妄想小説
キャバ嬢 サチ
八
「いらっしゃいませえ・・・。あ、・・・。」
指名を受けて客の前に立った幸江は、指名客が正雄であるのに気づいて思わず声が止まってしまった。松浪の企みのおかげで、直前まで穿いていたショーツをプレゼントとして差し出すのを余儀なくされたのは、まだほんの数日前のことだった。あれから松浪もまだ訪れてはいなかった。
「あら、正雄ちゃんね。指名してくれてありがと。」
気を取り直し、何事もなかったかのように正雄のすぐ隣にわざと腰と腰が触れるくらいの位置に座り込む。その日の衣装もぎりぎりの丈しかないボディコンのワンピース、いわゆるバドガールの衣装だった。座ると裾が更にずり上がり、きわどい格好になってしまう。正雄は何故か目を合わせようともせずに真正面を向いている。膝の前に出した手の先が微かに震えているのをみて、幸江は正雄がまだ自信なさそうにしているのを見て取った。
(先手必勝ね・・・。)
「お久しぶりね。すぐまた来てくれると思ったのにぃ。」
わざと甘ったるい声を出してさり気なく膝に置いた正雄の手を両手で包むように握る。いきなり幸江の温かい手に包まれて、正雄は一層気持ちをどぎまぎさせる。しかもすぐ目の下に、ぎりぎりまで今にも下着が覗いてしまいそうなほど太腿を露わにした幸江の短いスカートの裾があるのだ。正雄は堪らず生唾を呑みこんでしまう。
「あ、あ、あの、あの、あの、あのですね、えと、えと、えと・・・。」
正雄は舌が震えてうまく喋れない。正雄の狼狽している姿を見て取って、幸江は立場が逆転してはいないと判断する。正雄に見せ付けるかのように、脚を思いっきりよく組み換える。それに呼応してまた正雄が生唾を大きく呑みこむ。
(ふん、この小僧ひとりなら、片手で転がせそうだわ。)
「なあに、マサオちゃあん。どうしたのかなあ。」
幸江はすかさず流し目をしながらウィンクしてみせる。
「こ、こ、こ、こ、この、あ、あ、あ、間のですね、えと、えと、えと・・・。」
「いいのよぉ、マサオちゃぁん。落ち着いてね。この間のお礼っていいたいんでしょお。気に入って呉れたみたいね。・・・。でも、いいこと。他人に言っちゃ駄目よ。これはアタシとマサオちゃんだけの、ヒ、ミ、ツっ、ねっ。」
「あ、はい。」
まるで小学生が先生にするような返事をして見せた正雄に、幸江は満足そうに頷く。
「じゃ、この間のブランデー入れるわね。この前のはお二人で来た時にもう飲んじゃってるから。ね、いいでしょ。」
幸江は有無を言わせぬ調子で、店で二番目に高いブランデーを無理やりボトルで入れさせる為に黒服を呼ぶのだった。
その夜はお金だけ散々搾り取られただけで、正雄は今ひとつ満足感を得られなかった。目の前で短いスカートの脚を何度も組みかえるのを見せつけられはしたが、サチは一度も下着は覗かせなかった。正雄ははらはらどきどきはさせられたが、何だかお預けを食らわされた気分だった。
(ま、いいや。帰ってあの汚れたパンティでオナニーして寝よう。)
そう思っただけで、店を出た足が少し早まる正雄なのだった。
次の朝、前夜のオナニーで射精まではいったものの、何となく物足りなさを禁じ得ないもやもやした気持ちの中でいつものように遠回りをして事務所へ向かう正雄は、工場建屋が続く丘の上から、自分の事務所がある開発部別館へ通じる小さな階段を降りながら、前方から歩いてくる二人連れの女性の姿を目に留めた。遠目にも正雄がよく知っている二人であるのがすぐに判った。一人は正雄が入社した時に、同じ課に既にいた背の高い女性で、入社当時密かに思いを抱いていた相手だった。名前を紗姫と言って、金髪に近く染めた茶髪をリボンで留めて、長い脚を惜しげもなくミニスカートで晒して颯爽と歩いている姿に憧れを持ったのだった。ずっと先輩と思っていて敬語で話し掛けていたが、後で同い年と知った。三流大ではあるものの一応大卒の正雄に対し、紗姫は高卒なので、四年入社は早いものの同年齢だった。しかし同年齢と判った後でも、正雄からはどうしても敬語でしか話し掛けられない独特の雰囲気を持っていた。これも入社して大分経ってからだが、同僚の仲間から、紗姫は昔は女暴走族の総長だったらしいと聞いたことがある。(ああ、なるほど。)とつい頷いてしまうような風格があった。愛らしい表情も見せるのだが、鋭い目で睨まれると正雄でなくてもつい竦んでしまうのだった。
もう一人は真美と言って、紗姫や正雄とやはり同い年だ。入社して数年経った後、正雄と同じ部署に配属替えでやってきた女性だった。正雄より上背のある紗姫に比べ、真美のほうは比較的小柄なほうの正雄より更に背が低い。どちらかと言えばブスの部類に近い真美を、女友達の出来ない正雄でさえも敬遠していた。もっとも真美のほうでも正雄のことを歯牙にも掛けてない様子ではあったのだが。真美が正雄の居る部署へ移ってきた時には正雄も紗姫もそれまで居た総務課を離れて、それぞれ別の部署に別れ別れになったのだが、正雄のほうは特許課という総務課より更に地味な部署に移ったばかりだった。ところがその後数年して真美は特許課から更に異動になり、紗姫と同じ工場安全課という男ばかりが居る部署に移ってしまい、そこで紗姫と意気投合したらしかった。
特許課と工場安全課とでは全くと言っていいほど接点がなかったので、二人は顔見知りではあったが、普段会話をすることは殆どなかった。時折、工場の中で遠目に歩いているのを見掛ける程度でしかなかった。
「ああ、紗姫さん。お、お、おはよう、ご、ご、ございますぅ。」
正雄は真美を無視してまず紗姫のほうに微笑みかけながら上目遣いに挨拶をする。しかし紗姫のほうは正雄のほうを無視していて、声も聞こえなかったかのように顔を向けもしない。
「ああら、正雄じゃない。あんた、こんな時間に出社なんて、随分ゆっくりじゃないの。ま、碌な仕事を任されてないから朝早くから来てる必要もないか。」
正雄に口を利いてきたのは真美のほうだった。
「えっ、ひ、ひ、酷いな、ま、ま、真美さん。そんな言い方しなくたっていいじゃないか。ぼ、ぼ、僕ら特許課は、事務方だから、朝早くからじゃないだけさ。」
紗姫にはつい敬語を使ってしまうのに、真美には決まってタメ口になる正雄だった。フレックス勤務のある正雄の居る特許課と違って、紗姫や真美の居る工場安全課は工場労働者と同じで、朝8時からの定時勤務なのだった。
「ね、マーミン。もう、行こうよ。」
傍らの真美の腕を取っていた紗姫が、正雄が話し掛けてきたことなど無かった事のように無視して、真美を促す。
「ごめん、サッキー。じゃあね、正雄。」
そう言って紗姫と歩き出した真美は、まるでアッカンベーをしたかのような言い方で正雄に声を掛けると二人して正雄の傍を離れていく。紗姫が真美の手を取る仕草は、まるで男性がか弱い女性をエスコートしている姿に見えた。女性同士がそんな格好をして歩く様は、正雄にも異常に見えたが、そんなことは紗姫の前ではおくびにも出せない。二人の関係が本当はどういうものか、この時には知る由もない正雄だったのだ。
その時、事務所のほぼ中央の窓際に居る部長の樫山が、書類を手にすくっと立ち上がると正雄やマリコの居る後ろ側を通って事務所の出入り口に向かって歩いてきた。正雄は何か見られてはならない書類をシュレッダーしにいくのだなと見当をつけた。シュレッダーが事務所を出た給湯室のところに据えられているからだ。樫山部長が自分達の真後ろを通り抜けようとした瞬間、マリコの指がすっと動いて、マウスをクリックした。そのタイミングで、正雄は視界の隅で、マリコの見つめている画面がすっと明るさが変わったのに気づいてしまった。マリコ本人は姿勢も視線もまったく変えずにじっと液晶のパソコン画面を注視したままだ。何となく正雄もコピー機のところに用がある風を装いながら立ち上がると、事務所の中央のコピー機に向かいながら、マリコのパソコンの画面をちらっと盗み見た。そこには大きなエクセルの表らしい数字がいっぱい並んだ一覧表があるだけだった。
正雄はファイル棚から書類を捜す振りをしながら、今の出来事を思い返していた。そう言えば、今のようなシーンを見たのは初めてではない気がしてきた。以前にも部長が背後を通り抜ける時、マリコが確かに姿勢を全く変えないまま、指だけ動かし、その瞬間にマリコの覗き込んでいる液晶画面の明るさがぱっと変わったような気がしたのだった。
正雄は適当なファイルを一冊抜き出して、ぱらぱらめくりながら少し離れたマリコの様子を窺う。その時、事務所の出入り口が開いて部長が戻ってきた。するとマリコが姿勢を変えないまま指だけ動かしてマウスをクリックした。パソコンで何かを閲覧している極自然な姿にしか見えない。ただ一点不思議なのは、部長が傍を通る瞬間に、その動きに同期するかのように必ず指だけを動かしてマウスをクリックするということだった。
何が起こっているのか、気になって仕方ない正雄は一計を案じた。トイレに立って、一旦事務所の外に出た後、すぐに事務所に入らないで扉のすぐ外側に立ち、ドアのガラス窓越しに事務所の内部を盗み見ることにしたのだ。誰か来たらすぐに事務所の中に入れば怪しまれない筈だと考えた。正雄が事務所の内側からは気づかれないようにそっとドア横の隅に立って中を窺う。ドアの比較的近くに居るマリコの様子が斜め後ろから見てとれる。画面に何が映っているのかまでは判読できないが、色具合などからどこかのウェブサイトのページのような感じだった。その時、タイミングよく部長の樫山がまた書類を手にして立ち上がった。(来るな。)そう直感した正雄は唾を飲み込んでマリコの様子に注目する。部長がマリコの後ろを通ろうとした瞬間、マリコはやはり指先だけを動かしてマウスをクリックした。その瞬間、マリコの覗き込んでいたパソコンの画面の色がぱっと白っぽく変わった。正雄は目の前でマジックでも見せられていたように感じた。
その時、事務所のほぼ中央の窓際に居る部長の樫山が、書類を手にすくっと立ち上がると正雄やマリコの居る後ろ側を通って事務所の出入り口に向かって歩いてきた。正雄は何か見られてはならない書類をシュレッダーしにいくのだなと見当をつけた。シュレッダーが事務所を出た給湯室のところに据えられているからだ。樫山部長が自分達の真後ろを通り抜けようとした瞬間、マリコの指がすっと動いて、マウスをクリックした。そのタイミングで、正雄は視界の隅で、マリコの見つめている画面がすっと明るさが変わったのに気づいてしまった。マリコ本人は姿勢も視線もまったく変えずにじっと液晶のパソコン画面を注視したままだ。何となく正雄もコピー機のところに用がある風を装いながら立ち上がると、事務所の中央のコピー機に向かいながら、マリコのパソコンの画面をちらっと盗み見た。そこには大きなエクセルの表らしい数字がいっぱい並んだ一覧表があるだけだった。
正雄はファイル棚から書類を捜す振りをしながら、今の出来事を思い返していた。そう言えば、今のようなシーンを見たのは初めてではない気がしてきた。以前にも部長が背後を通り抜ける時、マリコが確かに姿勢を全く変えないまま、指だけ動かし、その瞬間にマリコの覗き込んでいる液晶画面の明るさがぱっと変わったような気がしたのだった。
正雄は適当なファイルを一冊抜き出して、ぱらぱらめくりながら少し離れたマリコの様子を窺う。その時、事務所の出入り口が開いて部長が戻ってきた。するとマリコが姿勢を変えないまま指だけ動かしてマウスをクリックした。パソコンで何かを閲覧している極自然な姿にしか見えない。ただ一点不思議なのは、部長が傍を通る瞬間に、その動きに同期するかのように必ず指だけを動かしてマウスをクリックするということだった。
何が起こっているのか、気になって仕方ない正雄は一計を案じた。トイレに立って、一旦事務所の外に出た後、すぐに事務所に入らないで扉のすぐ外側に立ち、ドアのガラス窓越しに事務所の内部を盗み見ることにしたのだ。誰か来たらすぐに事務所の中に入れば怪しまれない筈だと考えた。正雄が事務所の内側からは気づかれないようにそっとドア横の隅に立って中を窺う。ドアの比較的近くに居るマリコの様子が斜め後ろから見てとれる。画面に何が映っているのかまでは判読できないが、色具合などからどこかのウェブサイトのページのような感じだった。その時、タイミングよく部長の樫山がまた書類を手にして立ち上がった。(来るな。)そう直感した正雄は唾を飲み込んでマリコの様子に注目する。部長がマリコの後ろを通ろうとした瞬間、マリコはやはり指先だけを動かしてマウスをクリックした。その瞬間、マリコの覗き込んでいたパソコンの画面の色がぱっと白っぽく変わった。正雄は目の前でマジックでも見せられていたように感じた。
「あーら、マサオちゃん。あなた、意外とパソコンには弱いのね。」
サチは客である正雄の機嫌を損なわない程度に馬鹿にするように言葉を放った。正雄は名前は伏せて、自分が目撃した不思議な光景の話をキャバ嬢のサチに話したのだった。
「あんた、もしかして、仕事をするとき、ファイルを一個だけ開いて、別の仕事をする時は、先のファイルをいちいち閉じてから次のファイルを開いているでしょ。」
「え、どうして。それ、普通のことじゃないか。」
サチは呆れたといわんばかりに小さめの眼を丸くしてみせた。
「あんた、会社でエッチなサイトとか見たことあるでしょ。」
「え、そ、そ、そ、そんなこと、し、し、し、して、してないよ。」
突然サチに言われてどぎまぎしながら顔を真っ赤にさせ、慌てて飲んだブランデーに思わず咽てしまった正雄だった。
「大丈夫?マサオちゃん。あのね、今のパソコンはね、幾つものファイルを同時に開くことが出来るの。ファイルを幾つも開いていると、一部は重なって、ちょうど紙と紙が重なっているように表示されるの。作業出来るのは一番上で全部見えているファイルだけなのだけど、一部だけ見えている下のファイルのうちのどこか一部だけクリックすると下のファイルと一番上のファイルが一瞬で入れ替わるの。画面を切り替えるのに一番すばやく出来る方法よ。エッチなサイトを会社なんかで盗み見てる人はみんなやってるわよ。そんなの、ジョーシキッ。」
「へーっ、ど、ど、ど、どうやるのさ。もっと詳しく教えてよ。」
「あんたもびくびくしないで会社でエッチなものをみたいって訳ね。」
事情を知らされていないサチは、まさか会社で正雄の隣に座っている女の子の話だとは思いもしなかった。サチ自身も、知り合いの女の子なども、会社でエッチな画像という訳ではないが、ショッピングの情報、化粧品、ブランド品の情報などを探して見ている時には皆、この手のことをやっている。今は若い子のほうがこういうことに詳しいのだ。
(そうか、それで、部長が通る時は必ず画面をそうやって切り替えていたのか。いったいどんなものをいつも見ているのだろう。)
正雄は久々にキャバクラに飲みにいって、サチから聞き出した情報で再びマリコのことを思い巡らしていたのだった。
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