takano

妄想小説

狙われた優等生



第一章 やってきた新任教師


 高野圭子の新しい赴任先は、東京から二時間あまり田舎のほうへ入った地方の私立高等学校であった。このあたりはまだ開発も進んでなく、昔ながらの風景は却って圭子には懐かしさを感じさせるものがあった。
 白いフリルのついた清楚な感じのブラウスに紺のタイを巻き、豊かだが締まった腰のラインをくっきり見せる濃紺のタイトスカートという出で立ちで校門を潜った高野圭子は見るからに新任教師そのものであった。

 校長室で挨拶を済ませた圭子は、そのまま職員室で同僚の教師連中に紹介され、それから教頭に連れられて、すぐに受け持ちの三年二組の教室へと向かった。

 「えーっ、静かに。今日から先日辞められた花岡先生に代わってこのクラスを担任される高野圭子先生を紹介する。」
 美貌の女教師が教壇に立つと、(ほおうっ)というため息があちこちから洩れた。
 「先生は東京の学校から来られた優秀な方で、みんなも先生の期待を裏切らないように一緒に頑張ってやっていくこと。以上。. . . じゃ、先生。これで。」
 教頭は簡単な挨拶だけ済ますと、圭子をあとに残して去って行った。

 「皆さん、よろしくね。」
 圭子はクラス全体を見渡してみる。全体にはおとなしそうなクラスである。が、うしろのほうに、どこにでもいるちょっとすねた様子で、脚を机の上に上げてふんぞりかえっている男子生徒が数人いる。
 「よう、先公。ちょっとこっちへ挨拶に来いや。」
 不躾な態度で圭子を呼び付けにしたリーゼントの男がその親分格らしかった。
 この手の生徒は初めが肝心であることを、圭子はこれまでの経験から充分知っていた。
 「あなた、お名前は。」
 圭子はつかつかとその生徒に歩みよった。と、急に横から圭子の脚を引っかけるように足を出した者がいた。不意を突かれて圭子は前のめりになる。バランスを失った圭子の背中を更に突き飛ばす者がいて、圭子は男の足元に完全に転んでしまった。
 「きゃっ、誰っ。」
 両手を付いて倒れこんだ圭子の背中に、もう一人の男子生徒が馬乗りになり、圭子の片腕を背中に捻りあげた。
 「ううっ、痛いわ。何をするの。離しなさい。」
 しかし、男の手は容赦なかった。更に圭子の髪をつかんで、うつむかせる。そこにリーゼントの男の顔があった。
 「俺様はな、西尾って言うんだ。ようく覚えておくんだな。」
 西尾と名乗った男は、圭子の顎をしゃくるようにしてうつむかせ、美しい顔を弄ぶ。
 「先公にしておくには惜しいタマだな。まあ、これからタップリ可愛がってやるぜ。え、お嬢さん先生よ。」

 圭子はタイミングを計っていた。一瞬の隙をとらえて圭子の自由なほうの腕が後ろに肘鉄を食わせると、後ろでぐわっという声がした。それと殆ど同時に、西尾は圭子に足首をつかまれ、捻じ上げられた為、身体ごと宙に浮いて椅子から滑り落ち、床に大きな音をたてて尻餅を付いた。
 瞬間、圭子に悪戯を仕掛けた男たちは何がなにやら分からず、ぽかんとしていた。あっという早業だった。圭子の前に西尾は転がり落ち、後ろでは子分の結城が腹を抑えて倒れこんでいた。
 「私をあまり、甘く見ないほうがいいわよ。西尾くん。」
 圭子は既に埃を払らいながら立ちあがっていた。
 まわりの女子生徒たちは尊敬の眼差しで新しい新任の女教師を見守っていた。
 「畜生、このあま。」
 教壇に戻ろうとしていた圭子に西尾が後ろからつかみ掛かった。
 が、素早く振り返った圭子の手が西尾の学生服の襟首をつかんだと思う瞬間、見事な一本背負いが決まって、西尾の身体は教室の床にたたきつけられた。

 「今日のホームルームはこれで終わります。それじゃ、音楽の授業で逢いましょう。」
 圭子は担当する授業を告げて、受け持ちのクラスを悠然とでた。
 クラスの中は圭子が出ていった途端に騒然となった。

 その日の出来事は、またたく間に学校中の評判となった。
 西尾は学校の中でも、どうしようもないはみだしものである。その西尾を懲らしめただけでも大したことなのに、それが若いそれも美人の女教師がやったというのだから大変だった。
 これまで、新任の女教師といえば、散々に西尾等不良グループにいじめられたものだ。それが、今回は圭子が歩けば彼等も一歩後ろへ下がらざるを得ない。圭子は学校の中を肩で風切って歩いている。
 しかし、それを西尾が指を加えて我慢したままの筈はなかった。密かに圭子への復讐を企てていた。

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