inkitchen

アカシア夫人



 第一部 不自由な暮らし



 第十四章

 「奥さ~ん。頼まれたもの、配達に来ました。」
 二階のベランダで洗濯物を干していた貴子に、三河屋の青年、俊介が声を掛けた。
 「あ、三河屋さん。今、行きます。お勝手口にお願いっ。」
 明るくそう答えた貴子は、俊介がスカートの裾を覗き上げていたことに気づいていない。下着が覗いてはいないものの、裾からかなり奥までが露わになってしまっていた。

 「はい、今鍵開けますね。じゃ、このタタキへ置いてくださいな。」
 「失礼しますぅ。あ、奥さん。この間頼まれていたオレンジですが、こんなんでいいですかね。何せ、この辺じゃ、外国産の果物なんて注文する人、あんまし居ないんで。」
 下に置いた段ボールの中から、オレンジが山盛り入った紙袋を俊介が持ち上げて貴子に見せる。
 「あら、いい感じじゃない。大きさもちょうどいいぐらい。」
 貴子は袋ごと受け取ろうとする。
 「あ、重いですよ。」
 注意した俊介だったが、貴子もそんなに重いとは思っていなくて、受け取ってあまりの重さに袋が傾いてしまう。瞬間、中から数個が零れ落ちてしまう。
 「あ、いけないっ。」
 慌てて袋を下に置くと零れたオレンジを拾い集める。俊介もすぐさましゃがんで拾い集めるのを手伝う。最後の一個に貴子が手を伸ばした時、目の前で俊介がじっと見つめているのに気づく。しかし、その視線は貴子の顔にではなく、スカートの裾の奥にだった。
 はっとして慌てて、手で裾を押さえた貴子だったが、俊介のほうも貴子の慌てぶりに気づいて、急いで目を逸らす。
 ナプキンを当てていたので、染み出していないか気になったが、青年を前にしてすぐに確かめてみる訳にもゆかない。
 「じゃ、私はこれで。」
 帰ろうとする俊介に、貴子は躊躇いながら声を掛ける。
 「あ、三河屋さん。待って。」
 「はい、また何か注文でしょうか。」
 「うん、ちょっと・・・。ねえ、街のほうにだったら、護身用の道具とか売ってるかしらね。」
 突然訊かれて、俊介も戸惑ってしまう。
 「護身用?ですか。木刀とか、そういうものですかあ。」
 まさか、俊介も山荘の奥さんが木刀を護身用に使うとは思えなかったが、他に思いつかない。
 「スタンガンとか、ご存知ない?」
 「スタ・・・。何ですか、それっ。」
 「知らない・・・っかあ。」
 「ううん、ここいら、平和っすからね。こんな田舎じゃ、無いかもしんないすね。」
 「そうかあ。」
 「多分、茅野の街に行ってもないんじゃないですかね。やっぱ、東京へでも出ないと。」
 「いいわ、分かった。ご苦労さん。」
 「そんじゃ、また。毎度ありぃ。」
 明るく返事をかえすと、俊介は去ってゆく。
 勝手口の鍵をしっかり掛けてから、おもむろに貴子はスカートを前から捲り上げてみる。ショーツの先が、内側につけているナプキンのせいで膨らんで見える。洩れてはいないようだった。
 貴子はスカートを元に戻すと、さっきの格好を思い出しながら、今度は脚を揃えてしゃがんでみる。前からどれくらい見えてしまうのかを確かめる。角度によっては、裾の奥に逆三角形の形で白いものが覗いてみえてしまう。俊介の目線と表情からすると、パンティを覗かれてしまったのは確実そうだった。ただ、ナプキンを着けているかまではわからなかったかもしれない。
 (少し気をつけなくっちゃ。)
 貴子は自分に言い聞かせるのだった。

madam

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