妄想小説
キャバ嬢 サチ
十七
次の日、早速、幸江は正雄の居る事務所のある建屋へ向っていた。幸江は以前は何度か正雄の居る事務所まで足を運んだことはあった。しかし、夜バイトで勤めるキャバクラで正雄に出遭ってしまってからは、その事務所には寄り付かないようにしていた。何時ひょんなことから、バイトの勤め先の話が出てしまうか判らないからだった。事務所の中を入口の扉についた小窓からそっと覗き込む。正雄が居るかどうか確かめたかったのだ。正雄は偶々か席を外しているようだった。正雄の席の隣に可愛らしい女の子が座ってパソコンに向かっている。しきりに画面を覗き込んでいるが、仕事をしている風には見えない。画面の中には幾つもファイルが開かれている。そのうちの一つを一生懸命覗き込んでいる様子だった。その部署の部長らしき男が女の子の斜め後ろにあるコピー機に向って歩いてきた。途端に女の子の見ていた画面が一瞬で切り替わった。幸江は今見たばかりのシーンをどこかで聞くか話した気がしてきた。
(あれえ、どこでだったっけ・・・。)
頭の中で思い巡らせながら、幸江は事務所には入らず、踵を返して出入り口の直ぐ傍の女子トイレに入っていった。このトイレもこちらに来た時に何度が使ったことはあった。元々女子社員の数が少ないので個室がふたつきりで、あとは大きな化粧鏡のついた洗面台があるきりである。幸江はその個室のひとつに入ってロックを掛ける。
別に用を催した訳ではなかった。じっくり考えたかったのだ。便蓋だけあげて制服のスカートのまま便座に腰を下す。隅に置かれた三角形の汚物入れが目に入る。
(汚物入れ、汚物入れ・・・・。えーと、なんだっけ・・・。)
幸江は深い考えもなしに、そおっとその汚物入れに手を伸ばす。丸い蓋を取ると、中に何か入っている様子がちらっと見える。幸江は一旦便座から降り、しゃがみこんで汚物入れの中を覗きこんでみる。ふたつほど丸めたナプキンが突っ込まれていた。両脇のギャザーの部分に薄い緑のラインが入っている見覚えのあるものだ。
(あの時のマサオの・・・・。)
汚物入れの蓋を音がしないようにそっと閉じる。それからすくっと立ち上がった幸江は個室を一旦出る。女子トイレの入口に戻り、ドアを薄めに開けてみて、廊下に誰も居ないことを確かめてからトイレの奥に戻る。個室の脇の角のところに腰高ぐらいの抽斗のいっぱい付いたキャビネットがある。明らかに女子の私物を入れておくものだ。ネームプレートが二つだけある。ひとつは幸江もよく知っている権藤奈美のものだ。もうひとつ、篠原マリコと書かれたものは、さっき窓越しに見かけた女の子なのだろうとすぐにピンときた。そのマリコと書かれた抽斗をそっと開けてみる。そこには幸江が予想した通りのものがあった。縁のギャザー部が薄緑色になっている特長ある生理用ナプキンの未使用のパックだった。見た事がないのはおそらく外国製なのだろうと幸江は見当をつける。
(アイツめ・・・・。)
その時、さっき見た光景が、正雄がキャバクラに来て、訊ねた不思議な光景のことだったことを思い出した。正雄にパソコンの履歴の調べ方を教えたことも思い出していた。更には、女子社員がトイレでナプキンを交換し、それを汚物入れに捨てるのを教えたこともすっかり思い出していた。
(知られたくない秘密を誰かに知られる・・・?)
もう一度、ナプキンの銘柄を確かめようと抽斗の奥を覗き込んだ幸江は、更に奥に何かあるのを見つける。女の子の持ち物を詮索する気は更々なかった。しかし、今ここに正雄に関する重大な秘密が隠されているような気がしてならなかったのだ。置いてあった位置にちゃんと戻せるよう場所をしっかり確認してから、指の先でさっとその物を引き寄せる。ピルケースと呼ばれるものに違いなかった。しかし、中に入っていたのは錠剤ではなかった。幸江は店でそれを男の客から見せられたことがあって、何だかは知っていた。アナルビーズと呼ばれる性感を高める道具である。SMグッズと言ってもいいかもしれない。女の尻を責めるのに使われるものなのだから。幸江はすぐさま元通りに戻してから、そっと女子トイレを出た。
マリコはその日、ポシェットに忍ばせてピルケースに入れたアナルビーズを家に持ち帰っていた。会社に居る時は女子トイレのキャビネットの自分の抽斗の奥にしまっている。が、帰る時にはポシェットに入れて持ち帰っているのだ。いつ、謎の男からそれを差し出すよう命令されるか判らないからだ。
その夜、風呂へ入る時にそれをこっそり風呂場に持ち込んだ。二度目のことだ。前回は痛くてとても入れることなど出来ないと思った。その後、ネットのサイトを色々調べていて、ジェルやローションを併用することを知った。今回はベビーオイルの小壜を持ってきている。誰も入ってくる筈はないことは判っていながら、浴室の扉に錠を掛けずには居られなかった。ゆっくりと身体を温めた後、それを試してみることにした。
浴槽に立て膝を付いて、ピルケースから出したそのビーズ部分にたっぷりと乳液を塗りたくる。それから手を後ろに回して、その先で菊の座を探る。指が探り当てるというより先端の感触がその位置を探り当てた。目を瞑って一旦深呼吸する。唇を噛みながら、覚悟を決めた。
「ズブッ。」
マリコにはそう音がした気がした。乳液でぬるっとしたそのものは、前回のような痛みを発生させなかった。少しだけ指に力をいれ、腰のほうは逆に筋力を緩める。更に一歩そのものはマリコの体内に吸い込まれていった。
それは挿し込む時より抜く時のほうが快感を得られるのだとネットの記事にはあった。実際、マリコが試してみて、本当であることがわかった。しかしそれでも風呂場の中でそれを装着するのと、会社のトイレの中でそれをするのとでは大きく違う。挿入を助けるジェルも流れ出してしまうかもしれない。マリコはお尻側にも当てられるようにナプキンをもう一枚用意しておいた。
男からの手紙には最後通牒と書いてあった。一緒に添えられる写真の目隠し部分はどんどん小さくなってきていて、知っている人間になら、それが誰か判別がつくのではと思われた。男の命令に最早従う他はないと悟っていた。
マリコはもう一度ふうと大きく息をすると、ジェルに濡れそぼったそのものを尻に当てた。
「ううっ・・・。」
異物感が身体中に戦慄を走らせる。思わず顔が歪むのを止められない。しかし、今日は何としてでもこれをつけたまま、事務本館5階まで歩いて往かねばならないのだった。
挿入するのはもう何度か試してあった。しかし、それを装着したまま歩くというのは初めてのことだ。ショーツの中に二枚のナプキンを当てている。それも歩きにくくしている一つの要因ではあったが、尻の穴の中のそれに比べたら、なにほどのものでもなかった。マリコはそっと一歩、一歩、ゆっくり歩いていった。誰かに見咎められたら、気分が悪いのだと言い逃れをすることを考えていた。それでも誰にも出遭わないことを祈らずにはいられない。昼過ぎの時間帯で外を歩いている人は少ない。マリコは何とか誰にも出遭わずに事務本館一階の入口まで辿り着くことが出来てほっとしていた。しかし、二階の喫煙ルームの窓からその姿をじっと見つめている者が居たことには全く気づいていなかった。
事務本館の通用口を抜けたマリコは、エレベータホールに向っていた。人に見つからずにこっそり5階に行くには、階段を使うのが好ましいのだが、一段、一段体重を載せ換えながら足を運ぶのは拷問以外の何物でもなかった。エレベータを使って困るのは、誰かにばったり出遭ってしまった時に、何の用で来たかと問われて答えられないことだ。今のマリコには本社からの派遣役員しか居ないフロアへ行く用事が思いつかなかった。それでも5階へ上がるのにはエレベータを使いたかった。誰にも出遭わないように祈るような気持ちでボタンを押して、待つマリコだった。
漸く一基が降りて来て、扉が開くのも待ち切れないように飛び込んだマリコが「閉める」ボタンを押そうとした時、庫内に飛び込んでくるものがいた。マリコは幸江のことを会社で見掛けたことがある位で面識まではなかった。同僚の奈美の知合いであるぐらいのことしか知らない。
閉じかけたエレベータの扉から中へ滑り込んだ幸江は、素早く行き先の5階のランプが点灯しているのを認める。
「貴方、特許課の篠原マリコさんね。5階へ行くように言われているのね。ちょっとその前に話をさせて。ここじゃ誰が来るか判らないから4階で一旦降りましょう。」
そう言うと、幸江は素早く4階のボタンを押す。
「あ、あの私・・・、急いで行かなくちゃならない用があるので・・・・。」
困ったような顔をするマリコの肩に幸江は抱くように手を載せる。
「大丈夫、私に任せて。少しぐらい時間が掛かっても平気よ。向うはそんなに慌てない筈。貴方が事務所に戻ったことを確認するまでは動き出さない筈だから。」
何かを確信しているような幸江の様子にマリコは泣き出しそうになりながら困り果てている。そんなマリコの手を引くようにして4階でエレベータが止まると、幸江はマリコをエレベータホール隣の小部屋へ導いた。
そこは、以前は女子更衣室に使われていた場所なのだが、今は社員の数が減って相当前から使われていない。幸江のほうは、そのフロアに居た時期もあり、よく知っていた。閉鎖された後は、こっそり煙草を吸うのに使ったこともあった。更衣室なので中から鍵を掛けることも出来るのだ。幸江が鍵を掛けるとマリコは少し安心したような顔になった。
「いい、手短に話すわね。貴方、誰かに脅されているでしょ。言う事を聞かないと秘密をばらすとか言われて。」
マリコは暫し呆然となってしまった。
(何故、そんなことを知っているのだろう。)顔はそう物語っていた。
「私は色んなことを知っているのよ。貴方が誰に命令されているのかもね。貴方、今アナルビーズを嵌めさせられているのでしょ。それでどうしろと言われているの。」
幸江の言葉に顔を真っ赤にして俯いたマリコだったが、その言葉を聞いて全てを観念した。マリコは幸江の肩にすがりつくようにして、泣きながら訳を話したのだった。
男からはマリコの事務所の近くのトイレでアナルビーズを埋め込み、そのままの格好で歩いて役員フロアの男子トイレの個室までゆき、そこへ装着してきたアナルビーズを置いて来いと命じられていたのだ。命令どおりしてきたかどうかは臭いを嗅げば判ることだからとまで書かれていた。男は何度も同じ様なことを要求してきていて、マリコが出来ないでいると、いろんなものを会社のあちこちに貼り出してきていたのだった。もう限界と思ったマリコは仕方なく命令に従うことにしたというのをとうとう幸江には白状したのだ。何等かの事情を知っているらしい幸江にマリコは助けを求めることにしたのだ。
マリコをその更衣室に待たせて、幸江は男が命じたという場所へ一人で忍び込んでくることにした。役員フロアはその日も静まりかえっていて、誰も居ない風だった。男子トイレに忍び込む。以前に松浪に腕を掴まれて引っ張り込まれた場所だった。その時の屈辱の思いが幸江の脳裏に蘇ってきた。
指定された真ん中の個室には、ジッパーのついた袋がさりげなく置かれていた。その中へ入れて立ち去れということなのだろう。幸江は袋だけ取って制服のポケットに突っ込むとマリコが待つ更衣室へ舞い戻った。
「もういいわ。大丈夫だから、そんなもの、外してこの中へ仕舞っておきなさいな。私が後は何とかする。それから携帯番号教えて。後で連絡するから。」
マリコから携帯番号だけ聞き出すと、事務所に何も無かったような顔で事務所に戻るよう指示してから、幸江は5階のトイレに戻っていった。
半信半疑だったが、マリコは幸江を信じることにした。アナルビーズの責め苦から解放されて、漸く人心地付いた気がした。マリコが席に付くと、隣の正雄が代わりにすくっと立ち上がったのだが、マリコにはまだそれが自分と関係があるなどとは思っていない。
正雄は何か用がある風を装って、さりげなく事務所を出て、そのままゆっくりとした足取りで事務本館へ向かった。エレベータを使って5階を目指す。誰かに見つかった場合は「今度開催する特許委員会の機材の事前確認にきました。」と吐く嘘まで考えてあった。5階でエレベータを降りて向うのは勿論男性用トイレである。付近には誰も居ないことを確かめてから扉から身を滑らすようにして中へ入る。当然、トイレの中も誰も居ない。マリコに指示した真ん中の個室へ入ってまずロックをする。が、正雄が期待していたものは見当たらない。置いておいた袋すら無くなっている。ふと背後の扉を振り返るとメモ書きが残されていた。
「どうしてもここには置いてゆけません。」
簡潔にそれだけが記されていた。
(ちっきしょう、マリコの奴め。)
正雄は理不尽な憤りを露わにする。マリコがさっき事務所を出てゆく様は3階の廊下の窓から確認していた。歩みのおぼつかない足取りは、確かにあのものを身体の内部に装着していることを示していた。だから言いつけどおり、ここに置きにきたと確信していたのだ。それが又しても裏切られたのだ。
(待てよ。確かにここまでは嵌めてきたのだとすると、その後どうしたのだろう。)
一瞬、正雄は冷静になってマリコの立場になって考えてみることにした。
(一度は尻の中に埋めたビーズをそのまま持ち歩くとは思えない。持ち帰るとしたらいつもの女子トイレの筈だ。それも他の人間が見ない筈の場所・・・。あのキャビネットの抽斗だな。)
正雄は一度嵌めたアナルビーズを洗ったかも考えてみた。
(袋にすぐに入れて持ち帰った筈だ。何処かで洗ったかもしれない。ここで?ここでは危険過ぎるからすぐに出ただろう。女子トイレでか?いや、同じ女性であっても他人には絶対知られたくない筈だから、洗っているところを誰かに見つかる危険を冒すとも思えない。それに一度ビニル袋で封をしたものを又出すのも嫌な筈だ。)
正雄はそれがそのままの形で女子トイレのキャビネットの抽斗に仕舞われていると確信した。それを今夜、盗み出して鼻を明かしてやろうと考えた正雄は思わずにやりとする。
自分の推理に得意になっていた正雄は男子トイレを抜け出てエレベータを待つ姿を元秘書室の奥に潜んでいた幸江に見られていたなどとは思いもしなかった。
事務所に戻った正雄はさり気なくマリコの隣の自分の席に座ると独り言をつぶやく。
「あ~あ、この調子じゃ、今夜も残業しないと終わらないなあ。」
「今日は定時で上がって、私のところへ来て。設計本館の5階だから。今夜は少し遅くなるから覚悟しててね。」
そんな幸江からの連絡メールが入ったのはその少し後のことだった。そして定時が来て、マリコは何事もなかったかのように、身の回りのものを纏めると「お疲れ様でした。」と事務所に残っているメンバーに声を掛けてから階下の女子更衣室へ下りていったのだった。着替えたマリコが幸江の居る事務所へ向うと、幸江も帰り支度を済ませて待っていた。幸江が案内してマリコを連れていった場所は、工場の建屋に付属してついている球形所の喫煙室だった。排煙換気扇の下に小さな小窓があり、そこから少し離れた場所にマリコ達の事務所が覗けるのだった。工場は操業度が落ちてから、夜勤がなくなり、この時間ではひっそりと静まりかえっていて、誰かに見咎められる心配はなかった。誰かが来てもちょっと煙草を吸いに来ていましたといえば済むのだ。
特許課の事務所はまだ明りが点いていて正雄ともう一人の男性事務員が仕事をしている風だった。
「もう一人が居なくなったらすぐに向うわよ。」
幸江はそれだけをマリコに伝えていた。誰が犯人なのかをマリコの目で確かめさせるまでは言わないつもりだったのだ。
遠目に特許課の事務所の明りが半分だけ消えたのがマリコ達の目に止まった。二人は目配せすると、すぐに喫煙室を出る。走らない程度のスピードで特許課のある建屋へ急いだ。
幸江は一階のフロアの女子トイレの中へマリコを招き入れた。ちょうど真上がマリコたちが居るフロアになる。幸江はトイレの明りはわざと点けずに、廊下の物音が聞こえるように少しだけドアを細く開けておく。
声を潜めて待つ二人に、キィーというドアの軋む音が聞こえ、そのすぐ後にガチャリと施錠をする音が聞こえた。その後暫く音が途絶えた。マリコが思わず幸江のほうを向くと
幸江は口に人差し指を当てて(待って)という合図をする。
その直後に再び微かだがキィーという音がする。
「10秒したら、二階の女子トイレに踏み込むのよ。いい?」
幸江がマリコにだけ聞こえるよう耳元でそっと囁く。マリコにはやっと事態が呑み込めてきた。自分を脅していた犯人が今まさに二階の女子トイレに忍び込んだのだと。幸江に促されたマリコは音がしないように摺り足で二階へ向う。女子トイレの前まで辿り着くとマリコは一度深呼吸をする。そしてドアに手を掛ける。
思い切りドアを突き跳ねるように押し開け、すぐに横の室内灯のスイッチを入れる。
驚いて振り向いた正雄が「あっ。」と声を挙げる。
「貴方だったのね。」
正雄が振り向いた先に、鬼のような形相で睨みつけているマリコが立っていた。
「許さないわよ。」
「わ、わ、わ、わ・・・。ち、ち、ち、違うよ。ご、ご、ご、誤解だよ。」
正雄は慌てすぎて声が言葉にならない。
「じゃ、ここで何してたっていうの。貴方が今、開けている抽斗は私のところよ。」
まだ開いたままになっていた抽斗と、マリコの顔を交互にみながら、正雄は動かぬ証拠を掴まれてしまったことを徐々に悟り始めていた。
「わああああ・・・。」
突然大声を挙げてマリコの横をすり抜けようとするのを、横からマリコが腕をぐっと掴まえて引っ張る。
「は、放せ・・・。」
振りほどこうともがいた正雄だったが、マリコが放そうとしない。瞬間に正雄は向きを変えマリコのほうへ身体を寄せたので、反動でマリコが後ろへ仰け反る。その機を捉えて正雄はマリコにのしかかるようにして押し倒した。尻餅をついて倒れこんだマリコの上に馬乗りになった正雄は逆上してマリコのスカートを捲ろうと手を伸ばす。
「や、やめて・・・。こんなことしたら、もう会社に居られなくなるのよ。」
「こうなったら、本当に犯してやる。どうせ俺はもう会社を辞めちまおうと思っていたところだったんだ。もう何も怖くないぞ。」
正雄は抵抗するマリコに必死になって組み付いていた。その為背後に迫ってきていた幸江に全く気づかなかった。
ガチンと音がしたような気がして、正雄は後頭部に衝撃を受けた。幸江が持っていたもので正雄の頭をいきなり殴ったのだ。ひるんで、マリコの身体を掴んでいた手を放し頭を抱え込む。その隙に幸江は正雄の背中を思いっきり蹴り上げたので、正雄が横に転げる。マリコの身体から離れたところで、幸江は手にしたものを正雄の首元に当てた。
パシーンという音とともに、稲妻のような閃光が走った。
スタンガンだった。
幸江がいつも携行していた護身用のものだ。半年ほど前に、いつも絡んでくる客に店の外でキャバ嬢の一人が襲われるという事件が発生した。その後に、キャバ嬢一人ひとりに護身用として店から配られたのだった。幸江は会社でも常時それを持ち歩いていた。
正雄が気を喪ったので、幸江はマリコに手伝って貰って正雄の身体を個室まで引いてゆき、正雄の片方の手首と便器の水配管とを手錠で繋いでしまう。この手錠も、以前に松浪に掛けられ悪戯をされた後、松浪に渡されたものだった。
「こいつはお前が保管しておけよ。俺とのプレイでいつでも使えるようにな。」
そう言って渡されたのをずっと持っていたのだった。
マリコに見つかった正雄が逆上して襲い掛かるであろうことはある程度予想していた。それで、ドアの外でスタンガンと手錠を準備して様子を窺っていたのだった。
「マリコちゃん、正雄のズボンとパンツを脱がせちゃって。正雄に助けを呼ばせない為よ。女子トイレの中で下半身裸で居たら、助けてえなんて大声出せないでしょ。それからポケットの中に鍵束がある筈だから探して。こいつのアパートの鍵よ。・・・。そう、それ。貴方、こいつの住所知ってる?・・・。じゃ、パソコンで調べてきて。」
鍵とズボン、下着を手にしたマリコが事務所に住所録を調べに行っている間に、幸江は目を覚ました正雄への置き手紙を書いておく。
「このまま大人しく待ってなさい。そうすれば戻ってきて外してあげる。」
マリコと幸江は正雄を下半身裸のままにして女子トイレに置き去りにし、正雄のアパートへ向ったのだった。幸江は車通勤だったので、隣町の正雄のアパートがあるところまではマリコにはあっという間だった。
正雄から奪い取ってきた鍵でアパートに侵入すると、車の中で示し合わせていた通りに手分けして正雄のアパートを家捜しして、半時間ほどで所望のものを見つけ出したのだった。
ジッパーできっちり封をされた使用済みのナプキンが数十個ほど出てきた。8mmビデオカメラやそのテープ、デジカメ、コピーされた写真類、メモリなどは一纏めにしていたようで、一網打尽と言ったところだった。最後に正雄が使っていたパソコンを立上げ、メモリを全て消去する。パソコンには疎い正雄だったおかげで、パスワードもなく立上げ、使われていたメモリもデジカメの写真と幾つかの脅迫文が残っているだけだった。
二人の前で正座させられ、散々説教をされ、詫びを入れさせられた正雄が漸く解放されたのはもう深夜を過ぎようとしている頃だった。正雄は幸江から、言うとおりにしないと早期退職制度の支援割増金が貰えないのはおろか、再就職も出来なくさせるようにしてやると逆に脅されることになってしまったのだった。
次へ 先頭へ