260バレー選手

妄想小説

牝豚狩り



第六章 栗原瞳の悲劇

  その7



 何の手掛かりも掴めないことで苛立ちを覚えていた冴子の下に、柳本監督へ宛てた栗原瞳の手紙のことと、栗原瞳本人の出国手続きが行われた確認通知の報せが届いたのは、栗原瞳失踪事件の捜査本部が解散になるという報せと同時にであった。
 失踪直後は、冴子の思いとは関係なく、事件性を窺う声もあって、捜査本部が設けられていた。何より、空港から姿を消した方法が当初は掴めなかったこともあって、誘拐、拉致の線も捨てきれなかったのだ。しかし、あの日、後になって成田とは別の国際空港で入国手続きがあったことが判明し、その直後に撮影したと見られる空港での接吻シーンらしき写真の報道があると、事件性はかなり低いと見る向きが警察捜査本部内でも強くなった。それを決定的にしたのが、柳本監督へ宛てた栗原瞳の書簡と、関西国際空港から再度出国したという確認なのだった。
 栗原瞳の書簡は、文面は全てワープロのものであったが、本人のものと確認された筆跡の署名があった。誰かに脅されて署名させられるということはあり得ないことではないという意見も出たが、二度に渡って、誰かに強いられて出入国審査を受けて通るということは考えられないことだった。そのことが、本人の意思による失踪であると決定付けるものとなったのだった。

 この報せは、当初冴子を落胆させるものだった。が、これで却って自分自身の捜査が自由にやり易くなったのだと思い返すことにした冴子でもあった。

 捜査本部解散時の捜査陣の考えとは正反対に、冴子は発覚した様々な事実から、栗原瞳が自分や国仲良子、更には内田由紀などと同様に、拉致・監禁された後、ハンティングゲームの獲物として駆り出されたことへの確信を深めていた。

 証拠は何ひとつなく、状況証拠あるいは単なる推理の域を出ていない。冴子がやっとのことで掴んだ問題サイトの公募ビッドの記録や、掲示板でのやり取りも、物的証拠ではあったが、現実のことであるという証拠にはならない。栗原瞳本人による失踪事件から連想して、架空の事件を空想して物語としたものではないかと言われてしまえば、反論のしようがない。公募ビッドにしても、その相手が栗原瞳を匂わせるだけで、本人であるという確証のもとではないし、実際にそれが行われたビッドであるかどうかも確かめようがないのだ。

 しかし、冴子にとっては、そのことは証拠として使えるかどうかは今はどうでも良かった。現段階の捜査としては動かぬ証拠を掴むことより、犯人へ繋がる手掛かりを掴むことのほうが大事だった。その意味では、本当に栗原瞳が事件に関係していたかどうかという情報のほうが大事だった。
 何より冴子の推理を確信付けたのは、小牧空港で撮られたとされるスクープ写真である。週刊誌関係者によって撮られたものだとすると、その後の足取りや場所、時間帯などの情報が無さ過ぎる。週刊誌にとってみて、これらのことを小出しにしても、話題にすることは週刊誌にとっても、部数を伸ばすいい機会の筈だ。しかし、「詳しくは次号にご期待。」の文字を裏切って、その次の号でもその後でも、週刊誌編集者側には、新たな情報がなく、記事としてまとめられなかった様子である。このことは、雑誌社に送られた写真は、第三者によって投稿されたものとしか考えられなく、送り手があの写真に関する情報を更には提供していないのだとすると、犯人もしくはその仲間によって投稿されたとしか思えないのだ。

 たまたま偶然、空港の駐車場にいた善意の第三者によって撮影された写真とするには、あまりに鮮明すぎた。かなり高性能の望遠レンズを使っており、三脚等で固定されていた可能性も高い。すなわち、準備されていた撮影である可能性が限りなく高いのだ。捜査本部もそれぐらいの解析は出来る筈なのだが、そこから先のことは、雑誌社が情報入手元を明らかにしない限り、解明できない。元々雑誌社が栗原瞳の恋愛痴情問題をかぎつけており、関係者を追っていたとすると、小牧空港に前もってカメラマンを張らせていたとしてもおかしくはないからだ。
 雑誌社は間違いなく「情報は、自社独自のルートを通じて得たもの。どういう情報元から得たものかは明かすことは出来ない。」と警察を突っぱねるに違いなかった。

 栗原瞳の出国記録は、本人の生存を意味する。どんな精神的ダメージを受けたかは良子の例からみても想像に難くないが、何らかの証言を後に得られる可能性は高いと考えられ、それだけでも冴子にとっては朗報だった。

 出国記録から栗原の渡航先を割り出し、跡を追うことは出来ない訳ではなかったが、そこまでして得るものが大きいかどうかは判らない。それよりも、犯人はまだ日本国内に居て、いつ又、別の企てをしないとも限らないのだ。被害者を追うよりも、犯罪人を追うほうが今は重要だと冴子は思っていた。


 公募ビッドやそれに関わる書き込みの掲示板を出していたサイトは、栗原瞳が失踪した数日後に削除されたようで、ウェブ上から消えてなくなっていた。今度、これを扱うサイトに関する情報が出されるのは、次の月末の振込み指定日の直後ということになる。それまでは、折角入手した医師のメールアドレスも役には立たないのだった。


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