妄想小説
淫乱インストラクタ ~ 嗚呼、勘違いの一人相撲
第九章 奴隷への道
確実に桂木浩子を自分の手に掌握したと確信した浅川は、それをさらに確固たるものにすることを考えた。浩子に奴隷となる誓いの文書を書かせようとした。
「私、桂木浩子は、私特有の性的欲望を満足させる為に、浅川卓巳様に、私のご主人となって頂くことを切に望みます。その為に、私桂木浩子は浅川様の奴隷となって、どんな命令にも服従することを誓います。・・・・」
浅川は、休みの日にそれを書いておいて、会社に持ってくるように命じた。休みの日、それだけでは足りないと思った浅川は、桂木に奴隷であることを思い知らせるのと、いざと言うときに逆らえないようにする道具を何か見つけられないかと探し回ることにした。
浅川はいかがわしい物を売る専門店を探し出し、出掛けていったのだ。それは大人向けの風俗誌の片隅に載っていたSMグッズなどを扱う専門店で、東京のとある雑居ビルの地下にあった。玩具の手錠は以前に買ったことがあり、既にそれを使って、浩子の自由を奪い、トイレに行けなくさせて、紙オムツに洩らさせるのに成功していた。
その店には、もっと頑丈で本物そっくりに精巧に作られたものが置いてあった。が、手錠は浩子の自由を奪うだけなら、玩具のものでも充分だった。
浅川が捜していたのは、もっと浩子に屈辱を与えるようなものだった。その屈辱の為に、浅川に従わざるを得なくなるような、そんなもの・・・・。
そして見つけたのが、鋼鉄のワイヤがはいった革製の貞操帯だった。革のベルトの中に埋め込まれた鋼鉄製のリングは、ナイフなどで切り裂いて外すことをできなくさせるものだ。浅川が気に入ったのは、陰唇に当たる部分の内側と外側にペニスを模したディルドーと呼ばれる張形を取り付けることが出来ることだ。内側に取り付ければ、ペニスを挿入されたままであるのと同じようにさせることが出来るし、外側に取り付ければ、男のように勃起したものを股間にぶら下げることになる。特に、浩子が男のように勃起したペニスをぶら下げた様を想像して、浅川はほくそ笑んだ。タイトなスカートは穿くことは出来ないが、少しフレアなスカートならば、下に着けていても判らないだろう。それを事務所でスカートの下につけさせて歩かせるのだ。逆らえば、スカートを剥ぎ取るぞと脅せば、言うことを聞かざるを得ない。そんな卑猥なものを身に着けていることを知られれば、何の言い訳も出来ないのだ。
もう一つ、浅川が気に入ったものが、首輪だった。これもワイヤが入っていて、簡単に引き千切ることは出来ず、ロックには鍵が掛かるようになっている。襟の下にこれが覗くと、お洒落に見えなくもない。しかし、明らかに挑発的なセクシーな雰囲気を醸し出すものだ。浅川は更にこれにタグをつけることを思いつく。店で聞くと、鋲付きの黒い革製の首輪に小さな金属製のプレートを好きな文字を掘り込んでリペット留めできるという。浅川は「牝豚奴隷マゾ女」という刻印を注文した。遠めにはブランドの銘のように見え、シルバーの飾りにしか見えないが、そばへ寄ってじっくり読まれれば、奴隷マゾの烙印であることが判ってしまうのだ。
浅川は、桂木が反旗を翻しそうになった時、公衆の面前で、「お前が首に嵌めているそれは何だ。」と罵倒するシーンを妄想する。桂木は真っ青になってそれを隠そうとするが、外すことは出来ないのだ。誰かに見つかれば、自分から望んで奴隷になっていた証拠として取られてしまうのだ。それを思うと、桂木はどんな恥かしい命令にも屈しなければならないのだ。
浅川は、SMグッズを売る店からの帰り、電機部品を売る店にも寄ることにする。それは同じ通りのすぐ近くにあった。ここで浅川が捜したのは、小さなCCDカメラとそれをパソコンに接続するケーブルである。一般には防犯用として売られているが、明らかに盗撮に使われるものだ。
浅川はそれを浩子の机の下、膝の真正面に設置することを思いついたのだ。CCDカメラには主に夜間の撮影に使用する赤外線検知式のものがある。これに赤外線ストロボを併用することで、暗い中でも気づかれずに撮影することが出来る。パソコンに繋げば、リアルタイムのビデオカメラの役目も果たすのだ。桂木に強制的に穿かせることにするタイトなミニスカートなら、どんなに脚をぴったりつけていても、スカートの裾の奥まで、丸見えになる筈だった。パソコンからその映像をいつでもネットで流すことさえ出来るのだ。
浅川はまず、奴隷の烙印を浩子につけることから始めることにした。一日中紙オムツを着けさせて、その中に放尿させ、最後は両手を縛ってフェラチオさせて口内射精までさせた次の日から、明らかに桂木浩子の浅川へ見せる態度が変わってきた。いつもおどおど、どきどきしているようで、浅川が発する一言、ひとことに過敏に反応しているのが浅川には手に取るように見えた。
もともと目下だった筈の浅川に対して、敬語で話すようになっていたし、以前のように露骨に睨み返すことも出来なくなってきていた。
しかし、浅川は慎重だった。事務所に他の者が居るうちは、いつものように自然に振舞うことを忘れなかった。翌日も、昼間の間は何もしかけることをしなかった。じっと浩子の様子を監視しながら、ひたすら定時退社時間が迫るのをまったのだ。
「磯山課長、今日も例の仕事が終わりきりそうもないんで、桂木さんと残業で少し進めたいんですが、構いませんか。」
あと少しで終業のチャイムがなるという段になって、突然、浅川は上司の磯山に持ちかける。細かいところまではチェックしていない磯山には、その日、終わりそうもない案件を抱えているかどうかまでは判らない。すべては自己申告なのだ。
「このところ、よく頑張ってくれるね。桂木君もいいんだね。」
突然振られて、浩子は身体をびくっと硬直させる。
「あ、はい・・・。わ、私なら、大丈夫です。」
そういいながらも、浅川が何かを仕掛けてくるのを予感して、悔しさに唇を噛み締める。
終業のチャイムが鳴って、事務所の他の連中が帰り支度で騒がしくなると、浅川はつかつかと浩子の席の傍にやってきた。
「じゃあ、今晩も仲良く頑張ろうじゃないか。」
妙に馴れ馴れしそうに、浅川は浩子の肩を叩く。セクハラぎりぎりの行為だ。それを浩子は窘めることも出来ない。立ち去り間際、浩子の目の前に一つのビジネス封筒を置いていく。浩子がそれをあらためると、表面に「これを首に」とだけ書いてあった。
次第に人影が少なくなる事務所を浩子は一旦立って、トイレに向かう。手には先ほど浅川から渡された茶色の封筒を持っていく。誰か居る場所で中味をあらためるのは憚られたのだ。
個室に入って、しっかりロックを掛け、便座に腰をおろしてから、改めて封筒の奥を見る。
(「首に」と付箋が貼られていたわ。ネックレスにしては、ちょっと重たい・・・。)
そう不審に思いながら中を覗くと、なにやら茶色の薄い紙で包まれたものが入っている。それを取り出して紙を広げてみると、どうにも犬の首輪としか思えないような革製のベルトだった。
(これを私にしろというの・・・。)
確かに犬の首輪にしては少し長めだ。留める部分も普通の孔に留めるベルト式のではなく、先を差し込むバックルタイプだ。しかもバックルらしきところには鍵孔らしものまであった。
(嫌な予感が・・・。)
そう思いながらも、浅川の命令に背くことなど出来ないことは判っていた。
首に当て、バックルらしきところにベルトの先をゆっくり挿し込んで見る。カチンという音と共に、ベルトに引っ掛かりの感触がある。慌てて、抜こうとしたら、ロックが掛かったようで、もう外れなくなっていた。
浩子は耳を澄ます。もう殆ど、人は帰ってしまったようで、足音も聞こえなくなっている。そっと音を立てないように個室をでると、洗面台の前に立ってみる。高めの襟になっているブラウスの奥に黒い帯と白く光る飾り物が見えた。ちょっとお洒落なアクセントがついたアクセサリーに見えなくも無い。犬の首輪のようには見えないのでちょっと安心する。
浩子は事務所に戻ってみることにする。どうやって外すのかだけは聞いておきたかったのだ。
しかし、事務所に浅川の姿は既になかった。自分の机に戻ると、さっきのとは違うメモの付箋がパソコンの画面のところに貼られてあった。
「今晩はやはり残業は止めておきましょう。」
浅川の字だった。
狐につままれた気持ちだったが、浩子も長居はしたくなかったので、すぐに荷物をまとめはじめた。
電車はいつものように混んでいた。浩子はドア際に立って揺られていた。既に薄暗くなりかけている。電車がトンネルに入ると、浩子のすぐ前のドアのガラス窓に浩子自身のシルエットが映っている。ぼんやりとしか見えないが、首元の黒いベルトを嵌めているのは判る。しかし、遠めには何かのアクセサリーとしか見えない。すぐに外せないのだけが不安だったが、家に戻ってよく調べてみれば、外し方はきっと判るだろうと何となく考えていたのだ。
アパートに戻って、まず洗面台に立った浩子は鏡に映る首輪を明るい光の元で初めてみて、心臓が止まるかと思った。メーカの銘のようにみえていた光る銀色のタグは、ブランド名でも何でもなく、「牝豚奴隷マゾ女」という文字がくっきりと刻まれていたからだ。それを身につけたまま、何も知らずに外を歩き、電車に乗っていたのだと思うと、こめかみから冷や汗が流れ落ちる気がした。
翌朝、浩子はその日着ていくものを思案していた。首に嵌めてしまった首輪はどうしても外すことが出来なかった。「牝豚奴隷マゾ女」の刻印を知ってしまってからは、それを剥き出しで出すことは何としても避けなければと思っていた。
少し古い服だったが、タートルになっている黒いサマーセーターがあった。それで首輪を蔽えるのだが、タートルの部分のすぐ下が逆三角の形に大きく開いていて、胸元の素肌を覗かせるようになっていて、却ってセクシーさを強調する。それでも、牝豚マゾのタグを晒しているよりはましだった。浩子はミニスカートではあるが、丈は少し長めの黄色いビジネススーツを合わせることにした。
いつもより早めの時間に、誰も居ないように静まり返った事務所に入ってみると、既に浅川が来ていて自分の机に向かっていた。入って来た浩子の姿を嘗めまわすように見つめている視線に、浩子は悪寒を感じていた。浩子が事務所の中央の柱まで来た時、突然、浅川は立ち上がった。浩子の足が止まる。
「そこにそのまま、立って。」
明らかな命令口調で浅川は浩子にその場に立ち止まらせる。浩子に近づいてきて、何やら浩子に向かって差し出してきた。黒っぽい布切れのように見えたそれは、受け取ってみると、ビロードで出来たような帯だった。その幅から、目隠しであるのはすぐに悟った。
「それを着けて。」
浅川の口調は有無を言わせないものだった。浩子は唇を噛んで、浅川から受け取ったビロードの帯を目に当て、後頭部できつく縛った。
「後ろに両手を付いて。」
言われるまま、手探りで背後に手を伸ばすとコンクリートの冷たい柱が手に触れた。浩子は柱を背にしてもたれかかるようにして、見えない目の前の浅川に対峙した。
「言われるまで、その手を離すんじゃないぞ。」
そう言いながら、浅川が浩子の目の前で膝元にしゃがんだのが気配で感じられた。
突然浩子は、スカートの上から腿の上を何かが横に走るのを感じた。何か尖ったものでなぞられたような感覚だった。それは股間のすぐ下あたりを横に滑っていった。それから、そこより下でその尖った何かがもぞもぞ動き始めた。
(何・・・、何をしているの。)
浩子は不安に打ち震えた。
何かを終えて、浅川は再び立ち上がったようだった。
「もう、いいぞ。手を離して、目隠しを取っていい。」
そう言われて、浩子はゆっくり柱から手を離し、後頭部の目隠しを括っている部分を解いた。目の前の浅川は手に黒のマジックを握っていた。その先にはキャップが付いていない。
浩子は自分のスカートを見て唖然となった。
股間より少し下の部分に黒のマジックで横に線が引かれていて、その下に殴り書きで「マゾ女」と大きく書かれていた。浩子には、お気に入りの綺麗な服を汚されたことよりも、その烙印を押されたような文字にショックを受けた。
「ああ、ひ、ひどいわ・・・。」
汚されてしまったスカートの部分を手で蔽うように画しながら、恨むように浅川を見上げた浩子の目に、薄ら笑いをしている浅川の歪んだ表情が映った。
「どうだ、お前にふさわしい殴り書きだろ。今日一日、それを晒して、歩き回るかい。」
「ああ、そんな・・・。」
いくら何でも、スカートの前に「マゾ女」と書かれて、人前に立つ訳には行かない。浩子はロッカーにも着替えなど持って来ていないのだ。
「それが嫌なら、そのスカート、会議室にあるミシンで切り詰めてくるんだな。急がないと、他の連中が、そろそろやってきてしまうぞ。」
それだけ言い切ると、浅川は自分の席のほうへ戻ってしまった。
呆気に取られていた浩子だったが、すぐに我に返って、浅川が言っていると思われる、奥の会議室に走っていった。打ち合わせは事務所内のオープンスペースの共用テーブルで行われることが多いが、時に内密の打合せが必要な時には奥の扉で仕切られた会議室が使われるのだった。浩子がそこへ飛び込んでみると、テーブルの奥のほうに、何故か電動ミシンが据えられていた。浅川が何処からか持ち込んだものらしかった。よく見ると、ミシンの横には大きな裁縫ばさみも添えられている。
腕にした時計をみると、9時15分前だった。始業は9時からで10分前ぐらいから皆事務所にやってくる。もう思案している猶予はなかった。
ミシンの前まで走り寄ると、何も考えずに、汚されたスカートを脱ぎ取った。上着の下は短めのサマーセーターのみなので、パンティとストッキングだけの下半身は上着の裾がかろうじて蔽っているに過ぎない。しかしそんなことに構っていられなかった。
テーブルの上の裁縫ばさみを取り上げると、お気に入りのスカートを掴む。裾に無残に引かれたマジックの線はかなり上のほうにある。一瞬、唇を噛み締め躊躇したが、そのマジックの線のすぐ下のところで、思い切って挟みをいれて、切り取る。電動ミシンは使ったことのあるタイプだったので、動かすのに戸惑いはなかった。裾を折り返してマジックの横の線が見えないようにして織り込んだ部分を縫い上げてゆく。裁縫は苦手ではなかったので、短くしたスカートの裾を縫い上げるのは訳なかった。出来栄えを調べている余裕はもう無かった。すぐに足を入れて腰まで引き上げる。無残に切り取られた短い裾は、もう股間ぎりぎりまでしかなかった。
会議室の扉の向こう側では、人の気配がしだしていた。浩子は用の済んだ電動ミシンの電源コードを抜くと会議室の隅の床に目立たないように置いて、裁縫ばさみもその陰に隠した。切り取ったスカートの切れ端は、マジックで汚された部分を内側にして小さく畳み込んで丸めると、背後に隠すように持って、会議室の扉を静かに滑り出た。もうかなりの人数の人間が出社して事務所内を行き来していた。浩子はなるべく平静を装って、毅然として肩で風を切るようにして歩いた。が、浩子の姿を目にする男性社員が、浩子の極端に短いスカートとその下に露わになっている太腿に目をやるのを見る度に、心臓が飛び出しそうだった。
(まさか、裾から覗いているのでは・・・。)
鏡で確認していないだけに、頼り無い短さのスカートは不安だった。浩子はそのまま何事もないかのように事務所の出入り口を抜けて、女子トイレに向かう。幸い、他の女子社員は誰も入っていなかった。まず一番に洗面台の真正面の鏡の前に立ってみる。真直ぐ立つと、太腿のかなりの部分が露わになっているのがわかるが、かろうじて裾からショーツは覗いていないようだった。それから、少し膝を折って腰を屈めてみる。腰を落としていくと、スカートの腿の間に逆三角形の白いショーツが覗いてしまうのが見えた。迂闊に腰を屈めれば、下着の見られてしまうことが判る。それから、最後に両手を万歳の形に挙げてみる。肩の高さに両手を持っていったところまではかろうじて股の付け根ぎりぎりだったが、そこから上へ手を挙げると、裾からショーツの下端が丸見えになって覗いてしまう。普通に立っていて、裾は股下5cmも無いようだった。物音がして他の女子社員が入ってくる気配を感じ、浩子は化粧直しを終えたばかりというような振りをしながら、女子トイレを出ていく。すれ違ったあと、背後で若い後輩の女子社員たちが、浩子のほうを振り向いて、なにやらヒソヒソ話をしているような気がした。が、浩子には、無視するのだと自分に言い聞かせるしかなかった。
事務所に入ると、出来るだけ目立たないようにそっと自分の席につく。が、浩子が入ってきたのを目敏く認めて、その下半身を盗み見るように、何気なく視線を送ってくる男性社員は、一人や二人ではなかった。
席に座る。タイトなスカートは当然ながら、その動作で、上へ少しずり上がる。他の社員に気づかれないようにこっそり下半身に視線を移す。こんなにまで見えてていいのかというほど、太腿が露わになっていた。浩子の目には下着まで見えていないものの、真正面から見られたら、逆三角形の白いショーツが丸見えなのは間違いなかった。浩子はなるべくぴったりと両腿をくっつける。それでも裾と、両腿の間には三角形の隙間が少し空いてしまう。その空間は浩子のパンティを隠してはくれないのだ。
「桂木くうん、ちょっと・・・。」
課長の磯山が浩子を呼びつけてきた。(どうせ、大した用は無いのだろう。)浩子には察しがついていた。
「何でしょうか。」
浩子はちょっと不機嫌そうに顔を上げて、磯山の席のほうを向く。
「あ、いや・・・。ちょっとね。この間、直して貰ったこの書類なんだけど・・・。」
磯山は何やら書類をかざしている。暗にこっちへちょっと来てくれという意味だ。(出来るだけ自然に振舞わねば・・・。)浩子はそう悟って、意を決して席を立った。
自分の周りの視線は一切無視した。すくっと磯山の席の前に立つ。何か悪いことをして罰として先生に立たされた小学生の気分だった。完全な晒し者になっていた。背後で、浅川がしてやったりとばかりに、浩子のあられもない肢体を眺め回しているのが、ありありと想像された。悔しさに浩子はまた唇を噛み締める。
「えっと、何でしょうか。」
課長の磯山も、視線をちらちらと浩子の太腿にやっている。
「ああ、この間のレターだけど。業者宛てに、拝復ってのは、ちょっと堅すぎるんじゃないかな。」
思った通りのどうでもいい内容だった。浩子は内心の怒りを露わにして磯山を睨みつける。
「じゃあ、どうすればいいんですか。」
いい加減うんざりといった調子で、浩子は訊ねる。
「うん、そうねえ・・・。まあ、了解しました、ぐらいってとこかな。それにしても、桂木君はいつもスタイル、いいねえ。」
今度は露骨に短くされたスカートから覗く太腿を嘗めまわすように眺めてくる。(スタイルがいい。)と誉めたことで、覗き見る特権を得たかのような言い方だった。
「判りました。直します。」
磯山の手から引っ手繰るように書類を取り上げると、有無を言わさぬ調子で、浩子は自分の席に戻った。磯山の視線が自分の下半身を追っているのを、痛いように感じていた。しかも、視線は磯山だけではなかった。なにせ、若い女子社員も眉を顰めるような短さのスカートなのだ。それでなくても、上背のある浩子は脚も長いし、スタイルだけは自信がある。その自慢の体躯を存分に晒しているのだから、注目しないほうが無理というものだった。
席に腰掛けようとしていた浩子だったが、その直前に今度は斜め向かいの席の浅川が声を掛けてきた。
「ああ、桂木さん。ちょっと教えて貰いたいところがあるんだけど・・・。ちょっといいかな、ここに。」
自分の隣に来て、パソコンのモニタ画面を見て欲しいように言っている。断わる訳にはゆかなかった。
「ここんとこ、僕にはちょっと難しくってさあ・・・。あ、そこに椅子あるから、ここに持って来て座って。」
浅川は自分の隣に椅子を持って来て座るように指示していた。これも背く訳にはゆかない。
浅川の席は一番壁際で、机の列があるので、事務所内の他の連中から覗かれないのは良かった。が、逆に浅川から何を仕掛けられても、気づかれない。浅川のやりたい放題になる懼れがあった。
命じられた通りに、壁の隅に放置されていた使われていない回転椅子を押してくる。腰をおろす時、さり気なく片手を膝の上に置いて、デルタゾーンをカバーする。
「えーと、何処の部分かしら・・・。」
浩子も極力自然にさり気なく振舞うことにした。
「ああ、この部分の表現なんだけど。ここに、最寄のボタンって、あるじゃない。この表現じゃ、判り難いと思うんだよね。どう・・・。」
浩子は画面を見つめる。が、それらしい表現はどこにもない。
(何のことを言っているの。意味が判らないけど・・・。)
そう喉まで出掛けた。が、浩子には浅川が自分を試しているように思えてきたのだ。自分に合わせて素知らぬ振りを出来るかどうか。浩子には、浅川に逆らうことは出来ないのは充分過ぎるほど判っていた。
「そうですね。ここは、浅川さんの言われるとおり、もう少し直してみる必要があるかもしれません。」
全然違う画面に対し、浩子が調子を合わせるのを見て、浅川はにやりとする。自分に従う覚悟が出来ていることを確認したのだ。浅川は次のステップに進むことにする。
「えーと、次の部分だけど、あ、これね。」
浅川がそう言って、マウスのボタンを操作する。画面が切り替わって何やらモザイクが掛かったような写真の画像が突然現れた。浅川が今度はマウスのボタンをくるくる回してゆく。モザイクの桝目がどんどん粗くなってゆき、次第に画面の輪郭がはっきりしてくる。浩子は画面を注視しながら、突然はっとなった。
次第にはっきりしてくる画面は先日の夜のものだった。机の下にしゃがみこんで大きく股を広げている女がいる。丸出しになった股間には何やら白いものが充てられている。知らない者には何のシーンか判らない程度にモザイクが掛かっているが、その場に居た当事者の浩子にはよく判っている。尿意を我慢しきれずに慌てて股間に充てた紙オムツに失禁して洩らした場面そのものだった。
浩子は慌てて、画面に掌をあて、それ以上画面を鮮明にしないように目で合図して懇願した。勝ち誇ったかのような顔を見せた浅川は机の傍らからセルロイドの定規を取り上げた。
画面のおぼろげな女体のシルエットの股間の中心をセルロイドの先で指し示す。
「ここのところ、あるでしょう。これ、見え難いから、もう少し開いたほうがいいと思うんですよ。どう思います。」
そう言いながら、今度はセルロイドの先を浩子の膝の上に置いた掌の上にかざす。
「あ、そ、そうですね。そうかしら・・・。」
「これは、僕の考えですけれどね。これはいっそのこと取っちゃったほうがすっきりすると思うんですよ。」
浩子は(膝の上の手を外せ)と命じられているのだと悟った。浅川に(許して)という目線を送ったが、浅川の脂ぎった目つきはそれを許そうとはしていないように思えた。
首をうなだれて、浩子は膝の上の手を腰の横にだらりと垂らす。浅川の表情の変化で、スカートの奥が丸見えになったのが、痛いように感じられた。浅川の手にした定規の先が、露わにされたスカートの裾と両腿の間のデルタゾーンに差し込まれてきた。浩子はそれを払いのけたいのを懸命に堪えていた。浩子が抵抗しないのを確認すると、浅川は手にした定規の先に力を篭めてきた。ぴっちりと閉じられた両腿の間をこじ開けるように定規を左右に回転させる。浩子は仕方なく、太腿の力を緩め、両膝の間を少しだけ空ける。浅川の定規が容赦のない無遠慮さで、浩子の脚の付け根まで侵入してきた。
浩子は心配になって、そっと机の向こう側の事務所の様子を窺う。事務所内はいつものように平穏に業務が開始されているようで、浩子と浅川の様子を注目しているものが居ないようだった。それは、誰も浩子を助けにきてはくれないことをも意味していた。もはや、観念して浅川のしたいようにさせるしかないことを浩子は悟った。
浅川は、浩子が完全に言うことを聞くようになったことを確認すると、取りあえずこの場はそれまでにすることにする。それ以上の行動は事務所の他の者に気づかれる畏れがあったのだ。
「それじゃあ、ここのところは、取りあえずは十分だと思うので、後でまた打ち合わせしましょう。いいですよね、桂木さん。」
浩子は浅川の責めが取りあえずは終わりにしてくれそうなことを感じ取って、既に涙ぐんでいた眦を手で拭うと、完全に屈服したかのように頭を下げたままで答えた。
「わかりました。ま、・・・、また、お願いします。」
やっとのことで、浅川は浩子の股間から定規を抜き取る。その先を一瞬臭いを嗅ぐかのように鼻先に近づけてから、意味ありげに笑みを浮かべ、顎をしゃくって(行ってもいい)と合図する。
浩子は完全に打ちひしがれて、自分の席に戻った。最早、何も耳に入ってこず、何も考えることも出来ないでいた。
「おーい、浅川君。」
課長の磯山が暇そうにしている、浅川を呼びつける。
「はあ、何でしょうか。」
課長の前へもそもそ歩いていった浅川だ。浩子のほうは、仕事を進めながらちらっと浅川が通り過ぎるのを横目で盗み見る。
「えーっと、どうしようかなあ。君で、いいかなあ。ま、そんな大事なクライアントでも無さそうだから、君に任すか。」
「えっ、何のことですか。」
「いやねえ、部長の紹介で、ミツミ電機っていう中小企業なんだけど、うちのシステムを入れたらどうかって話をしたら、一応話だけ聞くって、今日来るんだそうだ。営業は、桂木君にやらそうかと思ったんだが、彼女忙しそうだからね。駄目もとで君やってみるか。」
「ふうむ・・・。中小企業の営業ねえ。・・・そうだ。私に任せてみてください。その代わり、ちょっと条件があります。桂木君をアシスタントに使わせてください。きっと、取って見せますから。」
「桂木君をアシスタントに・・・。それじゃ、立場が逆じゃないか。」
突然の申し出にさすがの磯山も面食らう。
「いや、営業でしょ。彼女は技術プレゼは僕よか上かもしれませんが、中小相手の営業なんかあんまし経験はないでしょ。僕は、そういうドサ廻りみたいなの、結構やってますから。」
「そうだったかなあ・・・。ま、いいや。君に任す。おうい、桂木君。ちょっと浅川の手伝いをしてやってくれないか。」
怒ったような顔を一瞬見せて顔を上げた浩子だったが、課長の命令ならば仕方なかった。
1時間後、浅川の元へ受付から電話が掛かってきた。
「は、お待ちしておりました。・・・そう、五階になります。今、そちらへ迎えのものをやりますので、・・・、はい、お待ちしております。」
電話を切ると、斜め向かいで仕事をしている浩子にぞんざいに声を掛ける。
「桂木君。お客さんが見えたから、君、迎えに行って。僕は、パソコン持って、先に応接コーナーへ行っているから。」
浅川が、自分をこき使うように命令してくるのが不快だったが、素知らぬ顔をして従うことにした。浩子は説明に使うパンフレットだけを書棚から引き出して手にすると、エレベータホールに向かった。
1階でエレベータを降りると、守衛所の手前にある受付窓口の前に初老の頭の禿げた小太りの男と、それに付き従ういかにも番頭役といった感じの中年の眼鏡男が立っていた。
「ミツミ電機様でございますね。営業担当をしております桂木と申します。ご案内いたしますのでこちらのエレベータへどうぞ。」
初老の小男と、中年の番頭をエレベータの方へ案内する。小男は、短くされたスカートから大胆に露わにしている浩子の太腿を、不躾に遠慮なく眺めている。浩子はその視線を無視して、先にエレベータのほうへ向かった。
浩子の居るビルのエレベータはそれほど大きなものではない。大人三人が乗ると、息苦しいほどだ。浩子は、何人かの男とこのエレベータに乗るのが嫌だった。自分の体臭を嗅がれるように思えてならないのだった。腋臭がするというのではない。えもしれぬ女の匂いがすると、若い学生時代に友人の男友達から告げられたことがあって、それ以来、自分の匂いを嗅がれるのではと気になってしかたなかった。身体が感じてしまうと、あの部分の潤いは激しい方だと自分でも自覚していた。ある時、どうしても濡れてしみになってしまうショーツのその部分をそっと嗅いでみて、自分の匂いの元に気づき、狼狽したのだ。それ以来、生理でなくても、何か身体が反応してしまう予感がする時は、パンティライナー式のナプキンを当てていたのだ。
禿げで小太りの男は、自分のすぐ脇にいた。頭を下げているのは、自分の脚を覗いているのだと判っていた。が、素知らぬ振りをするしかなかった。
「あ、こちらです。」
五階にエレベータが止まるや、扉を飛び出て、浩子は先に立って案内した。
浅川はノートパソコンを手に、既にソファのある応接コーナーで待っていた。応接コーナーは基本的にはオープンスペースで事務所と繋がっているが、観葉植物の鉢を幾つか置くことで、事務所机の列とは一応区分けがされている。
名刺交換をしてから、浅川がソファの長椅子を客に示し、浩子には奥に座るように顎をしゃくって合図し、その隣に自分も座った。
浩子はスカートの裾の奥を覗かれないように、すかさず持ってきたパンフレットの束を膝上に乗せてカバーした。
小男はその中小企業の社長らしかった。付いてきたのは、やはり番頭役の専務と名乗っている。脂ぎった顔の禿げた社長が、浩子の真正面に座る。パンフレットで隠してはいるものの、股下ぎりぎりの丈しかないスカートは座ったことで、更にずり上がって、何も無かったら下着は丸見えの筈だった。それがパンフレットの横から見える腿の横で裾のラインで明らかだった。禿げ社長は、営業のことはすっかり番頭に任せて、自分はパンフレットを透過させんとばかりに視線を浩子の股間に集中させていた。
「まあ、私どものような、小さな会社ですから、お宅様の提供していらっしゃるシステムを導入するなどは、もともと身のほど知らずみたいなところがありまして・・・、ねえ。社長。」
「ああん?何、そんなもんかね。」
社長は突然振られて、他人事のように言っている。
浩子は、専務という男が低姿勢で及び腰なのを見て、全く購入するつもりがないと見切っていた。おそらく部長の伝で、お付き合い上、話だけ聞くというので来たのだろうと読んだ。見込みがないと見て取ると、浩子は職場のほうの様子を窺うように、見始めた。いつものように、商談を進めているこちらには全く興味も示さずに、それぞれが机やパソコンに向かって仕事をしていた。
興味を失って、油断していたのだ。横の浅川の動作にまったく注意が行っていなかった。いきなり、手を伸ばしてきた浅川の手に、膝に置いてあったパンフレットの束を奪われてしまったのだ。社長の目がいきなり輝いた。慌てて、膝の上に手をおいて下着が覗くのを隠した浩子だったが、社長にはしっかり見られてしまったのは間違いないと思った。両手で腿の上を隠すのはいかにも不自然だったので、片手だけで蔽いながら、浅川が持ってきたノートパソコンに手を伸ばし、代わりに膝の上に乗せて、パソコンを立ち上げ準備を始める。
浅川は、そんな浩子には目も呉れず、パンフレットの写真を専務に手で差して示しながら、一生懸命に説明している、少なくとも浩子にはそう見えた。パンフレットは客に渡しても自分のほうにも残るようにと多めに持って来ていたのだが、浅川は知ってか知らずか、その束全部を取り上げてしまっていた。返してくれというのも不自然なので、代わりにノートパソコンを置いたのだった。
「ここんところ、こんな風にですね・・・。あ、今、パソコンで実際に画面もご覧にいれますから、より判り易いと思います。あ、桂木君。準備いい?」
「え、今立ち上げています。もう暫く・・・。」
「まったく、のろいなあ、いつも。早くして。」
駄目社員を客の前で叱るかのように言われて、浩子はちょっと憮然とする。二人の客には完全に、浩子が目下の部下であるように映ったようだった。
「あ、そこそこ。画面をもう少し拡大して。そう、・・・。それじゃ、社長さんによく見えるようにパソコンを見せて。」
「あ、はいっ・・・。こ、こちらです。」
一瞬浩子は躊躇した。が、パソコンを社長に見せるように差し出さねばならない。それはスカートの下も露わにしてしまうことを意味していた。浩子はパソコンをくるりと180度回転させ、画面のほうを社長に向けて膝頭のぎりぎりまで前へ出した。
「ほう、どれどれ。」
社長が身を乗り出してきて、浩子がパソコンを抑えている手の上に自分の手を重ねてきた。
(あっ・・・。)
声を出しそうになるのを、やっとのことで堪えた。脂ぎった社長の手はじっとりしていて、虫唾が走るようだったが、気づかない振りをした。その社長の手はさりげなく浩子の膝のパソコンを自分のほうへ引き寄せ、更に顔を近づけてきた。それは、画面をよく見る為ではなく、パソコン越しに浩子の股間をしっかり覗く為なのだった。パソコンに添えられた浩子の両手は上からしっかり社長の手で抑えられている為に裾のデルタゾーンは無防備にならざるを得なかった。浩子は唇を噛んで観念した。
「いかがですか。なかなかのものでしょう。お気に召していただけたかと。」
横から浅川が調子を合わせて社長に取り入るように言う。浅川も、社長の視線は浩子の股間に注がれているのを知っているのだ。脇にいた専務の男までもが、無防備な浩子のミニスカートから覗く下穿きを盗み見るように眺めている。
「そ、それじゃ、次の画面に・・・、あの、次の画面に移らさせて頂いて・・・。」
「いや、もうちょっとじっくり見してくれや。」
そう言って、社長は浩子の手を掴んでいるじっとりとした手の力を篭めてきた。
「あ、はい・・・。ど、どうぞ。」
浩子は為す術も無く、恥かしさに顔を横の壁のほうに向け、じっと堪えることにした。
「えーっとですね、社長。このシステムの導入にあたっては、こちらも万全のサポートを致します。事前にそちらの工場へ伺って、説明会も致しますし。うちにはこの桂木という有能なインストラクターが居りますので、いつでも伺わせていただいて、何なりとご用命をお受けします。」
浅川が意味ありげに追加した。
「ほう、こんな女性が、説明に来てくれるのかね。」
浩子は浅川の言葉にタイミングを合わせて、極力失礼にならないようにパソコンから片手を引き剥がすようにして社長の手を逃れパソコンの後ろの膝に手を置く。
「そうです。私や、この浅川が、いつでも説明に参ります。やはり、現場の方にもこのシステムの良さを判っていただくのが、よろしいかと存じます。是非、今度、御社のほうへ・・・。」
この場を逃れたいばかりに、浩子も必死になって浅川の話に調子を合わせる。
やっと覗き込むのを諦めたようで、乗り出してきた身体を一旦ソファに戻して、背もたれにふんぞり返った社長だった。
浩子はこの時とばかりにノートパソコンを閉じ、自分の膝元に戻す。
「どうだい、牧野専務。こんな別嬪さんが、教えに来てくれるとさ。導入を考えてみても、いいんじゃないか。えっ、ぐふふふふ。」
意味不明の含み笑いをしながら、傍らの専務に話し掛けた社長だった。
「はあ、社長がそう仰るんでしたら・・・。まあ、費用のほうは、何とか考えますし、ねえ、浅川さん。お勉強もして頂けるんでしょ。」
「あ、いやあ。社長が導入をしてくださるって仰るんでしたら、こちらは何とでも・・・。」
無責任な返事をしていると、浩子は思ったが黙っていた。
「あ、まあ本当に導入するかどうかは、この人にもう一度工場へ来て貰って、じっくり説明を聞かせて貰ってからにしたいから。」
「あ、そうですかあ。それなら、早速近々にもこの桂木を伺わせますから。な、桂木。お前も宜しくお願いしますと・・・。」
「あ、はい。宜しくお願い申し上げます。」
浩子は浅川に促されて、深々と首を垂れる。
その時、横から浅川が手を伸ばしてきて、浩子の膝からさっとパソコンを抜き取る。慌てて膝の上に両手を置いて隠したが、下着が再び覗いたのを社長も見逃さなかった。目がぎらりと光ったのが浩子にもはっきり判った。
「そうだ。君。この名刺に、君の携帯番号を書いといてくれないか。わしゃあ忙しい身なもんじゃてな、なかなか予定がつかんので、空いたらすぐに連絡したいんじゃ。」
浩子はそれは真実ではないとすぐに直感した。しかし、相手の機嫌を損ねたくなかった。社長はさっき渡したばかりの自分の名刺と胸ポケットから出した万年筆を浩子に向けてかざしていた。背もたれに思いっきりふんぞり返っているので、手を伸ばさなければ届かない。しかも名刺と万年筆を片手で受け取る訳にはゆかなかった。横で、浅川が顎をしゃくって、(取れ)と言っていた。
浩子は再び観念した。膝の上に置いた手を離して、再び腿の上を無防備にする。
「はい、失礼致します。」
浩子は恭しく両手を伸ばして名刺と万年筆を受け取ろうとする。浩子の指が名刺を掴んだが、社長の指も名刺に力が篭められたままだった。一瞬、浩子の両手が宙に止まった。すぐに社長は手を放したが、しっかり覗かれたままだった。浩子はもう観念して膝を蔽うのを諦め、テーブルの上の名刺を片手で抑えながら、万年筆を滑らせた。
社長はしてやったりとばかりにしたり顔で、相好を崩して薄ら笑いしていた。
「やあ、今日はとてもいいものを見せて貰った。今度が楽しみだわい。君んとこには期待しとるぞ。なあ、牧野専務や。」
社長はそう言うと、漸くソファから立ち上がって言った。
「本日はまことにありがとうございました。今後とも、宜しくお願い申し上げます。」
浅川と浩子は深々と頭を下げて、社長と専務を見送った。浩子は社長に気を取られて頭を下げていて、短いスカートのお尻から、他の社員たちにパンティを覗かせてしまっていたことにも気づかないほどだった。
浅川は、まんまと浩子を使った色仕掛けで、システム受注をほぼ確定させていたのだが、上司の磯山課長はそんなこととは露知らず、浅川の営業能力を見直しつつあった。磯山は、桂木浩子の能力の高さを買ってはいたのだが、真面目で人付き合いはよくなく、会話も堅い物になり勝ちな為、プレゼは上手いのだが、営業には向かないかもしれないと、浩子の評価を下げて考え始めていた。浅川に言われた、(今後は、営業の際は桂木を自分のアシスタントに据えるようにしてくれ)という申し出も満更悪くないかもしれないなどと考え始めていたのだ。
浩子のほうは、浅川に指示されて、嫌らしそうな目つきの爺じいに自分の恥かしい格好を晒させられたことがショックでうなだれていた。これから営業の度に、好色家の餌食にされかねないと思っただけで、虫唾が走る思いなのだが、浩子にはその毒牙から逃れる何の術もないのだった。
浩子は浅川が居ない隙を見計らって、受注ほぼ確定の報せにいい気になっている課長の磯山に早退を申し出、さっと退社してしまったのだ。ちょっと油断して屈んでしまうと、下着を覗かせてしまいかねない短いスカートの格好からは一刻も早く逃れたかったのだ。余りに短いスカートのままで、帰宅ラッシュを迎える満員電車に乗り込むのは、痴漢に襲ってくれというようなものだというのもあった。浩子は、浅川にことわりもせずに帰ってしまって、少し気が咎める思いも抱いていたが、あんなに嫌っていた後輩の男に、気兼ねをし始めている自分にふと気づいて愕然ともしていた。
事務所に浅川が戻ってくると、課長の磯山は、すぐに呼び寄せた。期待していなかった営業が思いもかけぬ成功を収めたことで、磯山は機嫌が良かった。
「やあ、浅川君。たいしたもんだ。見直したよ。さっき、先方から電話があってね、早速、現地での説明会を実施してほしいと言ってきたよ。桂木君と相談して、そっちは詰めておいてくれよ。それで、今日はこれから一緒に飲みに行かないか。たまには僕も奢ってやるからさ。桂木君も早退しちまったし、僕等もちょっと早めに出て、祝杯でもあげようじゃないか。」
「ほう、桂木さん。早退したんですか・・・。ああ、いいですよ。おつきあいしますよ。」
浅川が磯山に連れられていったのは、いつものいきつけの居酒屋だった。磯山がしょっちゅう来るので、よっぽど混んでいない限り店は座敷席の一番奥を空けておいてくれるのが常だった。
この日も二人して、この席に陣取る。多少早い時間だったこともあり、店は混み合ってはいない。この店に磯山と二人でくるのは浩子と一緒に出張することになった前日以来のことである。
「今日の桂木君。ちょっと、色っぽかったねえ。」座るなり、おしぼりで手を拭いながら、磯山が話し掛けてくる。
「ああ、あのミニスカートですね。刺激的でしたね。今までの中でも一番短かったですね。」
「あのスカート、前に桂木君が気に入ってよく穿いてきていたのによく似てたけど、あんなに短かったかなあ。」
「さあ、もっと刺激的なのが穿きたかったんでしょ、きっと。」
「まあ、我々の目を楽しませてくれるのはいいことだよ。だけど、あの堅物の桂木君が、いったいどういう心境なのかなあ。」
磯山は以前から興味を抱いている桂木のことを、一番よく知っていそうな同じグループの浅川に根掘り葉掘り訊きたい様子だった。
「多分、男日照りなんじゃないですか。あの歳だし・・・、決まった男も居なさそうだし。男が欲しくてたまらなくなったんでしょう。」
浅川はわざと浩子を貶めるように、磯山に話し掛ける。それは日頃、苛められてきた浅川の復讐でもあったのだ。
「そりゃあ、彼女もそろそろいい年頃だし・・・。しかし、色気づくにしちゃ、ちょっと晩過ぎかもしれんな。まさか、あの歳で、処女じゃ、あるまいしなあ。」
「いや、どうですか。案外、晩生で、バージンかもしれないですよ。あの野暮ったさがなけりゃあ、男友達でもすぐに出来るかもしれないのに。なにせ、あの身体ですからねえ。」
「おお、浅川君もそう思うかね。あの脚はいいよねえ、イヒヒヒヒ・・・。」
磯山は露骨に嫌らしそうな目を垂らして、下品に笑う。
「あの脚の付け根の割れ目、使ったことが無いんなら、勿体無いことだ。いつでも筆下ろしをしてやるのに。」
「筆下ろしって、課長。そりゃ、男の童貞の時に使う言葉ですよ。」
「あ、そうか。姫はじめだっけ。はっはっはっ・・・。」
「あの女、時々妙に匂いませんか。何か、乳臭いような、おしっこ臭いような。」
浅川は実際には感じたことは無かったが、浩子を貶める為にわざとそう言ってみたのだった。が、磯山はそれに妙に反応した。
「や、やっぱ、君もそう思うか。時々、なんか、変に男を誘うような匂いを感じる時があるよね。前から俺も気になっていたんだ。本人もそれを気にしてるらしくて、エレベータなんか、一緒になりそうになると、用を思い出したとか言って、逃げちゃうことがあるんだよね、ありゃあ、わざとだな、きっと。」
浅川は、これまでそれほど浩子のことを観察して来なかったのだと思い返していた。逆に言えば、それだけ上司の磯山は浩子を丹念に観察してきたのに違いなかった。
「生理の日なんじゃないですか。パンティの裏側のナプキンが臭うとか・・・。」
「ううむ、想像しただけで、生唾が出てくるなあ、けけけけ・・・。」
再び下品な笑い声を立てた磯山だった。話をしているうちに、浅川は、磯山が浩子に対して、性的な感情を相当入れ込んでいることに気づいてきていた。それも、ちょっと変質的な臭いのする類いのものだ。
「あの女。本当にしたくて、たまらないのかも知れませんよ。実は、俺、一度、あいつがオナニーしてるとこ、見ちゃったことがあるんです。」
「ええっ・・・。本当かい、それ。」
浩子のことを猥談のネタにして、愚弄してやろうと思いついた嘘だったが、あまりに磯山の食いつきが良かったので、浅川は嘘に嘘を重ねることにした。
「朝早くの給湯室でなんですが、まだあまり人がやってこないかなり早い時間。たまたま僕も早く来てしまって、珈琲でも飲もうかと、別にわざと忍び足だった訳じゃないんですが。きっと夢中になっていて、周りの音も聞こえなくなってたんじゃないかな。」
「えっ、えっ、えっ・・・。教えろよ。どんな様子だったんだ。」
息を荒げて、その話の続きを渇望している磯山の様に、浅川は昔のシーンを思い起こす素振りをしてみせる。
「片手で、こう、スカートの前をめくって・・・。もう片方の手を、こう、横からこうして、パンティの中へ二本ぐらいの指を入れて・・・。目はもう虚ろで。と言っても、後ろから見てたんで、そんなにはっきり表情が判った訳じゃありませんけど。」
浅川は、オナニーに耽る桂木の顔まで見たような、見えなかったような曖昧な話し方をした。が、それだけで、磯山は充分に想像が出来るようだった。生唾を呑み込んで話を聞いているのが浅川にもよく判った。
「そう言えば、さっき課長が仰ってた変に動物的な臭いがその時もしてたような気がするなあ。」
「や、やっぱりそうか。そうなんだ・・・。ふむふむ、納得してきたぞ。」
「男が居ないから、オナニーで我慢してるんですよ。しかし、会社に来てまでしてるとは、相当溜まっているんじゃないですか。課長も一回、モーション掛けてみたらどうです。」
「いや・・・。そ、それは。・・・。お、俺は一回結婚に失敗してるから、もう女は、ちょっと、こりごりだし・・・。」
「はっはっはっ。何、高校生みたいな純情なこと言ってるんですか。僕だって、結婚までは言ってませんよ。結婚はこりごりっていったって、セックスはしたいでしょ。溜まった性欲の捌け口にしちゃえばいいんですよ。そうそう、よく言うセフレってやつ。」
「セフレ?何だい、そりゃ。」
「あれっ、課長、知らないんですか。セックスフレンドですよ。」
「セックスフレンドねえ・・・。なるほど。」
「あの女、気位ばかり高くて、高慢だし、結婚には向かないと思うけど、あの身体、あの脚ですからね。セックスだけなら、うってつけってやつじゃないですか。」
「おう、君も大胆だね、発想が。しかし、案外いいかもしれないなあ。しかし、君も言うように、あんな気位高い女性が、俺なんかの相手になってくれるかなあ。とっても、そんなこと、あり得ないようにしか思えないけど。」
「だから、したくてたまらなくなった時を狙うんですよ。会社でオナニーに耽っているような時とか。」
「そんなにしょっちゅう、会社でオナニーしてるのかね。」
「いや、目撃したのは、一回きりですが、よく独りだけで残業とか言って残っている時がありますけど、きっとしてると思うな。」
浅川はあまり嘘をつくと見抜かれると思い、目撃したのは一回だけということにしておいた。しかし、それでも浅川は磯山が、桂木浩子が会社に独りで残って、オナニーをしているのを確信し始めたように感じていた。
「ああいう女は、普段から男を見下したような目で見ているから、案外、セックスではMですよ。縛られたりすると、燃えるタイプ。」
「そ、そうかな・・・。ふむ、そういう見方も一理あるよな。桂木君が縛られて、悶えているところ。想像できなくはないなあ。なんか勃起してきちゃいそうだよ。」
「ははあ、課長は結構うぶですね。課長も女日照りですか。ははは。」
その夜は、桂木浩子をさんざんに愚弄し、酒の肴として猥雑なことを語り合った二人だった。
その夜、浅川は上司である磯山の異常なまでの、桂木浩子の身体に対する執着心を知り、彼女を誘惑し、性欲を充たすことを煽り捲くった。しかし、女に対して弱腰の磯山が、浅川の煽りぐらいで、桂木にアプローチするとは思えなかった。桂木の上司であり、課長であるという立場もある。職位を捨ててまで、桂木をモノにしようとするだけの勇気はないと浅川も見ていた。更なる一歩を進めさせるには、それなりの計略が必要と考え始めていたのだ。
一方の浅川自身はといえば、桂木浩子にそれほどの性的魅力は感じていなかったのは事実だ。浅川は桂木浩子に対して抱いていたのは、むしろ征服欲だ。もともと浅川は冴えない中途採用者であり、有能な桂木の下で、馬鹿にされてきたコンプレックスを持っている。そのせいで、何かにつけて高飛車な態度を取って来た桂木浩子を、自分の奴隷として屈辱的なことをさせることこそが、浅川の念願の悦びであり、浩子の女としての肉体や、彼女を犯すこと自体には興味を持たなかった。浩子にパンツが見えてしまうような格好をさせるのも、彼女がその辱めに屈辱を感じて、口惜しそうに堪えているのを見たいからなのだった。だからこそ、浅川は自分で浩子を犯すよりは、男として魅力があるとは思いがたい、中年バツイチの磯山に浩子が身体を与えなくてはならない状況を作ることを躍起になって考えていたのだ。
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