260バレー選手

妄想小説

牝豚狩り



第六章 栗原瞳の悲劇

  その8



 栗原瞳の出国が確認されて一週間が経った。捜査本部が解散となり、世間でも栗原瞳の話題では既にマスコミは関心を集められなくなって、ワイド番組に取り上げられることもなくなっていた。問題のサイトの掲示板のほうでも、名前は伏せられていたものの、女子バレーボール選手を追いまわす様が延々と語られ、陵辱の様が微細に渡って描写されていたが、それも失踪から三日目にぷつっと閉鎖されてしまった。

 掲示板に語られていた内容から、今度の会場は今までの山野にある林道だけではなく、古い学校の校舎跡が使われていたことが判っている。が、少子化、高齢化が進み、廃校になった地方の学校などは日本全国には山のようにあると言ってもいい。それだけの情報からは場所の特定は不可能だ。もう少し詳しい情報を得る必要があった。その為には本人を探し出し直接聞き出すしかない。しかし、栗原は海外へ出国してしまった。冴子はもう暫くはそっとしておいてやろうという気持ちになっていた。

 冴子はその間、もう一つ懸案になっていたことを調べていた。冴子が捕らえられている間、監禁されていた牢屋のような部屋のことだ。留置場のような檻が地下室のような場所に据えられていた。普通の家屋であのようなものを造るというのは並大抵のことではない。何か手掛かりがつかめる筈だと冴子は考えていた。

230檻

 人間を閉じ込められるだけの大きさの檻を入手するのはおそらく二つしかない。警察関係の留置所、刑務所などを専門に扱う業者と、動物園の営繕を扱う業者だ。前者はおそらくないだろうと踏んでいた。指定業者制になっており、監査なども厳しいのだ。
 動物園のほうは、意外に情報が少ない。幾つかの動物園の営繕係に直接電話であたってみたが、それぞれ自前で設計したものを特注で製造して貰っていることが多い。修繕も自前で溶接工を雇っていて、自分のところで直してしまうものだといっていた。
 「もし、人間が入れるくらいの大きさの檻を手に入れるとしたら、どういう方法が考えられますか。」という冴子の問いかけに返って来た返事は意外なものだった。
 「一番簡単なのは、廃園になったところから引き取るのじゃないかな。結構、あるんですよ。今の時代。動物園が潰れちゃうってケース。」
 大規模な遊園地のようなテーマパークがバブル期以降あちこちに作られたが、興行が思ったほど振るわず、潰れていったケースは幾らでもあるのは知っていた。が、動物園もその例外ではないというのだ。
 早速、全国動物園施設リストの中から、最近潰れて廃園になった場所を洗い出す。それらの元経営者などを当たっていて、漸く、動物園施設の解体専門業者を探り当てたのだった。

 加藤商事というその会社は、動物園の解体工事ではほぼ全国独占状態といってよかった。そんな工事はそうそう数がある訳でもなく、他にやり手も居ないのだろう。動物園が廃園になるとわかると、その解体工事を名乗り出て、請け負ってくる。業界内では口伝でつたわったり紹介しあったりもしている。

 中小企業と零細企業のちょうど間くらいの規模のその会社に冴子は訪ねていった。
 「取り壊した檻などは、再利用されることはないのですか。」
 「そりゃ、要るって相手があれば転売するさ。ああいったものは個別設計が多いから、新規で造るとなると結構大変だからね。他の動物園なんかから老朽化した檻の修繕なんかで引き取られるケースが多いかな。」
 「個人で引き取るなんてことも、あり得ますか。」
 「さあ、あんまり聞いたことがないけど、あるかもしれんなあ。」
 「取引の伝票、ありますよね。」

 冴子は暗い事務所の隅の机を借りて、過去の取引伝票を調べ始めた。時期は特定されている。国仲良子の事件から冴子の監禁事件までの六箇月の間だ。
 「あ、社長さん。このSHPCって会社へ檻一式って売り渡されてますよね。どういう会社ですか。」
 「SHPC・・・。はてな、そんな会社、あったっけな。どれどれ・・・。」
 「SHPC。何の略でしょうね。」
 「ああ、そうそう。こりゃ、なんかそういう電話があってね。うちが伊豆のサファリパークを解体工事を請け負った割とすぐにね。その話を聞きつけて、使える廃材があれば欲しいってんで、見に来て、引き取ってったんだよ。」
 「引き取った・・・。」
 「そう。普通はこっちから運搬もやるんだが、そこは、クレーン車を持ち込んで裏の廃材置き場から適当なの選んで持ってったんだ。確か、立川運送のトラックだったな。」

 冴子は立川運送の連絡先を聞き出すと、今度はそちらへ向かっていた。取引先で、他の動物園や廃材処理業者でないものは、そのSHPC社しかなかったのだ。時期もあっている。
 「S、H・・・どこかで聞いたような・・・。」
 その時、冴子ははっと思い当たったのだ。
 (Sow Hunting・・・。あのパスワードだ。牝豚狩り。すると、PとCは、・・・。Present Companyかしら。牝豚狩り提供会社。そんなところだろう。)

 立川運送でその日クレーン車を使っての運搬を依頼したのは、やはりSHPCという会社だった。運び先は伝票には現場指示とだけ記されていた。事務員によると、運んだ作業者しかわからないだろうという。運んだのはアルバイトの学生だった。

 その学生を探り当て、今度はそちらを当たる。

 「ああ、憶えてるよ。動物園の檻の柵だろ。結構重かったからな。三人掛りでやったんだ。持ち込み先?ああ、先方が指示してね。秩父の山奥のほうだったよ。廃材置き場みたいな何もない場所でね。こんなとこでどうするんですかって聞いたら、別の車が取りに来るって。こっちの車で一気に運んじゃえばいいのにって思ったんだけど。」

 首謀者は用意周到だった。足がつかないように、運搬も途中で人を替えているのだった。冴子はまたも手掛かりが途中でぷつんと糸が切れるように途絶えてしまったのを感じていた。


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