女剣士

妄想小説

牝豚狩り



第七章 忍び寄る魔の手

  その8



 「おかあさん。今日の試合のことはもう聞いたと思います。でも、残念がってばかりも居られません。今日から、県の教育委員会主催の特別選抜強化合宿へ参加します。この強化合宿での最優秀選手が、全国大会への出場補欠枠に入ることが出来ます。
 おかあさんはきっと反対すると思うので、連絡先はあえて教えません。一週間たったら、きっと全国大会出場権を貰って帰ってきます。それでもし駄目ならすっぱりお母さんの言うとおり、受験勉強のほうへ打ち込むことにします。だから、この一週間だけは猶予をください。 真緒」

 携帯の留守電に入っていた娘からの長文メールにはそうしたためられていた。
 (言い出したら聞かない子だ。昔からそうだった。でも、初めて自分のほうから、それで駄目なら受験勉強へ打ち込むなどという言葉が聞かれた。うまくすればこれで踏ん切りがつくかもしれない・・・。)娘が言い出した受験という言葉につられて、安易にそう考えた母親は、簡単に信じ込んでしまっていた。

 真緒の携帯は念入りに調べられ、顧問の先生へ向けてもメールが発信されていた。

 「気持ちの整理をつけたいので、暫くは剣道部へは顔を出しません。気持ちの整理がついたら連絡をきっといれます。 真緒。」

 更には、友人と思われるアドレスに向けて、同じような文章がメールされていた。

 「暫くは誰とも逢いたくないの。気持ちが落ち着くまで一人にさせて。 真緒」

 文面は、メモリに残っていた過去の文面から慎重に作成されていた。いつもと変わらない言い回しや、書き方になるように工夫されていた。受け取った誰ひとりとして怪しむ者は無かったのだ。


 「貴方も、凄腕の女剣士との闘いに挑戦しませんか。相手は剣道七段の女子高生選手です。でもハンディキャップは付けますから、腕に自信がない方でも臨むことが出来ます。うまく美人女子高生を仕留められたあかつきには・・・」

池脇プロフィール

 今度の公募ビッドは、顔を隠さない実の写真を掲げていた。セミロングの髪を後ろで束ねてポニーテールにした格好は、いかにも女剣士という雰囲気を醸し出していた。切れ長の眉の凛々しさも、顔立ちの愛くるしさと相舞って、男心をそそるものがあった。遠くから望遠レンズのカメラで撮られたものらしく、顔にピントが合っている為に背景はぼやけてよくわからなくなっている。肩から下が少しだけ見えるが、稽古着らしきものを身に纏っている。

 もう一枚の写真は、うつ伏せに寝ている姿だった。顔が横を向いて床に伏せっていて、眠っている表情はあどけない。が、両手は背中で、荒縄で縛られているのがはっきり映っている。下半身を蔽っている袴は腰のところで締める帯が緩められ、だらしなくずり落ちそうになっていて、白い尻の半分だけがちらっと覗いている。少女剣士の横には竹刀が無雑作に置かれている。見る男たちの嗜虐癖をいかにもそそりそうな絵柄だった。

緊縛寝


 冴子は新たな被害者が男の手に堕ちてしまったことを知った。もう新しい狩りは時間の問題だった。サイトからリンクされている掲示板には次々と新しい獲物に関する書き込みが続いている。今回は特に、ターゲットにされている獲物の女の子の若さが注目の的だった。17歳、最終学年を間近に控えた高校二年生の筈だった。掲示板には、「処女」、「生娘」、「初体験」などの言葉が乱れ飛んでいる。
 (何とかしなければ、・・・。)焦る冴子だったが、手掛かりは全く無かった。捜査本部を立ち上げて貰う為にも、情報が不十分だった。今のままでは、架空の作り事の世界ではと言われてしまいかねない。事実、女性を陵辱することを妄想する妖しげなサイトも巷には溢れているのだ。

 冴子は再び栗原から場所特定の情報を得る為、静岡へ向かう為に立ち上がった。

 冴子は、自分のスポーツクーペの後部座席に国仲良子と栗原瞳を乗せて、静岡から丹沢の山奥へ向かっていた。栗原瞳に国仲良子を引き合わせたことは、成功だったようだ。同じ被害にあった仲間が居るということが、何らかの救いに繋がったのかもしれない。栗原のPTSDの症状は若干ではあるが、緩和したように見えた。また、それは国仲良子にとっても同じような効果をもたらしたようにも見えた。良子の心の中にも、何かに立ち向かおうという姿勢が見え始めたように冴子には感じられたのだ。

 国仲良子を伴って、栗原の元を訪れ、栗原から事前に聞きだした、狩りが行われた場所の雰囲気は、冴子の知っているそれとはかなり異なっている様だった。古びた廃校になっている学校らしき校舎、その古さには似つかわしくない後から建てられたらしき立派な体育館。そんなものは冴子の記憶にはなかった。一方の国仲良子の話のほうは、冴子の記憶と通じるものがあった。

 車は市街地から山の奥に入っていった。道路がどんどん細くなっていき、カーブも険しくなっていく。車一台がやっと登れる細い道をずっと上がっていくと、突然林道入り口を示す大きな鉄のゲートが現れる。一般車両は進入禁止になっているのだ。冴子は事前に地元の土木営林署から借り受けてきた鍵を手に、車を降りてゲートへ向かう。
 重い鉄の塊のゲートを押し開きながら、冴子は自分が目隠しをされて連行されてきた時、車が一旦停車し、暫くしてからそのまま再度スタートしたのを思い出していた。
 (あの時、連中もゲートの鍵を開けていたのだろう・・・。)
 車をゲート内にいれ、再び錠を掛けると、冴子は車を再スタートさせる。フルタイム方式の四輪駆動になっている冴子のスポーツクーペは、荒れた簡易舗装路面でもスリップすることなく、するすると斜面を登っていく。

 いくつかカーブを切ったところで、冴子の記憶にしっかり刻み込まれているトンネルに差し掛かった。あの事件以来、何度か調査にきてはいるが、何時来ても薄気味悪い場所だった。
 後ろの席の栗原と国仲のほうを振り返る。二人とも、記憶に無いことを示すように横に首を振っている。
 冴子はヘッドライトを上向きにして点灯させると、トンネルの中へ車を慎重に進めた。トンネルは車一台がやっと通り抜けられるだけの幅しかない。打ちっぱなしのコンクリートの壁面は古くなって岩肌のようになっている。

 トンネルを潜りぬけると、外は明るくはなったが、一層山深くなって、ひと気のない寂しい雰囲気が重苦しくのしかかるようだった。
 トンネルを出てすぐだった。後ろの国仲が声を挙げた。
 「ここ、なんとなく見た覚えがあります。」
 冴子は再び振り返って、良子の目を確認する。
 (やはり、国仲もここだったのだ。トンネルは目隠しをされたまま通過したのだろう。)
 冴子も連れて来られた時は、目隠しをされていて、トンネルを通過した記憶はない。しかし、ハンター達、首謀者の手下たちを格闘の末倒して、連絡を取るために山を降りた時初めて、このトンネルを見たのだった。

 車が峠をひとつ越えて、窪地へ降り立った時、良子ははっきり確信したようだった。冴子にも嫌な思い出の場所だった。首に縄を掛けられて、一晩立ちん坊にさせられた立ち木のある広場のような場所だった。
 良子をみると、同じ一本の樹を食い入るように見つめていた。
 (おそらく同じように、この樹に括り付けられ陵辱されたのだろう。)
 良子の身体がぶるぶる震えだした。横の栗原瞳が落ち着かせようと、良子の肩をそっと抱きしめる。
 「大丈夫?良子さん・・・。」
 良子は閉じた目尻に涙を溢れさせながらも、ゆっくり頷いた。

 「私には覚えのない場所だわ。」
 栗原は、辺りを何度も見回すように眺めていたが、記憶にはないようだった。
 「やはり、栗原さんの場所は違うようね。何箇所かあるのでしょう。」
 冴子は再び手掛かりの糸の先が途切れたのを感じていた。あの少女が連行されようとしているのは、まだ場所が特定できない栗原の連れてゆかれた学校のある場所か、それともまだこの三人の誰もが知らない、更に別の場所なのか・・・。冴子は軽いため息をついた。

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