カウベルマスター

アカシア夫人



 第四部 突然やってきた闖入者



 第三十六章

 それから暫くは貴子にとって、平穏な日々が続いていた。和樹は一回の放尿プレイでいたく満足したらしく、似たようなことを続けてしようとはしてこなかった。そうなったらそれで、何事もないことが貴子を退屈な気分に舞い戻らせる。それを追い払うかのように、夫の居ない日にはきまって山小屋喫茶のカウベルへ足繁く通う貴子だった。

 「マスター。今、車の中で聴いたんですが、茅野の街のほうで大変なことになっているみたいですよ。」
 そう言って、カウベルへ駆け込んできたのは、貴子も顔馴染みの三河屋の若い配達人、檜山俊介だった。
 カウベルの店内にはテレビは設置していない。マスターは奥から携帯ラジオを出してきて、カウンタに載せボリウムをあげた。
 「・・・だいまのニュースを繰り返しお知らせします。長野県警本部から今朝方入った発表によりますと、昨夜から未明に掛けて、松本拘置所から東京刑務所へ護送中だった男が茅野市手前の山中で脱走を図った模様です。護送車は山中で崖から転落した模様で、運転手他警備員三人が大怪我を負って連絡をして来た時には、護送中の受刑者は既に姿を消していたとの模様です。県警は警察官数十名を緊急配備し、・・・」
 とんでもないニュースにカウベルに居た一同は表情を凍らせ、互いの顔を見合わせた。
 「さっき聞いた話では、茅野の街中は警察官と機動隊で溢れていて、あちこちで検問をやってるって話でしたよ。」
 俊介は唾を飛ばしながら、ニュースを補足していた。

 「早めに帰っていたほうがいいかしらね。」
 「そうですね。暗くなるとどんなことになるか判らないから、明るい今のうちに家に戻っておいたほうがいいですね。」

 カウベルのマスターに薦められて、早々と山小屋喫茶を後にした貴子だった。俊介が送ろうというのを、夫への手前、遠慮した貴子だった。小走りでずっと急いできたので、我が家である山荘に辿り着いた時には、すっかり息が切れていた。
 中へ入って厳重に錠を下ろした貴子は、落ち着く為にハーブ茶を淹れることにした。薬缶を火に掛けようとしてふと二階のバルコニーへ出るフレンチ窓の鍵が降ろしてあったか不安になり、観に行くことにした。その時、微かだが物音が二階から聞こえたような気がしたのだ。
 貴子は心臓が止まりそうなほどの勢いで動悸が高鳴ってくるのを感じていた。
 (ま、まさか・・・。)

stove

 近くに目をやると、冬に備えて買い入れたばかりの薪ストーブ用の火掻き棒があるのを見つけた。ストーブと揃いで、外国製でかなり重量のあるものだ。それを胸元に握り締める。その時、またギィーと床が軋む音がした。
 貴子は慌てて階段のほうからは陰になって見えない洗面所へ向かう通路のほうへ身を隠す。そこからなら誰か階段を降りて台所のほうへやってきてもこちらからは見つけやすいし、こちらには気づかれにくい場所の筈だった。
 身を潜めてから、貴子は外に逃げることも考えた。玄関はしっかりロックを二重に掛けたばかりだった。音を立てないで開けるのは難しいかもしれない。それに急いで外に出たところで、山の中の一軒家だ。相手に気づかれればすぐに追いつかれてしまうのは必至だ。
 (暫く、身を潜めていよう。もしかしたら空耳だったかもしれない・・・。)
 そう貴子が思った時、階段をゆっくり降りてくる足音がはっきり聞こえてきた。貴子は手にした火掻き棒を強く握り締める。
 男の背中が見えた一瞬、貴子は自分でも思いがけないような行動に出ていた。火掻き棒を振りかぶって、後ろから男の後頭部目掛けて必死で振り下ろしたのだ。
 「うぎゃあああ。」
 男が頭を抱えてもんどりうって倒れた。鋼鉄製の太い火掻き棒はかなりの衝撃を与えた様子だった。しかし、死んだ様にはみえない。
 (どうしよう。)
 貴子はパニックになりながらも、必死で考えた。すぐに逃げることを考えたが、男に追いつかれるのではと心配になる。
 その時、夫の和樹が隠し持っていた手錠のことを思い出した。男を放っておいて、二階へ駆け上がる。夫の抽斗の合鍵は常に持っていた。震える手で鍵を廻し、中から手錠を取り出す。使えるかどうか考えている時間はなかった。階下を見ると、男がまだ階段下に倒れている。急いで階段を駆け下りると、男の手首を取って片側を嵌め、もう片方を引っ張って階段の手摺りの柱の一本に掛け留めた。
 (間に合った。)
 そう思った瞬間だった。男の自由なほうの手が貴子の足首を掴んだのだ。
 「きゃあっ・・・。」
 慌てて払いのけようとしたが、男も必死だった。とにかく前へ進もうとしたが、しっかり足首を掴まれていて、貴子は前に転んで倒れてしまう。その貴子の身体を男は片手で引き摺って引き寄せようとする。咄嗟に貴子は持っていた鍵束を遠くのほうへ投げつけた。鍵束は、洗面所へ繋がる廊下の先まで飛んでいって壁にぶち当たって床に落ちた。
 「ううう・・・。よくもやってくれやがったな。」
 男は虫の息のようだったが、とにかく貴子を放してはならないとだけは意識しているようだった。片手を階段の手摺りに繋がれたまま、自由なほうの片手と脚で貴子の身体を羽交い絞めにして次第に自分のほうへ引き寄せてゆく。貴子も必死でもがいたが、男の力には叶わなかった。

 小一時間ほど、お互いにどうにもならない状況で身動きが取れずにいた。次第に男のほうも回復してきて、状況が把握出来てきたようだった。手錠の鍵まではどうやっても辿り着くことは出来そうもない。しかし一旦貴子を放してしまえば、そのまま逃げていって警察へ通報されることは目に見えている。その間、自分は手錠に繋がれたまま逃げることも出来ないのだ。しかし、貴子を両脚と片手で捉えていても状況は一向に改善しないのも明らかだった。放っておけば、警察もここまでやってきてしまうかもしれなかった。
 貴子のほうも、手錠を外してやると約束して一旦放して貰うことは考えてみた。しかし男がそう易々と信じるとも思えなかった。万が一、信じて一旦放してくれたとしても、その後、本当に鍵を外してやるか、そのまま手錠を掛けたままで警察へ走るべきかは迷うだろうと思った。もし鍵を外してやった場合でも、男が何もしないで出て行ってくれるとは限らないからだ。
 男は片手を吊られた格好で、階段下の床に座り込んだ格好になっている。その前に背中を向ける形で、貴子は捉えられていた。男の両脚が貴子の腰をがっしりと挟みこんでいて抜け出せそうもない。両手を振り回して、一度もがいてみたが、すぐに男の自由なほうの片手で首を絞められて、抵抗するのを諦めざるを得なかった。
 「ねえ、このままずっとこうしていても、警察がやってくるのを待つことにしかならないのよ。」
 「判ってるさ。だからどうするか、考えてる。」
 「ね、手錠を外してあげるって約束するから、一旦放して。そしたら鍵を拾ってきて、外してあげる。私も約束するから、何もしないでそのまま出ていくって約束して。」
 「そんな約束、信じられると思うか?お前だって、手錠を外した後、俺が何もしないで出て行くって本当に信じられるのか。」
 「お互い信じるしかないじゃないの。」
 「ふん。そんな訳にはゆかない。」
 「だって、このままじゃ、時間が経ってゆくだけよ。時間が経てば経つほど、貴方にとっては不利なのよ。」
 「判ってるさ。ちょっと黙ってろ。今、考えてるんだ。」
 貴子は男を怒らせても自分の身が危険になるだけだと思い、少し黙ることにする。
 「おい、お前、さっき投げた鍵束以外に鍵を持ってないのか。」
 「持ってる訳ないわ。持ってたらさっさとさっきみたいに投げ捨ててるわよ。」
 「ちょっと調べさせて貰うぜ。」
 「な、何ですって。や、止めてっ。」
 しかし貴子が止めるのも聞かず、男は自由なほうの手で貴子の身体をまさぐり始めた。貴子は薄手のサマーセーターにミニのプリーツスカートしか羽織っていない。どちらにもポケットはない。男は首に何か掛けていないかサマーセーターの下に手を潜り込ませて貴子の首周りをまさぐる。何も掛けてないことを確認すると今度はブラジャーをまさぐり始めた。
 「ちょ、ちょっと止めてっ。そんなところに何も隠せないわよ。」
 「ちょっと黙ってろ。」
 ブラジャーを一通り調べ上げると今度は腰の周りを探り始める。ポケットも無いことを調べ上げると、今度はスカートの中に手を入れてきた。
 「や、やめてよ。そんなところに何かある訳ないでしょ。」
 慌てて大声を挙げる貴子だったが、男は手を止めない。しかし男の手が貴子のストッキングを掻き分け、ショーツの中にまで差し込まれたところで男は手の動きを止めたのだった。
 「お前、何でここに毛が無いんだ。」
 「い、言わないで・・・。」
 「ちくちくするところをみると、無毛症って訳じゃなさそうだな。剃ってるのか。それとも旦那に剃られてるって訳か。」
 「か、関係ないでしょ、貴方に。」
 「さ、白状するんだ。」
 そう言いながら男の手は貴子の無毛の恥丘をまさぐった後、陰唇の割れ目まで指を入れてくる。
 「や、やめて。そんなことしたって、助からないわよ。」
 「白状しなけりゃ、止めないぜ。」
 「わ、わかったわ。白状するから止めて。」
 男が一旦、指の動きを止めたので、貴子は訳を話すことにする。
 「夫に剃られたの。貞操を守る証しよ。他の男性の前で裸にはなれないようにって、剃り上げられているの。」
 「ふうん、そんな事するヤツが居るのか・・・。お前も旦那も変態って訳だ。」
 「い、言わないでっ。そんな事・・・。」
 暫く沈黙が続いた。貴子はこんな男に白状しなければならないことを呪いたい気持ちだった。
 「そうだ。良い事を思いついた。お前、裸になれ。」
 「な、何ですって。」
 「いいから、着てるものを全部脱ぐんだ。」
 「や、やめて。何するの・・・。」
 しかし、男が後ろから貴子の着ているものを剥ぎ取っていくのは、どうやっても防ぎきれない。サマーセーター、ブラジャーと剥ぎ取られてしまう。貴子の裸の乳房が男の前でぶるんと震えた。男の手がそれで止まる筈もなかった。
 「お前、全裸で外に出れるか。出れないよな。だって、股間に茂みもないんだからな。」
 男の意図が貴子にも何となく読めてきた。
 「下半身の物は自分で脱ぐんだ。脱いだらこっちへ全部渡すんだぞ。」
 男は貴子がちゃんと従うように再び片手で首を絞めてきた。貴子には男の言う通りにするしかなかった。スカートのホックを外し、腰から抜き取ると、後ろの男に渡す。それからストッキングも腰を上げて抜き取り、男に渡す。
 ショーツを取るのはさすがに躊躇った。しかし男が首を強く締め上げてくるので従わない訳にはゆかなかった。
 ショーツを脚から抜いて全裸になると貴子は首をうな垂れてしまう。
 「よし。片手をこんなかに突っ込むんだ。」
 男が差し出したのは脱いだばかりのストッキングだった。何をしろというのか不審に思いながらも貴子は言われた通りにする。
 「手をグーにして握り締めて一番奥まで突っ込むんだ。」
 貴子が言う通りにすると、男は片手で器用に残った部分を貴子の手首に巻きつけ縛ってしまう。
 「その手を背中に廻せ。そうしてもう片方の手も後ろに回すんだ。」
 貴子がストッキングを巻かれた手と、もう片方の手を背中に回すと男はストッキングで貴子の両手を背中で縛り付けた。そうしておいてもう片脚側のストッキングにも貴子の手首を突っ込ませ、同じ様にぐるぐる巻きにして縛りつける。すべてが終ると、貴子は手では何も掴めない状態で後ろ手に縛られてしまったことになる。今ではもう男の意図をはっきり認識していた。股間を自分では隠せない状態にされてしまったのだ。その格好ではさすがに男を置いて裸で逃げる訳にはゆかないのだ。

madam

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