アカシア夫人
第一部 不自由な暮らし
第六章
貴子はベッドの中で昨晩の夫とのセックスを思い返していた。夫とのというより、夫のセックスと言ったほうが正しいかもしれなかった。それはかなり一方的なものだった。縛られることで興奮していたのは、間違いなく夫のほうだった。自分も喘ぎ声を上げてしまったことは認識している。しかし、それは久々の夫の硬いモノへの渇望があったからで、縛られたからではないと貴子は思うのだった。縛られること自体は、嫌だと思った。特にそれが夫の和樹に自由を奪われてのことだと思うとおぞましくさえ感じた。それでいて、一方、縛られてするセックスには何時の間にか興味を覚えていたのだ。
貴子は目を瞑って想像する。両手を背中のほうへ廻して交差させる。
(ああ、縛って・・・。)
夢想の中で、貴子が恥ずかしい思いを口にするのは、夫の和樹に対してではなかった。
(ああ、貴方に縛られたい。縛られて、したいの・・・。)
貴子は下半身がまた疼いてくるのをどうにも止められないでいた。縛られているのを想像しながら尻から更に手を伸ばしてやっと届く会陰部まで指の先を触れてみる。そのクロッチの部分はじっとり濡れているのを発見するのだった。
その日は久々に夫が昼間、家に居る日だった。居間で寛いで新聞を読んでいる夫に、貴子はキッチンカウンタの反対側から皿を拭く手を休めずに、さり気なく訊いてみた。
「ねえ、貴方。転居通知をそろそろ出しておいたほうがよくないかしら。」
「ふん、そうだね。適当にやっといてよ。」
「それでね、住所を確認しようと、年賀葉書をみたんだけど、ここ2年、喪中が続いたでしょ。3年前のも探したんだけど、見当たらないのよ。」
「へえ、そうかい。」
貴子は3年前に久々に届いた写真付きの一枚の年賀葉書を思い返していた。和樹の嘗ての同僚からのものだった。入社当時からの知り合いからだった。和樹の同期入社の友人であると共に、貴子にとっても会社に入社した頃の知り合いでもある。和樹には気づかれないようにしているが、その当時、貴子が好きだった人だった。親しくはしていたが、親密になる前に和樹との結婚が決まってしまったのだった。今は和樹の勤めていた会社は出て別のところに勤めていると聞いたことがあった。久々に年賀状に載っていた写真で観た顔は、昔の面影がはっきり残っていて、貴子の胸をじんとさせた。
「ああ、三年前のだったらもう捨てたよ。」
和樹の返事はにべもないものだった。
(捨てられてしまったのだ・・・。)
貴子の胸の中に何か穴のようなものがぽっかり空いた気がした。
こっそり取っておこうかと思ったが、もし見つかって変に思われるといけないと思って、そのまま和樹宛の束のままにして置いておいたのだった。
「あら、そうだったの。じゃあ、昔の住所録でも探してみようかしらね。」
「ふん、そうだね。」
和樹はどうでもいいとばかりに紙面から目を離さないままだった。その日はその話はそれで終ってしまったのだった。
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