takano

妄想小説

狙われた優等生



第十二章 忍び寄る魔の手


 圭子が西尾がいるクラスで辱めを受けたという噂はまたたく間に学校中に広がった。赴任してきた最初の日に学校一の不良である西尾に煮え湯を呑ませたという噂以上に衝撃的なものだった。その噂のひろがりは、美沙子や麻子がいるクラスでも例外ではなかった。
 「それじゃあ、高野先生は自分から西尾に罰を受けますって言ったということなの。何かおかしいわね。」
 土屋麻子が西尾のいるクラスの友達から聞いてきた話を伝えるのをじっと聞いていた美沙子は不審に思った。あんな不良に謝るなんて、そんな性格の女性ではない筈と思っていたのだ。
 「何か西尾は高野先生の弱味でも握っているんじゃないの?」
 しかし訊かれた麻子とて、思いつくことはなかった。
 その時、教室の隅っこで蒼褪めた顔で俯いている一人の女子生徒が美沙子の目に留まった。少女はぶるぶる震えているようだった。美沙子は近づいていって、肩に手をやると小声で言った。
 「貴方、何か知っているのね、高野先生の事。」

 西尾と圭子の噂は職員室から教頭、校長にまで広がっていた。校長は事の真偽を確かめる為に教頭を通じて圭子を校長室に呼びだした。
 「君と西尾という生徒の間で、何やらよからぬ噂話が広がっているそうなのだが、心当たりはあるかね。」
 呼び出された圭子は、どこまで知っているのか窺うように校長と教頭の顔を交互にみつめる。
 「あ、あれは・・・、ちょっとした勘違いがあったのです。私が間違って西尾君の非行を責めたのです。しかし、後でそれが間違いだったと判って教室で彼に謝ったのです。」
 咄嗟に吐いた嘘だった。しかし、ここで西条かおりの件を迂闊に話せば、西条が窮地に立たされるのは目に見えていた。それだけは避けたいと圭子は考えたのだった。
 「教室の中で、不埒な格好をさせられたように話をしている者が居るということだが・・・。」
 「いえ、そのような事ではありません。私のほうから真摯に彼に謝っただけです。その事を尾鰭を付けて色んなことを言っているだけだと思います。」
 「そうなのか。それだけならいいのだが・・・。それでなくても西尾というのはこの聖和泉学園でも札付きのワルと言われている奴だからな。問題を起させるような事が無ければいいのだが。大丈夫なのか、高野先生?」
 「大丈夫です。彼にはきちんと謝って、彼もそれを理解してくれたと思います。」
 圭子はまたしても便宜的な嘘を吐いた。校長は事を荒立てたくない一心だというのは、圭子にも充分見てとれた。何も無かったと言えば、それ以上の追及はしてこないだろうと踏んでいたのだが、その通りになった。

 しかし、西尾の企みはそれで終わる筈もなかった。クラス中の生徒の前で折檻を受けさせることで、赴任初日に皆の前で恥を掻かされた時の仕返しをして、一旦は溜飲を下げた西尾だったが、それで自分に対して下手に出るのを続けるとは思えなかった。西尾は徹底的に辱めることで二度と自分達に手出しをしようという気にならないようにさせねばと思ったのだ。

 一日の授業を何とか終えて職員室の自分の席にやっと戻ってきた圭子は、まだひりひり痛む尻を庇いながらそっと自分の椅子の上に置いておいたクッションの上に腰を下ろす。西尾に教室の中で鞭打たれたその日は椅子に座ることさけ叶わなかったのが、一日経ってやっと何とかゆっくりとなら座れるようになったのだった。
 一息吐く間もなく、二人の男子生徒が圭子の背後に近づいてくるのに気づいた。何時も西尾の手下として取り巻きをしている男たちの中の二人だとすぐに判る。
 「あの先生。西尾さんが呼んできてくれって言ってるので、一緒に来てくれますか。」
 嫌な予感がした。しかし、ここで表だって撥ね付ける訳にはゆかない。
 「わかったわ。ちょっとこれを片付けるから少しだけ待っててくれない。」
 そう圭子はいうと、授業で使った教科書類を本棚に片づけながら、ちらっと教頭のほうを見る。教頭は男子生徒がやって来たことに気づいていない風だった。
 「じゃ、いいわ。」
 そう言うと圭子は立上って男達の後を追う。

 男二人が圭子を案内したのは、もう生徒等が居なくなって閑散とし始めた校舎の最上階を更に上がった屋上への入り口だ。屋上は普段の立ち入りは禁止されているものの施錠まではされていない。西尾はその屋上の一番奥の手摺りの前に立っていた。
 「私ひとりで行くわ。」
 そう言うと、圭子は着いて来ようとしていた二人を目で制した。二人の手下はお互いに目配せして屋上の入り口の扉の内側に留まることにしたようだった。
 「何か用があるの。」
 内心はびくびくしているのを極力見せないように毅然とした口調で西尾に言い切る。
 「あれでもうすべて済んだとでも思っているのかい。」
 「あれって・・・。貴方の言うとおりにしたのよ。まだ満足じゃないって言うの。」
 「心から反省しているようには見えないんでね。」
 「・・・。じゃあ、わたしにどうしろっていうの。」
 西尾の顔に歪んだ笑みが浮かんだ気がした。
 「今度は素っ裸になって授業をして貰おうかな。そうだな。性教育がいいかな。アンタの身体を使って実際に指で差し示しながら女の性器の構造をみんなに解説してやるのさ。」
 「な、何て事を言うの。」
 「出来ないとでも言うつもりかい。」
 「・・・・。」
 圭子は困った。相手はそんな事までやらさせかねない男だとは充分に判っている。しかし、西条かおりの事も守ってやらねばならない。
 「出来ないわ、そんな事。だって、この間の事だってもう既に校長の耳にまで入っているのよ。何とか大したことは無かったって、尾鰭をつけて面白おかしく話を作っている者がいるだけだってやっと誤魔化したのよ。あんな事が白昼堂々と教室で行われていたなんてわかったら処分を受けるのは私だけではなくってよ。とにかく校長は学園で問題が起きてるなんて世間に騒がれるのが一番困るの。だからその阻止の為なら片っ端から停学、退学処分を連発するわ。困るのは私だけじゃないの。」
 「そうか。もう校長たちまでチクった奴が居やがるのか。面倒くせえ校長だ。」
 「だから、もう暫くはおとなしくしてて。ほとぼりが冷めるまでは、ちょっとでも噂が広がるような事をしないで。」
 「それなら、ちょっと別のやり方を考えておこうか。ま、今回は許しておいてやるわ。その代り、呼び出しを受けたら素直に従って来るんだぜ。」
 そう言うと、西尾は圭子の肩をポンと叩くと横をすり抜けて屋上の入り口のほうへ悠然と向かうのだった。

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