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美剣士、凛



その4


 道場主の一人娘、由希のあわやの危機を救ったのは、一番弟子で
あった野侍の安兵衛だった。報せを受けた道場主の蓬栄によって陶
玄斎はすぐさま道場を破門になり、追い出されて再び浪人に戻った
のだった。その後は、山中に潜んで、通りがかる侍を見つけては、
果し合いを強要し、負けた侍から指南料として金品をせびって暮ら
しているというのが噂で伝わってきていた。一般的に狙われるのは
男の侍ではあったが、中には凛のような女剣士が狙われたこともあ
るという。凛のような剣道場の女師範も居なくはない。陶玄斎は女
剣士の刀を振り払うと、丸腰になった相手に、剣を突きつけ、金品
だけではなく、文字通り身包み全部剥ぎ取るように命じ、女の首に
刃を当てたままのしかかり、脚を開かせて貞操まで奪ったとのこと
であった。
 これが、弥太郎が凛に教えたよからぬ噂話なのであった。

 「弥太郎、今日はちと用がある。この後、少し付きおうてはくれ
んか。」
 いつもの稽古の後、裏手の井戸で汗を流して身を清めた後、凛は
その日も稽古に通ってきる弥太郎に密かに声を掛けたのだった。
 用があるとしか告げない凛が、どんどん先に立って歩いていくの
で、何事かと思いながら、凛の後を追うように付いてゆく弥太郎だ
ったが、暫く歩いてゆくと人里離れたとある尼寺の前に出たのだっ
た。
 「ここは尼僧院ではありませぬか。あっしのような者が出入りし
て構わぬのでしょうか。」
 「案ずるでない、弥太郎。この尼僧院のご住職である方とは、以
前より心を許してお付き合いのある方だ。その方のお許しを得てあ
る。心配しないで奥へ付いてくるがよい。」
 凛はよほどこの尼僧院の住職とは懇意にしているらしく、勝手知
ったる場所と言った風で、尼寺の長く続く廊下をどんどん奥へと入
ってゆく。尼僧たちは留守にしているのか、誰一人として出会う者
はなかった。何度も廊下の角を折れて、最後に弥太郎が凛に連れて
来られたのは、広い伽藍とした何もない大部屋だった。一面、板張
りをした床は、あたかも剣道場のようにも見える。しかし、道場は
尼僧院には似つかわしくはないものだ。四方の壁も窓はなく、ただ、
明かり取りとして、天井との間が少しだけ隙間が取られているだけ
の間なのだった。
 「この道場で、剣術の稽古をするのでござりますか。」
 弥太郎は不審に思って訊いてみる。
 「馬鹿を申すでない。尼僧院に剣術の道場がある筈がなかろう。
ここは、禅の修業を行い場所なのだ。」
 「あ、なるほど・・・。」
 弥太郎はやっと合点がゆき、うなずきながら辺りを見回す。何も
ない中に一箇所だけ床の間のように切った場所があり、大小の得物
を置く台が置かれている。そのすぐ横には小さな抽斗のついた押入
れがある。凛は何も言わずすたすたとそこまで歩いていって、腰の
得物を抜き取ると台の上へ収める。それから押入れを開け、麻袋を
引っ張り出して弥太郎の下へ戻ってくる。麻袋を弥太郎の前に置く
と凛はくるりと踵を返して弥太郎に背を向け、腰の帯を解きだした。
帯が床にするりと落ち、続いて羽織っていた着流しも肩から落とし
ていく。凛の白い陶器のような滑々した背中が露わになる。それば
かりか、いつもは着けている筈の下帯もこの時は着けておらず、白
い尻たぶが弥太郎の目に飛び込んできた。
 「な、何を・・・、何をなさるのです。」
 弥太郎は呆気に取られて、うろたえる。
 「弥太郎。その中の麻縄を取って、私を縛るのだ。」
 縛ると聞いて、思わず弥太郎は唾を呑み込む。
 「り、凛様をでござりまするか。」
 凛は背中を向けたまま、両腕を後ろに廻し交差させている。
 「そうじゃ。まず手首に縄をかけよ。」
 「し、しかし・・・。」
 「早くせい、弥太郎。」
 凛が一喝するので、弥太郎は麻の袋に手を伸ばす。確かに麻縄
が何束か入っている。悪党を捕らえて縄を掛けたことはあるが、
女人を、それも裸の女を縛ったことは弥太郎にはまだ無かった。
しかし、凛と一緒に玄斎等と戦っていて、人質を取られ、凛が縛
られるところは何度も目にしたことがあった。その時の事を思い
出して、つい臍の下が疼いて硬くなってくるのを弥太郎は抑えき
れない。


続き


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