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妄想小説

狙われた優等生



第六章 麻子へのリンチ


 麻子が美沙子を助けたという話はすぐに美鈴のもとに伝えられた。そして、その話は美鈴の逆鱗に触れた。
 「あの娘を許しては置かないわ。リンチに掛けるのよ。」
 美鈴は取り巻きの連中を集めて、悪知恵を絞らせるのだった。

 次の日の放課後は麻子は美沙子と一緒に帰る約束をしていたので、昇降口で美沙子がたやってくるのを待っていた。当分の間、テニス部には顔を出さないことに二人で決めたのである。その分、放課後に街の市営テニスコートに寄って、二人で練習をしていくことにしていた。
 美沙子は職員室に呼ばれているので、少し待っていてほしいと言っていたのである。麻子は鞄を抱えて待っている。
 そこへ数人の男子生徒を伴った奥野美栄子が突然現われた。麻子は身の危険を感じて、思わず後ろへあとずさりする。が、その背後には逃げないように既に他の女生徒等が待ち構えていたのである。
 「美鈴姐さんのお呼びだよ。ちょっと顔を貸して貰うからね。覚悟しな。」
 男子生徒が強い手で麻子の両腕を抑え込むと、否応なく引き立てていく。
 「大声立てりゃ、その顔が傷もんになるんだよ。分かっていると思うけど。」
 そう言って、奥野は手の平に隠した剃刀の刃をチラっと見せる。麻子は背筋がぞっとするのだった。そのまま、麻子は連れられて体育館の裏の「源治山」と呼ばれる小高い丘の学校からは陰になっている場所に連れてこられた。
 そこには、既に竹刀を手にした美鈴等が待ち構えていた。
 「麻子、勝手な真似をしてくれたじゃないか。お陰でわたしはいい恥じをかいてしまったよ。今日はたっぷりそのお返しをしてやるからね。」
 「どうして、こんなことを。貴方は間違っているわ。だから、わたしは川野さんを助けたのよ。私はお返しなんか受ける言われはないわ。」
 麻子は精一杯強がりを言って見たが、膝はもう既にがくがく震えていた。
 「いいから、おい。吉田。ちょっと麻子にヤキを入れておやり。」

 誰もいない昇降口に立った美沙子は不吉なものを感じた。近くにいた生徒等に手当たり次第に問いただすと、先ほど数人の生徒等に連れられて、源治山のほうへ行ったという。
 美沙子は慌てて走りだした。
 あまりに慌てていたものだから、反対側から歩いてきた高野圭子に気付かずぶつかってしまった。
 「あら、貴方は、あの噂の川野美沙子さんね。」
 圭子でさえ、美沙子の噂は聞き及んでいた。
 「あ、高野先生ですね。済みません。今、急いでいるんです。」
 美沙子は経緯を説明するよりも前に、もう裏山に向かって走り出していた。
 圭子はこの初対面の転校生の雰囲気にただならぬものを感じた。

 裏山では、既に麻子へのリンチが始まっていた。麻子のセーラー服は既に脱がされている。上はスリップも肩紐を落され、ブラジャーだけを身に着けているという格好で、両手を縛られて木の枝から垂らしたロープで吊りさげられている。
        

 背中には傍らにいる男子生徒が手にしている革のベルトで打たれたらしい赤いみみず腫れの痕が痛々しく残っている。
 「やめなさい。」
 美沙子は走り出て叫んだ。突然の声に驚いて、ちょっとひるんだものの、すぐに女ひとりと分かると体制を立て直し、今度は美沙子をぐるっと囲んだ。
 男子生徒が三人、女子生徒が五人、それぞれ、手には革のベルトや竹刀を持っている。
 その中のひとり、鷹見美鈴が美沙子を睨みつけていた。
 「随分、かっこ付けているじゃないの。さすがはクラス委員ね。」
 「あなたが、あんなに卑劣なやり方でしか勝負出来ない人とは見損なったわ。」
 「何のことよ。勝負に負けておいて、わたしはあそこから帰っていいなんて許しはしなかった筈よ。」
 「あんなインチキは勝負ではないわ。人に薬を盛ったりするなんて。」
 「そんなこと、わたしの知らないことよ。」
 「そう、それじゃ、いつでも本当の真剣勝負を受けて立つわ。あんな薬の力を借りないでわたしに勝ってみせると言うのならば。」
 これには美鈴も応酬できなかった。
 美鈴自身勝てそうな気がしなかったからだ。
 返事をする代わりに、美鈴は美沙子の背後の男子生徒等に目で合図する。その合図とともに美沙子に掴みかかり、両腕をとらえて羽甲斐締めにする。
 「その女も一緒にヤキをいれるのよ。」
 美鈴が命令すると、隣にいた奥野が竹刀を手に美沙子の腹をめがけ打ち掛かってきた。 美沙子は混身の力をこめて後ろの男を背中から投げうった。不意を突かれた男子生徒のほうは簡単に投げられて、やってきた奥野に体当りする羽目になってしまった。
 美沙子はテニス部で鍛えた運動神経で体技も得意だった。男たちに対して隙を見せない格好で構えた。
 「駄目よ。その女には、ひとりずつ掛かっても。みんなで一斉に飛び掛かるのよ。」
 美鈴も馬鹿ではない。適確に指示を与える。
 美沙子も内心まずいことになったと思った。一人ずつなら何とか自信があったが、一斉に飛びかかられたら勝ち目は無い。
 「それっ。」
 美沙子が策を考えている間もなく美鈴が声を掛けると、美鈴の手下等は一斉に美沙子につかみかかった。美沙子には一人に肘鉄をくわせるのがやっとだった。両手と両脚をそれぞれひとりずつに抑えられ、美沙子は草の上に這いつくばるようにして捻じ伏せられた。
 「縄を掛けておしまい。」
 美鈴が麻子を縛るのに使った残りの縄を投げてよこす。美沙子の両手が捻じ上げられ、背中に重ねられた。その手首に縄が掛けられた。

 「あなたたち、何してるの。やめなさい。」
 圭子だった。美沙子の様子が変なので後を追ってきたのだった。
 「や、やばい。あの先公だぜ。」
 「あの艶っぽい先公も一緒にやっちまおうぜ。」
 男達の誰かが言い出した。今度もみんなが一斉に圭子に跳びかかっていった。
 が、圭子の竹刀のほうが完全に早かった。パシッという音が殆ど一回にしか聞こえないように思われる程の早業だった。あっと言う間に何人もが転げ回った。
 「川野さん、大丈夫。」
 圭子は美沙子の縄を解き、麻子も助け出した。
 二人の縄を解いている間に他の連中は全て逃げ出していた。
 「高野先生、お願いがあります。」
 三人で帰る途中で美沙子が言った。
 「私にも剣道を教えて下さい。お願いします。先生。」
 圭子は美沙子に笑顔で頷き返すのだった。

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