騙された新人女優とマネージャー
第二部
二十六
案内された応接室はホールから一番近くの部屋で窓から明るい光が差し込んでいた。
「この度は、うちの手塚由里を主演に選んで頂きまして本当にありがとうございました。先日事務所の方からご連絡頂きまして、また先生からも強いお口添えを頂いたとかで大変恐縮しております。」
「まあ、いいから。君、そこへ掛けたまえ。」
茉莉は薦められたソファへ腰掛ける。
「ということは、あれも・・・。つまり、私のプライベートな写真のモデルも引き受けてくれるということなのだな。」
「あ、えっ・・・。え、ええ。も、勿論です。喜んで引き受けさせて頂きます。」
本当は少し考えさせて欲しいと言った時点からまだ決心がついた訳ではなかった。しかし由里の主演がオーディション前から決まってしまっており、そのお礼を言いに来た時点でモデルも引き受けるという話になってしまっており、今更断れなくなってしまっていたのだった。
「そうかね。君ならきっと引き受けてくれるものと確信しておったのだよ。そしたら早速、今日から撮影に入らせて貰うが構わんだろう?」
「え、今日から・・・ですか。ええ、でも・・・。何の準備もしてきておりませんが。」
「何、準備なぞは何も要らんよ。こっちで全部手筈は整えておる。」
「あの、撮影はこちらで・・・?」
「ああ、そうだ。奥に撮影用のスタジオもあるんだ。それに、私が撮る写真の場合は自然な感じを重要視するんで撮影場所はスタジオとは限っちゃおらんのだがな。」
「あの・・・。こちらのお住まいは先生、お独りなんですか?」
「ああ、通いの家政婦や近所に住んでおる管理人は居るが棲んでいるのは儂ひとりきりじゃ。だから周りを気にせんで済むから安心してくれ。家政婦も管理人も私が来てくれと声を掛けない限りは勝手にやってきたりはせんから。」
「そ、そうなんです・・・ね。」
この大きな屋敷に基本的には深沢監督と自分しか居ないのだと思うと不安に駆られてくる茉莉だった。
(でも、そうは言ってももうご老体なのだから。変なことはなさろうにも出来るようなお歳ではない筈・・・。)
不安が募る茉莉はそう自分に言い聞かせるのだった。
「何かに着替えた方がよろしいでしょうか?」
試しにそう言ってみた茉莉に、深沢はまずはそのままの格好で少し撮ってみようと応接室のソファに座らせたままで持ってきた一眼レフで何枚かのポートレートらしきものを撮った後だった。
「やっぱりちょっと着替えてみて貰おうかな。」
「ええ、でも。何も衣装のようなものは持ってきていませんけど・・・。」
「ふふふ。心配せんでもいい。私はこの業界に長く居るのでね。衣装や小道具関係には顔が広いんだ。それに君のサイズも君が元所属していた事務所からデータを取り寄せてあるんだよ。」
自分のスリーサイズまで既に把握されていると知って茉莉は更に狼狽える。モデルをやっていた頃からスタイルは殆ど変わっていないことだけは自信があった。しかし他人に何時の間にか身体の寸法を細部に亘ってまで知られているのだと思うと心落ち着かないのだった。
「それじゃ、こちらの部屋に移って貰えるかな。衣装はもう既にそこに置いてある。」
茉莉が案内されたのは明らかに寝室だった。しかしそこに設えてあるベッドは誰も使ったような痕は残っていなかった。監督は一緒に入って来なかったところをみると茉莉が着替えるのに気を使ったのだろうと思った。
(こ、これって・・・。)
そこに置いてあった衣装というのは、黒いスリップドレスが一枚きりだったのだ。
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