35サチ指南

妄想小説

キャバ嬢 サチ



 九

 マリコが会社で仕事をしている振りをしながら、仕事と関係ないウェブサイトなどを見ているらしいと判ってから、正雄のマリコに対する観察は益々深まっていった。部長についてはかなり神経質に気を遣っている割に、自分やもう一人居る管理職の石島課長にはあまり気を遣っていないようなことも判ってきた。部長の樫山はその年代の管理職には珍しいぐらいパソコンに精通していた。普段の会話の中でもそれが覗える。一方の石島課長や自分は、自分でも情けないぐらいパソコンは苦手である。マリコもそのことをよくわきまえているらしいのが憎らしかった。
 (ようし、今度何を見ているのか突き止めてやろう。)
 そう決心した正雄だったが、ならばどうすればいいか、さっぱり見当もつかなかった。さすがに隣の席の自分が、マリコの机のほうに顔を寄せてくるような時は、マリコもさっと反応して画面を切り替えているようだった。今までそんなことにはまったく気が付かなかっただけだったのだ。

 「あのさあ、サッチー。よく画面切り替えてエッチなものなんかみてる奴が居るんだけど、いったい何見てるのか、こっそり探りたいんだけど、いい方法ないかな。サッチーって見かけによらずパソコン強そうだものね。」
 (あーら、あんたこそ、見かけどおりにパソコンは苦手だからね。)
 そう心に思いながら、正雄の目の前で大胆にミニスカートから伸びる露な脚をさっと組替える。幸江自身は決してパソコンに詳しい訳ではない。ただ、いつも仲良くしている同じ事務所の哲太がパソコンが得意なので、何かにつけ手取り足取りで教えて貰っているおかげなのだった。
 「まあ、それなりに手はあるけど、只って訳にはいかないわよ。もうそろそろブランデーのボトル空きかけてるでしょ。あたし、今月、ちょっと成績がよくないの。もう一本入れて呉れる?」
 サチがちいさな目でウィンクするのについ頷いてしまった正雄だったが、財布の中身がはや心配になってきた。なにせサチがいつも入れさせているブランデーは店で二番目に高い高価な代物なのだ。
 「ちょっとお願い。ボトル一本追加ね。」
 ちょうど通りがかった黒服に、サチはソファに腰掛けたまま振り向いて声をかける。その瞬間にサチの短いスカートの裾が更にずずっとずり上がったのを正雄は見逃さなかった。
 「あ、今見たでしょ。駄目よ。しょうがないわね、男の人って。今度、パンチラもお金取ろうかしら。」
 「や、や、や、み、み、見てないよ。見てないよってば。そ、そ、そんな事より、どうするのさ。ボトル入れたんだからさ。教えてよ。」

 正雄にとっては思いもかけず高くついた呑み代ではあった。が、意外にもサチは驚くほどいろんな知恵を授けてくれたのだった。正雄はサチに入れ知恵された通りに、休日の日にこっそり休日出勤をすることにして、一人で事務所に忍び込んだのだった。
 休日出勤はこれまでにも何度か仕事でしたことがあった。大抵は期末時などに書類が間に合わないような際に上司に言われて出るのだが、自分がやるべき仕事が捗っていなくて上司に言い訳が立たない折にこっそり自分で出て仕事をしたこともあった。火元取締簿の記載などで判ってしまうので、上司は知ってはいるようだったが、黙認をするのがならわしとなっていた。
 正雄は他の人が休日出勤をしたがらない日曜の午前中を選んで、守衛所で鍵を貰ってこっそり事務所を開錠して、しいんと静まり返った誰も居ない部屋へ滑り込んだ。まさかの時の為に、事務所の扉は中から施錠しておく。これで誰か来ても多少は時間が稼げる筈だった。それからいかにも仕事をしてましたと言う風に見えるように、自分の机に幾つか書類を広げる。そうしておいてから、隣のマリコの席に位置を変える。女子社員が冷えを防止するのに誰もが使っている毛布がマリコの席の背もたれにも掛かっていて、生温かい。さすがに人のパソコンを立ち上げるのはどきどきして心臓の動悸が早まる。震える手で意を決して起動ボタンを押す。ウィーンという微かな起動音でさえ、誰かに気づかれるのではと思わず辺りを見渡してしまう正雄だった。
 カリカリカリカリ・・・・。パソコンが立ち上がっていく音が妙に長く感じられる。
 突然画面が変わって、ログイン名とパスワードを求める表示になる。ログイン名はマリコの苗字と名の頭文字を表すhosokawaに既になっている。大抵の人はログイン名とパスワードは同じものにしてる筈ってサチも言っていた。確かに自分もパソコンでもログイン名を同じパスワードをいつもいれている。パスワードの欄にhosokawaと打ち込むと無事パソコンは起動作業を続行する。
 (いいこと。最初にファイルを開くときのメニューの中に「最近開いたファイル」ってのがあるから、そこをクリックすると最近みたものがリストで出てくるの。)
 そうサチは教えてくれたのだった。
 (これか。よし、クリックっと。)
 正雄が「最近開いたファイル」という欄をクリックする。が、そこには何も表示されてこなかった。
 (用心深い人は毎日帰る時に消していくこともあるからね。そしたら、今度はインターネットエクスプローラを開いて履歴ってところをクリックするの。)
 サチは次の手もちゃんと指導してくれていた。正雄が履歴のボタンをクリックすると、過去の参照履歴へ行くアドレスが日付毎に並んで表示された。
 (確か、昨日も昼間一生懸命見ていたからな。)
 正雄は昨日の日付になっているサイトの項目を順にクリックして開いていった。
 (あった。こ、こ、これだっ。)
 それはインターネットショッピングのサイトだった。しかも女性の下着のコーナーである。思わず正雄はマリコの下着姿を想像してしまい、生唾を呑み込む。ショッピングのサイトは幾つも開かれていた。どうも検索などをしていろいろ探し出しているらしい。その開かれたサイトを順に見ているうちにどうも共通項があることがだんだん判ってきた。それはブラジャーの下にあてるパッドだった。
 「あっ、そうかぁ。」

36豊満な日

 思わず正雄は声を挙げてしまっていた。マリコは最初新入社員で入ってきたとき、随分スリムで華奢な体形だなという印象が強かった。胸も薄っぺらいように思い込んでいた。が、あるとき、マリコが制服のベストの下に薄手のサマーセーターのようなものを着てきたことがあった。横からみると、妙に身体の線を強調してしまうもので、すぐ横に座る正雄は思いもかけず豊満そうな胸元を垣間見てしまったのだ。何となく胸は薄っぺらいという印象でずっといたので、随分驚いてしまった記憶が鮮明にあった。何故今までマリコの胸は薄っぺらいと思い込んでいたのだろうかと不思議に思ったのだった。それが今やっとわかったのだった。
 サチは過去の検索内容を探る手段も教えてくれていた。検索プログラムを立ち上げて、キーワードを入れる欄でクリックをすると、過去のキーワードの一覧が出てくるというのだった。正雄自身はそんなのは使ったこともなかった。
 (あ、これだな。ここをクリックっ。)
 すると、枠のしたにずらずらっと過去のキーワードらしきものが並んで出てきた。スクロールすることも出来るので、上から順にみてゆく。業務関連のものらしいキーワードが続いた後、それらしいものが正雄の眼に止まった。
 (ブラ パッド 悩み 痒い・・・。これだっ。)
 そこに並んでいる言葉から、あるひとつのイメージが浮かんできた。胸の膨らみが薄くて、なんとか豊かにみせたい少女。しかし、皮膚が敏感でせっかく当てたパッドが長くしていると痒くなってきてしまう。なんとか痒くならないブラのパッドを探したい。

 「あたし、結構、皮膚が敏感なんですよぉ。」
 そうマリコがハンドクリームのようなものを手の甲に塗りながら、目の前のもう一人の女性である庶務の奈美に話しているのをつい耳にしてしまった日のことを思い出した。
 「それって、繊細ってことですよねっ。」
 何とか会話に加わろうとして口を差し挟んだ正雄は、二人の女の子から思いっきり白い目で蔑視されてそれ以上、会話に入り込めなくてばつの悪い思いをしたのだった。
 (あれって、パッドだったんだ。)
 正雄は思いもかけない秘密をつかんで何となく彼女の弱みを握ったことを確信していた。

 その日からというもの、正雄は毎日、マリコの胸元を細心の注意でそれとなく注目して観察するようになった。確かにマリコは豊満な胸を見せる日と、薄っぺらい胸元の日があるのがわかってきた。休み明けの月曜に薄い胸の日が多いのは、休日の延長でつい着け忘れてくるのだろうと正雄は想像した。事務所の外部から若い男性の営業マンが訪ねて来る日などは、とっておきのものを着けるのか、眼を見張るほど豊かな胸元をこれ見よがしにしていることにもだんだん気づいてきた。

 休日のパソコンの盗み見で思わぬ収穫を得た正雄は、マリコについて更に知りたくなって衝動を最早止められなくなっていた。正雄が休日に会社の事務所に出る機会が次第に増えていったのだった。
 マリコは検索で見つけているらしいブログのページもよく参照していた。内容は、貧乳に悩んでいる女性のブログなどが多かった。そこに書かれている内容が、マリコの心情のように感じられて、思わず見入ってしまう正雄だった。

 何回目かの休日のパソコン盗み見になって、それまで貧乳女の悩みごとのブログが多かったのに代わって、別の悩みのブログを見出していることに正雄は気づいてしまった。それは生理用品に関するものだった。正雄自身、独身男性で一人暮らしなので、生理用品に関する知識は殆ど無いに等しいだけでなく、普段見聞きすることすらなかった。マリコが探して見ているブログは、女性の人に言えない悩み、コンプレックスに関するものが多かった。そして正雄が新たに見つけたマリコが開いて見ていたブログは、生理中に使うナプキンとそれが肌に合わずに痒みで悩んでいる女性たちの情報交換なのだった。以前にブラパッドで痒みに関することを調べていたのを知っているだけに、生理のナプキンでも同じ悩みを持っていることは容易に察することが出来た。正雄はマリコがパンティの下にナプキンを当てている姿を想像してみる。が、ナプキンそのものをはっきり見たことさえない正雄にはどうにも想像がつかないのだった。マリコはネット通販でもナプキンを調べていて、特殊な外国メーカのページを何度も参照しているようだった。ブログをまだ全部は読み切っていなかったのだが、おそらくは痒みを訴える女性達の間で、肌に相性のいい特殊なメーカの製品として紹介されているのだろうぐらいのことはすぐに想像できた。カタログのホームページには写真入りのものもあったのだが、実物を見たことがないだけに、どうも実感がわかないのだった。
 あまり長く事務所に居て、時々巡回している守衛に怪しまれてはいけないので、そろそろ引き上げようと思って最後にトイレで用を足して帰ろうと廊下に出て、ふと、いつも素通りしている女子トイレのドアが眼に入ってしまった。勿論いつもは隣の男子トイレを使っているのだが、女子トイレの中がどんな風なのか、その前を通る度に興味を惹かれていた。しかし、まさか中の様子を覗ってみる訳にもゆかない。時々掃除中で、掃除のおばさんがドアを薄めに開けたままにしている際に、ちらっとだけ盗み見たことはあるのだが、じっくり中を覗いてみるという訳にはゆかない。
 休日の今日なら建屋の中におそらくは自分しか居ないであろうと正雄は確信していた。土曜なら他の部署の人間も出ていることがたまにはあったが、日曜にはまず居ない。そう思ってわざわざ日曜を選んで出社してきているのだった。正雄は女子トイレの扉を開いてみる誘惑に駆られた。辺りを見回し、念のために階段の踊り場まで下りてみて、他の階の様子も覗う。それから息を殺してさっきの女子トイレの前まで戻り、上着の袖を使って指紋が残らないようにしながら、女子トイレのドアを押し開けた。
 (ギィーッ)という物音に思わずひやりとする。が、その後またしいんと静まり返っているのを確認してから、少しだけ開かれた扉から身体を半身だけ入れてみる。思ったより整然とした内部は個室と掃除用具入れ場のドアがあるのを除くと、大きな化粧台ばかりが目立っている。男子トイレと違って小用便器が無いのでトイレというよりは化粧室という印象だった。その化粧台の脇に腰高サイズの小さめのロッカーがあり、抽斗のひとつひとつに名札がふられている。上から二番目にマリコの名前があるのを確認すると、誘惑に抗しきれなくなって、女子トイレの中に踏み込んでしまう。扉が音を立てないように慎重に最後まで支えて閉めると、ゆっくりと差し足で鏡の前を横切って化粧台脇のロッカーに向かう。鏡に黒い影が映って動いてゆくのが自分とはわかっていながらも、いけない事をしでかそうとしている犯人を目撃しているようで、つい目を逸らしてしまう。
 指紋を調べられるようなことがある筈もないと思いながらも、ズボンのポケットからハンカチを取り出してそれで抽斗の取っ手を掴んでそっと引き出す。そこには化粧道具の奥に、正雄が想像していたものがやはりキチンと整理しておいてあった。実物は見たことはなかったが、間違いなく生理用品とおぼしき包みが幾つか置かれていた。
 それを一パックだけ掴むと、一目散に女子トイレから飛び出た。心臓がバクバク音を立てて高鳴っているような気がしていた。荷物を慌てて掴むとさっと事務所を出て施錠をし、建屋の外へ出る。そこまで出てから、女子トイレに何か忘れて来なかったか心配になってきた。ロッカーの抽斗もちゃんと元に戻して閉めておいただろうか。事務所に何かトイレに入ったことを示すものを残してこなかっただろうか。そうだ、ナプキンはどうしただろう。何処に置いたのだろう。どこかに置き忘れたのだろうか。
 次々に心配事が出てきてパニックになる。額の汗をぬぐおうとポケットのハンカチを取ろうとして、何か違和感のある感触を覚える。手に出してみると、さきほどマリコの抽斗から失敬してきた一包みの生理用品だった。女子トイレを出る時に無意識にポケットにしまいこんだものらしかった。
 (ひとつ無くなっていることに気づかれないだろうか。数をかぞえて仕舞っているのではないだろうか。)
 次々に心配事が正雄の心に沸いてきた。が、もう後戻りは出来ないような気がした。守衛所でどもりながら事務所の鍵を返すと、あとはもう小走りに何も考えないようにして駅のほうへ向かう正雄だった。

01サチ

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る