260バレー選手

妄想小説

牝豚狩り



第六章 栗原瞳の悲劇

  その11



 「こちらに投宿されている、栗原瞳さんに伝言を渡してほしいのですが。」
 男は、フロントデスクのきちんとした佇まいのホテルマンに白い封筒を差し出した。ホテルマンはちらっと手元の宿泊者リストを確認する。
 「承知致しました。お預かりいたします。」
 男はくるっと向きを変えて立ち去ろうとする。それでホテルマンも振り向いて、後ろのキーボックスになっている棚のほうへ封筒を差し込もうとする。その瞬間を狙って男はそうっと気づかれないようにホテルマンの手の先を確認する。
 (2453室か。)
 宿泊客の泊まっている部屋番号など、尋ねても教えてはくれないことは判っていた。それで、ダミーの手紙を言付ける振りをしたのだった。封筒の中身は白紙しか入っていない。男は一旦ロビーの喫茶室にはいり、ホテルマンが交替して他の者と替わるのを待ってから、自分も部屋を取りチェックインをする。

 (ツー、ツー、ツー)
 瞳は、ベッドサイドのインターホンが鳴っているのに気づいて飛び起きた。時計を見ると深夜の2時だった。外から掛かってきた電話でないのは、呼び出し音が違うのですぐに判った。
 (こんな時間に何かしら・・・。)
 ベッドから起き上がり、寝巻きにしているガウンの胸元を掻き寄せるようにしながら、インターホンを取った。
 「栗原、・・・瞳さんだね・・・。」
 「誰っ、貴方・・・。」
 思わず瞳の表情がこわばる。
 「そこに居ることはちゃあんと判っているんだ。何もかもお見通しさ、お前のことはね。」
 電話はインターホンで、どこか別の部屋から掛けられているようだった。部屋と部屋の間は、部屋番号を回せば通じると案内に書いてあったのを思い出していた。
 「週刊誌記者に追われているんだろ。奴等も色々知りたがっているみたいだからな。」
 「あなた、誰なの・・・。」
 「おまえをよおく知ってるモンだよ。失踪中のことも。失踪前のことも。」
 受話器を握る手が、汗ばんでくる。
 「け、警察へ通報するわよ。」
 「ほう、そうかい。そりゃ、警察も喜ぶだろうよ。いろいろ知りたがっているからな、警察も。それなら、週刊誌のほうは、俺のほうで説明しておいてやろうか。どういう訳で失踪なんかしたのかも。」
 「ま、待って。・・・あ、あなた。何が狙いなの・・・。」
 声がうわずって、震えが止まらなくなった瞳だった。
 「ま、誰しも、知られたくない事ってのはあるもんだ。お前がおとなしく言う事をききゃあ、別に俺だって、べらべら人の秘密をばらしたりはするつもりもないんだ。」
 「わ、わたしに・・・、どう、しろって。どうしろと言うの。」
 「・・・・。なに、ちょっと楽しませて貰いたいだけさ。ずっと強請ろうなんて思っちゃいないから安心しな。」
 「楽しませる・・・。どういうこと。」
 「それはおいおい分かる。じゃ、まず服従する意思があるのか、確認する。最初の命令を出すぞ。今からかっきり5分後に全裸になって窓のカーテンの外側に立て。両手を背中に回して、真正面を外へ向けて立つんだ。もう一度電話が掛かってくるまでそのままの格好でずっと居るんだ。分かったか。」
 「そ、そんなこと・・・。出来ません。」
 最後のほうは、かぼそい声になってしまっていた。
 「5分経って、外から見えなかったら、そのまま雑誌社へ直行するからそのつもりでな。」
 (ガチャッ)という音がして突然電話は切れた。
 瞳はしばらく、呆然として立ちすくんでいた。

 瞳のホテルの部屋は都心の中心地にある高層ビルの24階にある。周りは幾つか同じくらいの高さのビルがあるが、殆どはオフィスビルだ。瞳がそっとカーテンの脇から外を覗いてみると、ダイヤモンドを散りばめたような夜景が広がっているのが見える。真正面に同じくらいの高さのビルがあるが、あかりは殆ど消えていた。
 瞳の部屋は、東京の夜景を売り物にしていることもあって、ベッドの向こう側は壁一面が窓になっている。今は分厚いカーテンが掛けられているが、開け放って夜景を楽しみながら寝るという客も少なくはない。
 部屋は24階なので、眼下の道路から覗かれる心配は殆どない。しかし、向かいのビルから見れば丸見えだろう。今は明かりがついていないところを見ると、殆ど人は居ないと思われたが、本当に誰もいないかどうかは分からない。
 (電話の男は、向かいのビルからこちらを覗いてくるのだろうか。)
 瞳は目を細めて、真正面にあるビルの様子を覗くが、明かりの消えたガラス張りのオフィスビルは、ガラスが鏡のようになって、ホテルの側のシルエットと、背景の夜景を映し出すだけで、人影はまったく見えなかった。
 男に指定された時間はあっと言う間にやってきてしまった。今は従うしかないのだと、瞳は覚悟を決めた。タオル時の分厚いガウンの下は、ショーツだけしか着けていない。そのショーツを尻のほうからくるりと剥くように膝まで下ろすと、片足ずつ引き抜いた。それからガウンを肌蹴けさせてカーテンの後ろで全裸になる。
 瞳は大きく深呼吸する。
 (もう逃げ場はないのだ。)
 瞳は全裸のままそっとカーテンの端から全面のガラス窓の前へゆっくり進み出た。窓の中央に立つと、男に言われた通り両手を背中へ回す。


310窓前晒し

 一旦、恥部も剥き出しにして裸を晒してガラス窓の前に立ってしまうと、度胸がついた。
 (あれだけの辱めを受けたのだ。この上、裸を晒したぐらい、どうでもいいではないか。)
 瞳は自分に言い聞かせるようにそう思うことにした。男は向かいのビルのどこからかこちらのほうを覗いているのかもしれない。そう思いながら、向かいのビルのあちこちを見るのだが、あかりは消えていてひっそりしているようだ。オフィスビルなら今頃は、誰もいない筈だ。
 (あんなビルなら管理人、警備員も居るはずだ。簡単に忍び込めるわけはないのだから、あのビルから覗いているなんて筈はないのかもしれない。)
 そう思うと少し安心できるような気がしてきた。
 (誰も見られない場所で裸を晒させて、いったい何になるというのだろう。)
 男からはなかなか電話は掛かってこない。瞳は随分長い間を裸のまま立たされていた。
 (さっきの電話は、ホテル内からの内線電話のようだった。あの声の主は、このホテルにやはり泊まっているのだろうか。だとしたら、向かいのビルに居るはずはないし、いったい・・・。)
 その時、ふと瞳の視野の中に、このホテルのロゴが逆さの文字で浮かんでいるのに気づいた。ビルの屋上にあるこのホテルの銘盤が照明に照らされて光っているのが、向かいのビルの窓に鏡のように映っているのだった。その時、やっと瞳は気づいたのだった。
 (男はこのホテルの部屋のどこかから、向かいのビルに映っているこちらのホテルの窓を見ているのだわ。)
 落ち着いてみてみると、ホテルの姿が向かいのビルにシルエットのように映っていたのだが、目をこらせば、窓の形までくっきり見えている。
 (双眼鏡のようなもので覗けば、窓の中もはっきり見えてしまうのでは・・・。)
 気がついてしまうと途端に裸を晒しているのが恥かしくなった。電話してきた男の他にも、このホテル側から自分の裸をずっと覗かれていたかもしれない。
 剥き出しの乳房と叢を丸出しにしている股間を手で隠したかった。しかし、男から手は背中に回すように命じられている。
 瞳は恥かしさに顔をあげられなくなる。
 (もう、許して・・・。)
 その時、漸くインターホンが鳴った。

 慌てて、カーテンの内側に入り、受話器を手に取る。
 「服従する気になったようだな。いい心掛けだ。それにしても、いくらビルの24階だとはいえ、全裸で窓の前に立つとは、いい度胸だな。いい眺めだったぜ。」
 「も、もう、許してください。」
 「ふふふ。まだ、始まったばかりだぜ。言うことを聞くようになったようだから、こっからが本番だ。全裸のまま、コートだけ羽織って、下のフロントへ行け。お前宛に荷物を預けてある。ロビーにあるトイレの中で開けてみるんだ。」
 「あ、・・・。」
 瞳が返答をする前に電話は切れていた。有無を言わさぬ命令口調なのだった。


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