260バレー選手

妄想小説

牝豚狩り



第六章 栗原瞳の悲劇

  その3



 最早隠れている余裕は無かった。ただ、走るしかない。しかも今度は三人がまとめて追ってきていた。瞳は校舎を走り抜ける。グランドへ向かう昇降口へ出てしまった。背後には追ってくる男たちの足音が聞こえてきていた。瞳はグランドへ駆け下り、廃校への入り口になっている校門跡のほうへ走り出た。が、そこから外の道路を見て、絶望に陥った。そこは馬の背のようになった崖の上の道で、両側は切り立った崖になっており、その上を一本道が続いているだけだ。相当遠くまで行かなければ身を隠す木立もなかった。
 男が言っていた言葉を思い出していた。
 (廃校の外は見つけやすい一本道ですので、外へ逃げた場合は、皆様方には大変に有利となるでしょう。)
 瞳は廃校の外へ逃げても無駄だと瞬時に判断した。振り向くと、男達がグランドへの階段を駆け下りているところだった。瞳は再びすぐ傍にあった別の校舎側への石段を駆け上がった。
 男達は一旦グランドへ降りてから瞳が昇った石段をめがけて走り出していた。瞳は今度はコの字になった校舎の外側を走り抜けていた。どこかに隠れる場所を探していたが、どこもすぐに見つかりそうなところばかりだった。仕方なく校舎の建物の外側を伝って、再び体育館に向かった。瞳は走りながら、さっきの状況を頭に思い浮かべていた。いちかばちかの賭けを考えていたのだ。

 瞳が体育館に再び向かっているのは男達にも見えている筈だった。まっすぐさっき上がっていった照明小部屋のある運道具置き場の倉庫を目指した。扉を後ろ手に開けると中へ飛び込み、扉のすぐ傍にあった別の跳び箱の陰に身を隠す。回り込めば簡単に見つけられてしまう場所だった。

 じっとしてすぐに男達の足音が聞こえてきた。入ってきてすぐに、半開きになっている用具室の扉を見たらしく、三人共一目散に用具室へ飛び込んできた。我先に争って再び照明小部屋への梯子を昇ろうとし始めた。
 その一瞬を捉えて、瞳は跳び箱の陰から走り出て、用具室の扉を滑り出ると重たい鉄の扉を後ろ手に閉める。瞳が走り出たのはすぐに見つかってしまった。男達が今度は一斉に用具室の扉を目指す。が、扉に辿りつくのより、瞳が用具室の扉を外から閂を掛けてしまうのが一瞬早かった。
 「しまった。開けろ。」
 中からどんどん扉を叩く音がしていた。が、頑丈な鉄扉は、閂が掛けられてしまうとびくともしなかった。

 瞳はさっき、体育館へ向かって走りながら、照明小部屋へ通じている用具室には体育館側から掛けられる閂が付いていたのを思い出していたのだ。さっきそこから抜け出す時に、照明用小窓のすぐ傍の緞帳を引き落としてしまっているので、そこからは6mほど下まで飛び降りるしか抜け出る方法がない。男たちを上手く用具室におびき入れ、自分だけすり抜けて閂を掛けてしまえば、今度は追っ手を袋の鼠に出来ると走りながら思いついたのだった。

 向こう側からどんどん叩いている鉄の扉を背にして息を整えている瞳の耳に、ピストルの音が聞こえたのと、体育館のちょうど反対側にある入り口の大扉から瞳を連行してきた男たちがやってくるのが見えたのはほぼ同時だった。
 (逃げおおせた・・・。)
 ほっと安堵の息をつく瞳だったが、それで自分が救われるような実感はなかった。

 瞳を連行してきた男たちは手に何やら黒いものを束にして抱えていた。瞳のほうへじわりじわりと近づいてきていた。5mほどまで近寄ってきた時に、瞳は男達が抱えているのが、バレーボールのコートに張るネットであることに気づいた。いつも自分達が利用し、片付けもしているものなのですぐに判る。何故、男たちがそんなものを運んできたのかは、しかしすぐには思いつかなかった。
 男達は用具室のドアを背にした瞳を両側から囲うように少し離れて立ち、手にしていたネットを広げた。
 「ようし。せーの。」
 男の一人が合図をすると、二人してネットを瞳に向かって投げ掛けてきたのだった。重たい網のネットは、動物を捕獲する網と同じだった。上から被されると、じたばたするだけで身の動きを封じられてしまうのだ。
 瞳は網ごと、体育館の床に引き摺り倒されてしまった。男達が網の上に乗っかかり、瞳を身動き出来ないように抑えつける。
 「何をするの・・・。放してっ。嫌。」
 瞳の悲痛な叫びが空しく体育館の中に響いた。逃げおおせたと思ったのはつかの間のことだった。


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