなおしましょう。カンパーイっ。」
「君。今度私が撮る映画に君のところの手塚由里っていう新人を何としてもヒロインとして立たせたいんだろう?」
「え? そ、それはもう・・・。」
「そうか。ならば、どうだろう。私にもひとつ条件を出させて欲しいんだが・・・。」
「条件・・・、ですか。そ、それは?」
「実は私には一般には明かしていない趣味があってね。」
「趣味・・・? 何でしょうか、それは。」
「写真を撮ることだよ。それも公開はしない、私だけの為の写真だ。」
「先生だけの為の写真?」
「そうだ。他人には見せない私自身だけの為の写真だ。若い頃は写真家を目指した時期もあった。が、すぐに映画の方の世界に転向した。映画のカメラを握っていたのはそれでも若い頃だけですぐに監督の方の仕事に没頭するようになった。」
「そうでしたよね。」
「しかし寄る年波には勝てず、今では自分でメガホンを握ることはあまりない。映画界の大巨匠とか大御所映画監督とか言われているが、実際には助監督へ指示を出すのが専らの私の仕事だ。それでも創作への意欲はある。その意欲を掻き立ててくれるのが他人には秘密にしている自分の為のカメラ撮影なのだよ。」
「そう・・・なのですか。」
「そう。それで相談なのだが、君に私の個人的趣味のカメラ撮影のモデルになって貰えないだろうか。もちろん、君が第一線から退いて表舞台にはもう立たないと決意していることはさっき聞いた。しかし私個人だけの為の非公開の写真のモデルだったら構わないのじゃないか?」
「え、先生個人だけの為の非公開の写真モデル・・・?」
「もし受けてくれるのだったら、君のところの由里君のオーディション合格は私が請け負う。それだけじゃなくて、映画の後も由里君の後押しは出来る限りさせて貰うよ。」
「え、本当ですか? で、でも・・・。私なんかより、もっと相応しいモデルは一杯居るのではありませんか?」
「モデル自体はいっぱい居るさ。しかし私が撮りたいのは自分の感性に叶う写真なのだ。それに適うモデルはそうは居ない。普通の一般的な商業グラビアとは違うのだよ。それと・・・、さっき君はさり気なく私の股間に触れてたね。ズボンを拭く振りをして。あ、いいんだ。気づいていたよ。君が想像した通り、私はもうこの齢だから勃起しない。だから私の個人的なモデルになって二人だけの密室に居ることになったとしても君を襲うようなことはないからね。その心配はない。」
茉莉は自分が大御所映画監督の感性に適うモデルなのだと言われたことよりも、由里を女優として成功させることに大御所映画監督が後押しを約束してくれたということに大きな魅力を感じていた。それは長年の茉莉の夢でもあったからだ。
「グラビアモデルの仕事は若い頃に私もやってましたから、出来なくはないとは思います。でも・・・。少し考えさせて貰えませんでしょうか。」
「勿論だとも。いい返事を期待しているよ。」
その日の話はそこまでで終わったのだった。
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