栗原聴取

妄想小説

牝豚狩り



第七章 忍び寄る魔の手

  その3



 冴子が栗原瞳を案内したのは、国仲良子の時と同じ、静岡の山奥にある老舗温泉宿だった。冴子は、瞳に命を狙われる危険があるのでと、説明して暫く身を隠せるようにすると言ったのだった。瞳は、陵辱を受けたり、辱めを受けることは予測していた。が、命を狙われると言う言葉は意外だった。(自分など殺して何の得があるのだろう。)瞳はそんな風に思っていた。
 (この人は、私を強姦魔から救おうというのではないのだ。いったい何をどこまで知っているのだろう。)瞳には何から何まで謎だった。

 冴子は今回も旅館の女将に、瞳の世話を頼み込んだ。女将は深くは訊かずに、それでもしなくてはならないことを即座に理解した。瞳の存在を秘密裏に隠し、身の安全を守るということだ。
 良子の時と同じように、露天風呂に一緒に入ってから部屋へ一緒に戻り、やっと瞳を真向かいに座らせると、話し始めた。

 「貴方のお話をおいおい聞いていかなければならないの。でも、その前にまず理解しなくちゃならないのは、貴方は命を狙われるっていうこと。貴方を犯そうと狙った男のことは、あまり心配しなくてもいいわ。」
 「え、どういう意味。もう心配しなくてもいいって。それ以外に私を狙う人間が居るというの。」
 「そうよ。貴方を犯そうと狙っていた男。多分、すぐに殺されて発見されるでしょうね。出来ればその前に確保したいけれど、今のところ手掛かりはないし、一般の警察も追っているから、うまくすれば捕まるかもしれないけれど。あまり見込みはないわね。」
 瞳は狐につままれたような気持ちだった。自分を一番狙っていそうな男は心配しなくてもいい。しかも、殺されるだろうというのだ。瞳にはすべてが信じられなかった。

 冴子は傍らのテレビをリモコンで付けた。そろそろニュースの時間だった。
 (うまく、警察が先に見つけるかしら・・・。)
 定時ニュースの時間になった。このところ続いている政治家の収賄事件を引き続き伝えていた。その時、画面の上にテロップが流れる。「埼京線十条駅付近で、人身事故が起きたため、電車は不通になっています。復旧の見込みは立っていません。」それが2回連続で流れた。
 ニュースキャスタは話を政治評論家に振って、コメントを求めていた。その時キャスターの背後が俄かに騒がしくなった。画面には勿論音は聞こえてこないが、表情などからざわめき立っているのが判る。
 「え、臨時ニュースが入りました。」
 キャスタは渡されたばかりの原稿を瞬時に下読みし、今度はカメラのほうをしっかり向いて喋り始めた。
 「え、ただ今入った連絡によりますと、先に元全日本女子バレーチームの選手だった、栗原、瞳さん。栗原、瞳さんを襲ったとされる犯人らしき男が、飛び込み自殺を図った模様です。繰り返します。・・・」
 冴子はすぐにリモコンで音量を上げる。瞳は茫然となって画面に釘付けになっている。
 「えー、埼京線の人身事故による電車不通は、この男のものによるもの。この男の飛び込み自殺によるものとの見方が強まっています。現在、赤坂署所轄の警察が本人を確認中とのことです。」
 瞳は冴子のほうを振り返り、じっと見た。さっき、(あの男は殺される)と言ったばかりだった。

 「多分、自殺ではないでしょう。まあ、自殺したくなる気分になっても仕方ないでしょうけれど。」
 冴子は平然と言い放つ。
 「あの男を殺した男は、遅かれ早かれ、今度は貴方を狙ってくるでしょう。」
 「え、でもどうして。あの、私を襲った男は、自殺を図ったんじゃないの。いま、テレビで飛び込み自殺って・・・。」
 「自殺にしては、手回しが良すぎるわ。まだ、あの事件から一晩でしょ。そんなに簡単には自殺なんて踏み切れないわよ。特にああいう悪いことを平気でやれる人間は。」
 (悪いこと・・・、何だろう。自分を襲ったこと?まさか、・・・あの、あの時の事件のことを・・・。)
 瞳の中でも色んな思いが駆け巡る。

 「貴方は、私のことで、何か知っていらっしゃることがおありなの・・・。」
 慎重に瞳は切り出してみた。自分の方から告白する気にはまだなれないでいたのだ。
 「貴方のことは、失踪の時から、いえ、正確には失踪の前から調べようとしていたの。でも見つけ出すことが出来ないうちに、貴方はバリへ発ってしまった。それで、慌てて貴方を探しだすよりも、少し気持ちが落ち着いてくるのを待つことにしたの。」
 「私がバリへ発ったって、どうしてご存知なの。・・・ああ、あのスクープ雑誌のせいね。」
 「いいえ。警察は貴方の出国記録を調べたの。それで、事件ではない、逃避行だということになって、失踪事件の捜査本部は解散になったの。私は逃避行とは思わなかったけれど。でもそれで暫くは身の安全は確保されると考えたわ。」
 「じゃあ、警察は、私がバリに潜伏しているって知っていたと・・・。」
 「そう。日本の警察を甘くみてはいけないわ。マスコミみたいに簡単に風評で、逃避行なんて考えたりしないし、確証もなしに捜査本部を解散したりしないものよ。でも、そんな警察でも真相はつかめないこともあるの。」
 「真相って・・・。」
 「貴方がどうしてバリへ潜伏したかっていうこと。ま、でも取あえずは身の危険はないと思ったので、私もバリまでは追い駆けなかったのだけれど。最初、貴方が襲われたという報せを耳にしたときは、嫌な予感がしただけだった。でも、貴方とあの暴漢を撮ったという写真を見せられて、私は確信したの。そして、あの男と貴方の命が狙われると。それで、慌てて貴方の身柄を確保に飛んできたという訳。」
 「まだ、私には何がなんだか・・・。写真を観たと仰ったけど。写真で何をみたの。私がどう写っていたの。」
 相手が女性なので、やっと聞くことが出来た質問だった。あの若い男の刑事には出来なかった質問だ。瞳はフラッシュが焚かれたときの自分の姿を想像していた。ブルマもショーツも下ろされて、将に犯されようとしていたのだ。
 「ユニフォームよ。バレーボール選手の。・・・しかも、そのユニフォームは全日本のでも、貴方の出身チームのでもなかった。」
 「あ、あの、ユニフォーム・・・。それ、それだけで・・・。」
 「そう。あなたは誰かに命令されて、あのユニフォームを纏ったのでしょ。そして夜の公園に呼び出された。あんな時間帯にあんな格好で居るのはよくよくの事情がある筈でしょ。そういう物を身に着けるように命令されて、呼び出されたとしか考えられないわ。貴方が自発的に着たのなら、貴方のチームのユニフォームでなければならない筈だし、そうでないとすれば、犯人が指定してきたものとしか考えられない。」
 「・・・・。」
 瞳は冴子がそこまで読んでいたことに、唖然として何も言えないでいた。自分が咄嗟にではあるが、ついた嘘はいとも簡単に見破られていたのだ。それもたった一枚の写真に偶然写っていたもので。瞳はもう言い逃れが出来ないのを悟り始めていた。
 「犯人が貴方を犯すのに、バレーボール選手の格好をさせたのは、私の推理を裏付ける意味はあったけど、そのこと自身はそれほど大事なことじゃないの。問題は、その写真が世間に発覚しかけたことなの。貴方を襲ったあの男は、顔をマスコミに公表されてしまった。あの男の顔を知っているある男は、それはとても拙いことと感じた筈。だって、自分に繋がる手掛かりが世間に知られてしまったということですものね。マスコミも警察もまだあの男が関係したイベントについては知らない筈。けれど、貴方を犯そうとして未遂には終わったけれど、警察がこれから取り調べるということになれば、秘密にしておかなければならないあることについて、警察の調べが迫る懼れが生じてくる。だから始末しなければならないということになる訳よ。」
 「それで、私も命を狙われる心配があると・・・。」
 「そう、写真は公開されていないけれど、貴方が襲われたということは報道されてしまった。貴方の口からある事件について語られるかもしれないという懼れが生じてしまった訳ね。貴方があの事件のことについて語りたくないかどうかは関係ないの。そういう懼れさえあれば、確実にあの男はそれに対しての手を打つ。そういう男よ。」
 冴子は、過去の自分の時のことごとく殺されてしまった関係者、そして死体で発見された内田由紀のことを思い出しながら瞳に話していた。
 「貴方は私のことについて、どこまでご存知なの。」
 瞳は全てを告白してしまうべきか、まだ迷いながら冴子に聞いてみた。冴子は瞳のことをじっと見つめる。
 (この娘は、まだ全幅の信頼を寄せて、全てを曝け出してしまう決心がついていない。)
 冴子は、瞳に全てを打ち明ける決心をさせる為には、国仲良子の力を借りる必要があるかもしれないと思い始めていた。
 「貴方のことに入る前に、確認したいことが一つあるの。貴方を助けた、・・・ということになっている記者。今、病院で手当てを受けているあの人だけど、あの人は何か知っているのかしら。もしそうだとすると、命を狙われる人間がもう一人増えることになるから・・・。」
 瞳は言っていいことといけないことを、じっくり仕分けするかのように考えてから答えた。

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