若妻のたしなみ
六
男が戻ってきたのは三十分ぐらい経ってからの事だった。背中の手錠を見られないようにする為、部屋には背を向けてしゃがんでいるしかない理恵は部屋の中の物音で男が戻ってきたことを知ったのだった。
「ああ、お願い。私を中に入れてっ。ここはとても寒いのっ。」
男が気配でガラスのすぐ向こう側までやってきたことを理恵は知る。
「たっぷり身体を冷やしたようだな。そろそろ中へ入れてやるか。」
「ああ、お願いします。」
男は掃き出し窓のロックを外すと、理恵がやっと身体を通せるだけの幅で窓を開いたので、理恵は背中から身体を押し込むようにしてしゃがんだまま部屋の中へ滑り込む。
「お、おトイレに行かせてください。」
「へえ、トイレに行ってどうするつもりだ?」
「ど、どうするって・・・。あ、あの・・・。」
「何だい?」
理恵は恥ずかしさに唇を噛みしめてから、やっとひと言、口にした。
「お、おしっこが・・・洩れそうなんです。」
「おしっこだって? よく恥ずかしくも無くそんなこと口に出来るな。」
「ああ、言わないでっ。もう、洩れそうなの。行かせてっ。」
理恵は堪らず男を振り切って階下のトイレに向かう。その後ろを男が追いながら声を掛ける。
「お前、ずいぶん可愛いの飼ってるんだな。」
(えっ、何の事?)
不審に思いながらも、切羽詰まっている理恵は手錠を掛けられた両手を背中に回したままで階段を駆け下りる。トイレの扉は当然の事ながら閉まっているので後ろ手でドアノブを掴んで回す。やっとの事でトイレの扉を開けると便座が上がっている。不審に思いながらも、ふと背中の手錠が首輪と繋がれている為に、自分では下着をおろせないことに気づく。スカートは指先を伸ばしてなんとかたくし上げれそうなのだが、その下のパンティはどうにも膝まで下すことが出来ないのだ。
(えっ、どうしよう・・・。)
トイレの扉は開いたままだったので、逡巡する理恵の前に男が現れる。
「あの、このままじゃ下着を降ろすことが出来ないのです。背中の鎖を外してくださいっ。」
「さて、どうしようかなあ。」
男はにやにやしながら、腰をもじもじさせながら募りくる尿意に堪えている理恵を焦らしている。
「鎖を外す訳にはいかないからな。パンツを下してくださいって頼んでみたらどうだ。」
男は他人事のように冷たく言い放つ。
「ええっ、そんな・・・。ああ、もう駄目。わかりました。お願いです。パンティを降ろすの、手伝ってくださいませんか。」
「えっ? 今、何て言った? もう一回言ってみて。」
「ああ、パンツを下してくださいっ。」
「じゃ、こっちへ来い。ほら、ここへ立てっ。さ、もう一度、言ってみろ。」
「ああ、そんな意地悪な。パンツを下してください。」
「じゃあ、下してやるか。それっ。」
「ああ、見ないで。」
膝までパンティが下されたところで、理恵は踵を返すとトイレに駆け込む。後ろ手で便座を降ろそうとして便器の中を覗き込んでみて、凍りつく。何とそこには、自分が日頃から可愛がっていた金魚が便器の中を泳いでいるのだった。
「えっ、どうして・・・。あ、貴方。何をしたの・・・。」
「ああ、金魚が狭い金魚鉢の中で可哀想だと思ったんでね。そこに放してやったのさ。」
「なんてことを・・・。」
「ほら、パンツ、おろしてやったんだから、早くションベンをしたらどうだ。」
「で、出来ないわ。そんな事・・・。ああ、どうしたらいいの・・・。」
途方に呉れる理恵の前に、男がさきほど空にした金魚鉢を何時の間にか手にして翳していた。
「折角金魚たちが場所を空けてくれたんだから、この中にしたらどうだい?」
「えっ、金魚鉢の中にしろって言うの?」
「いやなら別にいいんだぜ。そのまま垂れ流したいんなら。」
「ああ、もう駄目。わかったわ。それを跨がせて。」
我慢の限界を迎えて額から汗を垂らしながら、必死で理恵は男に近寄り男が床に置いた金魚鉢を跨ごうとする。しかし、脚を開いて腰を落とそうとした理恵の足元から男はさっと金魚鉢を拾い上げてしまう。
「お前のトイレは二階だよ。こっちまでおいで。」
そう言うと、男は金魚鉢を手に再び階段を上がって行ってしまう。
「ま、待って・・・。」
今にも洩れそうな股間の括約筋を必死の思いで締め付けながら理恵は男の後を追う。
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