妄想小説
牝豚狩り
第七章 忍び寄る魔の手
その9
真緒は目隠しを解かれ、山の奥らしい中にある、だだっ広い広場のような場所に立たされていたのを知った。全体は緩い斜面になっていて、そこを幾つかの段を切って、平らな場所を作ってあるようだった。何かの建物が建てられていた跡地のようだった。
その広場のほぼ中央付近に高さ2mほどの樹があって、真緒はその樹の根元に結わえ付けられた5mほどの長さの縄のもう一方の端を足首に巻かれて繋がれていた。両手は後ろ手に手錠を掛けられている。監禁されている間もずっと手錠は掛けられたままだった。手首には赤い痣が出来てしまっている。
着せられているのは、真緒が拉致された日に来ていた稽古着と袴だった。監禁されていた間は、着ていたものは全て奪われ、全裸の上にバスローブのようなものを手錠を掛けられた上から羽織ることだけが許されていた。今朝方、突然身に着けさせられた稽古着と袴は、真緒のものには違いないと思われたが、何時の間にか洗濯されているようで、汗臭さはなかった。下着はつけさせてもらえず、裸の肌に直接袴を穿かされ、股間に食い込む袴のごわごわした衣擦れがむず痒ゆかったのを覚えている。それから何か刺激臭のあるものを染み込ませたハンカチで口を蔽われ、それ以降の記憶はなくなってしまった。
気づいた時には目隠しをされて、既に山の中にいたのだ。
真緒はゆっくり周りを見回す。広場のようになった場所には真緒を囲うように七人の男たちがいた。一人は見覚えのあるサングラスの男。真緒を拉致した男だった。監禁されていた間にも何度か様子を見にやってきたので、よく覚えている。後は見知らぬ者ばかりだ。
サングラスの男の傍には、大男と、妙にのっぽで細い男、小太りの背の低い男が居る。その横には、目無し帽を頭からすっぽり被っているので表情の見えない男が三人、それぞれ竹刀を手にして立っている。心なしか、目無し帽の穴から覗く目つきがぎらぎらしている気がする。
「それじゃ、最初に見本として、これから試技を行います。相手は、そうだな。ジャック、お前がやれ。クィーン。お前は牝豚の手錠を外してやれ。」
サングラスの男がてきぱきと指示をする。ジャックと呼ばれた小男は新しい竹刀を二本出してきた。クィーンと呼ばれたのっぽの細男は真緒の背後に廻ると乱暴に肩から押して、真緒に膝をつかせると、後ろ手の手錠の鍵を外す。真緒は足には何も履かされていなくて、裸足だった。
手錠が外され、久々に自由になった両手を前へ回す。肩の感覚がまだ鈍い。その真緒の目の前に一本の竹刀が投げてよこされた。
「試合は・・・、そうだな。あんまり時間を掛けてもお客さまたちに申し訳ないので、5分を制限にしよう。それまでに、片方が参りましたと言えばそれで終わりにしよう。いいな、ジャック。」
ジャックと呼ばれた小男は手にした竹刀を片手でビュンビュン振っている。
「おう、こんな小娘。任せておけっ。」
「おい、ジャック。あんまり見くびるなよ。痛い目にあっても知らんぜ。」
後ろからクィーンと呼ばれたのっぽが声を掛ける。
真緒は正面に立ったジャックという小男を睨みながら、目の前の竹刀を取った。久々に握る竹刀だった。普段の真緒は毎日の素振りを欠かしたことがない。
縄で足首を括られているので、動ける範囲は限られている。真緒は、縄に足を取られないように、繋がれている樹からあまり離れないように注意しながら、男に向かって竹刀を構えた。
竹刀の先を悪戯に小刻みに動かしてばかりいる小男は、真緒の目にもずぶの素人だとすぐに判る。真緒はしっかりと竹刀を構えて、自分からは打って出ないことにした。素人は打ち込んできた時に一番隙が出るものなのだ。
「おりゃああっ。」
小男が後ろに振りかぶった竹刀を思いっきり、真緒に向けて振り下ろしてきた。
パシーン。
軽く横へ避けた真緒がすかさず小男の腹へ向けて払い挙げた竹刀が、小気味良い音を山麓に響かせた。
「痛えっ。・・・、ち、畜生。」
痛みに逆上した小男は、真緒に向かって滅多打ちを仕掛けてくる。真緒は冷静に相手の動きを読みながら、右に左にと身体を交わし、相手の隙をみる。
「めーん。」
振り下ろした真緒の竹刀が、もう少しのところで小男の頭を逸れて、肩を一撃する。
「ううっ、く、くそっ。」
男はすぐさま反撃に出て、竹刀を横に振って真緒の足元を狙う。真緒はそれを身体をジャンプさせて逃げる。その時、真緒の足首の縄が絡んだ。
「あっ。」
倒れそうになり竹刀を地面について、何とか体勢を立て直そうとする。その後ろから小男が飛び掛ってきた。咄嗟に身を地面に転がして避けるとさっと立ち上がり再び小男のほうへぴたりと照準をあてるように竹刀を振り向ける。
「くそうっ・・・。」
小男はまだ一撃も真緒の身体に当てていないが、真緒からはもう三発も食らっていた。はあはあと肩で息をしているのは小男のほうだ。
まともに戦ったのでは勝てないと小男も悟り始めていた。竹刀を真緒に向けながらすすっと横へ廻ったかと思うと、真緒の足首と樹を繋いでいる縄のところまで走り込み、その縄を片手で取り上げた。
「あ、ひ、卑怯よ。」
足を掬われる恐怖に思わず叫んだ真緒だった。
真緒が心配した通り、男は縄をぐいっと引く。縄がぴんと張られ、真緒は体勢を崩しそうになる。しかし、縄を引いていては、片手しか使えない。小男は竹刀を一旦地面に置き、両手で縄を持って、真緒を引き倒す作戦に出た。
小男が縄に両手で渾身の力をかけようとした時、真緒は小男に向かって走り込んでいった。両手で縄を掴んでいたために頭部は無防備だった。そこへ力を振り絞った真緒の面が打ち下ろされた。
「あぎゅあああっ・・・。」
小男は脳震盪を起こして倒れ込んでいた。あっと言う間の出来事だった。
しいんと静まり返る中で、サングラスの男がゆっくり拍手する音だけが響いた。
「見事、見事。皆さん、ご覧になりましたか。小娘だと侮ると、こういう目に遭いますので、くれぐれもご用心ください。」
真緒は小ばかにされたようで、きっという目でサングラスの男を睨んだ。
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