妄想小説
牝豚狩り
第三章 三箇月前
その6
その首謀者が淡々と客と呼ばれた屈強そうな男達にゲームの要領とルールを教えているのを傍で聞きながら、由紀は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。これから獲物の牝豚役をやらされるという自分の立場が現実のものとは思えなかった。
客と呼ばれた男たちは三人いて、いずれもこの手のゲームには慣れているようだった。男等はそれぞれあだ名なのか、本当なのか由紀には図りかねたが、「社長」、「お医者さん」、「先生」と呼ばれていた。いずれも目無し帽で顔を隠しているので表情は見て取れない。が、雰囲気は皆残忍そうに感じられた。
最後に小男が近寄ってきて、首輪から鎖を外し、「行け」という合図であるかのように、由紀の尻をスカートの上から力いっぱい革ベルトの鞭でしたたかに打った。両手を丸太に固定されて避けることも叶わなかった。痛みに顔をしかめる余裕もなく、重たい丸太を背負ったまま由紀は走り出していた。由紀にはまだこの牝豚狩りゲームの全容ははっきりとは理解できていなかった。が、今はただ逃げるしかないのだとだけは感じて、ただひたすらに走っていくのだった。
峠をひとつ越えたところで背後にピストルの合図の音を聞いて、由紀の脳裏に陵辱される自分の姿が走り、恐怖が更に由紀の脚を速めさせた。やがて山の中の林道は分かれ道に差し掛かる。一瞬のうちに迷うより先へ進んだほうがいいと判断し、少しでも楽そうな下り坂の道を選んだ。が、その道もすぐに再び登り坂へ繋がっていた。四つ目の分かれ道を過ぎる辺りから、方向感覚が失われつつあるのを感じた。道は微妙に弧を描いていて、ぐるぐる回っているような気がしていた。事実、最初のうちは前方に見えた太陽が、つい先ほどまでは後方にあり、そして今また再び前方に見えている。山の中を迷路のようにぐるぐる巡っている道なのだろうと見当をつけるのにそう長くはかからなかった。そして、足を止めると息が整うのを待った。
(ただ、闇雲に走って逃げていても体力を消耗するだけだわ。この道の感じからすると、進み続けると、最初のところへ戻ってしまう可能性は高い。だとすれば三人居る追っ手がばらばらになっているうちに待ち受けて戦うしかないのだわ。)
長年の格闘家としての本能が、瞬時に由紀にそう判断させた。
由紀は林道から少し外れて藪の裏側に回りこみ、膝を屈めて身を隠し、自分の姿を改めて点検する。両腕は背中の首筋に背負わされている丸太にしっかり縄で縛り付けられている。掴みかかられて倒されてしまったら、もうどうにも抵抗しようがない。足が自由なうちに動き回って丸太ごと相手に向けて振り回して攻撃するしか手はないのだ。しかし、丸太はかなり重たい。俊敏な動きが出来るかどうか自信が無かった。
そして、由紀は藪の陰に隠れながら、ハンターと称している男たちが現れた時にどう対処したものか、考えていた。実際に、由紀が受けたことは主催者という男達に手足を拘束されたことだけで、ハンターという男等からは具体的な危害を受けた訳ではない。由紀を監禁、略取した男とも直接的な関係はないらしい。しかし、状況からして何も抵抗出来ない格好のままハンターたちの攻撃を受ければ、どこまで陵辱されるか想像に難くない。その危害は殺戮にまで及ばない保証もないのだ。
由紀が唯一助かる道は、相手が油断して気づかないでいるうちに先制攻撃を仕掛けることしか無いだろうと思われた。自分を犯そうとするかどうか確かめてからでは、遅いのは間違いなかった。(正当防衛として認められるだろうか・・・。)
由紀がまだ逡巡しているうちに、最初のハンターが由紀の視界に現れた。ライフルの形になったエアガンを両手に抱えている。殺傷能力は低いものの、皮膚に撃ち当てたれたら衝撃によるダメージは大きい。足首にでも当てられたら、走って逃げることも叶わなくなってしまう畏れもある。
男はどこかに獲物が潜んでいないか、辺りを窺うようにしながら、ゆっくりと歩を進めていた。由紀には背中で両手を括りつけている丸太が目立ち易いので、頭を地面に付けるようにして身を屈めて丸太と広げた両手を隠していなければならなかった。それでも見つかった時にすぐに走り出せるように、腰は立てておかねばならない。無様なしゃがみ方だった。
男の足音と気配ですぐ近くを通り過ぎたのを感じ取る。由紀は男がまだ遠く離れてしまわないがこちらには背を向けているタイミングを見計らっていた。目で見ながら確認することは出来ない。
(今だわ。)
音を立てないように、すっと立ち上がると、男の居る方をめがけて走り寄る。思った通り、男は背を向けている。由紀は括りつけられた丸太ごと身体を回転させて勢いをつける。
後頭部を狙って一撃で倒すことも考えたが、殺傷してしまうことを畏れて、利き腕らしき右の手の甲を狙った。男が気配を感じて振り向こうとしていた時、由紀の手の先の丸太の端が男の右手に振り落とされた。
「うぎゃあっ・・・。」
男は堪らず悲鳴をあげて、手にしていたエアガンを取り落としていた。爪が割れて血が滴り落ちていた。由紀は次の攻撃をどうしたものか一瞬ためらってしまった。男は倒れこむような素振りを見せたが、それは由紀の足を掬おうとする動作だった。由紀は咄嗟のことにバランスを崩し、背負った丸太ごと、後ろへ尻餅をついてしまう。スカートの奥の下着は丸見えになる。が、そんなことを構っていられる状況ではない。
(早く立ち上がらなければ、・・・)
脚を折って、体勢を立て直そうとしている由紀の足首を男の手ががっしりと掴んだ。
「よし掴まえたぞ。」
利き手はさっきの一撃で力が入らないものと見えて、左手で必死に由紀の足首を捩じ上げようとしている。
(身体を抑えこまれてしまったら、もうお終いだ。)
由紀は咄嗟に判断した。自由なほうの脚で男の頭を思いっきり蹴飛ばした。男が身体ごと吹っ飛んだ隙に、素早く由紀は立ち上がり、男めがけて、再度両腕ごと丸太を振り回した。丸太の先が今度は男の後頭部を一撃した。男はうめき声を上げることも出来ずに、倒れこんだ。
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