アカシア夫人
第五部 新たなる調教者
第五十四章
俊介は蓼科高原へ向けて黙って車を走らせていく。俊介はあまりの気持ち良さに最後の瞬間を自制することが出来ず、暴発させてしまってからすっかり意気消沈している様子だった。そんな俊介を慰めるかのように、帰り道の途中で貴子はふと思い出したことを俊介に訊いてみることにした。
「ねえ、すずらん夫人って知ってる?」
「えっ、すずらん夫人?知らないなあ。アダルトビデオか何かッスかね。」
「えっ、アダルトビデオ?」
今度は貴子のほうが驚く番だった。まさかアダルトビデオなどという言葉が俊介の口から飛び出すとは思いもしなかったからだ。
「鎌倉夫人とかなら知ってるけど・・・。」
「鎌倉夫人?」
「はいっ。そうッス。昔あったやつですけど。今はDVDかな。」
「アダルトDVD・・・なの?鎌倉夫人って。」
恥かしそうに言う助手席の貴子をちらっとだけ俊介は垣間見る。
「鎌倉夫人とか、軽井沢夫人とか、武蔵野夫人とかって、そういうまあ、シリーズ物みたいなものです。元々は大正とか昭和初期の文学作品らしいんですけど、響きがちょっと妖しい感じがあって、原作とはあんまし関係ないストーリーでアダルト物の作品名になっているんです。」
「へえ、よく知ってるわね。そういうの、観たことあるの?」
「あっはあ。まあ、一応はね。随分昔ですけど。」
貴子もそういう物を観たことはないが、何となく想像は出来た。
「ね、俊介君。お店でそういうの、仕入れることって出来る?」
「そりゃ注文されれば何だって仕入れますよ、ウチは。でも通販でも買えると思いますけど。あ、そうか。通販は拙いか。いいですよ。ボクの名前で注文しときます。」
貴子は何かのヒントがみつかるような勘が働いたのだった。
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