妄想小説
淫乱インストラクタ ~ 嗚呼、勘違いの一人相撲
第七章 仕掛けられた罠
次の日、素知らぬ顔で自分の机に向かって書類の処理をしている桂木浩子を斜めに盗み見しながら、浅川は練りに練ってきた作戦を実行に移そうとしていた。
目の前のパソコンにメールソフトを立ち上げる。何かの事務処理をしているようなカタカタという音が浅川のキーボートから流れ出す。
(アノ事は忘れてないよな。)
なんとでも取れるような一文だ。それだけを浩子に宛てて送る。送信ボタンをクリックする。
一瞬の後に、浩子のパソコンで新規メール受信を報せる合図のアイコンが点滅しだす筈だ。
浩子の視線がパソコン画面に動いた。何気なく手をマウスに伸ばし、電子メールのアイコンをクリックしているのが浅川にも読み取れる。浅川は浩子の表情の変化に注目する。
物憂げに画面を見ていた浩子の顔が凍りつくのが浅川にもはっきり判った。こちらを睨み返したいのを、やっとのことで堪えているようにも見えた。
内心怖れていたことがどんどん現実になっていく。浩子は新着メールを報せるアイコンが点滅し始めたのに気づいた時からそう思っていた。
(おそらく、浅川からのメールだろう。・・・やはり、そうだ。・・・アノ事。どうしよう・・・。)
昨夜、下着を脱ぐように命じられ、それに従わざるを得なかった。浅川が先に帰ってしまって、あれを持ち帰ってどうしたのかと思うと、口惜しさに身体が震える思いだった。しかし、屈する他なかったのだ。今、また浅川は屈辱の命令をしかけてこようとしている、そう浩子は直観した。
じっと考えている様子を見せてから、浩子の両手がキーボードの上を走った。
(今度は私に何をしろっていうの。返してくれるって約束をしてくれないのなら、もう何もしないわ。訴えてもいいのよ。)
浩子は顔を上げずに、音だけで、浅川が返信のメールを開き、その返事を打つのを聞き取ろうとしていた。
カタカタカタ・・・、カタカタカタ・・・。カシャ。
最後のクリック音を聞いて、浩子は視線を画面のほうへ上げる。アイコンが再び点滅を始めていた。
(じゃあ、どうなってもいいんだな。)
メールを読み終えるのと、浅川が立ち上がったのに気づくのが同時だった。浅川はすくっと立ち上がると、すたすた歩いて事務所を出ていってしまう。浩子には浅川の背中が見えただけで、その表情までは見取ることが出来なかった。
浅川が居なくなると、途端に浩子は不安に駆られた。そっと立ち上がると何気ない風を装って、浅川を追って事務所の扉から外のエレベータホールに出る。しかし浅川の姿は見えなかった。
浩子は行き場を失って、とりあえず女子トイレに向かう。個室に入ってしっかり鍵を掛けると、便座に腰をおろす。
(怒らせてしまったのだろうか・・・。取り返しのつかないことをしてしまったのでは・・・。)
浩子が事務所に戻る。何故か事務所全体がざわざわしている。皆が隣同士で囁き合っているのだ。庶務をしている事務員の新入り女性社員と目が合う。その女子社員がすくっと立ち上がって、浩子の傍に来た。
「桂木さんのとこにもあのメール来ました?」
「あのメールって?」
「何かモザイクでよく判らない画像の添付されたメールです。あっちこっちに送られているみたい。芳川さんも受け取ったって。課長のとこにも来てるみたい。」
「ちょっと待って。」
浩子は慌てて、自分の席に戻り、パソコンのメールボックスを開く。タイトルのない新着メールがあった。差出人は何やらアルファベット記号だけが並んでいるもので、プロバイダはインターネットカフェなどでよくあるような、不特定多数相手のものだった。
浩子は自分のパソコンを誰かに覗きこまれていないか、振り返ってみてからそっと、本文に添付されている画像情報らしきアイコンをダブルクリックして開く。
庶務の女の子が言っていたとおり、何やらモザイク模様だけで、何が写っているのか判別出来ない画像だった。
(一体、何なのかしら・・・。)
「やっぱり来てた?何かしらね。」
何時の間にかさっきの庶務の子が後ろにきていた。
「誰かの悪戯じゃないの。」
「悪戯なの?・・・。何か気味悪いわね。」
庶務の子は、それ以上は何も返す言葉が思いつかなくて、すごすごと自分の席に戻っていった。
(まさか・・・。)
浩子の脳裏に嫌な予感が走る。その時、更に新たな新着メールが届いたのを報せるアイコンの点滅が始まった。浩子は慌ててクリックする。
同じようなタイトルの無い差出人不明のメールで、画像ファイルが添付されている。震える指で浩子はそれを開く。
同じようなモザイクの写真だが、先ほどより少しだけモザイクの目が粗くなっている。その分、何かの輪郭のようなものが感じられる。明らかに先ほどの画像のモザイク度を少しだけ下げたものだった。浩子はあたりを見回す。事務所内は普段の様子に戻って、皆それぞれが机に向かっていて、異変はない。浩子にだけ二通目が送られてきた様子だった。
浩子の視野の隅にチカチカと点滅が入る。また新着メールだった。急いでそれを開く。同じようなモザイク。だが、モザイクの格子は更に粗くなっていて、全体像が何となく判る。女の身体のような気がする。下のほうから撮られているようだ。両手が横に広げられているらしい。
(あの時の写真・・・。)
浩子に戦慄が走る。あの時の様子がまざまざと浩子の脳裏に蘇ってきた。両手を窓の手摺に縛り付けられ身動き出来ない。足元には何かの台が置かれて脚を大きく開いたまま閉じることもままならない。目隠しをされているので何をされているのか判らない。その傍で(カシャ、カシャ)という音が立て続けにする。膝まで下ろされたショーツ。その内側に貼り付いているパンティライナー式の汚れたナプキン。
(や、やめて・・・。)
浩子はもう少しで声を挙げてしまうところだった。心臓がどきどき高鳴っている。
浅川の席を見る。まだ戻ってきていない。
震える指で、キーボードに向かう。
(降参します。何でも言うことを聞きますから、もうあんなメールを送らないでください。何でも命令してください。)
打ち終わって、浩子は唇を噛んだ。しかし、浩子には他に何の手立ても出来ない。しかももう一刻も猶予は無いのだと悟った。浩子は躊躇いながらも送信者に向けて返信のボタンをクリックする。
その男からのメールはすぐに浩子の元に届いた。浩子は観念せざるを得なかった。
(お前の服従の意志をこれから確認する。二階の南側にある倉庫へ行け。窓際に全裸になって30分立ったままでいろ。両手は背中に回して外にまっすぐ向いて立っているんだ。従わなければどうなるか、判っているな。)
用意されていたような命令だった。
(二階の南側・・・。)
浩子はその場所を知っていた。三畳もないような狭い場所で、柱の都合か何かで、出来てしまった無駄スペースを倉庫にしたもののようだった。窓際には嵌め殺しの大きな窓がある。不要になったテーブルや椅子が幾つか保管されているだけの場所で、浩子は一度、椅子が足りなくて取りに行ったことがある。盗まれて困るほどのものは置いてないので、普段から施錠はされていないようだった。
男からのメールが何故そんな場所を指定したのか、浩子には判っていた。その南側の壁のすぐ傍を高架の上を走る電車が通っていた。浩子も通勤に使っている電車だ。その倉庫の窓のすぐ傍を電車が走っていることは、以前、椅子が足りなくて取りに行った時に、通り過ぎる電車の轟音に気づいて知ったのだ。だが、通勤に使っている路線だと気づいたのは、そのずっと後だった。帰りの電車で何気なくドアにもたれかかって、車窓の外を見ていて、(ああこの辺がうちの会社だわ)と思った時に、窓が一瞬見え、そして通り過ぎたのだった。その時、電車から見えた窓があの倉庫の窓だったと気づいたのだ。
通常、電車から丸見えになるビルの窓はブラインドが下がっている。そこだけブラインドが無かったので、目に付いたのだろう。
男からのメールの意図はすぐに察しがついた。窓際に裸で立たせて、通り過ぎる電車からの視線に晒し者にしようというのだ。電車に乗ったものが、ビルの窓の一つひとつに注目しているとは思えない。しかし、中には何気なくでも見ているものの目に入ることもあるかもしれない。そしておそらくメールを送ってきた男は、通り過ぎる電車から、浩子が命令に服従しているかどうかを確認するつもりなのだろうと思った。
時計を見る。男が指定してきた休み時間までもうあと僅かだ。浩子はひと目に付かないようにわざと非常階段を使って二階へ降りてゆく。重い非常口の鉄の扉を潜って廊下へ出ると、すぐ横に倉庫の扉があった。辺りを見回して人が居ないのを確認してから、そっと倉庫の中へ忍び込む。中は空気の入れ替えが殆どないので、ぷうんと埃臭いにおいがする。積んであるテーブルを避けて、窓際に立つ。そこは人ひとりがやっと立てるだけのスペースが空いていた。窓のすぐ外に線路のある高架が見える。線路はすぐ傍にあるので、覗き込まれたら丸見えだが、一瞬で通り過ぎてしまう筈だ。
浩子の背後にあるドアの向こうで、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り出していた。急がねばならない。男が指定したのは12時きっかりから12時半までの30分だった。言いつけに背けばどんな仕返しが実行されるのか、嫌というまで知らされていた。浩子は腰のスカートのホックに手をかけた。誇りっぽい床にスカートがぽとりと落ちた。そのまま脚を抜きながら、一気にショーツをストッキングごと降ろし、足首を抜き取った。先に下半身から裸になったのは、もう躊躇しない為だった。脱ぐのをぐずぐずしていて、男が乗った電車が通り過ぎてしまったら、どんな罰を受けるかそれが恐ろしかった。上着とブラウスも一気に脱ぎ取ると、躊躇わずに背中のブラジャーのホックを外す。その時一台目の電車が目の前を通り過ぎ始めた。
両手を後ろに回し、真直ぐ窓の外に身体を向ける。恥かしさに顔をあげることも出来なかった。通り過ぎる轟音が止んで通り過ぎてくれるのをただひたすら待つしか出来なかった。
電車が次第に遠ざかっていく、ガタンガタン、ガタンガタンというの音が次第に小さくなってゆくことで、電車が通り過ぎたことを知った。
そおっと目を開けて上を向くと、空っぽの高架の向こうに遠く離れてビル群が並んでいるのが見える。建物の北側のせいか、窓らしきものは殆どない。電車の中から以外では覗かれる畏れはなさそうだった。浩子は脱いだ服とともに置いた後ろのテーブルの外した腕時計を振り返ってみる。
(あと25分の辛抱だわ。その間に何台が通過するのかしら。)
後ろに回した両手を前にまわして、叢むらを露わにしている股間と、胸元の乳房を隠したい衝動に駆られる。しかし、もし男に手で隠しているところを見つかったら、更なるどんな罰を受けるか判らないと思うと、恥かしさを我慢するしかないのだった。
(ああ、恥かしい。早く時間が過ぎて欲しい。)
祈るような浩子の思いとは裏腹に、非情な次の電車の近づいてくる音が浩子の耳に入ってきた。電車の音は次第に大きくなってくる。傍の駅のホームから加速してくる上り電車だ。
ゴォーッ。轟音を上げて、目の前を電車が通り過ぎる。勇気を振り絞って、電車のほうを見上げるが、視野の狭い浩子の側からは、電車の窓のひとつひとつがあっという間に通り過ぎるので、中に居る乗客の表情までは識別できない。
(あの中に、全裸の格好を晒している自分に気づいたものが居るのだろうか。)
勿論、浩子をこんな目に合わせている男は、目を皿のようにして、一瞬にして通り過ぎるビルの窓を注視しているだろう。もう通り過ぎてしまっただろうか。いや、何度も一駅区間を乗り換えては、上りと下りで何度も繰り返し、ビルの前を通っているに違いなかった。
電車が通り過ぎると、倉庫の部屋はしいんと静まり返ったように思える。それほど、電車が通過する時の音と地響きは大きかった。静まり返っていると思っても、他の騒音は聞こえている。表の通りを行き交う車の騒音だ。しかし、こちらは電車の音に比べれば、気をつけていないと聞こえないように思えるほどだ。遠くから電車とは別の音が聞こえてきた。パトカーのサイレンだった。かなり遠くからだが、次第に近づいてきていた。
(何だろう。事故かしら。)
しかし、その時、浩子の脳裏に不吉な思いが走る。電車の乗客の誰かが、車窓に見えるビルの窓に裸の女を認めて、警察へ連絡する。
(女が裸にされて、監禁されている。助けにいってほしい。そんな風に連絡したのかもしれない。)
しかし、倉庫部屋には浩子一人なのだ。後ろ手にさせられているが、縛られている訳ではない。そんな格好を強いられているという話を信じて貰えるだろうか。いや、自分自身でそんな格好をしているのだと思われたら、猥褻罪で捕まるのは浩子自身なのではないだろうか。
全裸のまま、手錠を掛けられて、パトカーへ連行される自分自身の姿を想像する。周囲の野次馬たちが何事が起きたのかと辺りを取り囲む。警察は肩からコートなどを掛けてくれるだろうが、野次馬たちには連行される女が全裸でいたことを感づかれてしまうだろう。
(ああ、惨めだわ・・・。)
そんな想像をしている浩子のほうへ、パトカーのサイレンはどんどん近づいてきていた。
(どうしよう、捕まってしまうのだわ。)
浩子が逃げ出そうと動き始めたその瞬間に、パトカーの音は最大になり、そして浩子の背後を通り過ぎ、音を低めて、今度はどんどん遠ざかっていった。
(そんな筈、ないわよね。)
再び時計を振り返る。あと残り5分だった
(あと、5分の辛抱なのだわ。)
背中で組んでいる手の拳に力が入る。又、電車が近づいてくる音が聞こえてきた。
(もうこれで何車両目だろう。)
たった30分の間と思っていたが、思いもかけず数え切れないほどの台数が既に裸の浩子の前を通過していた。今度の一台が終われば、この晒しの拷問から逃れられるのだと浩子は期待する。段々電車が加速するのがわかる。最寄の駅のホームを出たばかりの上り電車だ。
(早く通り過ぎてほしい。)
浩子は裸の身を縮めるようにして、身構える。その時、耳をつんざくような高い軋り音が聞こえた。目の前の電車が急ブレーキを掛けたのだ。
「何、嫌っ。ま、まさか・・・。」
不安に怯える浩子を尻目に、目の前の電車はどんどんスピードを落としていく。スピードが落ちてゆくにつれて、電車内の乗客の顔がだんだんはっきり識別出来るようになる。突然の急停止に慌てふためく電車内の乗客の様子が手に取るようにわかる。しかし、それは電車内から外のビルを眺めているものにも浩子の裸体をはっきり認識させてしまうことを意味していた。
「嫌っ、やめて・・・。」
浩子は凍りついた。何とかしなければと思うが、その場を立ち去ることは出来ない。浩子は頭を出来るだけ下に向けて、顔を隠し、じっと動かないことにした。動かなければ、マネキンが置いてあるのだと勘違いしてくれるのではと思ったのだ。しかし、その時、浩子はマネキンには決してない筈のものを晒していることを忘れていた。遠くからでもはっきり見て取れる股間の叢むらの茂みだった。
浩子は蹲るようにして、自分の股間の、陰毛の生え具合を眺めていた。そしてふと我に返り、自分が便器に跨っていたことを思い出した。
どれだけ長く、そこに居たのかすら検討もつかなかった。電車の乗客に自分の全裸姿を覗かれたというショックから立ち直れずトイレの個室に籠っていたのだった。
浩子は尿意は催していなかったが、恥部に濡れを感じて、ペーパーを小さく畳んで股間を拭う。何かべとっとした感触があった気がしたが、汚れたペーパーを見る勇気はなかった。すぐに水に流して、ショーツを引き上げる。
席へ戻ると浅川は既に席に戻っていた。浩子はわざと気づかない振りをして自分の席に座る。その浩子の元へつかつかと浅川がやってきた。浩子はびくっとして顔を上げる。
「桂木君。今日、残業をして貰いたいんだ。昨日、処理した書類なんだけど、課長が見直したら、随分あちこちに間違いがあるようなんだ。いいね。」
断わることを躊躇わせるような強い口調が感じられた。浩子は言葉を返すタイミングを失っていた。それは誰の目にも承諾の印として取られたようだった。
浩子は席に戻って素知らぬ顔をして机の書類に目を落としている浅川を横目でみて、メールを打つことにした。
(申し訳ありませんでした。貴方の言うことは何でも聞きますから、変な気は起さないで下さい。二人だけになったら、貴方の言う通りのことを何でもします。だから、他の人の前で辱めるのだけは、許してください。貴方がアレを公開しないでいてくれるのなら、どんな奴隷にでもなります。)
屈辱の文章だった。しかもその相手が、考えただけでもぞっとするほど嫌いな浅川なのだ。だが、浩子はもう追い詰められていると感じていた。
(これがあの樫山さんだったら、どんなによかったか・・・。)
浩子は樫山のことを考えて溜め息をつくのだった。
突然、服従の意志表示を示すメールを受け取った浅川は、桂木浩子の真意を計りかねた。何かの秘密を浅川に握られていると誤解しているのは予想されたが、自分に対し、嫌悪感を抱き、何かにつけて高飛車な態度で臨んできた桂木が、自分の言うことを何でも聞くと言うのは、俄かには信じがたかった。
しかし、朝一番に、桂木に鎌を掛けた「アノ事」というメールは、間違いなく、桂木を打ちのめす効果があったのは浅川にもはっきり判った。それで浩子が(訴えてもいいのよ)と逆上しかけた際に(それじゃ、どうなってもいいんだな)と捨て台詞のメールを送りつけて事務所を出たのだった。浅川はあの時自分のノートパソコンを持って、会社近くのネット喫茶に籠って作戦を練ることにした。そして前の晩、桂木が何気なく発したひと言をふと思い出したのだった。
(えっ、そうやって、じわじわと私を辱めてゆく気なの・・・。どうしたら写真を返してくれるの。)
(・・・・。そうだ。確かに写真と言った筈だ。桂木はビデオではなく写真を返してくれるのかと訊いたのだ。写真・・・・。何の写真だろう?)
そう考えて、更にカマを掛けてみることを思いついたのだ。浅川は自分のノートパソコンの中に、ネットからダウンロードした短いスカートから脚を惜しげもなく露出しているキャンペンガールやレースクィーンの画像をいっぱい保存していた。そんな中から来ているコスチュームの色やシルエット、髪型などが桂木浩子に似た感じのものを選び出した。
浅川は仕事は出来ない癖に、画像処理や匿名のアドレスからのメール送信など悪事を働くためのパソコン操作は得意中の得意なのだった。選び出した画像にモザイクを何種類か強め、弱めと掛けて何の画像か分かるような分からないようなものを作り出す。そしてパソコンの中に入っている社員のメーリングアドレスリストから何名かを選び出し、強めのモザイクの画像を浩子を含め数多く事務所の人間に送りつけたのだ。そこから暫く時間を置いた後、今度は浩子だけに少しモザイクを緩めた画像を送りつける。
その少し後に、浩子から返信で降参するというメールを確認したのだ。
どこまで服従するのか試してみようと考えた浅川は、前から気になっていた二階の倉庫で傍を通る電車の路線に面して窓が開いている小部屋を思い出し、そこで浩子に全裸になって30分、裸を晒すように命じてみたのだ。その上で最寄駅から事務所の前を通過する電車に乗って、本当に浩子が命令に従うのかを確認することにしたのだ。偶々乗った電車が事故か何かの関係で自分の会社の直前で急ブレーキを掛けた為に、窓の前に全裸で俯いて立っている浩子の股間の叢までしっかり確認することが出来たのだった。
浩子が命令に服従するのを知って、会社に戻ってから浅川は自分の一存で、桂木に残業を命じてみたのだ。入社やキャリアでは先輩である桂木であり、本来は自分のほうから残業を命じるような地位も権限もない。しかし、あたかも自分が上司であるかのような口ぶりで命じてみたのだ。いつもなら「桂木さん。」と呼びかけていたのを君付けで初めて呼んでみた。今までなら、「何を生意気そうな口を利いているの。」と怒鳴られていたかもしれない。が、今日は、何も口答え出来ないようだった。
ゆうべ、桂木に押し付けてしまった書類にいくつも間違いがあって、上司の課長、磯山から指摘されたのは事実だったが、実はその殆どは、浅川のほうが処理した部分だった。しかし、まわりにはあたかも桂木の仕事にいい加減なところがあったかのように聞こえるように話してみた。桂木はそれを自分に落ち度があったように受け取ったようだ。いや、それどころではなかったのかもしれないと浅川には感じられたのだ。
その日は、日中はあまり桂木に接触しないようにして、一般の者たちが帰ってしまう定時の終業時をひたすら待ったのだ。
定時のチャイムが鳴る頃、浅川はビルの一番下の守衛室に来ていた。ぞろぞろと退社の者たちが通り過ぎるのを暫く待ってから、守衛室に入っていった。
「守衛さん。今晩は大事な機密書類を大至急で仕上げなければならないので、遅くなります。鍵はあらかじめ預かっておきますので、施錠は我々でやっておきます。夜遅くまでかかりますが、重要機密書類なので、立ち入りのほうはご遠慮願いたいのですが。」
浅川はさり気なく芝居をしたが、警備員は特に怪しんだ様子もなかった。
「ああ、いいですよ。施錠さえそっちでちゃんとしていただければ、こちらも仕事が減って助かりますからね。5階のフロアですね。はい、鍵。」
(これで、誰にも邪魔されることはない。)
浅川は暫く、一階ロビーの片隅で新聞を読んで時間を潰し、完全に事務所の人間が、桂木以外、全て帰ってしまう頃合を見計らった。
ビルからひと気がなくなり、しいんと静まり返ったところで、古田はエレベータで上へあがる。
事務所の扉の曇りガラスを通して、明かりが点っているのが判る。桂木がまだ残っている証拠だ。浅川は、これからする芝居の段取りをもう一度頭に描きなおしてから、深呼吸で息を整え、静かに事務所へ入っていった。
桂木浩子はいつもの自分の席で、既に書類の直し作業を進めていた。要訂正箇所は浅川がやった部分ばかりなのは気づいている筈だ。それを文句言ってこないのは、そのこと以外の為に残されたということを自覚している証拠だと浅川は考えた。
浅川はゆっくり桂木の机の前まで歩み寄って、さっき守衛所から貰ってきた事務所の鍵を机にぽとりと置く。
「事務所の鍵を掛けてきてくれないか。」
これが浅川が思いついた最初の試金石だ。二人しか残っていない事務所で、内側から鍵を掛けるということは、それなりのことを覚悟しているという証拠になる。しかも自分から施錠するということは、それなりの意志があったということにもなる。後で無理やり監禁されたなどとはいえないようにしておく必要があった。
もし、(どういう意味か)と訊いてきたり、(そんなことは出来ない)と撥ね付けてきたら、慎重に、「もう、帰るので、施錠を君に頼んだだけだ。」と素知らぬ顔をして一旦は帰るつもりだった。
しかし、桂木は、少し躊躇した様子だったが、鍵を取り上げてすくっと立ち上がると、事務所の入り口の扉に向かった。
(ガチャリ)という冷たい音が、ひと気のなくなった事務所に響き渡った。
桂木が扉のほうから戻ってくる。浅川は事務所の中央付近の柱を背にして立って待った。こちらに歩いてくる桂木は毅然とした構えを装うようにしているが、内心ではびくついているのが浅川には見て取れる。桂木は、浅川の2mほど手前で立ち止まった。
「さあ、鍵は掛けてきたわ。私にどうしろって言うの。何をさせたいの。」
怒った風にぶっきらぼうな声で桂木は浅川に話し掛けた。いつもの高飛車な態度が桂木に戻りつつあるように感じて、浅川はちょっと態度を硬直させる。
「何をすればいいかは、自分で考えれば判る筈だ。」
浩子は顔を顰め、唇を噛んだ。
(悔しい。こんな小男に貶められるのなんて、我慢ならない。・・・でも、・・・でも、それをしなければ、・・・。)
屈辱感にさいなまれながら、浩子は浅川の前に跪く。
(二人っきりの、誰も入って来れない部屋で、男が何でも服従しなければならない女にさせたいこと・・・。)
浩子は目の前の浅川のズボンの股間に手を伸ばした。チャックを捉えた手が思わず震える。ファスナーを下ろし、震える手を中へ突っ込もうとするが、狭くて上手く行かない。今度は両手で、浅川の腰のベルトを緩める。前のホックを外してズボンを少し下げる。
浩子の目に浅川の格子縞のトランクスが目に入る。ここで手が止まって躊躇してしまう。が、もう後には引き戻れない。
浩子は意を決して、浅川のトランクスをズボンと共に引き下げた。
浩子は浅川の露わにされたペニスを目の当たりにして、しばし凍りついていた。だらしなく、だらんと下がった肉塊のそれは、浩子の想像とは大きく違っていて、醜悪そのものだった。(自分はこの男のこんな醜いモノに奉仕しなければならないのだ。)浩子は薄っすらとまなじりに涙を浮かべた。
口に含む為に顔を近づけると、ムッとすえたような臭いが浩子の鼻腔を突いた。突然、嘔吐感が襲ってきた。
「ううっ、出来ないっ・・・。嫌っ、駄目。・・・・、お願い、それだけは許してください。」
浅川の足元に崩れこむようにして蹲りながら、浩子は頭上の浅川に懇願した。
目の前の足元に泣き崩れる桂木浩子を目にして、浅川は呆然と立ちすくんでいた。(何をしてほしいか考えてみろ)と言ったのは自分だったが、まさか桂木が跪いてフェラチオをしようとしてくるとは考えてもいなかった。桂木のか細い手が、自分のトランクスを下げた時には、思わず生唾を呑み込んでしまった。
しかし、その後、桂木が自分の陰茎を目の当たりにして顔を背けたのは、ショックだった。しかし、その驚きは次第に憎しみへと変わっていった。
(この女は、俺のペニスを汚いものを見る目で避けようとしたのだ。)
怒りがむらむらとこみ上げてきたが、何故かペニスの怒張にはつながらなかった。
浅川は自分でトランクスを引き上げ、ズボンを穿きなおす。
「よくも、俺に恥をかかせてくれたな。許してで済むとでも思っているのか・・・。」
怒りを剥き出しにしながら、吐き出すように足元の桂木に言い、それでも収まらずに思わず、足を上げて、蹲る桂木の肩を蹴り飛ばす。
いきなり足蹴にされて、浩子はもんどりうって転がった。タイトなスカートの裾が割れて、白い太腿が剥き出しになる。一旦、裾を抑えて、下着が覗くのを防いだ浩子だったが、目の前で怒りを露わにしている浅川を見て、手を離し、浅川の前に両手をついて土下座の姿勢取った。
「どうか、それだけはお許しください。他は何でもします。」
(どうしても吐き気を抑えられないのです。)と言いそうになって、何とか喉元でその言葉を飲み込んだ。樫山のモノでも口に含んだことは無かったが、夢想の中ではフェラチオをする自分を想像してオナニーに耽ったことはあった。が、浅川の醜悪な、そのモノは身体中が拒否反応を示してしまうのだった。
「じゃあ、何だったら出来るっていうんだ。」
浩子は涙を滲ませた目で、浅川を見上げる。
「・・・・。」
すぐには言葉が出てこなかった。
浩子は唇を噛み締めて俯いてから、顔を伏せたまま言葉を口にした。
「お尻を打つことで許して貰えるなら、甘んじて受けます。」
「ほう、お尻か。」
尻を打つという浩子の言葉に、ペニスを見て顔を背けられたという侮辱への怒りが、むらむらと嗜虐心へと変わってゆくのを、浅川は感じていた。
「何を使って、打って欲しいんだ。」
浅川の「欲しい」という言葉には、あくまでも桂木本人が望んでしたことにしなければという警戒心が篭められていた。一方の自分から「打って欲しい」と言わされる浩子のほうは、自分に屈辱を与える為にわざとそうさせられていると思い込んでいた。
浩子は立ち上がると、手近の机の上から、無意識にセルロイドの定規を取り上げていた。
「その向こうに、もっと大きなのがあるだろう。」
浩子が手にしたのは、30cmの定規だったが、机の奥にはそれより一回り大きい50cmの定規が立てかけられていた。浩子は定規を大きなほうへ取り替え、浅川のほうへおそるおそる差し出した。
「じゃ、準備しろ。」
浅川の言葉に、浩子はうなだれながら、くるっと踵を返すと、スカートの中に手を入れてショーツとストッキングを膝まで下ろし、白い尻が剥き出しになるように、スカートを後ろからするっと捲り上げ、両手はスカートを抑えたまま目の前の机に頭を突っ伏した。
学校の教師が悪ふざけをした生徒を折檻するように、服の上から定規で打ち据えることを想像していた浅川は、浩子が何も言わないのに、裸の尻を出したことに驚いて、思わず生唾を飲み込んだ。白い尻の割れ目の間には、微かに陰毛が覗いて見えていた。
浅川の心に嗜虐心がどんどん膨らんでいく。
定規を振り上げる前に、それを一旦、そっと浩子の白い尻たぶに定規を当てた。次の一撃を予感させ、恐怖心を煽る為だ。浩子が当てられた冷たい定規の感触に、喉をごくりと鳴らすのが浅川にもわかった。
パシーン。
「あうううっ・・・。」
いきなり振り下ろした一撃が、浩子の白い膚を赤く腫れ上げさせた。
「ああ、許して・・・。」
「許してだと・・・。ふざけるな。もっと打ってくださいだろ。もっと打ってくださいと言ってみろっ。」
「ああ、・・・、も、もっと、・・・もっと打って・・・く、・・・ください。」
パシーン。
「ああああ・・・・。」
20発の尻打ちで漸く浅川は浩子への折檻の手を止めた。浅川の嗜虐欲は充たされたが、性欲には結びつかず、勃起には繋がらなかったのだ。
「これで全て済んだ訳じゃないからな。」
そう言い捨ておいて、下半身裸のまま、机の上に突っ伏して動けなくなっている浩子を残して、浅川は事務所を後にした。
一旦は自分から進んでフェラチオに及ぼうとしていて、自分の股間の一物を眺めた途端、醜いモノを見るように顔を背けた浩子に対する怒りはまだ収まってはいなかった。ズボンとトランクスを下ろして、口に含もうとしたところを見ると、フェラチオは初めてではないのかもしれないと思う。少なくとも大人のペニスを見るのが初めてのようには見えなかった。
それだけに、自分のモノを見た途端に顔を背けた浩子が許せなかった。何としても口の中にねじ込まなければ気が済まないように浅川には思えたのだ。浅川は浩子を調教しなければと真剣に考え始めていた。
(まだ、チャンスはたっぷりある。あいつが秘密を握られていると思い込んでいる間は、好き勝手なことを命令出来るのだ。もっと辱めて、虐めてやってからでも遅くはない。)
浅川は浩子を性の捌け口にする前に、まずは復讐の辱めを与えることから始めようと計画を立てていた。
浩子が浅川に宛てたメールの文章を思い返していた。
(・・・他人の前で・・・。・・・公開しないでいてくれるなら・・・)
どんな秘密を握られていると思っているのかは判らないのだが、他人に公表されることを極端に怖れているのは確かだった。
(ばらされてもいいのか。)
これが当面の殺し文句だと浅川は思う。その言葉を使って、あの女を自由自在に操るのだ、そう浅川は心に決心する。
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