若妻のたしなみ
十二
「ねえ、何処まで行くつもりなの?」
家を出てすぐは近所の人に遭わないとも限らないので男からは少し離れて歩いていたが、家から離れてしまうと距離を持ったまま男についてゆくのはあまりに不自然なので、男のすぐ横を歩くようにしていた。
「もう少し人通りの多いところさ。お前のミニスカートの脚を出来るだけ多くの男の眼に触れさせるのが目的だからな。」
「そんな事して、何になるっていうの?」
「お前が淫らな女だっていうことを自覚させる為さ。ほら、あそこ。お前の事、じっと見ているぜ。まさか、そのミニスカートの下は何も穿いてないとは思ってないだろうな。教えてやろうかな。」
「やめてっ、そんな事。お願いだから。」
「おう、歩道橋がある。ここを渡ろうか。」
「いや、階段はやめて。」
「このくらいの勾配じゃ見えやしないさ。」
「駄目っ。万が一でも覗かれたら下に何も穿いていないのよ。こんな短いスカートじゃ不安だわ。」
「刺激があっていいんじゃないか?まあ、赦してやるか。おっ、あんなところでいちゃついてるカップルが居やがる。そうだ。俺たちもちょっといちゃついてみるか。」
「な、何をするつもりっ?」
「ここでキスをするんだ。」
「いやよ、そんな事。夫以外の人と外でキスをするなんて。」
「ふしだらな女には似つかわしいことさ。それにお前にはそれを拒む事なんて出来ない。キスが嫌ならスカート捲ってやってもいいんだぜ。」
「駄目よ、そんな事。やめて。スカートの下は何も穿いていないのよ。」
「だったらキスするんだな。そうだ、お前のほうからしてこい。思いっきり甘えるみたいにみせるんだぜ。」
「お願い、赦して。そんな事・・・。ああ、わかったわ。」
理恵は辺りを入念に見回して見知った者が居ないことを確かめる。最後は勇気を振り絞って男に唇を突きだす。男はミニスカートの上から理恵の腰を抱いて引き寄せ唇を奪う。すぐに男の舌が入ってきたが、理恵には受け入れるしかなかった。そうしなければスカートを捲られ、裸の尻を剥き出しにされてしまうに違いなかったからだ。
それは長い、長いキスだった。夫ともそんなキスを交したことはなかった。漸く唇を離され、辺りをちらっと見まわしたが、かなり多くの通行人がこちらの事を注視していたのは間違いなかった。
男は腰に回していた手を理恵の肩に掛ける。キスまでしていたので、振り払う訳にもゆかなかった。理恵には仲のよいカップルを演じるしかなかったのだ。
「いい演技だったな。褒美をやるよ。」
「え、褒美って・・・?」
「家の鍵を返してやるんだよ。」
「ほんとに?」
「ああ。ほらっ。」
男は理恵に鍵を翳すと近くにあった缶ジュースの自動販売機に向けてそれを放り投げる。鍵は歩道のタイルの上で一回跳ねて自動販売機の下に落ちていった。
「あっ・・・。」
歩道のタイルと自動販売機は数センチほどしか空いていない。その下に鍵は滑り込んでしまったのだ。
「大丈夫さ。手を伸ばせば届く場所さ。」
男はそう言って平然としている。しかし大丈夫な筈はなかった。普通ならちょっと屈みこんで手を伸ばせば拾える筈の場所だ。しかし理恵はカーディガンの下で両手を手錠で繋がれ、首輪から鎖で繋がれている為に手を伸ばすのも難しいのだ。その上、とても短いスカートでその下はノーパンなのだ。男の意図は明らかだった。
「ひ、酷いわ。私にこの格好で拾わせるというの?」
「別に拾いたくなければ、そのままでずっと居たっていいんだぜ。俺は少し離れた場所から見ていてやる。」
そう言うと男は車が来てない隙を突いて道路の反対側にさっさと渡っていってしまう。一人残された理恵は動くことが出来なかった。人通りは多くはないものの絶えることもなかった。ミニスカートの女が突然しゃがめば誰もが注目するだろう。しかしそれ以外に理恵に鍵を手に入れる方法はないのだった。誰かに頼むことが出来ないだろうかとも考えてみた。しかし仮に誰かに拾い上げて貰ったとしても、それを受け取る為に手を出すことも出来ないのだ。それは手錠を後ろ手に掛けられていることを知られてしまうことを意味しているのだ。
次へ 先頭へ