アカシア夫人
第五部 新たなる調教者
第四十七章
朱美と漸く別れることが出来た貴子は、今回のお目当てだったデパート内にあるサイクルショップのショールームに居た。
「このモデルなんかは、奥様がお乗りになるのにはぴったりのタイプだと存じますよ。ペダルは上り坂でもとても軽いですし、充電の仕方もとても簡単です。」
貴子は、電動自転車を見せて欲しいと頼んでいたのだ。店員は懇切丁寧に説明をしてくれていた。
「電動自転車って、普通の自転車よりはちょっと難しいかしらね。」
「いや、却って、普通の自転車よりも乗り方は簡単ですよ。どんな道でも力は一定で済みますからね。」
「あ、あの・・・。」
貴子はずっと言いよどんでいた言葉を口にすることにした。
「実は、私・・・。自転車に乗れないんです。」
「ええっ?」
最初は仰天した顔をした店員だったが、すぐに笑顔に戻る。
「ご心配要りませんよ。大人になってから初めて乗れるようになる方もいっぱいいらっしゃいます。最初は何方かにちょっと後ろを支えて貰うだけで、すぐに乗れるようになりますから。」
「そう・・・。そうかしらね。」
貴子は、ある人間に後ろで支えて貰いながら自転車の練習をする自分の姿を思い浮かべていた。
「ちょっと考えてみようかしら。このお店、確か通販もやっていましたよね。」
「はい、よくご存知で。全国、どこでも配達致しております。」
店員の明るい口調に、思わず貴子は頷くのだった。
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