妄想小説
牝豚狩り
第三章 三箇月前
その１
「Sow」とは、成熟した雌の豚を意味する。「Sow-Hunting」とは勿論比喩で、性的魅力度の高い成人女子を手足の一部を拘束したまま野に放って追いかけ、捕らえて陵辱するゲームなのである。このゲームは、社会の水面下で極秘裏に登録された特別会員を擁する秘密組織によって運営されている。
このゲームの愛好家は、一般的にはサディストという言葉で一括りに総称されている嗜虐癖のある異常性欲家の中でも特に偏ったある特殊な人間に限られる。そしてそういった愛好家は世の中の水面下に確実に存在するのだ。
これら愛好家のターゲットは、このハンティングの回数を重ねるに従って醸成され、進化してゆく。最初はいたいけな、か弱い少女に始まって、次第にそれには飽き足らなくなり、もっと抵抗心の強い、ハンターには手応えのある獲物を狙いたくなる傾向にあるのだ。それは、この特殊なゲームを主催する秘密組織にとっては、収入をより高いものにしてゆく重要な要素でもあった。
手応えのある獲物として、最も人気の高かった職種は現職の婦人警察官だった。その最初のターゲットとなった女性巡査、国仲良子は、ハンターを募る会員たちへの競売公募、ビッドにおいて過去最高の競り落とし価格を更新した。
良子を捕らえ、陵辱の限りを尽くしてから主催者側に獲物を返したハンターがこの上ない満足のもとに、再度、この狩りに恋焦がれたのは勿論のこと、ほんのちょっとの油断の為に獲物を捕らえ損ね、反対に獲物から手酷い反撃を食らった失敗者たちもリベンジに燃えていたし、何よりもそのビッドで競り落とし損ねた残りの会員たちからも再び、現職の婦人警察官の登場を要望する声は日増しに高くなっていた。
その要請に応える為に用意された次なる生贄の犠牲者は、数ある女性警察官の中でも屈指の武道の腕前を持つ内田由紀巡査だったのだ。
女性警察官、国仲良子を獲物に起用した前回のハンティング会はその感想記も含めて会員間には絶賛の大好評であった。更に監禁を続けての再興行でもかなりの集客と高ビッドが見込めたのだが、あまりに長きに渡る失踪事件となると、警察の目が厳しくなり組織や興行の発覚を招きかねないので出来ないことだった。獲物獲得者にその日限りの陵辱を尽くさせて、地方のモーテルで解放させた。既に結婚を予定しているらしい婚約者が居るという情報があったことも、自由に解放させても事件として発覚しないことを予感させていたこともある。実際、その後、この監禁、狩猟事件はマスコミのどこにも報道されていない。
首謀者が良子の解放に踏み切ったのには、良子自身の力量に見切りをつけたということもあった。確かにある程度の合気道の腕はあったが、素人の初心者程度でしか楽しめない。中級クラスのハンターならあっと言う間に捕まえてしまえるだろう。手錠の拘束など一切無に、山に放つという手もあるが、全く自由の身を追うというのは、嗜虐性を甚だ削ぐことになりかねない。それに幾ら武道の腕が貧弱とはいっても、全くの自由の身というのは、逃亡の危険度合いが全く違う。良子は長くは使えないと最初から見切りをつけられていたのだ。
だからこそ、次の餌食となる獲物は、それなりの腕がなければならないと男は考えていた。その為に、密かに忍び込んだのは、ネット上の案内で見つけた警察官による全国武道競技会だった。競技に参加できるのは、様々な武道の訓練を受けている現職の警察官に限られていたのだが、試合そのものは公開されていた。応援に駆けつける家族や友人などは、一般人が殆どだからなのだろう。試合会場に忍び込むのは訳なかった。見学者に監視の目が光っていることもなかったのは、不審者がわざわざ警察官ばかりが集まる場所へのこのこと現れる筈もないと思われていたからだ。
横浜体育館で行われた地区予選の大会の頃から、一人の警察官に目星がつけられていた。いわば男から見込まれていたのだ。それが由紀だった。由紀は空手女子の部の優勝候補であった。技の切れのよさは勿論のことだが、候補となった一番の理由は、よく締まった見事なプロポーションと、男の目を惹く美貌だった。嗜虐癖のある客のハンター達の心をそそらせるには、ある程度の武道の力量は勿論だが、何と言っても重要なのは、器量のよさである。ネット上に紹介写真を載せた時の反響や、ビッドの高さは、なによりも獲物の顔立ちが大きく物を言うのは毎度のことだった。
由紀の顔立ちの良さは、普通の美女のようにただ目鼻立ちが整っているというだけではなかった。そこはかとなく漂う凛々しさと、敵に向かう時の、不撓不屈の精神力の強さを思わせるきりっとした目つきの鋭さが、首謀者が抱える特殊な性癖をもった愛好家たちを何よりも魅了するものであることと、男は確信していたのだ。
日本武道館で行われた最終決勝戦は、アジア圏での日本代表の最終選考会になっていた。優勝者はタイで行われる予定のアジア選手権大会への出場が約束されるのだった。その辺の事情は競技会開催案内のサイトに詳細に紹介されていた。
男は、由紀が最終決勝戦に勝ち残るであろうことを確信しながら、それを利用しての次なるイベントの開催を計画し始めていた。
武道館の末端の観客席でオペラグラスを使いながら、一般客の中に紛れて由紀の間違いない闘いっぷりを確認すると、試合終了の拍手が鳴り止まない中でひとりすくっと立ち上がり、選手控えロビーのほうへ向かった。
警察官の間の武道の大会は、全国大会といっても現職警察官の中だけのことであり、一般のスポーツ競技とは違ってかなりマイナーな世界の催しである。従って報道陣の取材なども地方誌や地方局が、ニュースがない場合に流す埋め込みニュースとして控えに用意する程度のチョイネタであり、警察関係者やその友知人程度にしか顧みられない注目度の薄いイベントである。それが男の狙い目でもあった。
選手控え室へ続くロビーの片隅で、新聞を広げる振りをしながら待つ男の傍を由紀と同僚の選手たちが地方紙の記者の問いに答えながら通り過ぎたのはその少し後だった。
「アジア大会へは何時いらっしゃるのですか。」
「来週の金曜です。警察官の大会って、ユニバーシアードとかオリンピックとか違って、選手団でもないし、監督も居ないし、スタッフ業務も全部自分でこなさなければならないんで大変なんです。その意味では、大学の時の大会のほうが、いろいろな面で楽でしたね。行政のほうも、警察のスポーツ行事の意義にもっと目を向けて、いろいろ支援してくれると助かるんです。是非、その辺も記事に載せて頂けると・・・。」
由紀は、自分が同僚達の為に地方記者に向けて熱弁を奮っているのを、傍聴されているとは夢にも思わないのだった。
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