若妻のたしなみ
十三
理恵はなるべく人通りが少なくなるのを待ってみた。しかし誰も居ないという瞬間は現れない。仕方なく意を決してスカートの中が覗かないように両脚をぴったり付けたままで自動販売機の前で屈んでみた。案の定、手を伸ばしてみるが背中の鎖が邪魔をして床までも指が届かない。そうこうするうちに通りを歩く男たちの目が理恵のほうを注目し始めた。ミニスカートで歩道に屈んでいるのはかなりきわどい格好だ。どんどん立止って理恵のほうを見始める男達が増えているようだった。
もはや躊躇している訳にはいかないと思った理恵は意を決してお尻を地面に付けてミニスカートから脚を投げ出して背中の両手を出来るだけ自動販売機の下に潜り込ませ、鍵を探った。
スカートの中の股間が覗いてしまっているかもしれなかった。しかし理恵にはその事を考えている余裕はなかった。わざと考えないようにして自販機の下に突っ込んだ指先に集中する。
(あった。)
漸く指先が落ちている鍵を探り当て必死でそれを引き寄せると、手の中にしっかりと掴んで逃げるように走り出した。後ろから追っているであろう視線は全て無視することにして、ただ、ただ自分の家へ急ぐことに専念するのだった。
男が自分の事を追掛けてきているかどうかさえ、気に掛けていなかった。とにかく家の鍵を開けて男が置いてきた手錠の鍵を使って自由になることだけを考えていた。
やっと自分の家が見えて来た時、逸る心を押さえながら手の平の鍵を確かめドアに向けて走っていった。
(あと少しで自由になれるのだ。)
ドアの前に立つと背中を向けて鍵穴を探る。なかなか鍵が鍵穴に入らなかった。焦っているからだともう一度深呼吸してから鍵を入れ直す。
(入った。)
安堵の吐息をはきながら鍵を回そうとする。しかし鍵はびくともしないのだった。
(えっ?)
くるっと廻る筈の鍵がびくとも動かない。不安が過ぎる。
(どうして・・・?)
嫌な予感がする理恵の視野に男の姿が入ってきた。ゆっくりとこちらに近づいてきていた。男が来る前にと何度も鍵を回そうとするが、何度やっても鍵は廻ってくれない。とうとう男が目の前までやって来てしまった。
「どうした? 鍵が開かないのかい?」
理恵は返事が出来ずにいた。口惜しさに唇を噛みしめる。
「開かないだろうな。それは、お前の家の鍵じゃないもの。ほらっ、これだよ。お前の家の鍵は。さっき摩り替えておいたのさ。」
「え、何ですって?」
男の手には今理恵が背中で握っているのと殆ど同じ形の鍵が握られていた。
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