080出口の遠いトンネル

妄想小説

牝豚狩り



第三章 三箇月前

  その11


 由紀は既に決意していた。もはや策を労しても仕方がないと思っていた。もう一度男と対峙し、空手で相手を倒すしかないと考えていた。スタンガンを使われる畏れもあったが、初めからそれを注意して組み付けば、それを操作する隙を与えることはない筈だと思った。
 由紀は、意を決すると、男の姿を探して山道を戻っていった。もはや急ぐ必要もなかった。じっくり相手を見据えて戦うのみだ。
 由紀が予想した通り、男は最初の広場に佇んでいた。もう一人の男に狩りを任せて、自分は休んでいるという雰囲気だった。おそらく、男はもう一人のハンターが獲物を捕らえて陵辱していることだろうと思い込んでいるに違いなかった。由紀が体力の限界の状態で、後ろ手に拘束されたまま、復讐心に燃える男の前に差し出されたのだ。逃げおおせることも、逆に相手を倒して捕縛するなど奇跡的なことの筈だった。
 男の姿を峠の上で認めると、今度は男に向かってゆっくり歩いて坂を降りていった。坂の途中で男は由紀が近づいてくるのに気づいたようだった。男にも由紀が再度の決闘の決着をつけに来たのは雰囲気で感じられたようだった。男のほうも、もはや何か武器を手にしてみても無駄だと悟ったようだ。20mほどの距離まで近づくと男も手にしていた煙草を投げ捨て立ち上がった。

 今度は不意討ちもない代わりに、何のハンディキャップもない。素手と素手の闘いだった。立って身構える由紀の下半身は素っ裸だ。股間の陰毛が丸見えになっている。しかし、男もそんなことはどうでもよかった。一瞬の隙が命取りになるのだ。

 相対峙している二人は、由紀が降りてきたのと反対側の丘の上からサングラスを掛けた男が値踏みするように二人の闘いを見つめていることに気づいていなかった。最初に由紀を拉致し監禁した、首謀者の男だった。

 勝負はあっけなかった。多少の空手の心得はあるとはいえ、婦人警察官全日本選手権の優勝者を倒す腕までは望むべくもなかった。最初の一撃が決まった時から、勝負はついていたともいえる。由紀の鋭い突きを何発か鳩尾に食って、男は崩れ落ちた。由紀の怒りが攻撃に更なる鋭さを加えていたとも言えた。

 倒れ気絶している男を、男のリュックから取り出した手錠で樹に括りつけた。これでもう敵はない筈だった。由紀をこんな狩りゲームに追いやった主催者グループはまだやってきては居ないようだった。彼らが来る前にここを抜け出し、地元の警察へ連絡して引き渡す必要があった。
 由紀が脱ぎ捨てた短いスカートと汚れたショーツは男が座っていた辺りに落ちていた。男が自分が戻ってくるのを待つ間に、自分の下着の汚れを覗かれていたのだと思うと、それだけで余計に汚された気がして、そのまままた穿くのが汚らしく思われ口惜しかった。が、下半身を裸のまま、里の町へ降りる訳にもゆかない。汚れた下着に由紀は足を通し、頼りなげな短いスカートを再び身に着けた。
 男達を警察の手に引き渡し、このあくどい所業のゲームの首謀者たちを捕らえるのは、警察官としての自分の責務であることをひしひしと感じていた。既に三人のハンターたちを捕らえ繋いだ由紀は、この恐怖のゲームから逃れることよりも、悪辣なゲームを計画し、興行化している実行犯等を捕らえることのほうに燃えていた。

 由紀が連れてこられたと思われる経路を推し量りながら、山道を急いだ。連れて来られた時には目隠しをされていた為に見覚えがなかったが、林道と里を遮っているらしい高い尾根にぽっかりと開かれたトンネルが見えてきた。暗い随道内には明かりはまったく無く、遠く、おそらく250mはありそうな向こう側にぽっかりと出口の明かりが見えた。
 (あそこまで辿り着ければ、ここから抜け出せる・・・。)
 由紀には、漸く希望の光が見えてきた気がして、暗闇の中に飛び込んでいった。

 早くこの暗闇から抜け出たいと焦る気持ちが働いて、足元にはつい注意が足りなかった。トンネルの丁度真中辺りに来た時に、何かに足をとられて、転びそうになった。が、それが仕掛けられた網の罠だとは由紀には思いも寄らなかった。
 「きゃっ。」
 思わず立ててしまった声が、潜んでいた主催者グループの男達には合図になってしまった。四方から由紀が踏みつけてしまった網の端が更に由紀の頭の上から被されてしまった。暗くてよく見えないところで網の目に手足が引っかかるので幾らもがいても自由に動けない。網の端には紐が付いていて、それが次第に引き絞られるので、益々由紀の自由に動ける余地が狭まってきていた。誰かが由紀の髪の毛を掴んだようだった。その手で強引に向けさせられた鼻の先に何かが突きつけられたようだった。そこからいきなり閃光が走った。
 ストロボが焚かれたのだった。まともにその強烈な光を見てしまった由紀は目が眩んでしまい、瞬間的にその残光で何も見えなくなる。男が三人がかりで由紀の腕をねじ込み、後ろ手に手錠を掛ける。由紀にもがく隙を与えず、さらには足枷も嵌められてしまった。只でさえ暗闇で見えにくいなかで目を眩ませられ、まともには何も手出しが出来なかったのだ。
 狩りのイベントを企てた連中が潜んでいるかもしれないことは警戒しておくべきだったのだ。後少しでこの地から出られるという安堵感が油断を生んでしまったのだった。
 再び、由紀は男達に捕われてしまった。しかも、今度はハンター一人ひとりではなく、屈強そうな男三人が一緒だった。手も足も自由を奪われてしまうと抵抗のしようがなかった。
 それでも、男たちは安心できないと見えて、由紀を網で包んだまま運ぼうとした。由紀は用意してあったらしいストレッチャ-に網ごと抱え挙げられた。そのままトンネルの中を挽かれていく。
 トンネルを出る頃、漸く閃光を浴びたチカチカする目に視界が戻ってきた。男達は確かに由紀をここへ運んできた主催者側の男三人だった。来る時に由紀に悪戯を仕掛けてきた小男がそばで嫌らしそうな目で見ている視線を痛いように感じていた。

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