栗原聴取

妄想小説

牝豚狩り



第七章 忍び寄る魔の手

  その4



 「あの記者は、スクープ週刊誌に私のことを載せた記者のようです。バリまで私を追いかけて取材に来たのです。それで、すぐにあの男に見つからないようにホテルをチェックアウトして日本に帰国したのです。私が襲われた夜に見かけたのが二回目です。でもその時は殴られて頭から血を流して倒れていました。でも、あの場所に偶然居合わせたなんて、あり得ないと思うので、私の後をずっと追っていたんじゃないかと思います。でもずっと追っていたってことは、逆に言えば、まだあまり事情を掴んでいなかったからじゃないでしょうか。」
 「貴方の推理も鋭いわね。・・・、そうね。その通りかもしれない。でも依然、危険な状況であることには変わりないわね。要は真犯人がどう思うかだから。・・・、ねえ、もしあの記者が、貴方に何か知っているような素振りを見せて近づいてきたら、すぐに知らせて。あの男も下手な出方をすれば、消されることになるのだから。」
 瞳はごくっと生唾を呑み込んだ。(そんな簡単に、消されるなんて言葉が使われるなんて・・・。)
 「ねえ、もう一つ教えて。あの週刊誌がスクープした写真。本当に貴方がキスをしているところ。」
 「あ、あれは、私も後で気づいたんですけれど、キスではありません。私の髪の毛に蜂が付いていると言われて、それを取ってくれた時に、偶然顔と顔が近づいて、それを後ろから撮ったせいで、キスをしているように見えたんじゃないかと思うんです。後で、ちゃんと潰した蜂も見せて貰いましたから。」
 「それは、最初から潰した蜂を手に隠し持っていたのじゃないかしら。貴方に顔を近づける為の口実に。」
 瞳ははっと思った。考えてもみないことだった。が、あの時はその時に潰された蜂だと思い込んでいて、よく見もしなかったのだ。
 「そう言われてみれば、あのリムジンに男の人が乗り込んできて、近づいてきた時はちょっと変かなとは思ったんです。でも、蜂が留まっているからって言われて・・・。」
 「待って。リムジンって言った?普通の車じゃなかったの。」
 明らかに、瞳は話してしまっていいかどうか迷っている様子だった。冴子は、ここで一気に攻勢を掛けることにした。(喋りたくないであろう部分には触れないことにすれば、いい。)

 「貴方はあの写真が撮られた、小牧空港から車に乗せられて、その途中で拉致された。そして、その後何かがあって、貴方は解放され、バリへ潜伏するように指示された。どう、ここまでは。拉致された以降のことは、今は聞かない。それより、どうやって拉致されたのか。それが知りたいの。」
 瞳は、男に拉致されたことは最早否定できないのを悟った。(あのおぞましいゲームのことさえ触れないで済むのなら・・・)そう思い始めていた。
 「あの時、空港の駐車場に案内されて、・・・新幹線は目立つので車にするって説明されたんです。それで当然のように、東京方面に移動して、皆と合流するのだと思いました。駐車場には大きなリムジンが停まっていました。真っ白な、アメリカ製のような外車でした。後ろのドアを開けてくれて、私が乗り込むと、一旦ドアを閉めようとして、急に何か思いついたように車の中に入ってきて、そして私の頭の後ろの髪に、蜂が留まっているっていったんです。じっとしてって言われて、私はその男がゆっくり近づいてきて、蜂を取ってくれるまで動かないでいました。そして、その後、男は潰した蜂を私に見せたんです。」
 その時に遠くから望遠レンズを通して撮られた写真は冴子も何度も繰り返し観ていた。車内を大写しにしている為、車そのものの輪郭は殆ど写っておらず、車種の特定などが出来なかった。が、白い大型のリムジンとなると、特定はしやすい。空港の防犯カメラに写っている可能性も高い。冴子は空港警備会社に連絡を取ろうと思った。
 「そして、男のほうが、運転席に乗り込んで、車がスタートしたんです。東京方面に向かう高速道路に入って暫くしてから、運転席の男が、助手席に置いてあったらしい、鳥篭のようなものを持っててくれと、手渡してきたんです。中にはぬいぐるみみたいな玩具の鳥が入っていて、変だなって思ったんです。でも、鳥篭の中に入っていたのは、その玩具の鳥だけじゃなくて、スプレー缶みたいなものも入っていたんです。そして、その口金のところに紐が付いていて、その紐の端を男が持っていて、引っ張ると、シューって音がしだして、そのスプレー缶みたいなものから白い煙が出てきたんです。慌てて止めようとしたんですが、鳥篭みたいなのは鍵が掛かっていて、中には手が入れられず、男に(どうしよう)って訊こうとしたら、運転席と後部座席の間にガラス戸がすうっと上がってきて、遮られてしまったんです。そしてだんだん息が苦しくなって・・・。」

 冴子は男が栗原瞳を拉致するやり方を聞いていて、やり方に手が込み過ぎているのを感じた。冴子自身が体験したあの身のこなしからすれば、幾ら運動選手とはいえ、格闘では素人の栗原を拉致するのなら、クロロフォルムを染み込ませたハンカチで口に押し付けて押さえ込むぐらいで出来る筈だ。
 (これは、何か別の意味がある筈だわ。何か・・・。そう、例えば、もっと難しい相手を確実に捕らえるやり方、その予行演習。もっと難しい相手・・・、誰だろう。例えば・・・)
 すぐに冴子は思い出した。内田由紀だ。警察官で、武道の選手。彼女ならそう簡単に抑え込んでクロロフォルムを嗅がせるのは難しいだろう。その時、冴子は、内田の時となんとなく色んなことが似ていることに気づいた。海外遠征の試合、その代表選手。空港への、あるいは空港からの送迎。高速道路。
 (もしかしたら、内田由紀の時も、まったく同じ手口が使われたのではないかしら。あの時は、海外遠征に出る時だった。内田の住まいは横浜市の瀬谷区。向かったのは、成田空港だろうから、使った高速は、横羽線から湾岸線か・・・。)
 そして、最後に内田が死体となって発見されたのが、横羽線沿線の海岸縁の倉庫だったことを思い出す。最初に拉致した場所に、最後に遺棄しにいく。犯罪ではよくあり得るパターンだ。
 冴子は、内田が住んでいた独身アパートの周辺にも、当日リムジンが来なかったか、聞きまわることも思いついた。
 
 冴子が、栗原瞳に拉致に至るまで様子を話させているうちに、瞳の顔色はみるみる悪くなっていっていた。リムジンに乗せられて、催眠ガスを嗅がさせたところまでに至って、瞳の身体はぶるぶる震えだし、言葉が止まってしまった。瞳はその先のことを思い出していたのだ。目を覚ました時の監禁されていた様子である。それは恐怖のうちに三人の男たちから終われ、その最終結果として一人の男から散々に陵辱を受けた時の記憶へと繋がっていった。冴子は瞳の表情の変化にすぐに気づいた。明らかにPTSDの症状だった。
 冴子は、聴取を一旦中止することにした。女将を呼んで様子を見させ、自分は暫く持ち場に戻るからと言って、瞳には携帯の連絡先だけ教えて、宿を後にすることにした。

 実はこの時、冴子は犯人本人を特定する手掛かりにあと一歩まで近づいていたことにこの時はまだ気づいていなかった。この時の聞き取りがもう少し長く継続出来ていれば、そのヒントを得られていたかもしれなかったのだ。それを知るのはもう少し後のことになる。

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