騙された新人女優とマネージャー
第一部
十一
「はい、カーット。オッケーでーすっ。由里ちゃーん。今日は凄―く良かったよ。昨日とは段違いで感情、入ってた。どうしたの、いったい?」
「あ、共演の剛さんに感情移入の仕方とか色々指導して貰ったんです。私の演技が下手なせいでスケジュールがどんどん押しちゃってるって責任感じてたんです。」
「そうなの? じゃ、これからもこの調子で宜しく頼むよっ。」
助監督の言葉に、昨日手間取っていたシーンの撮影が無事終了して由里もほっと胸を撫でおろす。その後ろからマネージャの新垣茉莉が近づいて来ていた。
「由里ちゃん。凄いじゃないの、助監督から演技について褒められるなんて。」
「あ、新垣さん。ちょっと難儀していたシーンに今日やっとオーケーが出たんです。あれっ? 新垣さん、今日はなんかいつもとちょっと雰囲気が違いますね。」
由里は茉莉が珍しくスカート姿だったからだ。それも丈はかなり短いものだった。
「雰囲気? ああ、今日はちょっとこの後で大事な人と逢う用事があるの。それより昨日は独りで無事に帰れたの?」
「え、どうして・・・ですか?」
由里はマネージャがどこからか昨夜の剛との逢瀬のことを聞きつけたのではないかと不安になった。
「どうしてってことはないけれど。実は今日も一人で帰って貰わなくちゃならないからよ。実は宇藤監督が大先輩の大御所の深沢監督を紹介してくださるそうなの。次の映画のキャスティングで近々オーディションをやるそうなので、その下打合せを顔合わせを兼ねてやらせて頂けることになっているの。」
「え? 私、深沢監督の映画に出れるんですか?」
「まだ、それは分からないわよ。オーディションの結果次第ってことね。でも事前に逢っておければ何かヒントは得られるかもしれないわ。」
「私も行ったほうがいいんでしょうか?」
「あ、それはまだ。オーディション前に監督に抜け駆けで逢うのはフェアじゃないから。この業界の基本的なルールよ。」
「ああ、そうですよね。わかりました。よろしくお願いします、新垣さん。」
(今夜もマネージャーとは別々で帰れるんだわ。こんなチャンスは滅多にないものね。)
由里は気持ちが高まってくるのを抑えきれないでいた。
「あ、剛さん。ちょっと・・・。」
由里は監督と話をしていた剛が撮影現場から戻って来るのを目に留めて大道具セットの陰に呼び寄せる。
「今日の撮影の終わった後、一人で帰れることになったんです。マネージャーが大事な用件で打合せが入ったものですから。それでもし出来たらもう一度だけ、演技指導をして貰えないでしょうか。」
『演技指導』という言葉を聴いただけで、剛は身体が熱くなるような気がした。
(由里ちゃん、『演技指導』だなんて、随分都合のいい言葉だな。ほんとはしたいってだけなんだろうに・・・。)
剛自身は監督にアドバイスされて自分の方から演技指導という言葉を使って誘い出したことも既に忘れてしまっていたのだった。
「うーん、演技指導か。そうだね。今日は案外うまく演技出来てたみたいだったからね。あと一歩かなあ。」
「ええ、そうなんです。私、やっと恋する女性の気持ちを演技出来るようになってきた気がするんです。これを忘れないうちにきちっとものにしておきたいんです。」 「だったら監督にあの家、もう一度使わせて貰えるかどうか訊いてみるよ。ちょっと待ってて。」
足早に宇藤監督のほうへ走り去っていく剛の後ろ姿を由里は思いが叶いますようにと念じながら見送るのだった。
しばらくして戻ってきた剛と再び大道具セットの裏に隠れる二人だった。
「監督、オッケーだってさ。ほらっ。鍵も借りて来た。」
「よかった。あの・・・、よろしくお願いします。」
「あ、たださ。くれぐれも週刊誌とかに見つからないように気をつけるようにって監督に言われてるからね。外で拾うと誰かに見られるかもしれないから地下駐車場のB4っている看板のある壁の奥で待ってて。僕の車が来て辺りに誰も居なかったらさっと車に乗ってくれる?」
「分かったわ。くれぐれも注意するっ。」
由里は心が浮き立つのを最早止められないのだった。
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