260バレー選手

妄想小説

牝豚狩り



第六章 栗原瞳の悲劇

  その10



 瞳は自分でも驚くほどの機敏さで行動を起こした。部屋へ戻ると、コンシェルジュに電話して、日本への航空チケットを取って呉れるように指示し、フロントデスクにはチェックアウトの旨を告げる。
 (もう、そろそろここに居ても仕方ないと思っていたところなのだ。)
 瞳は自分自身にそう言い聞かせる。

 男は栗原瞳へのアプローチの仕方が唐突過ぎたかと反省していた。それで、もっとさりげなく話し掛けようと作戦を考えながら、瞳の姿を追って、ホテル内を探し回っていた。が、プールを無言で立ち去られてしまって以来、ぷっつりと姿が見えなくなってしまったので、フロントへ行って栗原の部屋を聞き出そうとして、栗原が既にチェックアウトしてしまったことを知った。
 (しまった。逃げられたか。)
 慌てて、ホテルの外に待機しているタクシーをつかまえ、空港へと走らせる。

 松田がバリ空港のチェックインカウンタで、クリハラ・ヒトミの搭乗予定はないかと尋ねた時には、瞳を載せた成田行き日航便は飛び立った直後だった。
 松田はすぐ様、雑誌社へ国際電話をかける。
 「やられた。逃げられてしまった。・・・。ああ、そっちで頼む。・・・・。そう、成田着19時45分日航197便だ。間違いない。絶対カメラに収めろよ。・・・」

 栗原瞳の写真が再び写真週刊誌「ザ・スキャンダル」の紙面を飾ったのは、二日後のことだった。見出しには、「全日バレーのアイドル、バリでの熱愛の逃避行。そして破局による帰国」となっていた。使われた写真は成田到着ゲートからロビーに出る瞬間を望遠レンズで捉えたもの。サングラスをしてキャップを被っているが、栗原瞳だと思ってみると、間違いなく本人に思われてくる一枚だった。添えられた文章には、栗原が遠征帰りの便から恋人と連れ立って姿をくらまし、バリ島のリゾートホテルでお忍びのバカンスを楽しんでいたと書かれている。バリ滞在中に、恋人の浮気が発覚し、それがもとで突然の破局を迎え、栗原瞳独りで傷心の帰国と、見てきたような嘘が綴られていた。
 添えられていたもう一枚の写真は、どこかのホテルで撮られたものらしく、フロントデスクを前に何やら書き込みをしているところを斜め後ろから隠し撮りされたものだった。後ろ向きに近い横顔だが、サングラスを額にあげているので、空港での写真よりは本人らしい表情がありありと見て取れる。

 瞳がそのスクープを知ったのは、ホテルの部屋で夕方のニュースを見ている時だった。
 「えーっと、次のニュースですが、ひと月前に失踪したことで話題を呼んだ元全日本女子バレーボールチーム選手の栗原瞳さんですが、失踪中、バリ島へ渡っていたこと、そして先ごろ帰国していたことが判りました。報じられたのは、スキャンダル記事で有名な週刊誌・・・・。」
 突然報じられたテレビのニュースは、発売されたばかりの写真週刊誌が取り上げた記事を紹介したものだった。
 帰国した瞳は、とりあえず都心の高級シテイホテルに投宿した。監督の元へ謝罪に行こうか、郷里の親元へまずは帰ろうかまだ迷っていて、少し様子を見ることにしようと考えたのだった。マスコミに追い回されるのではないかという懸念もあったので、失踪中の自分のことがどのように報じられていたのかを見極めてから世間へ出ようと思っていたのだ。
 帰国した際の写真が週刊誌にスクープされ、テレビのニュースにまで取り上げられてしまったとなると、当分はおおっぴらに外は歩けないだろうと思われた。格式のある大きなホテルなので、客室までマスコミに踏み込まれることはないと思われたが、迂闊にロビーなどには降りてゆけない。瞳は、当分はルームサービスで凌がねばならないと覚悟を決めていた。


  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る