rin5

美剣士、凛



その2


 その日、凛は主君の命を受けて、鬼首峠を越えた隣藩の老中に密
状を届けにいった帰りのことだった。陶玄斎のよからぬ噂はその数
日前に、凛の道場へ通う腹心の弟子とも言える弥太郎から聞いた話
だった。

 その更に数箇月前のことである。九鬼陶玄斎は、誰も居なくなっ
て静まり返った加賀野蓬栄が開いている剣道指南場の道場に、主の
一人娘である由希と、たった二人きりで対峙していた。主の蓬栄は
藩でも名の通った剣の達人であったが、さすがの齢にもはや自分で
剣を持つことはなかった。由希は老齢となった蓬栄が、高齢になっ
てから授かった一人娘である。道場を継ぐべき男子に恵まれなかっ
たことで、蓬栄は何とか由希に剣の道を継いで欲しいと願い、由希
に剣の道の精進を命じていたのである。
 陶玄斎は流れ者の浪人であったが、他に剣の腕の立つ身内が居な
かった為に蓬栄が指南役として雇い入れた侍崩れであった。
 由希は木刀を正眼に構えている。稽古は常に木刀を使って行われ
ていた。既に竹刀で競う段階は卒業するだけの腕前には上達してい
た。竹刀では真剣勝負で必要とされる集中力は養えない。ひとつ間
違えば骨折などの怪我をする木刀を使ってこそ、真剣試合での集中
力が磨かれるのである。
 陶玄斎のほうも、木刀を斜め半月に構えている。しかし、その視
線の先は由希の木刀の切っ先ではなく、由希が袴の上に纏っている
凛とした真っ白な胴衣の下に隠された豊かな胸元である。合わされ
た襟の下に、隠された見事な白い乳房は、道場裏の湯屋に由希が一
人浸かっているところを密かに垣間見たことがあり、陶玄斎は想像
を逞しく掻き立てていた。
 由希が先に木刀の先を小振りで打ってきた。
 カキーーンという音とともに、陶玄斎の木刀がそれを横に払いの
ける。まだまだ互角に渡り合えるほどの腕にはなっていない。
 カキーン。
 慎重に間合いを取った上での二の振りも、陶玄斎に弾き返された
。  由希の抑えた息遣いが少し荒くなってきた。こめかみから落ちる
一筋の汗の匂いには、どことなく女の妖しい芳香が混じっている。
陶玄斎はその仄かな香りに目を薄める。それを由希は隙と感じて、
いきなり剣を横に打って出る。
 「とうりゃあーーーっ。」
 「隙ありぃっ。」
 陶玄斎の木刀が由希の刀の根元を弾き、その衝撃に由希は木刀を
取り落としてしまう。その行方を追っていた由希の下腹に、陶玄斎
の拳が深く打ち篭められていた。由希は一瞬で悶絶していた。
 (まだまだ修行が足りませんな、お嬢様。)
 陶玄斎は、目の前にあられもない姿で仰向けに伏している娘の姿
をみやり、辺りを一度見渡して誰も居ないことを確認すると、にや
りと口元を緩める。鳩尾への鉄拳はかなり効き目があったようだっ
た。片膝を折って、気を失っている娘に顔を近づける。無心の表情
で眠り込んでいる由希の表情は清楚な中にも可憐さを秘めていた。
 陶玄斎は胸元の胴衣の襟元に手を滑り込ませてみる。温かいが張
りのある膨らみがそこにはあった。まだ男を知らぬ筈の生娘のそれ
だった。
 それから陶玄斎はいきなり由希の微かに開かれた股座に片手を突
っ込み、菊座の後ろ辺りで稽古着の袴を掴むと、もう一方の手は胴
衣の胸元を掴んで一気に娘の身体を自らの肩口へ担ぎ上げる。
 「さて、お嬢様。お気づきになるまでの間、拙者がたっぷり介抱
してしんぜよう。」
 そういうと、正体を喪ってぐったりと男の肩に担がれたままの由
希を、陶玄斎は道場から運び出してゆくのだった。


続き


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