65キャバ嬢マリコ

妄想小説

キャバ嬢 サチ



 十八

 「それ、ほんとなのか。」
 正雄は松浪のにやりとした表情に、その言葉が疑いのものではなく、そんないいことが起こるなんて信じられないという驚きのものであるのを感じとっていた。
 「篠原マリコって、あの若い、可愛い子ちゃんだろ。何度か見たことはあるんだ。へえ、あんな娘がね。サチと同じキャバクラか。・・・。そんなに金が要るのかね。ま、今時の娘なんて、そんなもんか。・・・。おい、マサオ。おめえ、まさかこのこと、他には誰にも喋っちゃいねえだろうな。いいか。俺以外には絶対言ったら駄目だぞ。俺が何とか肩をつけるから。こういう事は法律のことをよく知らない素人には手におえないものなんだ。下手に騒ぐと証拠も隠滅されちゃうからな。」
 「そ、そ、そ、そうで、で、ですよね。」
 「それで、源氏名は何て言うんだ、マサオ。」
 「それが、マリコって、そのままなんですよ。ま、マリコなんて、元々いかにもキャバ嬢に居そうな名前ですからね。」
 最後の部分は幸江が考えた脚色ではあった。下手に違う名前なんか使うとどこでボロが出てしまうか判らないからと考えたのだ。
 「確かめに行きたいんですが、お金がなくて。あの、その・・・、一緒に行ってくれませんか。」
 「おいおい、俺に奢れっていうことか?ま、いいだろ。その代わり・・・、そうだな。先ず俺が一人で何も知らぬ振りをして呼ぶことにしよう。警戒されるといけないからな。向うは俺の顔までは知らないんだろ。」
 「それは、多分知らないと思いますよ。あの子が来てから松浪さんは殆ど事務所には来ていないでしょ。安全の為に、さきにこの間の女性、えーと何て言ったっけ、さ、さ、さ、サチだったかな。あの子を先に指名して、確実に連れてくるように言ったほうがいいですよ。」
 「ふうむ。それもそうだな。」
 (松浪の命令ならサチも背く訳にはゆかない筈だからな。下手に逃がそうとしたりするといけないからな。)
 そう考えた松浪だったが、まさかそう仕向けたのが幸江で、その筋書き通りになっているとは夢にも思わない松浪だった。
 「松浪さんがひとしきり遊んだ後、ボクが突然入っていって、あっと驚くって訳です。」
 「そしたら、後で知らぬ存ぜぬって訳には行かないからな。そりゃあいいや。」
 下品な含み笑いをした松浪はもうすっかりその気になっていた。

 「いいこと、まずは正雄と一緒に客として店に入るのよ。最近は女性の客も時々入ることがあるの。勿論男性が同伴でだけど。それでアタシが奥の方の目立たない席に案内するから。そしたら、そっとトイレに入って、この服に着替えるの。キャバ嬢に見えないと怪しまれるから。それから私が合図したら一緒にキャバ嬢の振りをしてあいつのボックスへ入るって訳。あいつは絶対、店の女だと思い込むから。」
 幸江が作戦を説明しながらマリコに見せたのは、腰骨の上までスリットが開いたチャイナドレスだった。
 「そんなことして、お店の人にばれないかしら。」
 「平気よ。お客だと言って最初に入ってしまえば、疑う訳がないもの。店の人間はお客だと思い込む。あいつは店のキャバ嬢だと思い込むって訳よ。」
 キャバ嬢の生態がどんなものか以前から興味を抱いていたマリコは幸江が立てた罠の作戦には基本的には賛同していたのだった。
 「あの正雄が、ちゃんとそんな芝居を打てるかしら。」
 「大丈夫、エリちゃん。あいつにやらせる台詞はほんの極僅か。貴方の顔を見て驚いてみせるだけだから。」
 松浪を誘い出すまでを正雄に吹き込んだ台詞で、まんまと罠に掛けた幸江は、作戦はもう既に大方成功していると思っていたのだ。

 「あら、松浪のセンセ。いらっしゃいませえ~。」
 しなを作りながら松浪の前に現れたキャバ嬢サチは、いつもの超が付くほどのタイトなミニスカートだった。
 「おう、サチか。こっちへ座れや。今日はお前にやって貰いたいことがあるんだ。」
 サチが松浪の横に座ると、すかさず松浪は膝の上に置いた幸江の手を自分のほうへ引き寄せ、股間の部分に当てる。しっかり放さないようにするのは、これから言う事を有無を言わさず聞くようにさせるぞというジェスチャーでもあった。露わになってしまった太腿の超ミニの裾の奥を、今回も幸江は晒したままにする。松浪との間の服従の合図なのだった。松浪は幸江をがっちり抑え込むと、酒の注文も差し置いて用件を切り出す。
 「おう、サチ。この店にマリコってのが居るだろ。そいつを指名するから連れて来い。いいか、必ず連れてくるんだぞ。こっそり逃がそうとかするなよ。そんなことしたら、退職金も出ないようにしてやるからな。」
 「退職金っ・・・。何故、そんなことを知っているの?」
 松浪の怖い顔に怯えた振りをしながら幸江は言ってみる。
 「お前等のことなんか、何でもお見通しなんだよ。お前、会社さえ辞めちまえば、俺から逃げられるとか思ってんだろ。」
 「あら、いやだあ。そんなこと思ってませんよぉ。松センセエはお得意様ですもの。マリコに目を付けるなんて、さすが情報通なのね。判ったわ。ちゃんと連れてくるから。でもね、今日は変なこと、しちゃ駄目よ。すぐ店、辞めちゃうかもしれないから。」
 「わかってるさ。そんなこと心配しなくてもいいから、ほら、ちゃんと連れてこいよ。」
 松浪に言われて、サチは一旦奥へ下がる。黒服には先にボトルを出しておくように指示しておくのを忘れない。マリコがキャバ嬢を装っているのを店の他の者には極力見られないようにする為だ。

66マリコ登場

 「センセ、連れてきたわよ。マリコちゃん、こちら松浪センセー。」
 サチの後ろからチャイナ服のワンピースを纏ったマリコが顔を出す。メイクもサチの指導を受けて、ばっちり決めてすっかりキャバ嬢そのものになっている。
 「マリコでえすぅ。よろしくぅ。」
 そう言って、マリコは先ほどサチが座っていた松浪のすぐ横に座り込む。脚をさっと組むと、脇のスリットが割れて、白い腿がかなりきわどいところまで露わになるのを松浪は見逃さなかった。既に相好を崩している。サチは松浪の真正面に座って酒の準備を始める。
 「君、綺麗な手してるね。」
 そう言って、早速松浪はマリコの手を握る。その手をさり気なく振り払うと、サチが作ったグラスを受け取って松浪のほうへ差し出す。松浪は片手でグラスを受け取り、もう片方の手をマリコの腿の上に滑らせる。
 「駄目ですよ、この店では。そういう事すると、店長に叱られるんですっ。」
 ちょっときつい口調でマリコはすかさず嗜め、膝の上に置かれた松浪の手を押しやる。マリコとサチはさり気なく目配せでウィンクする。身体を触られた時の台詞もちゃんとあらかじめサチがマリコに伝授しておいたのだ。
 「ごめん、ごめん。ちょっと間違って触れちゃっただけだから。じゃ、一緒に呑もうや。」
 「はじめまして。カンパーイ。」
 「乾杯、エリちゃん。」
 「センセー、私も。カンバーイ。」

 松浪はマリコの身体を触れないので、話でマリコの気を惹こうとする。しかしマリコは「はあ、そお、うん。」などと返事をかえすだけでなかなか盛り上がらない。場が白けそうになると、サチが話題を振って盛り上げるというパターンが続いた。
 「今日は実は連れがくるんだ。俺の元部下なんだけど、ちょっと電話してみるから。」
 松浪が携帯を取り出して短縮ダイヤルを押す。
 「あ、今どこだ。あ、そうか。じゃすぐ来いよ。奥のいつものボックスだ。」
 松浪は携帯をしまうと、サチと話しながら無邪気に微笑んでいるマリコの横顔をじっくり見る。
 (ふん、笑っていられるのも今のうちさ。どんな顔するか楽しみだぜ。)
 心の中でほくそ笑む松浪だった。
 「あ、松浪さん。遅くなりました。あっ・・・。」
 正雄の声に振り向かずに、松浪はマリコのほうを凝視していた。
 誰か来たと、振り向いて顔を上げたマリコはぎょっとした顔をし、それから両手で顔を被った。顔面蒼白になっていた。一瞬間を置いて、いきなりマリコは立ち上がる。
 「ちょっと済みません。」
 全部を言い切る前にマリコは既にボックスを飛び出て、走るように正雄の脇をすり抜けていった。
 「ちょっとマリコちゃん、どうしたの。あっ、松浪センセ、ごめんなさい。アタシ追っかけてくるから。」
 そう言ってマリコの後を追う幸江だった。
 幸江の座っていた場所にちゃっかり座り込む正雄だった。
 「やっぱりそうでしたね。」
 「今の顔みたか。あの鬼にでも出遭ったような驚きよう。いいか、マサオっ。今夜は奢ってやるから、今日有った事、誰にも話すんじゃないぞ。いいな。お、サチ、戻ってきたか。お前、一人か。」
 「ごめんなさい、センセ。マリコちゃん、急におかしくなっちゃって。気分が悪くなったって帰っちゃった。代わりにアタシがサービスするから勘弁してね。」
 そうサチは言うと、松浪の脚に膝を摺り寄せるようにして隣に座り込む。松浪ももう遠慮することがなくなったとばかりに、サチの腰に手を回して自分のほうへ引き寄せる。
 サチにグラスを持たせて呑ませて貰いながら、松浪はマリコをどう始末するか思案するので完全にうわの空なのだった。

 その日の松浪はそれから上機嫌になった。サチが必要以上のサービスを進んでしたこともあったが、思いもかけない上物の獲物を手に入れた悦びに浸っていたのが大きな理由なのだった。幸江の秘密を握って、やりたい放題をしてきたのだったが、幸江が会社をリストラされてしまえば最早弱みではなくなってしまうのだ。しかし、今度は代わりにサチよりもっと若くて可愛い女を餌食に出来るのだ。松浪は次の日からの作戦を考えているだけで上機嫌になってゆくのだった。
 正雄も、その後はマリコの事など何もなかったかのように触れることなく、神妙に呑んでいた。それは松浪に言われたせいでもあったが、幸江に事前に余計なことを喋らないようにしっかり釘を刺されていたからだった。
 ひとしきり呑んだ後、松浪は正雄に聞えないようにサチの耳元で小声で囁いた。
 「おい、ちょっと先に勘定を済ませるから。用意してくれ。」
 「かしこまりましたぁ。でも今日はちょっと高いかも。二人分、指名が入ってるから。」
 そう囁くと、サチは立って一人、会計のほうへ向う。それを目で追ってから、おもむろに松浪も立ち上がる。
 「マサオ、ちょっとここで待ってな。」
 そう言い置いて、松浪も会計のほうへ歩いてゆく。正雄にもコーポレートカードを使うところは見られたくなかったのだ。

 「お客様、お支払いはどうなさいますか。はあ、いつものカードで宜しいんですね。お客様名のところは無記入にしておきますので。それではこちらにご署名をお願い致します。」
 黒服の男は、松浪にボールペンと伝票を差し出すと代わりにカードを受け取って読み取り機械に掛ける。
 松浪が俯いてサインをしている時、急に閃光が走った。
 「な、何だ?」
 驚いて顔を上げると、正雄がサチの腰を抱いて、別の黒服に写真を撮って貰っているのだった。正雄はにこやかにピースサインをして、サチは正雄にもたれかかっている。
 「マサオっ。何やってんだ、お前。こんな所で写真なんか撮るんじゃない。まさか俺まで写ってないだろうな。」
 「あ、松浪さん。大丈夫ですよ。これ、僕のデジカメですから。」
 そう笑いながら正雄が言うと、黒服から返して貰ったデジカメを松浪に翳して見せる。
 「ちょっとそれを貸せ。」
 松浪がひったくるようにしてデジカメを奪い取ると、今撮ったばかりの写真を再生させる。そこにはにやけた顔でピースをしている正雄のまぬけな笑顔と、精一杯しなを作って微笑んでいるサチの顔が映っているだけで、松浪自身の姿は無かった。
 「お前なあ、こういう店で写真なんか撮るもんじゃないぞ。おい、これは消しておくからな。」
 そう言うと、折角撮って貰った画像を削除ボタンで消してしまう。画面に「撮影データは有りません」の表示が出るのを確認してから、松浪はデジカメを正雄に返す。
 「ありがとうございましたぁ。またご来店よろしくぅお願いしまあすぅ。」
 深々と頭を下げたサチと黒服に見送られて松浪と正雄は店を出たのだった。
 松浪と正雄が店を出ていってしまうと、幸江はさっき摩り替えておいた別のデジカメを取り出す。映り具合を確認すると、会計で伝票にサインする松浪がしっかり映っている。店の名前の看板もちょうど入る位置から撮るようにして貰ったのだ。証拠写真に満足すると、幸江は今度は伝票のほうをコピーしに、店の奥へ引っ込んでいったのだった。

01サチ

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