パンツスーツ

妄想小説

淫乱インストラクタ ~ 嗚呼、勘違いの一人相撲



第三章 はしたない粗相

 次の週の同じ場所への出張は、浩子には指を折って数えてしまうほど、期待に膨らんだものだった。着ていくものも、毎日思い悩んでいた。
 この前の休みの日に買ったミニのタイトスカートを試してみようか、それでは男の気を惹こうとしているのが、見え見え過ぎて、あさましく思われないか、いつまでたっても決められないでいた。
 結局、ミニで脚を出す勇気が出なくて、スラックスのビジネススーツにすることにした。淡いベージュ色のツーピースなので、仕事の出来るキャリアウーマンを装わせてくれる。しかし、それは同時に身体の線をはっきりと見せるぴったりしたパンツでもあった。浩子は長身なほうで、脚も長く、その締まった肢体は決して引け目を感じるようなものではなく、却って自信のあるポイントでもあった。ジャケットの下は、衿の大きめなドレスシャツにして、胸元のボタンは二つ外す。下着は純白の真新しいものを選んだ。
 前回は、早めに駅に着いてしまったので、今度は時間ぴったりになる電車を選んだ。実際には一本前の電車に乗れたのだが、わざとそれを見送ったのだ。早めに駅に着いてしまうのは、がっついているように思われる気がしたのだ。が、一本電車を見送って次の電車を待つ時間が、却って浩子には居ても立ってもいられない気分にさせた。
 (あと、一駅・・・。)そう思った時、バッグの携帯が鳴った。誰からか、間違いようもなかったが、どきっとする。
 「はい、桂木です。・・・、あ、はい。今、ひとつ手前の駅を出たところです。・・・はい、降りて右側ですね。承知しました。はい、よろしくお願いします。」
 男から駅で待つ車の種類と場所を案内され、それをしっかり頭に刻み込む。
 電車がホームに滑り込むと、浩子は他の客に揉まれるようにして降り立つ。思いのほか、同じ駅で降りる客が多かった。流行る気持ちをわざと抑えこむように、他の客の後につくようにする。
 (トイレに行っておいたほうが・・・。)
 そう思って見渡すが、閑散とした駅にそれらしき場所が見当たらない。仕方なく、ひと気が少なくなっていくホームから跨線橋をあがって、改札をくぐる。もう階段を下りるしかない。
 (大丈夫。前回も30分も掛からなかった筈。)
 駅のロータリーへの階段を下りる。角の壁を廻る。ワゴン車の後ろに灰色の車が目に入る。中に見慣れた顔が見える。思わず、頭を軽くさげ、微笑みかけてから、車のほうへ走り寄る。
 「ご苦労さまです。今日もよろしくお願いします。」シートベルトを締めるのを男は待っていてくれた。それから車がゆっくり発進する。
 二度目になるので、浩子も少し緊張がほぐれて、何度かちらっ、ちらっと運転する樫山のほうを見る。樫山のほうでも、運転になれたのか、時折、浩子のほうに顔を向けて話しかける。樫山は浩子の眼鏡のことを話題にしていた。

眼鏡あり 眼鏡なし

 「この前、事務所に来られた時、ちょっと変だったでしょ。ぼうっとして・・・。あれ、実は誰だか、判らなかったんです。前回のG県の講習会の時、眼鏡の印象が強くて。頭の中にあの眼鏡の人っていうのが、きっちりインプットされていたんで、別の人かと思っちゃって。眼鏡している時と、眼鏡を取っている時で、物凄く印象、変りますよね。」
 「ええ、講習会を担当するようになって、わざと眼鏡を替えたんです。このほうがインストラクターっぽいかと思って・・・。前の眼鏡の時は、してるのかしてないのか、友達も気づかなかった位、印象が薄かったんですよ。」
 「眼鏡をしてる時の桂木さんって、きりっとして隙がなさそうで、仕事の出来る人って、感じ、しますよね。眼鏡を外した時の桂木さんて、がらっと変わって、とても柔らかい、優しい印象になるんですよ。」
 浩子は、樫山が言う(とても柔らかい、優しい印象)という言葉に、温かいものを感じる。
 (どっちの私が、よりいいかしら。)という言葉が喉まで出掛かって、それを呑み込んだ浩子だった。喉がごくっと鳴った気がした。
 前回と同じように、出張先の工場敷地内の事務所ビルに着くと、樫山はまず浩子をエントランスの前で下ろして、少し離れた駐車場へ車を停めにゆく。前回来た時はざんざん降りの雨だったので、わざわざ濡れないように先に下ろしてくれたのだったのを思い出す。浩子はロビーの中には入らず、外のポーチのところで、樫山がやってくるのを待つ。
 「じゃ、こちらにお願いします。」
 先に立って歩いていく樫山の後を付かず離れずに従う。エレベータの中に樫山と二人だけで入ると、妙に庫内が狭い感じがする。相手の息をすぐ傍に感じてしまう。浩子は逆に自分に何か匂いがしていないかが気に掛かってしまう。今日はコロンは控えめにしている。
 「まだ、講習会までは時間があるので、ここらで適当に座って待っててください。」
 樫山はそう言って、会議席にある椅子を薦めると、先方の同僚の管理職らしき人とひとしきり話し始めた。それを見計らって、そっとトイレに立つ。場所は、前回来た時に、樫山に教えられている。
 男が多い事務所なのか、女子トイレの中は個室がひとつしかないので、がらんとしている。代わりに洗面台が三つあり、個人のものらしい化粧道具などが整然と並んでいる。浩子はひとつしかない個室に入って鍵を掛ける。
 股間がうずいているのが、尿意を催しているせいなのか、そうではない何かなのか、自分でもはっきり判らない。ぴちっとしたパンツを留めているローライズの細い革のベルトを緩め、ジッパーを下ろしてパンツを下げる。ショーツも膝まで下ろすと、クロッチの部分が湿っているのが判る。
 (いやだわ。臭わないかしら。)
 それは小水を洩らしたのではないことは、においを嗅いでみないでもすぐに判った。化粧ポーチの中にはナプキンを持ってきている。それをあてがうことも考えたが、いざということになった時にそれを男に気づかれるのはとても恥かしい。
 小水は思ったほどは出なかった。やはり別のうずきがあったのだ。
 浩子は水を流すと、誰のものか判らない化粧道具のおいてある洗面台の前に立って、自分のポーチからパフを出し、ルージュを引き直す。鏡に映った眼鏡をしていない自分の顔はたるんで締まりがないようにも見える。
 (柔らかい、優しい顔・・・。)
 浩子は男に言われた表現を心の中で繰り返してみて、そっと微笑んでみてから、仕事用の眼鏡をつける。自分でも、この若干きつい表情に見える尖った縁取りのはっきりした仕事用の眼鏡の顔は嫌いではない。
 (問題は、どちらがより性的な魅力を醸し出せるかということだ。)
 今度は眼鏡の顔で、謎めいた微笑みの表情を作ってみる。
 (よしっ。)
 気合を入れると、浩子は事務所のほうへ戻っていく。


 次第に新幹線の駅が近づいていた。地方路線の振興新幹線駅は、随分寂れたところにある。駅自身は新しい出来たばかりの物だが、まわりはだだっ広い畑ばかりで、駐車場に車は見えるが人影は殆どないような場所だった。
 浩子はさっきから、駅に車が着いて、樫山がいつものように、(ご苦労さまでした。)という挨拶をして、自分は独り、寂しい田舎の駅のホームに残される姿を想像していた。
 (あのう、・・・今日はもう少し、ご一緒出来ないでしょうか。)
 そう思いきって切り出すのを、何度も喉元で呑み込み返していた。
 (やっぱりミニのスーツで来れば良かったかしら・・・。)
 腿の線をぴっちり出してしまう細めのパンツはそれなりにセクシーかなとも思ったのだが、樫山の目にはそれほどセクシーには見えなかったかもしれないと、浩子は悔やんでいた。この間の休みの日に新しく買ったタイトのミニスカートにすればよかった。脚の線がはっきり見えても、やはり脚そのものを露出するほうが、男の目にはよほど魅力的な筈だ。
 「あの、・・・。」「かつ・・・。」
 浩子が意を決して話そうと口を開いたのと、樫山のほうが口を開いたのが同時だった。
 「あ、すみません。何か。」
 「い、いえ。私のほうは何でも・・・。」
  タイミングを外されたようで、そのあとの言葉が浩子には続かなくなってしまっていた。
 「あの、それじゃ・・・。今日はずっと喋りっぱなしだったし、お茶も向こうで出せなかったんで、良かったら、その辺でお茶でも飲んでゆきませんか。新幹線はそんなに数はないようだから、時間を調べて、それに間に合うように出ればいい。」
 「えっ、そんな・・・。いいんですか。樫山さんだって、早くお帰りになりたいでしょう。」
 浩子は心にもないことを口にしながら、心は浮き足立っていた。
 「大丈夫ですよ。このまま行くと、ちょうどS市あたりで渋滞に嵌ってしまうんだから。少し時間を外したほうが、却って走るのには楽なんです。あ、それじゃあ、そこの喫茶店に入りましょうか。」
 樫山が差した先は、振興の新幹線駅付近ではおそらく一軒しかなさそうな喫茶店だった。この駅を利用する人が電車の時間待ちをするのに使われている様子だった。
 明るいテラスのような喫茶店は、たまたまなのか空いていた。まだ帰宅の通勤時間帯には暫くあるようで、中途半端な時間帯だったようだ。入り口のすぐ脇に貼ってあるJRの時刻表の写しでも、次の上り電車の到着まで30分以上あるようだった。
 樫山は浩子を窓際の奥の席に案内する。すぐにやってきた田舎っぽい顔のアルバイトらしい女子学生風のウェイトレスに、樫山が珈琲を頼むと、浩子はダージリン茶を所望する。ダージリン茶は普段飲みなれている訳ではないが、いつだか先輩の女性社員にお茶に誘われた時、その先輩が頼むのをみて、格好いいと思ったのを思い出したのだった。
 男と二人だけになって、それも真正面に顔を見るようになって浩子の心は相当動揺していた。それを悟られまいと思えば思うほど、動きがぎこちなくなってしまうのを抑えられない。
 ウェイトレスが樫山に珈琲を、浩子のほうに紅茶を置いて、真中にシュガーポットとミルクピッチャを置いて、下がるや、浩子は樫山に砂糖とミルクをお先にと薦める。樫山が「いつも、ブラックで頂いているから。」というので、半分腰を浮かしてシュガーポットを引き寄せようとして、浩子の袖が紅茶カップに引っ掛かった。
 「あっ・・・。」
 浩子が声を挙げた時には、見事に紅茶のカップがひっくり返って、中身を自分のほうにぶちまけてしまっていた。
 「あっ、大丈夫。」
 すぐに樫山が立ち上がって、ハンカチを出す。浩子はあまりのことに呆然としてしまって暫く動けなかった。紅茶は無残に浩子のお気に入りのパンツスラックスの上にこぼれてしまっていた。
 呆然としている浩子の腿の上を樫山のハンカチを持った手がさっと拭う。自分の下腹部に触れられたことで、浩子ははっとするが、却って金縛りにあったように動けない。
 紅茶は、ちょうど臍の下あたりから、下腹部全体に掛かってしまっていた。ベージュのスラックスだが、明るい色なので、染みがはっきり浮き出て見える。股間から腿の付け根あたりがお洩らしをしたかのように色が浮き出ている。
 「大丈夫、熱くなかったですか。火傷していないかな。」
 樫山がウェイトレスのほうへ合図を送ろうとするのを、慌てて手で制止した浩子だった。他の誰にもこんな醜態は見られたくなかった。
 「大丈夫ですから。済みません、慌てもので。あ、じゃあ、ハンカチ、お借りします。」
 もう十分に濡れてしまっている樫山のハンカチを受け取ると、すでにすっかり染み込んでしまっている紅茶のついたスラックスを上から押し付けるように拭い取る。が、ハンカチで抑えたぐらいでは染みは取れそうもなかった。

珈琲溢し

 「本当に、火傷は大丈夫。」
 本当は、太腿の付け根あたりがひりひりしてはいたが、浩子は何でもないような顔をする。
 「大丈夫、・・・と思います。最初は、ちょっと熱かったけど。・・・でも、もう大丈夫みたいです。」
 そう言いながら、染みが少しでも取れないかと、樫山に借りたハンカチを何度も腿の上に押し当てている。が、くっきりついた染みは取れる筈もなかった。あまりの格好に恥かしくて、顔も上げられない浩子だった。浩子はどうしていいのか、パニック状態で、ただ縮こまっているしかなかった。
 その時、突然すくっと立ち上がった樫山が浩子の横に来て、他の客の視線を遮るようにすくっと立ちはだかると、さっと上着を取って、浩子に手渡した。
 「それを膝に掛けているといい。」
 ワイシャツ姿になった樫山は優しく微笑んでいる。陽気はもうそんなに肌寒くはなく、ワイシャツ姿でおかしいということもない。醜態を演じた浩子のほうは、恥かしさにこめかみには汗が噴き出ていた。
 「済みません。ありがとうございます。」
 浩子は遠慮せずに差し出された上着を取って、濡れた股間を隠すように膝の上に載せた。
 樫山がレジで清算をしている間、浩子は店の出入り口の端で、樫山に借りた上着でスラックスの前を隠して立っていた。身体の前にだらりと上着を抱えるようにしていれば、それほど目立つ格好ではなかった。
 「それじゃ、電車に乗る訳にはゆかないでしょうし、Y市まで送ってゆきますよ。どうせ、そっち方向なんだし。」
 「そんな、・・・。そんなに甘えちゃっていいんでしょうか。」
 しかし、そういう浩子には、股間に染みをつけたまま、電車に乗る勇気はないのだった。
 「そんなに心配すること、ないですよ。ちょっとロングドライブになっちゃうから疲れるかもしれないけれど。」
 「そんなこと、ないですよ。車に乗せていただいたら、とっても楽ですもの。それより遠回りになって、樫山さんのほうこそ運転が疲れないかしら。」
 「平気ですよ。ここからA市まで帰るのなら、Y市を通ったって、距離はどうせ大差ないですから。」
 そう言うと、樫山は浩子のために車の助手席のドアを開けてやる。浩子は借りた上着を股間に軽く当てたまま、助手席に滑り込んだ。
 車が新幹線の駅から少し街のほうへ戻り、今度は高速のインターを目指して走り始める。インターは新幹線駅よりは市街地側にあるので、次第に人家や人通りが増えてくる。
 「あ、ちょっと済みません。」
 浩子が突然声を挙げたので、樫山はきつくならないように急ブレーキを掛けて車を停める。田舎の町にしては、ちょっと小奇麗な洋品店を目にしたのだった。浩子にはこのまま汚れた格好で、ずっと樫山の傍に居ることは堪えられないことだった。このさい、ぴったり合う服があるかどうかは二の次だった。
 「すぐ済ませますから、ほんの少しだけここで待ってて頂けますか。」
 樫山は外の店に気づいて、すぐ察したようだった。
 浩子は樫山の上着を腰の前に垂らしたまま、洋品店に向かって小走りになった。
 「あの、何か明るい色のスカートありませんか。それからショーツも。」
 店員はいかにも地方のおばさんという感じのマダムだった。事情は説明しないで、浩子は欲しいものだけをさっと告げた。
 「若い人向けのものっていったら、こんなのしか今は置いてないわね。」
 そう言って女主人が持ってきたのは、浩子が着ている上着に似た明るい色のベージュのミニスカートだった。
 「あ、これでいいです。サイズは大丈夫・・・みたいね。それと、ショーツは、・・・、これ、頂くわ。」
 浩子が選んだのは、ちょっと派手かとも思える刺繍の入った白のスキャンティだった。
 樫山を待たせては悪いと思う焦りが、お金を払うや否や、樫山の元へ浩子を急がせた。
 「済みません。お待たせして。」
 シートベルトを嵌めようとして、初めて、浩子は今の店で着替えさせて貰えばよかったことに気づいた。が、一旦車に乗ってしまった浩子には最早それを言い出せなかった。その時、車はスタートを始めてしまっていたからだ。
 車は、市街地を外れて、郊外の道をインター目指して走り出していた。再び、次第に人家は少なくなり、高速道路沿いの道を走り始めたときには、殆ど新幹線駅付近と変わらない鄙びた風景に変わっていた。
 浩子は意を決して、運転席の樫山に話し掛けた。
 「あの、やっぱり、服を着替えたいんですが、駄目でしょうか。」
 運転しながら、樫山は横を向いた。
 「え、ああ、そうだね。・・・ううむ。あ、そこに停めよう。」
 樫山は咄嗟に高速道路を潜る、ガード下の道をみつけて、車のスピードを落とす。高速道路が延々と続く農作地を遮っているので、ところどころに道路の反対側へ渡るトンネルがガード下のようになって、掘ってあるのだった。田舎道で人も車通りも少ないが、皆無ではない。が、ガード下ならそれほど人目にはつかないで済む。
 樫山はゆっくりと車をガード下へ滑るように導いてゆき、車一台がやっと通り抜けられるほどの大きさしかないトンネル内へ車を入れたところで停めた。
 「ちょっと降りてようか。」
 樫山が優しく声を掛けてくれるのを、浩子は却って恐縮した。
 「いえ、大丈夫です。すぐ済ませますから。」
 そう言うと、樫山に借りた上着を膝の上に広げ、その下に手を伸ばして、スラックスのボタンとチャックを探る。股間はじとっとしてまだ乾いていない。浩子はスラックスを腰から抜き取るのに、腰を浮かせやすいように、椅子を倒そうとしたが、倒すレバーらしきものがみつからない。
 椅子の横をしきりに手探りでさぐっている浩子の様子に樫山はすぐに察したようだった。
 「あ、待って。椅子を倒すのはここ。」
 そう言って、浩子の身体の上を跨ぐように腕を伸ばした樫山が、助手席の背もたれを倒すレバーを探る。その腕が、膝に乗せられた上着を通して浩子の腿に触れた。浩子の身体には電気が走ったような衝撃が感じられた。助手席のシートががくんという動きとともに、少し後ろに倒れる。

車内着替

 浩子は腰を浮かせて、チャックを下ろしたスラックスを膝上の上着の下に手を伸ばして膝まで下げる。それから、ショーツも一緒に膝まで下ろすことにする。しかし、そこで浩子の動きが止まってしまった。隠すようにしてはいたが、腰の上においた上着の端から浩子の白い肌が少しだけ覗いてしまっていた。動きを止めてしまった浩子に気づいて、樫山は振り向く。浩子の目と樫山の視線が合ってしまった。その樫山の目がゆっくり近づいてくるのを見届けると、浩子はゆっくりと目を閉じる。その浩子の唇が乗りかかるように覆い被さってきた樫山の唇に塞がれた。
 浩子は両手でしっかり樫山の身体にしがみついたまま、両足をばたつかせて、膝まで下ろしていたスラックスとショーツを足から抜き取った。膝に掛けていた上着は跳ね飛んで、すっかり下半身を裸のまま剥き出しに晒してしまっていた。樫山の手が浩子の腋を滑っていって、腰骨まで辿り着き、そこから股間の茂みにすっと下りていく。樫山の指が浩子の秘唇を捉えると、魔法が掛かったように、浩子は身動き出来なくなった。「ぴちゃっ。」浩子の陰唇が、まるで海に棲む軟体動物かのように卑猥な音を立てた。
 「ああっ・・・、もう我慢出来ない。」
 浩子は声を挙げて激しく樫山にしがみつく。が、樫山の指は、下から一度だけ浩子の陰唇を撫で上げると、そのまま浩子の身体を離れた。
 「ここでじゃ、まずい。」
 樫山は冷静に身を起こして、床に落ちていた上着を拾い上げると、あられもない格好になっている浩子の下半身にそっと被せた。
 樫山の言葉に、ふと浩子も冷静になって、車の外を見渡す。高速脇の道路からは死角になっているものの、高速を渡ろうとする人がいつ現れるか判らない。車の外から見られたら、浩子の痴態は丸見えになる筈だった。
 浩子は買ってきた洋品店の紙包を開くと、薄ベージュ色のミニスカートを足に通した。スカートを先に掃いてしまってから、ショーツを取り上げた。が、それをすぐ穿くのを躊躇った。このままでは真新しいショーツの内側をべっとり汚してしまうのは間違いなかった。浩子は真新しいショーツをそのまま紙袋の奥に戻し、床からさっき脱ぎ捨てた汚れたスラックスとショーツを拾い上げ、丸めて同じ紙袋にしまいこんだ。
 「どこか、出来るところへ連れていって。」
 浩子は恥かしさに、樫山のほうを見ないで、俯いたままやっと言った。樫山は、浩子の言葉に返事はしないで、そっとエンジンキーを回す。
 そのラブホテルは、高速道路のインターのすぐ傍にあったが、入り口はちょっと分かりにくい細い路地を廻るようにして入っていった場所にあった。外側は西洋のお城を模った造りだが、造りそのものはちゃちなものだ。入り口にガーゴイルを模した不気味な石像が神社の狛犬のように、門を守っている。そこをすり抜けると半地下になった暗い駐車場だった。浩子はもうずっと顔を下げて、誰かに見止められないように俯いている。
 浩子は樫山に肩を支えられていなかったら、まともに部屋まで自分の足で歩いてはいけなかった。身体の中心の疼きに酔いしれてしまっていて、脚に力が入らなかったのだ。ラブホテルの狭いエレベータの庫内に樫山と二人きりになると、抱きつきたいのを必死で堪える浩子だった。その心の内を見透かしたかのように、樫山は浩子の唇を求めてきた。舌が絡められるように浩子の口の中にぬめり込んでくると、浩子は自分のなかで何かがとろけて崩れ去るような気がした。両手をだらしなくだらりと下げ、膝を軽く折って樫山の片脚を挟み込むようにして股を押し付ける。樫山の手が強く浩子の腰を引き寄せているのでかろうじて崩れ落ちないで済んでいた。
 部屋へ入るなり、浩子はずっと心に思っていた言葉を口にした。
 「私を縛って。」
 恥かしさに、樫山のほうを向いては言えなかった。
 樫山は浩子の身体を抱きかかえるように支えながらベッドに導き、うつぶせに横たえさせると、ズボンから革のベルトを引き抜いた。片方の手首を輪にしたベルトに通すと、もう一方の手首も背中で交差させて、ベルトの残りでしっかりと括りつけた。手荒い縛り方だった。が、乱暴にされることに、より強い刺激を感じ始めていた。
 浩子の両手の自由を奪うと、再び浩子の身体を仰向けにひっくり返す。ミニのフレアスカートがすこしずり上がって、脚の付け根付近までを露わにしてしまっている。浩子にはそれを直すことが出来ない。樫山の手が伸びてきて、そのスカートの裾を更に上へたくし上げる。濃い目の茂みがすっかり露わにされる。浩子はぴっちりと脚を閉じているが、それでもその付け根の茂みの下に、べっとりと白濁したものが流れ出ようとしているのを隠すことが出来ない。
 樫山が右手の人差し指と中指を二本合わせて立て、浩子に向けてかざす。浩子はその立てられた指が意味することを悟って、高まる期待に思わず身体を奮わせる。
 樫山が横たえられた浩子のベッドサイドにやってきた。左手を伸ばし、身体の下へ潜りこませると、革のベルトで縛り付けられている浩子の手首を抑えるように掴んだ。そうして浩子が身動き出来ないように押え付けると、もう片方の手を二本の指を突き立てたまま、浩子の下半身に伸ばした。剥き出しの太腿がそこにあった。その付け根と膝小僧のちょうど中間あたりに二本の指を当て、ぴっちり閉じている両脚の間に割り込ませる。浩子は脚に力を篭めて樫山の指をはさみこむ。が、ついその手を受け入れたくて、脚を開いてしまいそうになる。樫山はまさぐるように太腿の間で指をくねらせる。浩子は股間が熱くなっていく感じを憶えていた。
 「ああ、・・・。」
 つい、声が出てしまう。手拭いか何かで猿轡をかませてほしい。でないと、あらぬことを口走ってしまいそうだと、浩子は思った。
 ぴっちり閉じた内腿を樫山は執拗に撫でまわしている。が、浩子が密かに欲しているようには、なかなかそれは浩子の身体の中心まで這い上がってこない。浩子は焦らされていることに気づいていなかった。
 「ああ、どうかなりそう。」
 浩子は脚をすり合わせるようにして、悶えながら堪えていた。
 樫山の親指が突然、浩子の臍の下に当てられた。秘部を態と外している。が、そこを強く押されると、クリトリスが剥き上げられるようだ。親指が強く押し当てられるのを感じた次の瞬間、二本の指が浩子の股間を、鼠頚部から陰唇に沿って、そっと撫で上げてきた。浩子は背骨から首筋に掛けて電撃が走ったような衝撃を感じた。
 「あうううっ・・・。」
 樫山の指で突いて欲しさに、つい腰を浮かせようとするのを浩子はかろうじて堪えた。(そんなはしたない真似を・・・。)浩子は唇を噛んで堪え凌ぐ。
 その思いを見透かしたかのように、樫山は今度は親指と揃えた二本の指とで浩子の股間を陰唇をわざと外すように揉みほぐしながら、弄ぶ。
 「いや、いやっ・・・。駄目、もう我慢出来ないっ。ああ、・・・。」
 浩子は自分の陰唇の間から、べっとりした愛蜜がどんどん流れ出るのを感じていた。それはもう鼠頚部を通り過ぎて、尻のほうまで垂れ始めていた。
 「ああっ・・・、ああっ・・・、ああっ・・・。」
 樫山の指が浩子の陰唇に触れそうになって、ぎりぎりのところで離れていくのを繰り返す度に、浩子は大声を上げるのを抑えることが出来なくなっていた。その度に、陰唇からは、じゅっという音を立てるかのように、熱い汁が流れでた。
 「は、早くっ。もう駄目、もう駄目なの。ああ、我慢出来ないっ・・・。」
 腰を振り始めた浩子だった。両手を縛られて押え付けられているので、腰を振るのが浩子に出来る精一杯の行為だった。
 どうしようもなくなりつつある浩子の乱れの様子をみて、樫山は最後の仕上げに入る。揃えられた二本の指でクリトリスを摘み込むように浩子の秘部の襞を挟むと、激しく回転させながら揉みしごいたのだ。
 「あうううっ・・・・。」
 浩子は気が遠くなっていくのさえ、自覚していなかった。秘部への愛撫だけで行ってしまったのだった。
 帰りの車は自然と言葉少なくなっていた。浩子は運転する樫山の膝の上に両手を載せて、頭を樫山の肩に寄せていた。いつまでも樫山の身体に触れていたかった。
 浩子が正気に目覚めた時に、どれだけ時間が経っていたのか、全く見当もつかなかった。下半身をすっかりはだけた格好で大の字になっていた。横にティッシュの箱が置いてあったので、自分の股間が拭われたらしいことに気づいた。身を起こして、ベッド下のゴミ箱をみると、丸めたティッシュくずが入っていた。自分で拭った憶えはない。手首にはかすかに赤くベルトで縛られた痕が残っている。樫山の姿はなく、浩子が一人ベッドに寝かされていたようだった。
 起き上がってみると、浩子が寝ていた中心の部分にかすかに沁みが残っている。それは明らかに浩子自身の痕だ。誰がこの後、シーツを交換するのだろうか。この沁みをみて、どういう想像をするのだろうか、それを考えただけで耳たぶが熱くなるのを感じた。
 急いで跳ね起きて、ベッドサイドテーブルにあった紙袋から買ったばかりのショーツを取り出して身につける。ストッキングは買わなかったので、生脚だが、仕方が無い。脛毛は処理したばかりなので、それほど目立たないと思うことにした。
 ショーツを穿き終わったときに、ガチャリと音がしてドアが開き、樫山が入ってきた。浩子が目覚めるのを外で待っていてくれたようだった。樫山に指だけで往かされてしまったことが恥かしくて、浩子は樫山に向けて顔を上げられなかった。
 「あ、あの・・・・。わたし・・・。」
 それ以上何を言っていいか判らなかった。浩子のほうから樫山に何かして上げなければと思うのだが、どう言っていいか判らなかった。
 そのまま、樫山に肩を抱かれるようにして、無言で部屋を出て、車に乗ったのだった。
 浩子が樫山の肩にもたれかかるように寄り添ったままで、車は次第に浩子の棲む街のほうへ近づいていた。もうすっかり暗くなって、繁華街はネオンが輝いている。何時の間にか雨が降っていたようで、窓ガラスに水滴がついている。が、ワイパーは動いていないので、雨は上がっているらしかった。
 「あの、もうこの辺でいいですから。」
 最寄の駅にあと一駅という場所まで来たところで、浩子は意を決して口にした。一緒にアパートまで行って貰うのは気が引けた。というより、一緒にアパートまで行ってしまったら、どこまでの関係になってしまうか判らない自分が怖かったのだ。
 「ここからだと、あと一駅あるよね。」
 「ええ、でも、電車の定期も持っていますから。」
 「そう。わかった。」
 そう言うと、駅のロータリーが前方に見える少し手前で樫山は車を脇に寄せた。車を停めてから、後部座席に脱ぎ捨ててあった自分の上着に手を伸ばす。
 「君、ホテルを出る時、何かしたいって思っただろ。」
 浩子は樫山のほうへ目を上げた。
 (そうだ。自分だけ気持ちよくなって、樫山には何もしてあげられなかったのだ。)
 「それなら、ここでショーツを置いていってくれる。僕の為に君の匂いの染み込んだ下着を置いていって。それで君を思い出すから。」
 浩子はぱっと顔を赤らめた。買ったばかりの下着だったが、もう既に汚れている筈だった。車の中でずっと身体は感じ続けていたのだ。樫山の目がなかったら、股間に指を当てていたかもしれなかった。
 「貴方の為に、一区間、下着なしで電車に乗るのね。」
 浩子は喉がごくんと鳴ったような気がした。樫山の余韻を感じながら、下着なしの格好で、人前に立つのはとても煽情的に感じられた。想像しただけで、股間が潤んできそうだった。
 樫山から上着を借りると、浩子は呪文をかけられた人形のように、上着を膝の上に掛け、その下に手をのばして、スカートをまさぐった。ミニスカートなのですぐにショーツに手が届く。それを一気に膝まで引き下げると、片脚ずつ抜いた。
 クロッチの汚れを確かめる勇気はなかった。そっと折り畳むと樫山には手渡さず、助手席前のグローブボックスを自分で開けて、そっとそれをしまった。
 「今日はどうもお世話になりました。」
 どう言っていいか判らずに、浩子は業務上の挨拶をしてしまう。
 「それじゃ、次の研修の時にはまた宜しく。」
 樫山のほうも何もなかったかのように挨拶を返す。
 車を出た浩子は、樫山が車をスタートさせて、その姿がビルの陰に消えるまで立ちすくんで見守っていた。それから、ゆっくりと駅に向かって歩き始めた。
 樫山と車に居る時は、夢見心地だったが、駅のホームに立って、周りに人目を感じると、浩子は一気に現実に引き戻された。下着を着けていないことが、買ったばかりのスカートを余計に短く感じさせた。普通に立っていれば、スカートの中が覗いてしまう筈はないと判っているのに、いつスカートが翻ってしまわないか気になって仕方なかった。周りの他人も、自分が下着をつけていないことを知っている筈はないのに、自分の下半身に注目しているように思えてならないのだった。
 電車が来て、席は空いていたが、浩子には座ることが出来なかった。膝をぴったり閉じていれば、短くてずり上がってしまう裾の奥を覗かせてしまうようなことは無い筈だが、パンティをつけていないという意識だけで、それが怖くて出来ないのだった。
 立っていても、疼きは消えなかった。愛液が垂れてしまいそうで、気が気でなかった。たった一駅の区間が、晒し者にされた罪人のように感じられて、浩子にノーパンを命じた樫山が恨めしかった。が、反面、樫山の命令を聞くことの被虐的な喜びに浸りはじめてもいるのだった。

眼鏡あり

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