アカシア夫人
第四部 突然やってきた闖入者
第四十三章
その日、もう一度、三河屋の車で駅まで貴子は送って貰うことにした。用を済ませる俊介を先に行かせた後、貴子は駅前ロータリーの植え込みの下から鍵を回収し、コインロッカーへ向かう。貴子の荷物は幸いまだ撤去はされていなかった。荷物を持つと、帰りの待ち合わせの為に郵便局の裏駐車場へ向かうのだった。
山荘まで送り届けて貰った貴子は、三河屋の俊介を見送ると、早速荷物を持って二階にあがる。合鍵で夫の抽斗を開けて、買ってきた手錠を元あったようにしまうと、鍵を掛けて夫の書斎を出る。今度は自分専用にと買った新しいバイブレータを袋のまま持って、屋根裏のロフトに上がるのだった。
出入り口の蓋を閉じてしまうと、バイブを袋から出して床に敷いてあるマットレスに身を横たえる。下穿きのショーツが触らないでも、もう潤んでいるのがはっきり分かる。
バイブの軽い振動が貴子の疼きを一層促す。もう我慢が出来なかった。
脚を開いてスカートの上からバイブを股間に押し当てる姿を、天井に据えられた隠しカメラが反応して捉え、映像を無線で室外機に送り始めたことに、恍惚となる貴子は全く気づいていないのだった。
「ねえ、あれからどうだったの。奥さんに上手い事、またオムツを穿かせられたの?」
和樹は横に裸の肩をシーツから出したまま寝そべっている朱美をちらっと観る。朱美は興味深々という目をしていた。
「ふん、まあね。」
「和樹ったら、奥さんのことになると手が早いわね。それでっ、どうやったの・・・。」
「最初は新しい試みをしようっていって、縛った後、目隠しをして。」
「何をやるのか、訊かされないまま縛られちゃったんだ。じゃあ、されるがままって訳ね。まさかオムツを嵌めさせられるのだとは思いもしなかったでしょうね。」
「最初のうちは口移しで、ビールを飲ませたのさ。早く催してくるようにね。」
「なるほど・・・。」
「それで、もう我慢出来ませんって言い出してから、下着を脱がして紙オムツに取り替えるって訳。」
「泣くほど恥かしがったでしょ、奥さん。ああ、その姿が見えるようだわ。」
「だから、想像するなって言っただろ。」
「だってもなんでも想像しちゃうわよ。そんな刺激的な話っ・・・。私も一度でいいから、そういう事させてみたい。私、仕事でサド役の女王様演じてるけど、男にはほんとはそんな趣味ないの。でも相手が女となると別。とくに美しい人や、可愛い子は、虐めてみたくてたまらないの。そんな女が客ならいいんだけどね。来るのは禿げ親爺ばっか。」
「そりゃ残念だったね。」
「今度、奥さん連れてお店、いらっしゃいよ。たっぷり可愛がってあげるから。」
「そんな訳に行くかっ。いくら俺が普段言う事聞かせているからって、外では出来ないよ。逃げ出しちゃうかも。」
「あらっ、オムツ放尿プレイは外でするのがいいのよ。」
「実は、外はもう試してみたんだ。」
「ええっ?もうやってるの・・・。呆れたっ。」
「一人で東京行きたいっていうから、その前に身体検査だって言って、陰毛が生えてないか調べて剃り直させて、その後、下着をオムツに交換させたんだ。一日絶対外しちゃいけないって命令してね。」
「よく素直にそんな命令に従ったわね、奥さん。」
「どうしても東京、行きたかったんだろね。蓼科に越してから一回も一人で蓼科以外には外出させてなかったから。」
「じゃ、これからは一人外出の時はオムツ嵌めが条件って訳ね。」
「さあね。」
「まあ、そのつもりのくせに。ね、今度は何時?」
「来週の週末かな。」
「ふうん。じゃあ、今度の月曜、絶対また来てね。結果知りたいから。」
意味ありげなウインクをしてみせた朱美が何か企んでいるとはこの時はまだ和樹は疑ってはいなかったのだった。
蓼科から東京へ出るのは意外と簡単なんだと分かって以来、貴子はどうしてもまた出掛けてみたくて堪らなくなり、夫におそるおそる切り出してみたのだった。口実はうまく思いつかなかった。結局、一番最近亡くなった叔母の墓参りにすることにした。ちょうど命日が近くなったこともあり、両親の眠る菩提寺とは別で、東京にあることも口実としては都合が良かったのだ。ただ、親族として最後まで面倒を見てくれたということはあるが、そこまでの義理があると和樹が納得してくれるかが心配だったのだ。
「ね、どうかしらね。今度の日曜日なんだけど。」
「いいけど、条件があるよ。」
(やはり・・・。)貴子はしかし、逡巡はしなかった。
「この間と同じ事ね。貴方がどうしてもというのなら・・・。」
夫がその条件を出してくるであろうことは、貴子も想定済みだった。ただ、耐え切れないことではない。それで外出を許してくれるのであれば、嫌だけれど受け入れるつもりだった。
「じゃあ、いいよ。この間と同じ電車で行って、同じ電車で帰ってくるんでいいんだよな。」
「ええ、駅まで同じ様に送ってくだされば、私も助かるわ。」
貴子には和樹が簡単に許してくれたことが意外だったが、自分の妻にオムツを嵌めさせるという屈辱を与えることに和樹が愉悦を感じているとまでは思ってもみなかったのだ。和樹は翌日、出勤した後、また朱美を誘って首尾を話してやることが出来ることを楽しみにしていたのだった。
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