スタジオ相談

騙された新人女優とマネージャー



 第二部



 二十八

 休憩時間に入ったところで、由里はそっと剛の方へ近づいていく。
 「あの・・・。剛さん。ちょっと相談したいことがあるんですが・・・。」
 辺りには聞こえないように小声で話し掛けた由里だったが、何故か剛は振り向いては来ない。
 「しっ。もっと小さい声で話して。それからこっちには目線を向けないようにして独り言でも言っているみたいに話してっ。」
 「え? あ、はいっ。えーっと、でも・・・。」
 「何時、誰が何処から盗み撮りをしようとしているか分からないから・・・。暫くの間はリハとか本番の台詞の時以外は、二人きりでは話をしないほうがいい。」
 「え、じゃあ・・・。もしかして、剛さんにも何かアプローチがあったんですね?」
 「あ、これ以上は話さないほうがいい。じゃ、行くよ。」
 そう言って剛は由里の近くからさり気なく遠ざかっていく。
 (やっぱり剛さんにもあの記者から何か言ってきたんだわ。どうしよう・・・。)
 何も相談出来ずに終わるしかなかった会話に由里は途方に暮れてしまう。

 その日の撮影が終わって控室に戻った由里は、自分のスマホに何かが着信したことを示すランプが点滅しているのに気づく。
 (何だろう・・・?)
 不安しか浮かんでこない由里は、おそるおそるスマホの画面を立上げてみる。見知らぬ番号からのショートメールだった。すぐに着信履歴を確認して、撮影所の屋上に呼び出された時に自分から掛けさせられた番号だったことに気づく。
 周りに誰も居ないことを確認してからメールを開いてみる。
 『あの写真が欲しかったら50万円持って今夜11時にXX駅のXX公園まで独りで来い』
 惧れていた事態が現実になったことで由里は心臓が止まりそうになる。
 (ご、五十万って・・・。そんなお金、持ってないわ。)
 由里自身のギャラなどは自分名義の銀行口座に振り込まれてはいたが、それはマネージャーの茉莉が全て管理していて勝手に引き出すことは出来ない。正当な使い道であれば茉莉に相談すれば引き出してはくれるだろうが、茉莉に相談出来るような話ではなかった。
 (ど、どうしよう・・・。とにかく、あるだけのお金を集めるしかないわ。)
 そう決意すると、茉莉には『急用が出来たので独りで帰ります』とだけショートメールを入れた上で自分のマンションへと急いで独り戻るのだった。

 剛の元にその記者がやって来たのは、その日の撮影が始まる少し前だった。早めにスタジオ入りしようとしていた剛を男がその直前に呼び止めたのだった。
 「アンタ、進藤剛だよな。」
 「誰だ、お前は?」
 「フリーの記者をやってる者だ。アンタにちょっと見て貰いたい写真があってね。」
 そう言いながら男は由里にも見せたのと同じ写真を剛に手渡すのだった。
 「こ、これは・・・。」
 「ほう。やっぱり覚えがあるようだな。」
 「こ、こんなもの・・・。何時の間に撮ったんだ?」
 「何時撮られたかはアンタのほうがよく覚えているんじゃないか? ちなみにそっちの女の方だが、何処に行ってた時のものかは素直に白状したんだぜ。」
 「え、何だって? め、由里ちゃんがあの別荘の事を喋ってしまったというのか?」
 (別荘だって・・・?)
 男は掴んだ情報にニヤリとしそうになるのを何とか堪えて表情を変えないようにする。
 「あそこでお前等二人が何をしていたか、奥さんが知ったりしたらかなり不味いことになるよな。」
 「な、何を言ってるんだ。あ、あれは・・・。あれは、由里ちゃんに演技の指導をしてただけじゃないか。」
 「ほう? 演技の指導をね。奥さんがそう思ってくれればいいけど、どうかな?」
 「ゆ、ゆすっているのか? 何か証拠を持っているっていうのか?」
 「俺たちはプロのスクープ記者なんでね。証拠も無しにこんな話をしに来たりはしないぜ。」
 「な、何を・・・。どんな写真を持っているって言うんだ。」
 「それはまだ言えないな。ま、ゆっくりこの事態を考えておくことだ。今日のところはここまでだ。」
 そう言うと写真を片手にブルブル身体を震わせている剛を置いて男は踵を返すと立ち去っていったのだった。

 結局由里が搔き集められたのは10万円にしかならなかった。それでもそれを持って男に会いに行くしかないと由里は思った。男が指定してきた駅の近くの公園は以前にロケで出掛けたことがあり、土地勘はあった。郊外にあるその公園は、住宅街からはちょっと離れていて夜間は人淋しい場所であることも思い出していた。
 薄目のサングラスを掛け鍔の深い帽子で一見では誰だか分からないような格好で由里はその公園にやってきていた。予想していた通り、夜の11時前にはもう人影は全く無かった。外灯も数少なく殆どが暗がりと言ってよかった。何処へ向かったらいいのか分からず由里はショートメールが送られてきた番号に掛けてみることにした。
 『あ、あの・・・XX公園まで来ました。何処へ行けばいいのですか?』
 『やっと来たか。公園の真ん中あたりに公衆便所がある。そこは明かりが点いているからすぐに判る筈だ。そこの灯りの下まで来い。』
 そこで電話がガチャリと切れてしまった。男が指定した場所はすぐに判ったので薄暗い中を公園の中心に向かって暗がりの中を進む由里だった。
 (ここだわ・・・。)
 公衆便所の入口の灯りの下に辿り着いたところで由里のスマホが着信を告げる。
 『は、はいっ。』
 受信ボタンを押してスマホを耳に当てる。辺りを見回すが暗闇が続くばかりで人の気配は感じられないが、どこからか自分の姿は見張られているらしかった。
 『こっちからはお前の姿はよく見えている。今から言う指示に従って貰う。』
 『な、何をすればいいのですか?』
 『まずは今穿いているスカートを脱いで貰おうか。』
 『え、何ですって?』
 『この間の撮影所の屋上の時と同じさ。大声を挙げられて助けを求められたりしても困るからな。助けを呼ぶ訳にはいかない状況になって貰おうって訳だ。』
 『そ、そんな・・・。』
 由里は早朝の撮影所の屋上でのことを思い返していた。あの時もスカートを脱がされて助けを呼ぶことは出来なかったのだ。しかも男が立ち去る時にスカートを返して貰う為にショーツとストッキングを差し出さねばならない羽目にもなったのだった。しかし今回も由里は拒絶出来る立場にはないのだった。
 『わ、分かりました。』



yuri

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