fier

アカシア夫人



 第五部 新たなる調教者




 第四十九章

 「久々の東京は楽しかったかい?」
 夫のレンジローバーに乗り込むなり、和樹が訊いてきた。
 「ええ、とっても。蓼科も悪くはないけれど、やっぱり東京の活気って刺激があるわ。ただ街を歩いているだけで、何だかうきうきしてきちゃう。」
 「へえ、そんなもんかい。ごみごみしていて、騒がしくて、物騒なだけじゃないかな。」
 それ以上は詮索せずに、和樹は車をスタートさせる。貴子は、岸谷という男に出遭ったことをつい話そうとして言葉を呑み込んだのだった。嫉妬深い夫には余計なことを言わないほうがいいと思ったのだ。往きの電車で出逢った不思議な女性のことも黙っておくことにした。

 「ねえ、お願い。早くあれを外してくださらない。」
 山荘に着くなり貴子は和樹に目配せをして頼み込む。特急が駅に着いた頃からずっと催していたのだ。早く、普通にトイレに行きたかったのだ。
 「もしかして、したいのかい。」
 和樹には見透かされていた。貴子は恥かしくて、首を縦に振って答えることしか出来なかった。
 「スカートを捲って。」
 貴子は俯いたまま、言われた通り、スカートの裾を持ち上げる、一日中、穿き続けてきた紙オムツが露わになる。
 「そのまま出してご覧。」
 「えっ、でも・・・。」
 早く紙オムツから解放されたかった貴子に、和樹の返事は非情だった。
 「また一人で外出させて貰いたかったら、言う事を聞くんだよ。」
 和樹は冷たくそう言ったのだ。貴子は唇を噛み締める。
 「はい・・・。」
 貴子が身体をぶるっと震わせた。それからおもむろに膝を少し広げると苦渋に満ちた表情になる。耳元がどんどん赤くなってゆく。
 「お、終わりました・・・。」
 「じゃ、外していいよ。」
 そう言い残して、和樹は一人で先に二階へ上がっていってしまったのだった。

 「ねえ、どうだったの。この間の日曜日。」
 和樹の居るベッドの横にもぐりこんできた朱美は横になるなり、和樹のほうを向いて訊ねるのだった。
 「日曜日って、そう言ったっけ。」
 「あれ、日曜日じゃなかったっけ。土曜日?」
 「まあ別にどっちでもいいんだけど。」
 「そう、曜日はいいから。どうだったの、奥さん。」
 「どうって・・・。」
 「また、やらせたんでしょ。オムツ嵌めさせて東京へ出した?」
 「まあね。」
 「奥さん。嫌だって、言わないの。」
 「あれを嵌めないと外出を許さないの、よく知ってるから。」
 「どこへ行ってたのか訊いたりしないの。」
 「親戚の墓とか、買物とかって言ってたからね。」
 「何処へ行くのか心配にならないの。」
 「ならないさ。あそこの毛を剃られてオムツまで嵌めさせられてんだよ。妙な所へは行けないさ。」
 「そりゃ、そうね。上手い事、考えたもんね。昔の恋人に会うんだって、嫌よね。そんな格好じゃ。」
 「それが判っているから、あいつも素直に従っているんだろう。あんな格好だからこそ、夫が疑わないでだしてくれるんだってね。」
 「どこでするのかしらね。」
 「するって?何を。」
 「決まってるでしょ。おしっこ。おしっこよ。」
 「さあね。お前ならどうする?」
 「・・・。そうね。座ったままじゃ出来ないわね。洩れ出しそうで。」
 「そうすると?」
 「やっぱりトイレに行ってすると思う。個室の中で。人に見られている場所じゃ出来ないと思うわ。例えば、エレベータの中みたいなところでは・・・。」
 「人前で出すのはやっぱ、辛そうだったぜ。」
 「えっ、人前でさせたの?」
 「ああ、どんだけ恥かしいか思い知らせる為にね。あいつに色目を使っている奴がいて、そいつの目の前で出せって言ったんだ。」
 「ええっ。そしたらしたの?本当に。」
 「ああ、顔から火を吹き出しそうなほど真っ赤になっていたけどな。」
 「見てみたかったなあ、そんな顔。」
 言いながらも、朱美は貴子がエレベータの庫内で泣きそうになりながら我慢していた姿を思い出していた。それでも13階までは堪えきれなかったのだ。
 「なんか俺、判ってきたような気がするな。」
 「え、何が。」
 「調教ってやつの真髄がだよ。じわじわ追い詰めて、段々言う事を聞くようにさせるってのが・・・。山荘への帰りの車で気づいたんだよ。何かもじもじしてるなって。」
 「トイレに行きたがっていたってこと?」
 「そうさ。家に帰りつくなりもう外して下さいってさ。思った通りだった。」
 「それで外してやったの?」
 「いいや。スカートめくって目の前でしてみろって。そうじゃないと二度と外出はさせないからって。」
 「それで奥さん。目の前でしたんだ。」
 「もう許してくださいって顔、しながらね。」
 「ふうん、悪い奴。」
 「お前が仕込んでくれたんだろ。調教の遣り方をさ。」
 「うふふ。そうだけど・・・。」
 朱美はもう少しで、実は東京へ行くあんたの妻に逢ったのよと言ってしまいたいのを、寸でのところで堪えたのだった。

madam

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