妄想小説
監禁された女巡査
第十章 自虐行為
電車が動き出して暫くして、真穂は自分の居る反対側の扉のほうで、妙な動きを見せている男女に気づいた。女は男に背を向けていて、男のほうが女に寄添うように身体をぴったりくっつけている。ちらっと女の横顔が見えた時、以前にも見かけたことのある女子高生であるのに真穂は気づいた。
(あの時の女の子だわ・・・。)
真穂の脳裏に思い出したくない記憶が蘇ってくる。三日間の拉致監禁生活を強いられることに至るきっかけの事件だった。その時、真穂はその少女を救おうとして、痴漢犯を捕え損なったのだった。
痴漢に狙われる女性のタイプはだいたい決まっている。それ故に、そういう女性は常に痴漢に狙われ易い。その少女もその典型であるようだった。男の肩が動くとそれに合わせて引き攣るように少女が首を振るのが判る。
真穂は無言のまま、ぎゅうぎゅう詰めの車内を乗客をゆっくり押し分けるようにしてその男女のほうに近づいていった。男のすぐ後ろまで近づいて、真穂は女が痴漢行為にあっているのを確信した。真穂は唇を噛み締める。それから意を決したような顔色を見せると、ゆっくり片脚を男のほうへ伸ばしていった。
真穂の太腿が、男の脚に背後から触れる。男は少女のほうに夢中になっていて、気づかない。そのまま、真穂は腰ごと男の尻に押し当てるように自分の下半身を突き出していく。男がちらっと振り向いたことで、気づいたことを知る。男は一瞬、ぎょっとしたような表情を浮かべる。が、それでも真穂は更に男のほうに身体を密着させてゆく。男のほうに身体を横から差し出すようにして脚を男のものに絡ませ、更に腰を押し当てる。男の表情が(おやっ!)とでも言うように一瞬変わる。真穂は脚を男に絡ませながら、両手を腰の横に回して、自分のスカートの裾をゆっくりと持ち上げる。OL風のタイトなミニのスーツだが、ストッキングは着けていない。その生脚の肌を更に男に密着させる。男の喉がごくんと鳴ったようだった。少女に向けられていた手がだらんと下がったかと思うと、指先だけが持ち上げられたスカートから覗く生脚の肌に触れた。
びくんと真穂の身体が一瞬硬直するような仕草をみせたが、そのまま唇を噛んで目を閉じている。男の指が真穂の内腿をなぞって這い上がってくる。しかし真穂は身体を動かさず男に身を預けたままだ。
男は半信半疑のまま、躊躇しながらも、真穂のスカートの上から指で下半身のカーブをなぞっていく。男の指が太腿の上を滑っていって、遂に恥骨の上部を捉える。
「うっ。」
真穂がたまらずに小さく声を洩らす。が、周りの乗客が気づくほどのものではない。
男の手は、罠ではないかと疑っているようで、慎重だった。が、真穂のスカートの上から手を動かすことはなく、ゆっくりとだが、確実に指に力を篭めていく。それに対して隷属の証であるかのように、腰を動かすことなく、顔を横に逸らしてうな垂れて見せる。男がにやりと唇の端を歪ませたようだった。
「私、池上真穂は、二度と痴漢を捕えるような不遜なことはしないことを誓います。また私自身が痴漢にあっても、一切の抵抗、反撃をしないことをここに誓います。痴漢からどんな辱めを受けようとも、甘んじてそれに堪え、身体を差し出すことを誓います。ここに添える警察手帳はその証とします。」
それは、真穂が解放される前に、男から命じられて直筆で書かされた文句だった。書き終えると、男はそれを取り上げて、部屋の奥にあった事務機のところへ行って、真穂の警察手帳の身分証明の部分と一緒にコピーを取った。
男がコピーを取った証文はそれだけではなかった。
「この女性は、私、池上真穂の所持していた警察手帳を見せられた為に、騙されて拉致され、このような恥かしい写真を撮られたものであることを、私、池上真穂が証言いたします。」
その文章を無理やり書かされ、その証文も、捕われた女たちのあられもない格好を晒した写真と一緒にコピーを取られたのだった。
それは狡猾なやり方だった。目隠しをされ、車に乗せられて、アジトの場所が判らないような場所まで連れ出されてから、真穂は解放されたのだった。警察手帳も最早用済みとばかりに、放って返された。真穂は放たれた山の奥から、独り徒歩で人里まで降りていったのだった。
男の企みは明らかだった。相変わらず痴漢撲滅キャンペーンの電車内パトロールの交替勤務は続いていた。真穂は自分の担当の番になると、これまでと同じようにさり気ない私服で勤務の為、早出をして電車に乗り込む。しかし、最早痴漢を見つけても、自分自身が痴漢行為にあっても、その悪辣な犯人を捕えることも、抵抗することも許されず、身を任さねばならないのだった。それに逆らうことは、自分の警察手帳のせいで、騙され、無残にも辱めを受けた格好で写真を撮られてしまった被害者の女性たちの惨状を世間に公表されてしまいかねないのだった。それは真穂自身の羞恥だけに留まらず、素人の一般民間人を巻き込むことになってしまう以上、証文で誓わされたことに従わざるを得ないのだった。
真穂は、被害に遭っている女性を見つけた時すらも、自分の身のほうを差し出すことでしか、悪辣な痴漢たちから被害者の女性を守ることが出来ないことを知った。あの二日間の屈辱と拷問の日々は、そういう行為を真穂に馴れさせる為の調教でもあったのだと、後になって気づいたのだった。
男の手の動きが次第に速くなっていく。それに連れて、真穂は自分の身体が内部から反応してしまうのを避けられないでいた。最早、ショーツの裏側は惨めなほど汚してしまっているのは間違いなかった。それを気づかれることは、屈辱だけではなく、更なる責めの動機を男に与えてしまうことになるのは間違い無かった。何とかスカートの上から触られるまでで終わらせたかった。真穂は車窓の外をちらっと見る。駅まではもうあと少しだ。男の関心は完全に少女から真穂の方へ移ってきていた。少なくとも少女の危機を救うことが出来たのが、真穂にとっても、せめてもの救いだった。しかしそれは、真穂自身への蹂躙に他ならないのだった。
男の手が遂にスカートの裾に伸びてきた。しかし、真穂は身体を動かす事も出来ない。
(何もしないことを承諾の合図と取られて、男は図に乗ってスカートを捲り上げてくるだろう。そしてその後は、下着に手が伸びてくるのは時間の問題だ。そして、その後は・・・・。)
真穂は自分の身に降りかかってくる凌辱シーンを思い浮かべ、口惜しさに唇を噛み締めるのだった。
そんな真穂の思いと裏腹に、男のほうは、突如傍へ寄って来て身体を差し出すようにしてくる女子高生とは違う大人の身体を持った女に、そのまま好き勝手に痴漢行為を働いていいものか、もしかしたら何かの罠で、囮捜査のようなものではないのか、判断に迷っていた。確かに女子高生は若いだけが取り得で、瑞々しさには溢れているが、女としての熟れるような色香は少ない。しかし目の前の若い女は、締まった身体つきではあるが、成熟した色気に溢れていた。自分の指の先が恥骨の膨らみを押し付けているのを感じてない筈はないと思っていた。それでいて、逃げようとしないどころか、自分のほうからこちらへ近寄ってきて、腰も自分から押し付けるようにしてきていたのだ。その誘いに乗って、一気に責め捲る誘惑にも駆られるが、女のほうから痴漢を求めてくるのは尋常ではない。それが、男に躊躇をさせる一番の原因であった。
男が迷っていた分、救われたのは真穂のほうだった。迷った挙句、男はとうとう真穂のスカートの裾を摘まむと、ゆっくりと探るように上へ引上げ始めたのだった。真穂は下半身にその気配を感じ、捲り上げられ下着にまで手が伸びてくることを覚悟した。が、その時、電車は次の駅に向って減速を開始しだしたのだった。
電車が停まりドアが開こうとするのを見て、男は一気にスカートを捲り上げ下着に手を伸ばそうとしてきた。しかし、真穂もそれを察知して、男が手を伸ばす一瞬前に腰を引いた。男の手は空を切った。
(チッ・・・。)
男が舌打ちしたかと思われた瞬間から乗客の波が一斉にドアに向い出し、揉みくちゃになる中で、真穂は男から素早く離れた。しかし、目は最初に痴漢の被害にあっていた女子高生を追っていた。女子高生は人垣に揉まれながらホームのほうへ滑り出ていた。真穂もその後を追う。
「ちょっと待って。」
真穂はホームをすたすた歩いていこうとする女子高生を呼び止める。少女はちらっと振り返ったが、侮蔑の眼差しを真穂のほうへ向けるや、小走りに歩み去ろうとする。その時、真穂は後ろから肩に手を掛けられた。
「よう、姐ちゃん。続きはホテルでやんないか。」
さっきの男だった。咄嗟に真穂は周りを大袈裟な身振りで見渡し大声を挙げた。
「誰かっ。」
その声にひるんだのは、男のほうだった。まさに警官がすぐにも来るのではと慌てた男は真穂を放すと、さっと人ごみのほうへ走り去っていった。
真穂はすぐさま、少女のほうを追いかけた。もうホームから改札のほうへ階段を降りようとしているところだった。真穂も駆け出して、少女に追いつく。
「ちょっと待って。お願いっ。」
今度は真穂のほうが少女の腕を取った。真穂に止められて、少女は再び振り向いて顔を上げた。真穂の顔をじいっと睨むように見つめる。
「最低っ。男に触られて嬉しがっているなんて・・・。」
「えっ、ち、違うのよ。そうじゃないの。」
明らかに真穂は少女に誤解されていることを知って、落胆する。
(自分は少女の為に身代わりになってやったのに・・・。)
そう言いたい真穂だったが、言葉をやっとのことで喉元で呑み込んだ。
「これには事情があるの。お願い、ちょっとこっちへ来て。」
真穂は人の流れの中から、少女を引っ張ってホームに戻り、ひと気の少ない隅っこに少女を連れていく。
「貴方、私を憶えているわね。そう、1週間ぐらい前、貴方が同じこの路線で痴漢に遭っていた時、その痴漢を捕えて突き出そうとして誰かに邪魔されて逃げられてしまったこと。」
「あっ。」
少女は素っ頓狂な声を挙げたかと思うと、再度まじまじと真穂の顔を見つめ直す。
「思い出したようね。」
少女は下を向いて、小さくかぶりを振る。
「ねえ、あの時、私に横から肘鉄を食わせ、痴漢を追いかけようとする私に足を掛けて邪魔した男を見ていない。」
「ええ、見ました。見ましたけど、知らない人でした。」
「ねえ、その男か、痴漢の男を、あの後、見かけなかった?」
少女はゆっくり考えるように首を傾げていたが、最後には首を振った。
「あの時以来、見かけていないわ。通勤電車に乗るようなサラリーマン風じゃなかったし。」
真穂も、おそらくその少女が見た男は次郎なのだろうと思っていた。普段から通勤電車に乗るようなタイプではない。真穂は期待していた手掛かりの糸がぷつんと音を立てて切れたような気がしたのだった。
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