妄想小説
キャバ嬢 サチ
十九
「おう、正雄か。・・・・・。いや、それはいい。それより、いいか。よく聴け。昨夜のことは誰にも何も言うんじゃないぞ。あの娘にも何もなかったような顔をして、一言も触れるんじゃないぞ。・・・・・。そう、それでいい。あの娘はもう来てるのか。・・・・。そうか、そしたら、俺が少し説教しておくから、こっちへ来させろ。そうだな、法務室に大事な書類が届いているんで、代わりに取りに行ってくれとか頼めばいい。俺のところに取りにくれば判るようになってると言うんだ、いいな。・・・・。ようし、しっかりやれ。」
朝一番で松浪は電話で正雄に指示すると、満足気に椅子に深々と座り直す。デスクの抽斗を引いて中にあるものを確かめる。綿ロープが二束と手錠が入っている。
(今日はどこまで嬲ってやるかな。最初にちゃんと懲らしめておいてやらんとな。)
松浪は、何も知らずにマリコがやってきて、自分の顔を見た時のことを想像してみる。
コンコン。
「あのお、特許課の篠原と言います。書類を預って居られるとのことでしたので、取りに来たのですが。」
「おう、入って。ちょっと今、手が離せないんで、少しだけそこのソファで待ってて呉れる?」
法務室の入口のドアの前にはカーテン式の衝立が立ててあるので、そこからデスクの松浪の姿は見えないようになっている。
マリコは部屋の隅にある応接セットのソファに向う。そこに座ったのを気配で見届けてから松浪はそっと席を立って、まず入口のドアを内側からロックする。そしておもむろにマリコの背後に立つ。
振り向いたマリコの顔が近づいてくる松浪を見て、みるみる蒼くなってゆく。
「昨日はどうも。まさか、君がうちの会社の社員だったとはね。私は法務室の人間だ。会社規則にも詳しい。就業規則に副業をすることを禁じていることは知っているよね。」
そう言いながら、マリコの肩に手を置く。わなわな震えているマリコはその手を払いのけることも出来ない。松浪は更にその手を肩からマリコの顎へ滑らせる。
「時々居るんだよ、そんな奴が。そうするとね、僕は自分の職務上、就業規則違反ということで解雇要請を人事に送るんだ。クビにさせるってことだね。・・・。でも、いつもそうする訳でもないんだ。人間、ほんの出来心ってこともあるからね。だから時によっては許してなかったことにしてあげるって場合もある。」
そう言いながら、松浪は後ろに忍ばせていた綿ロープを手繰る。
「な、君。今、ドアは中から鍵を掛けてある。今、ここで君は私から少しだけ罰を受ける。そうしたら僕は昨日のことはなかったことにしてあげる。嫌なら今すぐ出てってもいい。さ、どうする・・・。」
マリコはうなだれて、唇を噛んでいる。
「罰を受けるんだね。・・・・。そうか、じゃ、手を後ろに回して。縛ってくださいと言うんだ。罰を受けるんだからね。そのままっていう訳にはいかない。さ、手を後ろに。」
そう言いながら、松浪は手にした綿ロープをマリコの手首に巻いてゆく。
そこまで夢想したところで、法務室のドアを叩く音に気づいて松浪は現実に帰る。
「はい、誰?」
ドアがゆっくり開く。が、入ってきた者は何も名乗らない。
「書類をお持ちしました。」
聞き覚えのある声に、松浪は誰だったかなと眉を顰める。
立ち上がろうとした松浪は衝立の脇から姿を現した幸江の姿に仰天する。
「あら。何をそんなに吃驚していらっしゃるの、松浪室長。」
「お前。サチ・・・、いや北条幸江・・・。」
幸江は手にしていた封筒を松浪に差し出す。
「これをお持ち致しました。」
訝しげに封筒を受け取ると、松浪は席に着いたまま中身を改める。紙が数枚入っているのが見える。取り出すと請求書のコピーであることが判る。松浪のサインが入っている。そしてもう一枚はデジカメの写真をプリントアウトしたものだった。俯いてはいるが、松浪自身であることがはっきり判る。背後には店のプレートがしっかり写っている。
「こ、これは・・・。」
「あのお店の請求書よ。カードナンバーもちゃんと入っている。その後ろにはこれまでの利用明細の一覧も入っているわよ。ただ、これはコピーで、本物は別に郵送出来るように取ってあるけど。」
わなわな震えているのは松浪自身のほうだった。
「き、昨日の女は・・・。」
松浪が座ったまま目を上げると、更に近寄ってきた幸江が腕組みをしながら平然と立っていた。
「ああ、マリコちゃんね。あの子、お店でキャバ嬢の真似をしてみたいっていうから、お客で入れて、真似事をさせてあげたの。本物のキャバ嬢みたいだったでしょ。マサオ君も演技力に驚いていたわよ。」
「ア、マサオもだって・・・。ど、どういう、これはいったいどういうことだ。」
「あーら、忘れちゃったの?マサオちゃんもあの場にちゃんと居たじゃない。」
「お、お前ら。みんな、グルだったのか・・・。」
「マサオちゃんのこと、叱り付けても駄目よ。もう彼も会社辞める決心をしたんだから。」
勝ち誇ったような顔の幸江は狼狽して動揺している松浪に冷たく言い放つ。
「会社のカードを使って、あんな店で使っちゃ、駄目じゃない。ましてや、貴方みたいな法務の人間が。そういう事、一番判っていなくちゃいけない立場の人でしょ。」
漸く、事態が掴めてきた松浪は、額から脂汗を垂らしていた。周りでいろんなものがガラガラと音を立てて崩れ落ちるような気がしていた。
「どうするつもりなんだ。こ、こんなことして・・・。」
「さあ、普通はこういう場合どうするんでしたっけ。内部統制管理室って言ったかしらね。こういう不正があった場合に届け出る部署は。私はもうすぐ会社を辞めちゃう人間だから、今のうちに早くしなくちゃね。」
「ま、待ってくれ。そ、そんなこと。困る。ちょっと待ってくれ。」
慌てふためく松浪に、幸江はわざと知らん振りをして横を向く。松浪は立ち上がって幸江の前に出て、床に手をついた。
「済まなかった。お、俺が悪かった。頼む、許してくれっ。」
「あーら土下座ぐらいで済むことかしら。わたしにしたこと、思い出してくれる。」
「あの時はほんとに済まなかった。どんな罰でも受けるから。だから会社に、会社に出すのは勘弁してくれっ。」
松浪は額を床に擦りつけるようにして平謝りの姿勢を保っている。
「じゃあ、ズボンとパンツ、脱いでくれる。」
「え、何だって。・・・・。わ、わかった。すぐするから。」
松浪は幸江の機嫌を損ねないように、すぐさま言われた通りにズボンのベルトを緩めると、パンツごと下ろして足から抜き取る。シャツの隙間からすっかり萎えた陰茎がぶらさがっているのが見える。
「この手錠を片っ端の手に嵌めて。」
下半身裸で床に這い蹲っている松浪の前に、松浪のデスクの抽斗から取り出してきた手錠を投げて寄越す。
「そしたら、机の下の桟に通してからもう片方の手にも嵌めるのよ。」
松浪が言われた通りにすると、あたかも地震訓練の際に机に潜り込んだ格好になる。裸の尻だけを突き出した不様な格好だった。
幸江は松浪が脱いだばかりのズボンから革のベルトを抜き取ると宙で音をさせて振ってみる。
「アンタにはこの鞭の罰をあげたあと、いいものをプレゼントしてあげるわ。マサオが持っていたものよ。アナルビーズっていうの。とってもいい気持ちになるそうよ。」
松浪の裸の尻をみながら、幸江はベルトの鞭を力を籠めて握り締めるのだった。
その頃、正雄は早期退職制度の申込用紙にサインをしているところだった。退職金の振込先には幸江に言われた口座番号を書き込んである。幸江は退職金を幸江の口座に振込ことで許してやると言ったのだ。無一文で会社を放り出されるのは可哀想だから、代わりに幸江に下りる退職金を正雄の口座に振込んであげるとのことだった。しかし、それは全てサチの店で、サチを指名するのに使うように言い渡されていた。マリコにも振られ、結婚する当てのなくなった正雄は、サチの店で遊ぶ愉しみで自分を慰めるのもいいかと思い始めていたのだった。
完
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