妄想小説
淫乱インストラクタ ~ 嗚呼、勘違いの一人相撲
第六章 果てしない妄想
あの日、起こったことは、浩子にはどうしても現実のものとは思えなかった。夢幻を見たのだと思いたい気持ちがそうさせるのかとも思った。
実際、現実味のないことだった。タクシーであの事業所を一旦去った筈の浅川が突然あんな場に現れたのが信じられなかった。あんなタイミングの、どうにも避けようの無い状況の場にたまたま居る筈のない、最も居て欲しくない男が現れたのだ。あの男には見られたくないという強い強迫観念のようなものが、浩子に幻を見させたのだとしか思われなかった。
しかし、事実がある。樫山に手摺に括りつけられた時には確かにあった筈のショーツの裏側に貼り付けられたナプキン。それが、縄を解かれてショーツを引き上げた時には確かに無くなっていたのだ。
(ナプキンを取ったのは樫山かもしれない。いや、そもそもプレゼの前にトイレに立った時に、外していたかもしれない。)考え始めると、何もかもが不確かに思われてくる。しかし、樫山に股間をなぞられた時のあの感触はいまだにはっきり記憶に残っている。あれは、ナプキン越しに触られた感触としか思えなかった。
縛られて、膝までショーツを下ろして股間を広げているところを写真に撮られる。こんなことが現実にあっていいのだろうか。しかも、そのショーツには内側に生理用のナプキンがつけられていて、愛液で汚れている・・・。その汚れたナプキンを大嫌いな男に奪われる・・・。ありえない。
それは浩子にとって、あってはならない出来事だ。
今度は冷静に浅川の立場になって考えてみる。
プレゼで、取り返しのつかない失態を演じる。嫌われている同僚の女にその場を助けてもらう。その女は事業所長に謝るからお前は帰れという。従うしかなくて、すごすごと一旦は事業所の門まで歩いてタクシーを呼ぼうとする。
が、そこでふと考える。悪かったのは自分だ。謝るべきは自分ではないのか。戻って自分から謝るべきだ。そこで、もとの研修会場まで戻る。まわりにはもう誰も残っていない。手近の事務所へ行って、一緒に来た技術情報サービスの桂木と言うものが何処へ行ったか知らないかと訊く。もしくは樫山の所在を尋ねたかもしれない。いや、事業所長のところへ行ったことは知っている筈だから、事業所長の居る場所を訊ねたに違いない。そして、芝生のあるロータリー前までやってくる。見上げると二階の一部屋の窓にカーテン越しだが、浩子の頭らしき姿が見える。そこで外から声を掛けてみる。
はっきりしないので、建物の中へ入ってみる。訊ねようにも誰も居ない。さっき外から見た場所から見当をつけ、階段を上がってそちらの方角へ向かってみる。どうもそれらしい場所に相当するところに扉がある。声も物音もしない。浩子が残っていないか、思いきって声を掛けてみる。返事がない。他の会社の知らない建屋の入ったこともない一室だ。勝手に入る訳には行かない。
諦めて帰ろうとする。が、誰か居るような物音もしない。しかし、さきほど、確かに捜している浩子らしき姿を窓で見ている。変だ。どうせ誰も居なそうなのだから、ドアを開けてみても構わないだろう。誰かいたら、「誰もいないと思ったのです。声を掛けたのですが返事がなかったので。」とでも言えばいいだろう。一応確かめてみるだけだ。
そしてドアを開ける。そこには思いもかけない光景が広がっている。同僚の女が、両手を縛られて、窓際に括りつけられているのだ。足元には何かの台が置かれ、無様に脚を広げさせられている。しかも下半身はさっきまで身につけていたはずのパンタロンは穿いておらず、下着とストッキングが膝まで下ろされた格好だ。
誰かに無理やり犯されそうになっているのか。しかし、誰もいない。妙な格好だ。強姦されるにしては変な格好だ。磔にされて晒し者にされているように・・・。何かの罰でそんな格好を強いられているのか。プレゼをしくじった罰・・・?そんなことは考えられない。嫌がる女を無理やり縛りつけようとしたら、もっと違う格好だろう。後ろ手に縛って床に転がすとか。あんな格好で縛り付けるには、縛られる側もそれを受け入れなくては。進んで縛られたのか。もしかすると、縛って欲しいと頼んだのか。無理やりではないのか。そんな格好で晒されることに快感を覚えるのか。そういう女だったのか。
どうしたのかと慌てて訊く。女は答えない。助けてとも言わない。ただ、出て行ってくれと恥かしそうに言っているだけだ。出て行け?助けてほしいのではないのだ。何か秘密のことを行っていて、邪魔されたくないのだ。何だろう。こんな格好で放置しておいてほしいとは・・・。
浩子の想像は止め処も無く続いた。次第に起きたことが現実味を持って感じられるようになってくる。
写真を撮る。・・・そうだ。写真を撮られたのだ。
目の前にいつも嫌われている女が自由を奪われてあられもない格好で繋がれている。自分はデジカメを手にしている。こんな光景は二度とないチャンスだ。この女を辱める又とない証拠を握れる。自分から希望してなった痴態だ。警察などに届ける訳にはゆかない。言い訳の出来ない格好だ。あの写真を公表するぞと脅せば、言うことを聞かざるを得ないのだ。
そうだ。この写真をネタに、この女を言いなりにさせよう。奴隷にするのだ。奴隷にして、思いっきり辱めてやろう。
(い、嫌っ。)
なんともおぞましい想像だった。あんな男の言いなりになるなんて。相手が樫山だったら、どんな恥かしいことでもしてみせる度胸が出来ていた。いや、樫山なら奴隷になることも浩子にとっては歓びなのだ。愉悦を感じることの出来る一時なのだ。
しかし、浅川では。よりによって浅川では。
浩子は怒りが心頭に達し、わなわな身体が奮えて来るのを感じていた。何故、こんなにも浅川に対する嫌悪感と、樫山に感じる憧れとが違うのか、浩子には判らなかった。説明がつかない。しかし、現実に、浩子にやってくる感情、欲望、思いは全く違うものだった。
磯山に命じられた残業で、今晩は遅くまで帰れそうにない。へたをすると深夜まで掛かってしまうかもしれなかった。それなのに、さっきから浅川はちゃんと仕事をしていない。二人で片付けてやっと終わるかどうかという分量なのに。さっきから鼻歌ばかり歌って、まともに仕事をしている雰囲気ではない。
もう、他の連中はとっくに帰ってしまって、浩子たちの居る場所以外は明かりも消えてしいんとしている。さっき守衛がまわりにきて、戸締りは自分達でしてくれと、鍵を置いていってしまった。もう守衛さえも帰ってしまったのかもしれなかった。
浩子はさっきから山のように積まれた書類を一枚、一枚チェックしながら、キーボードを打っている。なかなか捗らない。しかし、浅川のほうのキーボードはさっきから殆ど音を立てていないのだ。
浩子は鼻歌を唄っている浅川を睨みつけた。キーボードの音が止まったので、浩子のきつい視線に気づいたようで、浅川が顔を上げた。こちらを睨み返してくる。
「何だよ。何か言いたいのか。何か言いたそうな顔だな。」
(ちゃんと仕事をしなさいよ。)その言葉は喉の奥でかろうじて留まっていた。しかし、目はやさしくはならない。
突然、浅川が席から立ち上がった。ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
「俺に口答え出来る立場なのかどうか、ようく考えてみるんだな。ええっ。」
浩子は唇を噛み締めて顔を伏せる。言い返す言葉が出てこない。気づくと浅川は浩子のすぐ傍に立っていた。手にはよく撓るセルロイドの定規が握られている。その定規がキーボードに添えられた浩子の両手の甲に振り下ろされた。ピシッという音がして、浩子の手の甲が赤く腫れあがる。顔をあげて、キッと浩子を見下ろしている浅川を睨みつける。手の痛みに浩子の眦には薄っすらと涙が溜まっている。
「何だ。その目は。何か言いたいことがあるのか。言ってみろ。」
「・・・、いいえ。・・・何もありません。」
浩子には浅川から切り出されるかもしれない言葉が怖くて、何も言い出せないのだった。
「もう一発、打たれたいか?どうだ。・・・そう、嫌だろうな。手が痛くなっては、仕事が終えられなくなっちまうからな。そしたら何時まで経っても帰れないもんな。ふふふ。」
もう一度、浩子は恨めしげに浅川を見上げる。
(この男は仕事を全部押し付けようとしているのだわ。)
「手を打たれたくなかったら、他の場所にして下さいと頼むんだな。お前の受ける罰はまだ終わっちゃいないんだからな。」
「罰ですって。」
「そうさ。そんな目で俺を見た罰さ。あと、十発は喰らってもらうぜ。さあ、どこがいい。」
浩子は再び唇を噛んだ。浅川の意図は判っていた。自分に言わせたいのだ。
「お尻に・・・・して・・・く、ください。」
「へえ。お尻がいいのか。じゃあ、立ちな。」
浩子は俯いたまま立ち上がり、浅川に背を向けて、机に手をついた。
「おい、準備が出来てないぜ。そのスカートは罰を受けるには邪魔だろ。捲り上げろ。」
「そ、そんな。・・・。判りました。」
浩子は仕方なく後ろに手を回して、スカートの裾をたくし上げる。浅川にはストッキングに包まれた浩子のパンティが丸見えになる。
「直にじゃないと、罰にはならないぜ、お嬢さん。早くしないと、回数を倍にするぞ。」
「わ、判りました。」
浅川に脅されて、スカートを捲くったまま、穿いているショーツをストッキングごと、膝まで下ろす。惨めな格好だった。
剥き出しにされたつるりとした白い尻に、浅川が手にした定規が情け容赦なく振り下ろされた。バシーンという小気味よい音が、誰も居なくなってしいんと静まりかえっている事務所に響き渡った。
「いっぱ―つっ。さ、次いくぞ。用意しろ。にはあーつ。」
パシーン。
二発目で、既に浩子の白い尻は真っ赤に腫れ上がっている。
他には誰も居ない夜の事務所の中で、浩子への折檻は続いていった。
十発目を打ち終わったところで、浅川は浩子の首筋を後ろから掴んで、床に突き飛ばし、四つん這いで這いつくばらせると、乱暴に浩子のスカートとショーツにストッキングを奪い取った。
「さ、立て。立って、あそこのコピー機のところまでゆくんだ。」
浩子は真っ赤に腫れ上がったお尻の痛みに顔を顰めながら立ち上がった。剥き出しになった股間を両手で隠しながら、すごすごとコピー機にまでまで歩いていく。
「コピー機のカバーを挙げろ。そうだ。・・・そしたら、椅子を台にして、そこコピー機の上に上がるんだ。コピー機を跨ぐようにしてな。股をガラス面にぴったりつけて。脚をもっと広げろ。両手は横だ。股の間に顔を出来るだけガラス面に近づけろ。そうだ。いい格好だ。」
浅川は近づいてきて、横からピッ、ピッ、ピッと操作盤を慣れた手つきで操作する。
ガーッと音を立てて、コピー機が動き出した。連続コピーで、浩子の股間の写真がどんどん刷られていく。横に次々と出てくる紙を見ると、卑猥な形の性器がくっきり写っている。股の間にはピントがぼけた浩子の泣き顔まで見えている。
(いや、こんなもの・・・、撮らないで。)
50枚ほどを刷り上げると、漸く浅川はコピー機を止めた。
「俺はこれからサウナに寝に行ってくるから、帰ってくるまでに仕事を片付けておくんだぞ。さもないと何時までも帰れないからな。いいな。」
下半身を裸にしただけでは何かを纏って逃げ出すのではと心配もしたようだった。いつの間に用意したのか、鋼鉄製の手錠を自分の机の抽斗から取り出すと、裸足の浩子の片方の足首に嵌めてしまい、もう片方をスチール机の脚の桟に嵌めてしまう。
「おしっこをしたくなったら、このゴミ箱を貸してやるから、この中にするんだ。こぼすなよ。後が臭いからな。」
そう言い残すと、下半身を裸にされた浩子を置いて、奪い取った服とコピーの束をロッカーに入れて鍵を掛け、一人出て行ってしまった。
残された浩子は泣きながら蹲っていたが、本当に何時までも帰れなくなるのではと心配になり、泣きながら仕事を再開するのだった。
(このままでは徹夜になってしまう。)
焦る気持ちの中で書類の山に取り組みながらも、ちらっ、ちらっと浅川が残していったプラスチックの円筒形のゴミ入れを盗み見る。実はさっきから尿意を催してきていて、我慢が出来なくなりつつあるのだった。
さっきトイレになんとか行けないかと足首に嵌められた手錠を引っ張ったり机を叩いたりしてみたが、机も手錠もびくともしなかった。どうやっても女子トイレまでは辿り着けない。しかし、ゴミ入れの中に用を足すのは、なんとしても避けたかった。今からでも、用を足したゴミ入れを見つけて勝ち誇ったような顔をする浅川の顔が思い浮かぶのだった。それはこの上ない屈辱だ。しかし、それでも自然の摂理には打ち勝つことは出来ない。
浩子は観念して、ゴミ入れを引き寄せ、その上に跨る。こぼさずに出すのはかなり難しい気がした。浩子は両手を床について前屈みになり、股間をゴミ入れに押し当てた。
ジョバジョバジョバ・・・・。空だったプラスチックのごみ入れがけたたましい音を上げた。耳を蔽いたくなるような屈辱的な音だった。
(嫌よ、こんなの。どうしてこんな目に・・・。)
涙が止まらない浩子はそれを拭うのに、傍らの布きれを思わず掴む。それは布団の端だった。何故こんなところに布団が、・・・?
ふと気づくと、浩子は自分のベッドに横になっていた。一瞬我を疑う。確かに浩子は自分の部屋の中にいた。おそるおそる下半身に手を伸ばすと、パジャマはぐっしょり濡れていた。失禁してしまっていたのだった。
次の朝、浩子は腫れぼったい眼と疲れきった身体で、何とかやっとのことで起き上がった。いつもの朝ような溌剌とした気分は湧いてこなかった。
夜中に、濡れたものを着替え、急遽洗濯までしなければならなかった。大人になってから寝ていて失禁したのは初めてだし、そのショックでその後も寝付けなかったのだ。
いっそ会社は休んでしまおうかとも思ったが、浅川がどんな様子かも気に掛かった。こちらに弱みがあるように思わせてしまうのも、更に付け入らせることになりはしないかとも思った。とにかく、毅然とした態度で居ることが大事なように思ったが、浅川を前にして毅然としていられるかどうか、自信もなかった。
とにかく、会社には出ることにして、準備を始めた。が、何を着ていくかで、まず迷った。出来れば性的なものを想起させるような服装は避けたかった。が、かといって、パンツルックはあの日の格好と同じになってしまって、嫌だった。結局、出来るだけいつもの服装に見える、黒目のタイトなビジネススーツにすることにした。極端なミニではないが、膝上の丈のものしかそもそも浩子は持っていなかった。
下着は一応真新しいものに替えた。
(まさか、裸にされるなんてことは・・・。)
そんなことを考えると身体に震えがきてしまう。自分としては、脱がされることを前提に下着を選ぶつもりはないと思いたかったが、万が一と思うと、古い下着や汚れた下着は惨めに思えた。
(毅然とした気持ちを持つには、きちんとしたものを着ていなくては。)
そんな風に浩子は自分に言い聞かせることにした。汚してしまうかもしれないからといって、ショーツの下にパンティライナーを付けることは最早出来なかった。代わりにショーツの内側に匂いのきつくないコロンを軽くあてておいた。
浅川が既に居るところへ入っていきたくなかったので、いつもより早めに出ることにした。朝食を採るような気分でもなかったのだ。
Y市から乗る東海道線は、早い時間だったので、いつものようには混んでいなかった。普段はすし詰め状態で、痴漢にあったことだって何度もある。一時は痴漢を避けて、早い時間にしようと思ったこともあったが、長くは続かず、結局ラッシュ時になってしまうのだ。
ひと気のない会社のビルに辿り着くと、守衛から鍵を貰って、浩子たちの事務所のあるフロアへエレベータであがる。入り口のドアを開錠して、誰もいない事務所の中に入る。朝の光でまだ薄暗い室内は、しいんと静まり返っている。まっすぐ自分の席に向かうと途中の柱の脇に、大きな事務所用複合コピー機が置いてある。夢の中で浩子が跨がされたものだ。
(どうしてあんなことを夢見たのだろう・・・。)
浩子は思いつかなかったが、婦人雑誌か何かの連載小説の中にそんなシーンがあったのではと思う。自分の机に腰掛ける。机の下にはスチールの桟が通っていて、それに足首を繋がれたのだ。その感触が蘇ってくる。足首に食い込む枷の痛みよりも、繋がれて逃げ出せなくなることへの恐怖心のほうが大きかった。
浅川の席は斜め向かいだ。見ないようにしていても、それほど不自然ではない。しかし、ずっと見つめられていてもやはり不自然ではないほどの距離なのだ。
浩子は気を落ち着かせる為に、珈琲を淹れようと給湯室へ向かった。お湯は24時間自動保温の給湯器になっていて、いつでもお茶が作れる。浩子は戸棚から共用のインスタントコーヒーの缶を取り出して、コーヒーを作る。
スプーンでかき混ぜながら、自分の席でゆっくり飲もうと振り返って、飛び上がらんばかりに驚いた。目の前に浅川が黙って立っていたからだ。
あまりに吃驚したため、床にコーヒーを半分ほどこぼしてしまっていた。浩子は暫く呆然としていたが、はっと気づいて、給湯室の片隅に置いてある雑巾を取りにいった。こぼしてしまった場所へ戻ると、浅川は既に居なくなっていた。
(いつから居たのだろう。)
後ろから覗かれていたと思うと、浩子は背筋が寒くなる気持ちがした。
床を吹いて半分ほどになってしまったコーヒーを入れ直して席へ戻る。浅川はもう自分の席について、何やら書類を繰っていた。浩子はわざと声を掛けないようにして、自分の席に付く。これまでも、必要な時以外、浅川とは口を利くことは滅多にない。お互い黙っていてもそれほど普段とは変わらないのだ。
浩子は浅川のほうを見ないようにして、自分の書類をチェックし始めた。下を向いているが、浅川の方から視線が注がれているような気がしてならない。何か切り出すタイミングを計っているのではと勘ぐってしまう。そう思うと、なかなか自分の書類に集中できないでいた。
やがて、上司で、課長の磯山がやってきた。浩子は声は出さず、軽く目礼して挨拶にする。磯山も「ああ。」と返事のような挨拶のような気の無い声を発してから、自分の席に着いたのだった。
その日は、夕方までは何も起こらなかった。浅川も周囲の目があるうちは何も出来ないのだろうと浩子も考えていた。二人っきりにならなければ、何も怖れることはないのだと思おうとした。
が、定時間際に課長の磯山が二人を呼んだのだった。
「じゃ、約束どおり、これを二人で手分けして終わらせてくれるか。」
磯山の手には10cmほどの書類の束が握られていた。二人で出張に出る代わりに、その日のうちに残業して処理しなければならない書類の束だった。
「あの、私、一人でやりますから、浅川さんはいいです。」
「いや、そんな訳にはゆかない。」
後ろからすかさず浅川が声を挙げる。浩子には、(二人だけになる折角のチャンスを逃してたまるか)と言っているように聞こえた。
浩子はここで強硬に出て、磯山の前で何やら言及されてもと思い、黙って引き下がることにして、書類の束を半分だけ受け取って、自分の席に戻った。浅川が身を入れてやらないような気がして、少しだけ自分のほうが多目になるように取ってはいた。残りを浅川が磯山から受け取って自分の席へ歩いていくのを横目で確認する。
「じゃ、悪いが、私はここで。よろしく頼んだよ。」
磯山はそう言って事務所を出ていってしまった。浩子は恨めしそうな目で磯山の背中を見送る。磯山が最後で、他の連中はもう誰も残っていなかった。ドアがばたんとしまって、二人だけになると、重苦しい雰囲気になった。
サラサラと鉛筆を滑らす音と、パソコンのキーボードを叩くカタカタいう音しかしなくなった。時々浅川に様子を覗かれているような視線を感じながら、浩子はひたすら書類の整理に没頭するようにした。
一時間が過ぎて、浩子は尿意を催し、トイレに立つことにした。わざと浅川のほうは見ないようにして、無視してその前を通り過ぎる。平静を装っていたが、浅川からいつ「ちょっと待ちな。用があるんだ。」というドスの効いた声が投げかけられるのではないかとびくびくしていた。が、浅川は浩子が事務所のドアを出るまで無言だった。
トイレは男子用と女子用が並んで、ドアのすぐ外のエレベータの脇にあった。角を二度曲がるだけで、扉の仕切りはない。誰もいないエレベータホールに浩子のハイヒールが立てる足音が響いている。
浩子はその足音を浅川が聞きながら、自分がトイレに向かって歩いているのを想像しているだろうと思っていた。当然、その後の姿も想像する筈だ。仕切り戸がない分、ひと気のないフロアでは音がよく通ってしまうかもしれなかった。水を流す音で、浅川が自分のしている格好を想像するのは堪えがたかった。が、仕事が終わるまで我慢できそうにも思えなかった。
個室にはいって、しっかり鍵がかかったのを確認してからスカートをたくし上げて、ストッキングとショーツを一緒に膝まで下ろす。内側のクロッチの部分をちらっと見るが、今日はまださほど汚れていない。樫山のことを考える余裕もないので、いつもより分泌も少ないのだろうと思う。便座を上げて、腰をおろすと、目の前に白い汚物入れが見える。生理の時は浩子も使うことがあるが、生理の為ではなく着けている時は決してその中には残さない。他の女性に知られるのは、何が何でも嫌だったのだ。
放尿中の音を聞かれたくなくて、水を流しながら用を足したが、その後もう一度流さざるを得ず、水音が二度したことで、(ああ、最初の音の時に出したのだな。)と想像されるかと思うと、それも堪えがたかったが、他に仕方もなかった。
浩子がトイレから戻ってくると、浅川が浩子の席の前で、書類を盗みみているのが見えた。気配に気づいて、浅川はさっと顔をあげ、歩いてくる浩子の腰つきをじっと見つめている。それから、浩子と入れ替わりにトイレに立つ為か、部屋を出ていった。浩子は書類を覗かれていたのが、自分の身体を覗かれていたような気がして、ぞっとして身震いする。
暫くして浅川が戻ってきた。ただ単に小用を足しに行っただけにしては遅かった気がした。その浅川が突然、浩子に向かって少し大きな声を立てた。
「セイリは終わったようだね。」
(生理?・・・。)
浩子は、身体をびくっと硬直させる。
(まさか、女子トイレを覗いたんじゃ・・・。)
「何故そんなことを。やっぱり貴方だったのね。あれを持ち去ったのは。」
「え、何のことさ。」
「う、・・・。」
浩子は自分の口から言わせようとしている浅川の誘導に腹が立った。
「あれが、生理のじゃないからって、何だって言うの。それに、もっと決定的な証拠も撮ったんでしょ。」
「あ、あれのことか。返してほしいのか。」
「当り前でしょ。全部、渡しなさいよ。」
「そうは行かないよ。まだじっくり観てないんだし。」
「じっくり観る・・・。ああ、そうなのね。わかったわ。貴方の言うとおりにするから。それでいいでしょ。」
「言うとおりって、・・・いったい何をしてくれるっていうんだい。」
「脱げって言われれば脱ぐわ。仕方ないもの。」
(脱ぐ?いったい何を脱ぐつもりなんだ。裸を見せてくれるっていうのか。)
「スカートを捲くるだけでいいんなら、今すぐ捲くるわ。それで許してくれるなら。」
「・・・。じゃあ、やって見せて。」
(どうしたんだ、突然。)浅川は同僚の桂木が突然変なことを言い出してどぎまぎしている。
浩子は唇を噛んだ。下を向いて、スカートの前に手を掛ける。両腿の上の部分で裾を掴んで、ゆっくり上に引き上げた。白い三角形の下穿きが露わになる。
「こ、これでいいの。これで、・・・満足?」
突然の成り行きに浅川は狐につままれた気持ちだった。何故だか原因は判らないが、今、目の前の女が自分の言うことを何でも聞くと言っている。そして口惜しそうな顔で恥かしい部分を自分から覗かせたのだ。
(本当に何でも言うことを聞くんだろうか。もっと恥かしい命令をしてもか。)
「もうこれで許してくれるのね。」
浅川は目の前の浩子の痴態にゴクッと生唾を呑み込む。
「・・・。いや、駄目だ。そんなのじゃ、満足とは到底言えないね。」
何が何だか判らないながら、試しに浅川はそう浩子に告げてみたのだ。
「じゃあ、どうしろと・・・。」
「そんなことは、自分で考えてみたら分かる筈だ。」
「・・・。」
浩子は恨むような目つきで浅川を見上げる。
「脱げっていうのね。」
浅川はわざと答えないで、浩子の目をじっとみつめていた。
「わ、分かったわ。」
浩子はブラウスのボタンを外そうと胸元に手を伸ばす。
「いや、待て。・・・。そ、それは着たままでいい。」
浅川は慌てて言った。深夜の二人っきりの事務所だ。もし守衛でも通りかかって、裸になった女と自分を見られたら、何を疑われるか分からない。浅川は浩子に命じてもし裸になるというのなら裸にしてみたい誘惑にかられたが、事態がよく飲み込めていない以上、何かの罠ではないかと心配したのだ。
(上着は着たまま下着だけ脱げっていうのね。卑劣な男だわ。)
「そう、そういうこと。分かったわ。」
俯いて浩子はそう言うと、スカートをたくし上げて、その中に手を突っ込む。ショーツをストッキングと一緒に膝まで下げると、ハイヒールを片方づつ脱いで、それを脚から抜き取る。生温かい布の塊が浩子の手の中にある。思わず、浩子はそれを目の前の浅川には見えないように背後に隠す。そんなことをしても無駄なことは分かっていた。
(それを差し出せと言うにきまっている。)
浩子は覚悟を決めた。直接渡すのは恥かしいので、脱いだ下着とストッキングを丸めて浅川の机の上に載せる。
「お願いだから、私の目の前でそれを広げて、辱めるのだけは許して。貴方の命令通り脱いだのだから。さあ、後は何をすればいいの。」
「ちょっと考えさせてくれ。いや、今日はこれまでにしとく。」
「えっ、そうやって、じわじわと私を辱めてゆく気なの・・・。どうしたら写真を返してくれるの。」
「だから、ちょっと考えさせてくれ。今日は俺は帰るから、残りは君一人でやっといてくれ。」
浩子が自分の机の上に置いたものをどうしたものか迷ったのだが、どう見ても、自分に渡したようにしか思えなかった。それでそれをさっと掴むと、自分のいつも持ってきている鞄に突っ込んで浩子のほうを見ずに、走って事務所を飛び出した。
一人ノーパンで残された浩子は浅川の席に廻ってゆく。まだ一時間はたっぷり掛かりそうなほど未整理の書類が残っている。試しに浩子は浅川の抽斗をそっと開けようとしてみる。が、大事なものが入っていそうな袖机はしっかり鍵が掛けられていた。
浅川の机から未処理の書類の束を取り上げると、自分の机に向かった。ノーパンにされたことは不思議と恥かしさは残らず、口惜しさだけが残った。樫山に裸にされたり縛られたりしたときのように身体は反応しないし、潤んでもこなかった。ただただ口惜しさだけが残ったのだった。
(あの写真をネタにいつまで脅されるのだろう・・・。)
浩子は途方に呉れる気持ちだった。
桂木浩子を事務所に残し、一人駅へ向かっている浅川は、鞄の中に突っ込んだモノを気にしながら、どういう事態なのだろうとずっと考えていた。
仕事はどう見ても、要領のいい桂木のほうが先に進んでいるようだった。それで、捗り具合を桂木がトイレに立った隙に覗き見たのだった。
先輩の桂木は、ただチェックだけすればいいもの、書き込みの必要なもの、控えの必要なものを最初に仕訳して整理して仕事を進めているようだった。仕事の処理の仕方が手際が良かった。それで、「整理だけはもう終わってしまったんだ。」と言ったように思う。
そしたら、凄い剣幕で何か言われた。意味が判らなかったが、自分が何かを取ったと言われてびくっとしてしまった。浅川は実は、桂木の持っていたDVDをこっそり拝借してしまっている。もうずっと以前のことで、同じフロアの女子社員と面白いDVDを買ったという話をしているのを横で盗み聞きしているのを聞いてしまったのだ。「何とかの告発」とか「何とかの証拠」と言ったような気がする。サスペンス物だった。面白いというので興味を持ったのだが、いつもつんつんしている女同僚が面白いといって観ているのがどんなものなのか、知りたいという興味でもあったのだ。桂木はそのDVDを机の抽斗に入れていたのをこっそり目撃していた。そこはいつも鍵を掛けていない場所のようで、いろんな普段使わないものが乱雑にしまわれていた。いつまで経っても置いてあるようなので、こっそり借りて、後でそっと返しておけばいいだろうと思ったのだ。しかし、観てみると、なかなか面白く、返すのが惜しくなってしまったのだ。それで、もう忘れているだろうと貰ってしまうことにしていたのだ。それがちょっと気になっていて、そのことを見つかって詰られたのだと思った。
もう少しじっくり観てから返したかったので、そう言ったつもりだったのに、返してくれるなら何でもすると言い出した。そして服を脱げというなら脱ぐと言ったのだ。最初は聞き違いをしたのだと思っていた。が、次にはスカートを捲くると言い出し、実際に捲り上げて見せたのだ。浅川が命じた訳ではなかった。ただ、成り行き上そうなっただけだ。
桂木は、自分がそのようにすることを望んでいると確信している風だった。それで次には服を脱ごうとし、慌てて脱がなくていいというと、今度は下着を外して自分に渡したのだ。
まるで、自分が桂木の何かばらされたくない秘密を握っていて、それを渡してくれれば、何でも言うなりになると言っているかのようだった。
(しかし、何だろう。)
とりあえず、浅川には思い当たるものがない。強いて考えると、つい先日の出張での出来事が関係しているのかと思う。
あの日、出張先の事業所長に桂木が謝りに行くので、自分は返されたのだったが、守衛のところまで来て、やはり先に帰ったのでは拙いと思い直したのだった。それで、事業所長が居るという場所を守衛に聞いてとりあえず向かってみたのだった。それらしき部屋の窓を外から見上げると、レースのカーテン越しに桂木の後姿らしきものが見えた気がした。てっきり、そこに居ると思い、声を掛けてみたが返事がなかった。それで、ドアの傍までいって、どうしようか迷っているところに突然扉があいて、中から樫山という男が姿を見せたのだった。あまりに唐突に現れたので、あっと大声を立ててしまった。が、樫山は何やら具合が悪そうな顔をしたので、何も言わずにその場を後にしたのだった。桂木と事業所長の間で何やら拙い状況になっていたのだろうとすぐに考えた。自分が下手に出ていって、余計にこじらせても上手くなかろうと判断したのだった。それが却って良くなかったのだろうか。
自分の失態が桂木の責任になって、とても拙い状況に追い込まれてしまったのだろうか。しかしそれならば、何故その秘密を自分が握っていると思い込んでいるのだろうか。どうにも浅川には合点がいかないのだった。
独身の浅川はコンビニで夜食の弁当を買ってから、自分のアパートに帰った。何よりもまず鞄に入れていて気になっていた、布切れの塊を出してみる。微かに女の匂いがしている。広げていくと、ストッキングの中から、ショーツが出てきた。レースの縁取りのついた白い真新しいもので、ついさっきまで桂木が身につけていたのは間違いない。クロッチの部分は湿り気があるような気がするが、沁みになっているというほどではない。誰もみていないか辺りを見回してから、そっとそのクロッチの部分を鼻に近づける。鞄から出した時の全体からほのかに香る女性特有の匂いとは別で、何か動物的などろどろした臭いが感じられた。浅川は桂木の濡れた陰唇を想像する。たちまち浅川の股間は膨らんできてしまう。ズボンのチャックを下ろして一物を取り出すと、あっという間にびんびんに硬くなっている。桂木のショーツでペニスを繰るんで、しごいたらその中に出してしまいそうだったが、何度か使えると思い、床に寝転んで鼻を当てながら、ティッシュの箱に手を伸ばすのだった。
その頃、樫山は、桂木浩子のショーツから剥がした汚れたナプキンを手にして眺めていた。事業所長の部屋へ先に入ってみて、急用で先に本社へ向かうという書置きのメモを手にした時、樫山はその部屋で、浩子にプレイを仕掛けることを思いついたのだった。桂木が縛られることに異様なまでの快感を憶えて燃え上がることは、これまでの何度かの逢瀬で嫌というほど、知らされていた。前回は何故か何度も短いスカートからその下のパンティを覗かせて挑発を仕掛けてくるので、縛って犯してほしいのだなと思っていた。片付けをするのに、自分のほうから高い脚立に昇っていたのは、スカートの奥をわざと覗かせようとしているのだと気づいていた。それで荷物を下から渡していたら、最後の品物を置いたところで、倒れかかってきた。それでしたくてたまらないのだなと悟って、ネクタイで縛ってみたのだ。縛られると案の定、狂ったように嬌態を演じはじめた。そのことを憶えていたので、事業部長にすっぽかされて、元社長室に浩子と二人になってしまったので、倉庫でプレイするよりはよっぽどいいだろうと思いついたのだ。
事業部長室は、秘書を常設で置かなくなってからは、本人が不在の時は誰も入って来る者が居ないことは知っていた。社長室のある棟には普段は誰もいないので、多少の音がしても気づかれることのない秘密の情事にはうってつけの場所だった。こちらの地区には顔を見知った者は少ないとは言え、モーテルなどに入るところを誰かに目撃されないとも限らない。そんな危険を冒すよりはよっぽど安全と言えたのだ。
紐は前回までのことで予め背広のポケットに用意しておいた。いつもネクタイを使っていたのでは、よれよれになってしまう。目隠しを付けさせて、両手を縛るところまでは良かった。が、守衛から不審者が事業所長に会いたいとそちらに向かったという連絡を携帯に受けたのだった。それで、外の様子を窺っていると、あの桂木と何故か今回だけ一緒にやってきた浅川という男がのこのこ歩いてきてしまったのだ。
外に出るのは拙いだろうと、そっとドアの内側で窺がっていたのだが、今にも入ってきそうな勢いだったので、こちらから、顔を出して(今は拙い。)とばかりに目配せで知らせたのだった。
あの男がうろうろしている危険があったので、その日は急用が出来たと止めることにしたのだったが、桂木という女は、生理でもないのにナプキンをつけていると口走っていたので、妙に思い、まだ縛って目隠しをしている間にこっそりと剥がして偶々持っていた喉飴の袋にしまっておいたのだ。硬いプラスチックの袋がカシャ、カシャ音をたてて、気づかれたのではと思ったが、写真でも撮っているのかと勘違いしたようだった。それで、何もいえなくなってしまって、少し経ってから戻ってきた振りをしたのだった。そもそも生理でナプキンを付けているのではないと告白したのは、樫山が傍らの細身の眼鏡を壊さないようにと横へどけた時だった。何かを勘違いしているようだった。
そもそもこうした関係になった経緯について、樫山は汚れたナプキンを眺めまわしながら思い返していた。最初に縛ってほしいと言ったのは、桂木浩子のほうだった。あれは二度目に出会った日だった。駅まで送っていって、お茶を飲んでいて、ぴったりしたパンタロンスーツの股間の部分に沁みを作ってしまったのだ。それで電車にそのままでは乗れないだろうと、背広の上着を貸してやって、横浜のアパートまで送ってゆく筈だった。
そしたら途中で着替えると言い出して、背広の下で汚したパンタロンと下着を脱ぎ始めたのだった。傍目に観ていても白い尻がちらちら見えて、誘っているとしか思えなかった。それで抱きかかえると、待ってましたとばかりに抱きついてきたので、さすがに農道の脇でカーセックスという訳にはゆかないと思い、ラブホテルのモーテルに連れ込んだのだった。縛ってほしいと言い出したのはその時だった。桂木浩子は縛られると火がついたように燃え上がり、二本の指の愛撫だけで失神するまで一人でイッてしまった。
性交にまで至らなかったのがとても申し訳なさそうにしていたので、後でオナニーをするのにと汚れた下着を呉れというと、なんと穿いていたほうのを脱いで手渡したのだった。
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