妄想小説
淫乱インストラクタ ~ 嗚呼、勘違いの一人相撲
第一章 初めての同乗
その夜、桂木浩子は自分のアパートへ戻って、まだ興奮が収まっていないのを感じとっていた。誰も居ない孤独な部屋へ戻ると余計に、それまでの抑えていた感情が噴出したかのようだった。
思わず、浩子は右手をスカートの上から股間に押し当ててしまっていた。下着が濡れてしまっていないか、確認するのが怖かった。が、確実にその部分は異変があるように熱くなっている。
浩子は誰も居ない台所の板張りの床に腰を落とし、両脚を伸ばして緩く開いた。目を瞑って、今しがたの二人きりの車室内の様子を思い出しながら、指先を腿の上に這わせていく。そして、脇に深くえぐられたスリットの割れ目を探し当てると、そこへ人差し指と中指の二本を揃えて突っ込む。腿の肌に直接触れた指先はまるで自分のものではないかのように感じられる。膝下まであるロングのフレアスカートは、浩子の指先が脚の付け根に近づいていくにつれて、ずり上がっていく。スリットから大きく割れた裾は膝小僧から上を次第に顕わにしてゆく。
指の先が下穿きのクロッチの部分に触れると、浩子はもう我慢が出来なかった。二本の指を合わせて、優しく、しかし力を篭めて、かすかに湿り気を帯びた恥丘を包む布の端を撫で上げた。
「ああっうぅ・・・。」思わず挙げてしまった声に、誰もいない筈の室内を確認してしまう。
その日の出張で、駅から車で拾ってくれるという話になった時から、浩子は浮き立つものを感じていた。
(ただの仕事の上の出張なんだ。単に、最寄の駅からプレゼ会場の事業所まで、タクシーの代わりに連れていって貰えるだけのことなんだ。)
そう何度も、浩子は自分に言い聞かせるように心の中で繰り返していた。それでいて、その日、着ていく服には、とても気を遣った。普段どおり、ダーク系のタイトなビジネススーツでよかった筈なのだが、それでは車の助手席に座った時に、膝より少し上のスカート丈が必要以上にずり上がって、太腿を顕わにさせ過ぎないかと心配になったのだ。
(それじゃ、まるで、がっついているみたい・・・。)
そう思いながら選んだのが、フレアなロングのスカートだった。これなら膝丈よりすこし長いので座ってもそんなにはずり上がらない。
しかし、浩子は無意識のうちに、そのスカートには膝上まで入っているスリットのことは態と考えないようにしていた。
(スリットはあるけれど、注意して座れば、それが割れて脚が見えることもないし・・・)
そう自分に言い訳しながら、座る時に、気を緩めた振りをして、スリットから大きく太腿を覗かせている自分を想像していた。
実際、車に乗り込む時に、片脚を車室内に踏み込み、もう片方の脚を引き入れようとしてスカートがするすると滑り、スリットからもろに白い腿が顕わになった時には自分でも驚くほど慌てたのを思い出していた。
(あの時、確かにちらっと脚のほうをあの人も見ていた筈・・・。)
ドアを閉めた後、さり気なくその手でスカートを膝の上に戻した時、男の視線が確かに自分の膝に注がれているのを認めたのだ。そして、その後、暫く沈黙があった。喉がごくんと鳴るのを感じたが、それは車室内のその男のものか、それとも自分の喉が鳴ったのか浩子には区別がつかないほど動揺していた。
男に言われて、シートベルトを着ける時、男に拘束される自分を夢想していた。そして車はゆっくり滑り出したのだった。
男と二人だけで車に乗るなどということは、晩生の浩子には初めての経験である。大学の時は女子大で、たまに友人と一緒にコンパなどに誘われる時も、いつも何人かが一緒で、そんな折は大抵、浩子は後ろの席にひっそり座るのが常だった。就職してからは、繁華街のど真ん中のオフィスだったので、電車と地下鉄だけが頼りで、休日にも誘ってくれる男性は居なかった。
たった独りで、東京へ出てきてからは、さらに孤独な毎日だった。横浜の郊外にある寂れた町のアパートから朝早くに起きて、満員電車に揉まれながら、東京駅近くのビルまで赴き、そしてたった独りで再び満員電車に揺られながら帰ってくる、そんな日々の繰り返しだった。
休みの日にも、溜まった洗濯物を一気に片付けることと、部屋の掃除と、一週間分の食料の買出しに終われ、それが全て終わる頃には夕暮れ時がもう近くなっているのだった。
そんな閉ざされた日々の生活に追われていた浩子に、外回りの仕事が巡ってきたのはある意味では浩子には契機に思えた。
色んな事業所を廻って、新しいコンピュータシステムの扱い方について、プレゼをし、講習会の講師を務めるという仕事だった。行くのは大抵独りだ。何度も練習して憶えさせられた文句をコンピュータの画面に従って喋っていくだけの仕事だが、それなりに張り合いもあった。何よりも自分一人に任されているという感じが、達成感を掻き立てた。
しかし、本当のところは、行ったことのない、初めての場所での初めての人との応対が、何か新しい出逢いを呼ぶのではないかという、密かな内心での期待が浩子の胸を膨らませていたのだ。
浩子が廻るのは、大抵は東京近隣の県にある田舎の事業所で、乗ったこともない電車に初めて乗って、地図だけを頼りにタクシーの運転手に聞きながら、やっとのことで辿り着くということの繰り返しだった。特に、大阪から出てきたばかりの浩子には東京近隣の地理には疎い。
つい、この間も私鉄ローカル線に乗ったまでは良かったが、途中で分岐していることに気づかず、自分の行き先ではないほうに走っていることに気づいたのは、大分経ってからだった。おかげで随分遅刻してしまい、それでなくても自信のないプレゼにさらに追い討ちを掛けるように上がってしまったばかりだった。
期待していた出逢いも、行ってみると、応対してくれるのは、随分歳のいった老人一歩手前という男たちが多かった。そんな男たちは、(新しいコンピュータシステムなど、わしらには所詮無理だから)と言わんばかりに、話は上の空で、浩子の腰つきや胸元、足元ばかり覗き込むように見ている変態親爺が多かった。それでも、初対面の男と接する機会の少ない浩子には、どきどきする場面ばかりで、動揺している自分を悟られないように振舞うので精一杯だった。
そんな時に話が来たのが、G県のかなり田舎のほうにあるという工場内の事務所へのプレゼの仕事だった。その会社は、本社がA市で、分岐している路線を間違えて乗ってしまって、大遅刻をしてしまった会社だった。
その会社で担当をしていたのが、若い男子社員だった。「どらえもん」ののび太君みたいなトンボ眼鏡を掛けた頼り無さそうな童顔の男の子といった感じで、長身の浩子よりは随分背が低かった。いつもは内心おどおどしている浩子だったが、その男子社員は外面上も常におどおどしていた。
その男の子が、次の訪問先のG県の工場へ、最寄の駅から車で送ってくれると言ってくれたのだった。G県の工場へはいつも車を使って移動しているらしく、その日も車で行くので、途中の最寄の駅まで電車で出てくれば、駅で拾ってくれるというのだった。
普通はタクシーを使って最寄駅から現場へ向かうのが常だったが、見知らぬ土地では住所を頼りに運転手に話して向かっても、迷うことも少なくなかった。土地勘が無いだけに場所を説明するにも自信がない。だから、見知らぬ土地で、タクシーに行き先を告げるのが、浩子にとって最も嫌なタイミングだった。だから、駅で拾って案内してくれるというのは、どんなにありがたかったかわからない。
そして、その日、約束の時間より随分早く駅に着いてしまった浩子は、喫茶店ひとつない冷たい風が吹き抜ける駅の待合室で、心細げに約束の時間が近づくのをじっと待っていたのだった。その日はしかも、やっと咲き始めた桜の花を蹴散らすかのような強い風と冷たい雨が降りつける最悪の天気だった。
約束の時間の5分前に、浩子の携帯に掛かってきたのは、想定していた「のび太くん」では無かった。最初、声が誰だか判らなかった。そして話しているうちに、のび太くんの上司として紹介された中年男性の顔を思い出していた。たしか、その人にも携帯の番号を念のために教えていた筈だった。
「今着いたんですけれど、まだ電車ですか。」向こうから切り出してきた言葉は、向こうが年配なのに、丁寧な敬語だった。
「あ、いえ。予定の電車より一本早いのに乗れたものですから。もう、駅に来てます。」
「だったら、北側のロータリーの端に居ます。白いセダンで来ていますから。」
「判りました。すぐに参ります。」
携帯を止めると、バッグからコンパクトを取り出し、ルージュを確認する。コロンはさっき付けたばかりだ。(よしっ。)気合を心の中で自分自身に掛けると、浩子は折り畳み傘を取って、立ち上がった。
車に乗り込んで、顔を正面に見て、浩子ははっきり思い出した。
(A市で講習会をやった時に、ずっと隅っこのほうで、パソコンをいじっていた人だ。どんな人なのかと思ったら、終わった後に名刺を呉れて、のび太くんの上司だと言っていた。なんか鋭そうな人だったと思ったけど、今見ると、なんだか優しそう・・・。)
相手がのび太くんでなくて、ほっとしたような緊張するような妙な気持ちだった。
浩子の横で、のび太くんの上司は殆ど前を向いたまま、G県工場への道のりや、のび太くんが急遽来れなくなった訳などを説明してくれていた。話を聞きながら、A市でのプレゼの時に、実演画面から遠いところで、斜めに覗き込むようにして画面を確認しながら説明をしていたら、その人が「こっちへ来て説明したほうがいいんじゃない。」と手を差し出して、招いてくれたのだ。別に身体が触れた訳ではなかったけれど、その人の傍を通り抜けるときに身体を抱かれたような、どきっとした気持ちになったのを思い出していた。
「桂木さんは、こういう説明会でしょっちゅう出歩かれているんですか。」
突然、浩子は瞑想を打ち破られるように訊かれて、ちょっとどぎまぎする。出てもいない額の汗を拭うかのように、ハンカチを当てる。
「あ、いえ。週に二、三度。いや、月に四、五回程度かな。そのぐらいです。」
浩子は声が上ずってしまい、喉がからからに渇くのを感じていた。ペットボトルのお茶はバッグに入れて持ってきているが、まさか、車室内でそれを呑む勇気はなかった。
「あまり、緊張しなくていいですよ。田舎の人たちばかりだから。」
浩子を勇気付けるように、その上司はいいながらも、依然として真正面を向いて運転を続ける。
(あのう、もう少し、ご一緒しててもいいですか・・・。)
送って貰って車を降りる時に、もう少しで出掛かった言葉だった。帰りの車中で、ずっとどんな言葉を口にしたらいいかを考えていた。勿論、そんな言葉を実際に口にすることはないのは判っていた。ただ、そんな一瞬の空想を楽しんでいただけかもしれない。
(今日はまだ帰りたくない。)いや、これじゃあ、恋人同士だ。そんな関係でもないのに。
(お茶でも、飲んでいきません・・・。)
これも物欲しげすぎるか。
(・・・・。)
ああ、言葉が思い浮かばない。
「傘、忘れてない。・・・じゃ、今度また、来週、お願いします。お気をつけて。」
「今日は本当にありがとう、ございました。失礼します。」
車のドアを閉じてから、浩子はなんとも味気ない言葉で終わってしまったことを何度も繰り返し反芻していた。車が一旦バックしてから、走り出すのを軽くおじぎをしながら見送った。何か、もっと気の利いたことがいえなかったかとくよくよしながら、ホームへの階段を上がっていく浩子だった。
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